『津波の霊たち』リチャード・ロイド・パリー

●今回の書評担当者●本のがんこ堂野洲店 原口結希子

  • 津波の霊たちーー3・11 死と生の物語
  • 『津波の霊たちーー3・11 死と生の物語』
    リチャード ロイド パリー,Richard Lloyd Parry,濱野 大道
    早川書房
    1,850円(税込)
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 この本を紹介する導入にしようと、東日本大震災当時に自分が経験したこと、感じていたことを書き始めたら、十五分で原稿用紙四枚分が埋まってしまったので全部捨てることにしました。あの地震についての物語は、日本に住んでいる人間の数と同じだけあって、それぞれが膨大なものになるんだろうなと思います。当時は恐怖心のためにニュース映像や関連書籍を受け付けられなかった自分ですが、近年になってとあるきっかけから様々な記録に触れておきたいと思う気持ちが強くなってきました。 震災から八年目を迎えようとしている現在でも、あの日あの時それからあとについての物語が語り続けられています。この本もその内の貴重な一冊です。

 タイトルが示すようにこの作品の中で焦点があたっているのは、地震によって生じた津波に巻き込まれて亡くなった死者たちと、それをとり巻く生者たちです。東日本大震災後、数多くの心霊現象が目撃され、何冊かの本にもまとめられました。この本がそれらと異なっているのは、日本人ではない著者の視点を持ちこんだ分析が意外な驚きや納得をもたらすことと、何度も提示される著者の疑問と苦しみが、我々には答えが出せないものであると思い知らされることだと思います。

 意外な驚きと書いたのは、宗教心信仰心が薄い国民性であると自他ともに認める日本人の、祖先崇拝という「真の信仰」のあつさへの指摘です。仏壇に手を合わせることや、お盆、お墓参りといった行事は日本においては日常に馴染みすぎて当人たちには見逃されがちだが、仏教や神道よりも強く個人に影響をあたえている信仰ではないかという分析には、驚きとともに納得を感じる方が少なくないのではないでしょうか。元来から死者を尊ぶ気持ちが強いところへもって、無念の死を迎えた死者への哀悼はいっそう強いものになると著者は続けて説き、いくつかの心霊現象を紹介してその顕れであると説明します。

 著者は心霊現象について信じる信じないといったスタンスを明らかにはしませんが、作中で紹介された被災地で活動する宗教家たちは幽霊のいるいないは問題ではなく、幽霊を目撃する人間の心のあり様こそが問題であり、そこに寄り添うのが自分たちの勤めであると語っています。

 幽霊の代弁者として遺族に語りかける市井の霊能力者の言葉は、なかにはおどろおどろしい陰惨な内容のものもありますが、ほとんどは遺族を思いやり見守る隣人として彼ら自身の心から発せられたのではないかとさえ思わせるいたわりとやさしさに満ちています。自分のことを悲しみすぎないでほしい、残された家族を大切にしてほしい、そしてあなた自身がこころおだやかに幸せに暮らしてほしいと訴えるその主張は、悲しみと痛みの受容を求める宗教家たちの説くところと一致し、当事者ではない我々読者にとって深く同意できるものです。

 ですが著者はそのような姿勢を認めたうえで強い調子で疑問を呈します。高台に避難できる時間の余裕があったにもかかわらず多くの犠牲者を出してしまった大川小学校の事例をあげ、「私としては、日本人の受容の精神にはもううんざりだった。過剰なまでの我慢にも飽き飽きしていた」と記します。受容するなということは、そこからうまれる精神の平穏を捨てて、苦しみながらでも追及を続けなくてよいのかという問いであると、私は感じました。感じはしましたが、その答えは私のなかにはありません。皆様方はどうお考えになられるでしょうか。

 東日本大震災については集英社新書、片田敏孝『人が死なない防災』もぜひ読んでみてください。防災についての強い使命感と強烈な説得力に圧倒されることと思います。この本を読んでいるか読んでいないかで、あなたとあなたの家族の人生が変わるだろうというくらいの凄い本です。

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本のがんこ堂野洲店 原口結希子
宇治生まれ滋賀育ち、大体40歳。図書館臨職や大型書店の契約社員を転転としたのち、入社面接でなんとか社長と部長の目を欺くことに成功して本のがんこ堂に拾ってもらいました。それからもう15年は経ちますが、社長は今でもその失敗を後悔していると折にふれては強く私に伝えてきます。好きな仕事は品出しで、得意な仕事は不平不満なしでほどほど元気な長時間労働です。 滋賀県は適度に田舎で適度にひらけたよいところです。琵琶湖と山だけでできているという噂は嘘で、過ごしやすく読書にも適したよい県です。みなさんぜひ滋賀県と本のがんこ堂へお越しください。60歳を越えた今も第一線に立ち、品出し、接客、版元への苦情などオールマイティにこなす社長以下全従業員が真心こめてお待ちしております。