作家の読書道 第291回:砂村かいりさん
小説投稿サイト「カクヨム」の第5回カクヨムコンの恋愛部門で、『炭酸水と犬』『アパートたまゆら』が特別賞をダブル受賞。二作とも書籍化されてデビューをはたした砂村かいりさん。恋愛小説に限らず、現代社会を生きる人々の葛藤や再生を丁寧に描く著者は、どんな本を読み、影響を受けてきたのか。愛読書について、たくさんの書名を挙げてくださいました。ご堪能あれ。
その7「書店で働く」 (7/9)

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- 『切羽へ(新潮文庫)』
- 井上荒野
- 新潮社
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- 『しかたのない水(新潮文庫)』
- 井上 荒野
- 新潮社
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- 『物語が、始まる (中公文庫)』
- 川上弘美
- 中央公論新社
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――大学卒業後はどうされたのですか。
砂村:実家に戻らず東京に留まりました。教員免許を取得したので、最初は教員になるつもりだったんですね。母校に戻って英語の教育実習をやったりもしました。でも、公立高校の教員採用試験の朝、9時開始の試験に合わせて目覚まし時計を6時にセットしていたのに、起きたら9時だったんです。それで受験料も無駄になり、現役で公立教員になるという進路も絶たれ......。就活もろくにしていなかったので、ひとつだけ民間企業を受けてそのまま入社したんですけれど、そこがとんでもなくブラックで、3か月くらいで退社することになりました。
そこからしばらくの間、書店員としての日々が続きました。最初に働いた店では契約バイトみたいな形でしたが、有給もあり、退社時に残った有給を買い上げてくれるような、当時にしてはわりと良心的な待遇のところでした。
書籍の最新情報にリアルタイムで触れることができる生活は夢のようでした。本が倉庫に入ってきて、書籍情報を登録し、売り場に並べて展開し、最後は返品まで、という一連の流れを知ることができたのも、今に役立っていると思います。
非正規だったのですが、あまりにも本が好きだったのでその熱意が伝わったのか、社員の人がわたしを文芸の担当にしたんですね。それからがめちゃめちゃ大変で。それまで定時に帰れていたのが、毎日2,3時間の残業があたりまえという生活になりました。本が好きだし、一応責任感もあるし、売り場を作るまでは帰れないという気持ちはあったので、いい経験にはなりましたが......。
文芸書担当は楽しかったんですけれど、その後、ノベルス担当に異動になったんです。ライトノベルなどの他に、男性向けの官能小説も担当させられて。担当になったからには責任を持って並べて、それが売れるとやっぱり嬉しくなったりして、複雑な気持ちでした。
最初に働いたその書店では、サイン会やトークイベントもやりました。瀬戸内寂聴さんのありがたいお話を、1メートルくらいの距離で聞けたのも稀有な体験でした。のちに井上荒野にはまった時に『あちらにいる鬼』を読んで、その時の瀬戸内寂聴さんの姿が浮かびました。
――『あちらにいる鬼』は井上さんの父親の井上光晴氏と妻、寂聴さんとの関係が描かれますものね。
砂村:そうなんです。その後は埼玉に移り、フリーターとして川越にある書店で働きはじめました。というのも長年付き合っていた相手がいて、その人と一緒に住むために埼玉の奥地に引越したんです。その人とは結局結婚しなかったのですが、その頃の経験が『黒蝶貝のピアス』に活きていますね。
――ああ、『黒蝶貝のピアス』は大宮周辺が主な舞台ですよね。
砂村:その店ではアルバイトとしてレジを打つだけだったのですが、どの書店にも共通して社割というのがあって、一割でも二割でも本が安く買えるのが嬉しくて、かなり買いまくっていました。
ただ、やっぱり、時間がないんです。どの書店もめちゃめちゃ忙しくて、書店員って本が読めないものだなと思いました。毎日本に触っているし、情報だけは死ぬほど入ってくるのに。
で、やっぱりバイトでは物足りないし、収入も心もとないので正社員で働きたくなって、今度は渋谷の書店で働きはじめます。希望が叶って文芸担当になったのですが、これが大変でした。正社員には早番と遅番があるんですけれど、基本終日いる感じでした。早番の人は閉店までいるし、遅番の人は始業からいる。今だったら36協定があるからそれは許されないだろうけれど、まだそういうことをしていた時代でした。わたしも早番の日は業務に区切りがつけられずに最後までいましたが、さすがに遅番の日に朝から出社することはできませんでした。
その書店は夜の10時まで営業していたので、そこから閉店作業をしてレジ締めをして日報を書いて承認をもらっていると23時とかになっちゃうんですね。埼京線の終電を目指して文化村通りの坂を猛ダッシュで駆け下りましたね。終電がなくなることもしばしばで、当時一緒に住んでいた相手に川越まで車で迎えに来てもらうこともありました。次の日は早番で1,2時間しか寝られないということもあって、本当にヘロヘロになっていました。
