『This is the Life』アレックス・シアラー

●今回の書評担当者●あおい書店可児店 前川琴美

 これはペンです、みたいに、人生を「This is the Life」と語れるのか、否か。一人の人間として、そして作家として。『青空の向こう』『チョコレートアンダーグラウンド』の著者アレックス・シアラーはその問いかけから一ミリも逃げないで懸命に正攻法で足掻いている。

 自分の実の兄の死をまるごと受け止め、得意のファンタジーを封印し、リアルにがっぷり四つで格闘している。LifeそしてDeathについて。その跡がこの本のいたるところに滲み出し、ページがくっついて剥がれないような感覚になる。それは著者の涙と私の涙がないまぜになった共涙の軌跡だ。

 兄のルイスが不治の病に罹ってしまい、主人公のおれは看取るために地球の裏側まで出かける。しかし、この兄、面倒くさい。並大抵の面倒くささではない。冷蔵庫の中で見たこともないものを繁殖させている。排水溝は詰まりっぱなしで歯磨きもままならない。ベッドの下にはドレッドヘアみたいな埃が溜まっているのに、掃除機を10年も使ったことがないと言い放つ。火傷しないように取っ手が壊れたやかんを捨てたらまるで殺人を犯したかのように非難する。これから死ぬというのにエントロピーが増大しすぎて、同情心が薄れるほどのやっかいさだ。この人、放置しても罪悪感なんて感じる必要ないですよ、と言いたくなってしまう。

 一挙手一投足がこんな調子のルイスに、おれは途方に暮れっぱなしだ。しかしその振り回され方が実におかしみを誘う。そのやりとりを辿っているうちに、すとんと胸に落ちてくるのだ。ああ、人生だ、と。高学歴なのに、肉体労働しか出来なかった兄。ペンキの染みが付いた服しか持っていない兄。何だって出来るのに、不器用で世界になじめない、残念な兄。

 一つ一つのエピソードを丁寧に書き留める著者の描写には、愛としか呼びようのないものが溢れている。なかでも、兄弟で人生について語り合うシーンが秀逸だ。「これが人生というものだろ」と言えずにいたおれの代わりに「これが人生ってやつだ」と兄が語るのだが、それでもおれは肯定できないのだ。「おれの心にずっとちらついていたのは『おさまりきらない』という言葉だった。その言葉の意味は厳密には分からなかったし、そもそも自分の言いたいこともよく分からなかった」。おさまりきらない。作家が言葉を駆使しても、人生はおさまりきらないのだ。

 あとがきにある「ありのままに思いかえすことができない」「たぶんこうだったんじゃないか、こうなるべきだった、こうならよかった、という思いが入り込んでしまう」という述懐は作家としての誠実さそのものだ。混乱している作家のハートが温かみと共にまるっと伝わってくる。この作家の言葉は信じるに値する。言葉選びに逡巡し、泣いて、怒って、笑って、人生を不完全なまま書いた。『This is the Life』。確かに、この題名以外にない。このストレートな題名を付けた蛮勇に心から励まされる。

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あおい書店可児店 前川琴美
あおい書店可児店 前川琴美
毎日ママチャリで絶唱しながら通勤。たまに虫が口に入り、吐き出す間もなく飲 み下す。テヘ。それはカルシウム、アンチエイジングのサプリ。グロスに付いた虫はワンポイントチャームですが、開店までに一応チェック! 身・だ・し・な・み。 文芸本を返品するのが辛くて児童書担当に変えてもらって5年。