『言葉の獣』鯨庭

●今回の書評担当者●TSUTAYAウイングタウン岡崎店 中嶋あかね

  • 言葉の獣 1 (torch comics)
  • 『言葉の獣 1 (torch comics)』
    鯨庭
    リイド社
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  • 言葉の獣 2 (トーチコミックス)
  • 『言葉の獣 2 (トーチコミックス)』
    鯨庭
    リイド社
    770円(税込)
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 ⾔葉はすごく便利なものだけれど、不⾃由だなあともどかしく思うこともある。誰かに⾃分の思いを伝えたいのに、どうしてもぴったり合う⾔葉が出てこなくて、考えているうちに届けるタイミングを逃したり、伝えたかった気持ちがどこかに消えてしまったり。何気なく発したひとことが全然違う意図で伝わってしまって、頭を掻きむしりたくなったり。⼀度私から出ていってしまった⾔葉は、もう取り返すことはできない。

 ⾔葉はコミュニケーションの⼿段のはずなのに、相⼿の真意を図りかねて途⽅に暮れることもある。これはそのまま受け取ってもいいの? それとも隠されたメッセージがあるの? 私たち、本当に通じ合っている?

 もしも、⾔葉が獣の形で⾒えたら。辞書に載っている意味をつなげたものじゃなくて、そこに込められた、本当の気持ちが形になって⾒えるとしたら......

 東雲さんは、そんな特殊な能⼒を持っている。他者の発する⾔葉に込められた本当の気持ちがわかってしまうため、周囲からは気味悪がられ、ちょっと浮いた存在だ。

 ⼀⽅、薬研(通称やっけん)は、詩をこよなく愛していて、詩を軽視しバカにするいまの⾵潮に不満を抱いている。世界の美しさを⾔葉で掬いとれると信じている真⾯⽬な⼥の⼦だ。

『⾔葉の獣』は、そんな同級⽣の2⼈が、⾔葉の獣とは何なのか、この世で⼀番美しい⾔葉とは何なのかを求めて⾔葉の⽣息地を訪れ、さまざまな獣に出会って思索するというコミックだ。

 東雲さんは、「他⼈の本当の気持ち」を⾒るためには「ひたすら考える」ことが必要だという。なぜ獣はそんな姿をしているのか、なぜそんな⾏動を取るのか、わからないときも切り捨てず、問いと対話を続けると、⾔葉に込められた本当の気持ちが浮かびあがる。

 例えば、先⽣が⾔う「頑張ってね」の奥には「わたしは助けられない」が隠されている。実はとても、残酷で無責任な⾔葉だ。

 ⾔葉の樹海、Twitter(現X)の森に住む「誹謗中傷」が隠し持つメッセージは、「羨ましい」と「寂しい」。それを⼝にできないかわりに、醜く攻撃的な⾔葉を相⼿にぶつけてしまう。

「⾔葉の獣」ひとつひとつ(⼀頭⼀頭?)に臆せず向き合って、その本当の姿を⾒ようとする2⼈は、とても誠実で優しいと思う。

 現実世界のSNSは、きっともっと魑魅魍魎渦巻く世界だ。込められた本当の意味すらもない空っぽの⾔葉が、無差別にたくさんの⼈を傷つけている。借り物の⾔葉で飾ったありきたりなフレーズにたくさんのいいねがついて、さらにたくさんのニセモノが⽣まれている。それらひとつひとつに向き合って、あなたの本当の気持ちは?と尋ねることなんて私にはできない。

 でも、⾃分の⽣み出している⾔葉がどんな姿の獣なのか、考えることはできる。

 ⽬の前の相⼿が発した⾔葉が、本当は何を伝えようとしているのか、考えることはできる。

 せめて考えることができる⼈でありたいなと思うし、この世で⼀番美しい⾔葉、⼼がふるえる⾔葉を、私も⾒てみたいと思う。

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TSUTAYAウイングタウン岡崎店 中嶋あかね
TSUTAYAウイングタウン岡崎店 中嶋あかね
愛知県岡崎市在住。2013年より現在の書店で働き始める(3社目)。担当は多岐に渡り本人も把握不可能。翻訳物が好き。日本人作家なら村上春樹、奥泉光、小川哲、乗代雄介など。きのこ、虫、鳥、クラゲ好き。血液型占い、飛行機が苦手。最近の悩みは視力が甚だしく悪いことと眠りが浅すぎること。好きな言葉die with zero。