『牙』三浦英之

●今回の書評担当者●ときわ書房志津ステーションビル店 日野剛広

  • 牙: アフリカゾウの「密猟組織」を追って
  • 『牙: アフリカゾウの「密猟組織」を追って』
    三浦 英之
    小学館
    1,728円(税込)
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 ケニア共和国ツァボ国立公園の人気者であったアフリカゾウのサタオ。その無残な死体が発見されたのは今からちょうど5年前の2014年5月。世界的に突出した「牙」を持ったために、密猟者によって生きたまま顔をえぐられ、その立派な牙を奪われて惨殺されたのだ。

 本書の中央部にサタオの遺体写真が掲載されている。にわかには信じ難い光景に心をえぐりとられるような衝撃を覚えるだろう。だが、目を反らしてはいけない。これは紛れもなく人間の所業なのである。そしてその遠因を知ると決して他人事ではなくなるのである。

 アフリカゾウは元々絶滅危惧種ではあったものの、近年の密猟の増加によりこの半世紀でその数を10分の1に減らしたと言われている。このまま密猟が続けば絶滅は時間の問題である。本書は「サタオの死」をきっかけにアフリカゾウの密猟問題に強い関心を抱いた新聞記者が、その死体に群がる人間たちの恐るべき闇と業の深さを追求し、命がけで東南アフリカを縦断取材した渾身のノンフィクションである。

 本書のオビには『虐殺の「真犯人」は誰だ!?』とのコピーがある。

 勘の鋭い読者ならば、その真犯人が誰であるかはおおよそ察しがつくであろう。だがその真犯人にまで辿り着くには、ゾウに直接手をかける密猟者だけを追っていては何も始まらない。象牙が乱獲される背景には、それを商売にする人間の存在があるからだ。

 媒介者、元締、巨大組織、そしてその資金の流れと国絡みの賄賂の横行、さらには輸出先にまで言及していかなければこの問題を語り尽くすことは出来ない。アフリカゾウの密猟ルートは、アフリカのみならず世界に張り巡らされた人間の欲望の経路であることが著者の追求によって暴かれていく。

 そして辿り着いたのが、一連のことをすべて知るという、〈R〉と呼ばれる人物の存在だった。著者の危険な〈R〉追跡行を軸に章は突き進む。ところが......。

 私たちの些細な欲望が満たされるウラには、何かしらの犠牲があるという、この世の不条理は確かに存在する。しかし問題なのはその「ウラ」を私たちがなかなか知ろうとしないことである。無知、無関心こそがアフリカゾウ絶滅危機の根源であると著者は訴える。

 アフリカの抱える闇は確かに深い。ゾウのみならず野生動物の密猟の残虐さ、象牙で儲けた資金を元に暗躍するテロリストの無辜の市民への凄絶な襲撃。動物や人の無残な死体の積み重ねで私腹を肥やす者たちの存在は地獄そのものである。

 しかしそれを知ることもなく、遠くの国の出来事に無関心なまま、自身が加担していることも分からずにのうのうと生きていることもまた、地獄絵図だと言えまいか。それが本書の、著者のもっとも言いたいことではないか。

 だったら食肉はどうするのか? 日本だけが悪いのか? 世界各国がこれまで野放しにしてきたからではないか? というエクスキューズは当然出てくるし、著者も否定はしていない。だがそれらを振り切ってでも、アフリカゾウを絶滅させてはならない、という強い説得力を本書は持っている。

 そして読了後に、もう一度中央部グラビアページの、サタオの姿を見て欲しい。人間の事情などすべて吹き飛んでしまうほどに残虐で悲しい事実が目に焼き付くはずだ。本書の読後感はいわば最悪に近い。人間という生き物の不条理さに絶望感を覚えるだろう。だが、その絶望感を噛み締めるべきである。

 優れたノンフィクションは読んだ人を不安にさせ、深い絶望に落とすこともある。だがそれ以上に「何かをしなければ」という気持ちに駆り立ててくれる。何も知らないままでは何もすることが出来ないのだ。本書は間違いなくその一助となる1冊である。1人でも多くの方に読んでもらいたい。

 今月より1年間、月1回の書評を担当させて頂くこととなりました。自身の読書傾向ゆえに、あまり楽しい本はご紹介できないかも知れません。ですが今こそ読んで欲しいと思う本をレビューして、少しでも読者の皆様のお役に立つことができましたら幸いです。よろしくお願い致します。

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ときわ書房志津ステーションビル店 日野剛広
ときわ書房志津ステーションビル店 日野剛広
1968年横浜市生まれ 千葉県育ち。ビールとカレーがやめられない中年書店員。職歴四半世紀。気がつきゃオレも本屋のおやじさん。しかし天職と思えるようになったのはほんの3年前。それまでは死んでいたも同然。ここ数年の状況の悪化と危機感が転機となり、色々始めるも悪戦苦闘中。しかし少しずつ萌芽が…?基本ノンフィクション読み。近年はブレイディみかこ、梯久美子、武田砂鉄、笙野頼子、栗原康、といった方々の作品を愛読。人生の1曲は bloodthirsty butchers "7月"。