『幸福の遊戯』角田光代

●今回の書評担当者●有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹

  • 幸福な遊戯 (角川文庫)
  • 『幸福な遊戯 (角川文庫)』
    角田 光代,角川書店装丁室
    KADOKAWA
    514円(税込)
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1月25日(月)平野書店
6年前、「だれかのいとしいひと」に収録されている「誕生日休暇」という短編小説を朗読で聞く機会がありました。これが角田光代さんの作品との最初の出会いだったと思います。その日のうちに文春文庫を買って読んでみると、確かにいい。心地よい文学の風景が広がっていました。この人はすごい...と思って、まずデビュー作を、そして最新刊の「太陽と毒ぐも」、その後の「対岸の彼女」を読みました。年が明けて出版された季刊文藝春号では特集角田光代が組まれ、直木賞受賞もその年に決まりました。こんな体験もあり、季刊文藝は文学シーンの旬をとらえる力があるなあと感じて今でもファンです。

話がそれました。今回ご紹介したいのは角田光代さんのデビュー作「幸福の遊戯」です。
当時、大学でオランダの集住文化について調べていた僕は、この小説の一行目を読んでグッと惹きこまれてしまいました。

「三人で共同生活を始める際に、同居人同士の不純異性行為禁止と、それだけを決めた。」

大学院生の立人、彼の高校時代の同級生ハルオ、立人と大学4年間クラスメイトだった私。男が二人に女が一人の共同出資の生活において、色恋沙汰がおこることは誰かが出て行くことになりかねない。それは一人分の家賃の負担が増えるということ。だから禁止。
でも、ハルオと私は3ヶ月目にこの禁止事項を破ってしまった......。

この作品で描かれているのは、激しい恋愛感情やどろどろした友情の裏切り劇ではありません。初対面同士、共同生活にぎこちなさと緊張が抜けないハルオと私が、この日のセックスをとおして、各々がこの家にやすらぎと安心を得ることができたことが温かく伝わってきます。そして、留年して宙ぶらりんな私にとってこの三人の生活は、家族も同然のかけがえのない、守りたいものへと変化してゆくのです。
60ページに満たないこの小説の後半部分はとても素晴らしいのでぜひとも読んで確かめていただきたいです。

幸福の遊戯は約20年前の作品ですが、そこで描かれている「私」が最後まで大切にしようとした何かは、今現在の若者が特に大切にしたい人間関係の感覚と近いように思います。
それは角田光代さんがデビュー当時から普遍的なものをしっかり見つめていた。そういう証だと思います。

今回は角田さんの母校がある早稲田界隈を初めて歩き、その中の一軒の古書店を訪れました。平野書店は、文芸というよりもまさしく文学と呼ぶに相応しいセレクションです。若い現代作家には目もくれず、今僕が気になっている古井由吉のハードカヴァーや雑誌海燕の中上健次追悼号など、文学の厚みと文学批評の声が聴こえてきそうな書店です。

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有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹
有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹
1978年東京生まれ。物心ついた中学・高校時代を建築学と声優を目指して過ごす。高校では放送部に所属し、朗読を3年間経験しました。東海大学建築学科に入学後、最初の夏休みを前にして、本でも読むかノと購買で初めて能動的に手に取った本が二階堂黎人の「聖アウスラ修道院の惨劇」でした。以後、ミステリーと女性作家の純文学、及び専攻の建築書を読むようになります。趣味の書店・美術展めぐりが楽しかったので、これは仕事にしても大丈夫かなと思い、書店ばかりで就活を始め、縁あり入社を許される。入社5年目。人間をおろそかにしない。仕事も、会社も、小説も、建築も、生活も、そうでありたい。そうであってほしい。