正社員で文芸担当だったので、ゲラ読みを依頼されたり、新刊のプルーフをもらったり、「どっちがいいと思います?」などと装丁の相談をされたりもしました。版元の営業さんが名刺を持ってずらっと並んでいて、休憩にも行けないようなこともありました。今では自分の作品についてそれをしていただいている立場なので、不思議な感覚です。
――趣味の読書の時間も難しそうですね。
砂村:ただ、プライベートの時間にもやっぱり書店に行っていました。ある時、池袋のジュンク堂で井上荒野作品に出会うんです。わたしは軽率に書籍の「ジャケ買い」をする人間なので、そこで『切羽へ』を買って読み、「すごい」と痺れました。文章の洗練され具合が異次元でした。そこから『しかたのない水』や『誰よりも美しい妻』など、どんどん読んでいきました。
山本文緒、角田光代、井上荒野はわたしの中で「三神」というか。三柱みたいに思っています。もう「好き」という言葉じゃ足りない人たちです。
あとは三浦しをんの『きみはポラリス』と『天国旅行』が言い表せられないくらい大好きで、友達の誕生日にその2冊のセットにして、ほとんど押し付けるようにしてプレゼントしていました。
桐野夏生にもはまりました。いろいろ読みましたが、中でも印象的だったのが『東京島』。無人島に流れ着いた人たちの話で、1人の女性を30人くらいの男がとりあうんですよね。谷崎潤一郎賞受賞作です。いきなり襲ったりはしないで、その女性の夫の座をかけて争うんですよね。一方、女の夫は別の島に流れ着いていて、「文明というものから切り離されたら米を食いたいと思うだろうけれど、俺はパンが食べたい」というモノローグが印象的で。米より製法の複雑なパンこそが文明を感じさせる、って。そういうところにすごくリアリティーを感じて痺れました。
川上弘美も社会人になってからはまりました。印象的だったのは『物語が、始まる』という短編集です。主人公の女性が男の人の姿をした〈雛型〉を拾って、彼と夫婦のように生活していく話は、ラストが本当に切なくて。泣けるどころじゃないんです。頭をぶん殴られるような壮絶な愛と悲しみがあるけれど、でも文体はあくまでも淡々としている。川上弘美も好きな作品はいろいろあるけれど、やっぱり『物語が、始まる』がいちばん好きですね。
――男性作家はいかがですか。
砂村:ちょうど『猛スピードで母は』で芥川賞を受賞された頃に長嶋有を知り、すごくおもしろい人が出てきたなと思いました。この間、長嶋有二十五周年記念の企画があって、そこにわたしもエッセイを書かせてもらうという、役得なことがありました。つまり、長嶋有を四半世紀も追っているんですよね。一作品だけ選ぶとしたら『泣かない女はいない』かな。エッセイでも書きましたが、もう本当に視点が細かすぎて、こんなこと小説に書かないだろうというような人間の所作とか、ちょっとした思考の遊びみたいなことを全部盛り込んで、なんともいえない世界を立ち上がらせるんですよね。唯一無二の人だなと思います。
わたしは作家読みをするタイプで、一度はまったらその人の著作をだいたい読んでしまうんですが、大崎善生もその一人です。ひとつ選ぶとすると『パイロットフィッシュ』。本当にすごいです。熱帯魚を自宅で繁殖させる話で、そこにせつない恋愛が絡んでくる。熱帯魚の世界があまりにも深くて。水のpHが合わないと死んでしまうから、その土地の水質に合った魚しか育てられない。だから熱帯魚を育てている人は簡単には引越せないということを知りました。容易に自宅で繁殖されるとブリーダーが儲からないから、出荷時に一定の確率で雄の精管が潰されているとか......。ものすごくマニアックな内容と、胸を打つ恋愛が同時進行していて、あれはちょっと忘れられません。
――幼い頃に水中生物の飼い方を熱心に読んだ砂村さんだけに...。
砂村:そこは関係あるかもしれないですね(笑)。やっぱり水辺の生物が好きなんですよね。大崎善生は『孤独か、それに等しいもの』や『ドイツイエロー、もしくはある広場の記憶』といった長いタイトルのものも多いんですが、そのあたりも軒並み読みました。将棋を打つ方で、ノンフィクションの『聖の青春』も書かれていましたね。
ノンフィクションでは、宮田珠己のエッセイも好きです。『ときどき意味もなくずんずん歩く』を何気なく手に取ってドはまりして。宮田さんはジェットコースターマニアで、『ジェットコースターにもほどがある』で全国の遊園地をめぐってジェットコースターを評価したり、『ウはウミウシのウ』で全世界を回ってシュノーケリングをしまくったりしているんですよね。仏像を追ったり石ころを集めたり、マニアックなものを深堀りするエッセイがめちゃくちゃおもしろいんです。宮田さんの本の解説を高野秀行が書いていて、今度は高野さんにはまってしまって。水脈に沿って進んでいくように、解説を書いている作家が気になって読むというパターンってありますよね。高野さんは『幻獣ムベンベを追え』のように辺境に突撃していく体験を書く人であると同時に、『ワセダ三畳青春記』のような東京での一人暮らしの話とか、自分の生活の話も書かれていて、手あたり次第にそれも読みました。あまりにもすごいペースで新刊が出るのでちょっと近年追いきれていないんですが、生きているうちにもっと読みたいです。結構自分もUMAというか、ネッシーとかそういうものも好きなので。子どもの頃に世界中の怪獣の目撃談の本もドキドキしながら読んでいたので。
