『頭がわるくて悪くて悪い』献鹿狸太朗
●今回の書評担当者●往来堂書店 高橋豪太
読書を飲酒に喩えてみる。ぐびっとビールを飲み干すような痛快な読書があれば、熱燗のやわらかさをじっくり味わう読書もある。なかでもとりわけ好きなのは、ウイスキーをストレートでグッと呑みくだすような読書。喉元にじんわりと熱が残るような読後感をもたらしてくれる文学。そんな作品を紡ぐ作家にここ数年で二人も出会うことができたことは、何にも代え難い幸福だ。
まず一人目は、日比野コレコ。デビュー作『ビューティフルからビューティフルへ』(河出書房新社)の衝撃たるや。その鮮やかな言葉の乱舞にひとめで魅了されてしまった。最新作『たえまない光の足し算』(文藝春秋)も大傑作。そして二人目が、今回ご紹介する献鹿狸太朗だ。去年うっかり『みんなを嫌いマン』(講談社)を読んで、それからずっとこの沼にいる。日比野さんも献鹿さんもまだとてもお若いのに、どうしてこんなにも度数の高い酒の味を知っているの?
『頭がわるくて悪くて悪い』(講談社)と名乗るこの最新作は、どうしようもなく馬鹿な若者たちの生き様である。「宇宙人をやっつければ、一晩で報酬十五万円」なんて明らかにあやしい誘い文句に乗ってしまった三浦馬連と山井考直がこの物語の主人公だ。依頼主いわく、この星に忍び込んで悪さをしている宇宙人は人間とほとんど同じ見た目をしているらしい。ほんとか? 半信半疑で向かう二人、しかしそこに待ち受けるはガチの宇宙人。な、なんだってー!?
かくして始まる宇宙人ハンティング。まんまと乗せられてどんどん殺していく二人も大馬鹿者だが、ふっかける依頼主たちもまたある種の馬鹿なんである。というか登場人物みーんな馬鹿。馬鹿というのは「線を引っ張ってしまえばふりだしもあがりもないメチャクチャな人生だから、どうにか誤魔化そうと限りなく狭い歩幅の波線で歩む(p.18)」奴のことであり、あるいは「気持ち悪いと思ってもいいのかどうかの判断を母親に委ね」る(p.45)ような人で......うっかりすると漠然とした引用ばかりで紙幅を埋めてしまいたくなるほどに、魅力的なフレーズで物語が運ばれていく。とやかく語るより、まずは言葉そのものに正面衝突してもらいたい。
「馬鹿にとって拳銃なんて、檻のギリギリで眠る猛獣の、格子状にハミ出したふわふわと同じだ。(p.70)」「些細な偶然を星座みたいにつないで、牽強付会の記憶を捏造させる。過去は全部こいぬ座同然だった。(p.106)」どこに行けばこんなパンチラインに出会えるのか。宇宙の隅々まで探してもここにしかないよ。
いわゆる「神の視点」で語られるこの小説は、神こと著者の献鹿狸太朗を除く全員が大馬鹿者である。いや登場人物だけでない、読んでいるわれわれもみんな、頭がわるくて悪い。他者を騙し他者に騙され、自らをも騙しながら生きている。「世界は杜撰で、ワンダーだった。人はみんな思い込みで生まれて、勘違いで死んでいく。気のせいで幸せになって、先入観で不幸になる。(p.97)」神は世界の道理を知っている。その浅薄な軸も、根拠のなさも。
そんな『頭がわるくて悪くて悪い』は、献鹿作品のなかでもずば抜けて飲みやすく、しかし濃縮された言葉の渦をこれでもかというほど味わえる極上の酒だ。どうしようもないこの世を生きる馬鹿ども全員、献鹿狸太朗を読め。
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- 往来堂書店 高橋豪太
- 眉のつながった警官がハチャメチャやるマンガの街で育ちました。流れるままにぼんやりと生きていたら、気づけば書店員に。チェーン書店を経て2018年より往来堂書店勤務、文芸・文庫・海外文学・食カルチャー棚担当。本はだいすきだが、それよりビールの方が優先されることがままある。いや、ビールじゃなくてもなんでものみます。酔っ払うと人生の話をしがちなので、そういう本をもっと読んでいくらかましになりたいです。