『まんが訳 酒呑童子絵巻』大塚英志:監修、山本忠宏:編集

●今回の書評担当者●宮脇書店本店 藤村結香

  • まんが訳 酒呑童子絵巻 (ちくま新書)
  • 『まんが訳 酒呑童子絵巻 (ちくま新書)』
    大塚 英志,山本 忠宏
    筑摩書房
    1,078円(税込)
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 大学時代にゼミで「鳥獣戯画」の複製絵巻を使った授業を受け、その時に絵巻物の見方を教わりました。床に置いて肩幅ぐらいに広げ、左手で広げ右手で巻き取りながら常に一定幅を保って読み進めていく...すると物語の流れが分かり易く子どもでも楽しめるのだそうです。

 そんな絵巻物を更に読みやすく、深く味わうためにマンガ化してしまった面白い人達がいます。選んだ題材は「酒呑童子絵巻」。

 この絵巻がつくられたのは室町時代。様々な化け物を退治してきた超強い武将として大人気のヒーロー・源頼光が主人公です。時は平安時代中期、都の美女たちが次々と行方をくらますので陰陽師・安倍晴明(あの晴明!)に占わせたところ、山奥の鬼に捕らわれていることが発覚。頼光は部下の四天王と共に山伏に身を変え人喰い鬼の退治に向かった―。

 王道冒険物語ですね。マンガ化されたことで、当時の王朝賛美や絵を見るだけでは伝わってこなかった細かな"こだわり"もより分かりやすく感じ取れました。絵巻をうまく切り取り、構成して物語としての臨場感をアップさせているので、何だかキャラクター達が動いているようにも見えてきます。

 帝の勅命を受けた頼光の決意が伝わるドアップ顔、けわしい山道を歩く様を表現した足元部分だけ切り取ったコマ、突然現れた不審者が神々の化身だった時の衝撃を表すような繰り返しの表現、敵のボス・酒呑童子やその配下の鬼たちの登場シーン、酒呑童子の首をついに刎ねる場面の頼光たちそれぞれの決め顔と、童子の衝撃が伝わるページ見開きの大ゴマ(まさに少年漫画)、一足遅く間に合わなかった姫君の死体を発見したときの無念さが漂うコマのバランスなど、見せ場の表現がまさしく"漫画"。凄い!

 ラストは3年行方知れずだった娘が髪だけ帰ってきた両親の嘆きで終わるので、つい脳内に某鬼退治アニメ作品の音楽が流れそうに...失礼しました(笑)。

 題材も絵もあるので、まずは絵コンテを描き、絵の切り取り方や言葉の位置調整を入念にしながら、丁寧に作られたのだとか。マンガ好きな人なら分かると思います。これは何も考えずに切り取って繋げただけではマンガにはならない。とてつもなく難しいことをやってのけています。

 神戸芸術工科大学の山本忠宏ゼミの学生&助手の人達が監修の下、直接の作業を行ったそうです。マンガの手法を真摯に学び取ってきた令和を生きる若い方達が、室町時代の絵巻を漫画にしてくれた...素敵ですよね。エモいです。

 本書には「道成寺縁起」と「土蜘蛛草子」も収録されています。道成寺縁起の「安珍と清姫」がマンガになることで、追うもの追われるものの臨場感が増していました。文字数があったらこちらも語りたいのですが、残念。

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宮脇書店本店 藤村結香
宮脇書店本店 藤村結香
1983年香川県丸亀市生まれ。小学生の時に佐藤さとる先生の「コロボックル物語」に出会ったのが読書人生の始まり。その頃からお世話になっていた書店でいまも勤務。書店員になって一番驚いたのは、プルーフ本の存在。本として生まれる前の作品を読ませてもらえるなんて幸せすぎると感動の日々。