――ノンフィクションもたくさん読まれるのですね。
砂村:ノンフィクションでは、彩瀬まるがローカル線に乗っていた時に東日本大震災に被災した体験をつづった『暗い夜、星を数えて』が印象に残っています。その彩瀬さんが参加されると知って『文芸あねもね』というアンソロジーも読みました。震災の復興支援を目的として、山本文緒ら女性作家10名が短編を持ち寄って、チャリティーで出版された文庫なんですけれど。これを読んだことで、参加された作家さんたちを長く追っていくこととなりました。豊島ミホあたりはもともと読んでいましたが、柚木麻子、山内マリコ、蛭田亜紗子、南綾子などにはまったのはこれがきっかけです。今に至るまでずっと活躍されている方々が集まった奇跡のようなアンソロジーですけれど、その内容が特に震災とは関係なくて、とにかくどの作品も激烈におもしろくて憧れました。その頃は自分が小説家になるなんて思っていませんでしたが、その後デビューした時に、自分もなにかがあった時はチャリティーを立ち上げられる作家になりたいという目標ができました。出版社も引き込まなくてはいけないし、自分にはまだ人望もないですけれど。でも、作家にできることって、そういうことじゃないのかなって思います。『文芸あねもね』は自分にとってエポック的な作品だなと思っています。
――他にはまった読書といいますと。
砂村:社会人になってからの読書でいうと、新選組にはまった時期があります。司馬遼太郎の『燃えよ剣』や『新選組血風録』を夢中で読んだり、自分が書店員だった時にめちゃめちゃ売っていた浅田次郎の『壬生義士伝』に後からはまったり。とにかく新選組のことならなんでも知りたくて、双葉社の歴史ビジュアルシリーズの『新選組隊士列伝』に手を出したりしました。大人になって知識や教養をある程度蓄えてから歴史を深堀りしていくと、本当におもしろいですね。「あの頃授業でやっていたのってこういうことだったんだ」とか、「この時代とここが繋がっているんだ」などと突然理解したり、歴史上の人物の裏話を知ってイメージが変わったり......いろんな発見があります。
――一方、海外作品はどのようなものを?
砂村:フリーターとして書店で働いていた時期だったと思うんですけれど、タニス・リーという作家の『銀色の恋人』というハヤカワSF文庫の作品にはまりました。少女とアンドロイドのSFラブロマンスで、これは最初にお話しした、津原やすみの「あたしのエイリアン」シリーズに通じるものがありました。全然違う世界の人たちの話ですけれど。
アンドロイドが人格を持って主人公と恋をする話で、これはもう、本当に泣きましたね。それと社会人になってから、また海外の古典を読み始めた時期がありました。サガンとかデュラスといったフランス文学にはまったりしました。
――『悲しみよこんにちは』や『愛人 ラマン』のあたりですかね。
砂村:そうですね。サガンは新潮文庫で出ているものを一気に買って読みました。読んでいる間は、自分もフランスに行って、昼間から海辺でお酒をたしなみながら、背徳の恋の片鱗を味わっている気分になったりして(笑)。白水Uブックスにもはまりました。あの判型がたまらなく自分好みだし、手頃で買い求めやすいというのもあって、よく知らない作家の作品もわりとばんばん買っていました。その中ではアメリカの作家、ロバート・ニュートン・ペックの『豚の死なない日』と『続・豚の死なない日』という自伝的な物語がとりわけ印象的で。アメリカの田舎を舞台に、子豚をもらい受けて育てて......命の連鎖の話でもありました。田舎で畜産をやっている家の子が養豚のコンクールみたいなもので都心に出た時に、めちゃめちゃ困惑する様子なんかは、上京当時の自分と重なるものがありました。
――ところで、短歌はずっとお好きだったのですか。
砂村:好きでいろいろ読んでいました。俵万智や穂村弘をずっと読んでいて。「夜桜お七」の作詞で有名な林あまりの『スプーン』『ベッドサイド』『ガーリッシュ』といった歌集も愛読していました。飯田有子の『林檎貫通式』も大好きでした。俳句では黛まどかの『B面の夏』がお気に入りで、川柳では時実新子の『有夫恋』『愛走れ』に痺れまくっていましたね。

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- 『孤独か、それに等しいもの (角川文庫)』
- 大崎 善生
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- 『ウはウミウシのウ シュノーケル偏愛旅行記 特別増補版』
- 宮田珠己
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- 『暗い夜、星を数えて―3・11被災鉄道からの脱出―(新潮文庫)』
- 彩瀬まる
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