『僕らの事情。』デイヴィッド・ヒル

●今回の書評担当者●精文館書店中島新町店 久田かおり

 弥生三月は別れの季節。今まで一緒に過ごしてきた仲間と別れ新しい世界へと踏み出す季節だ。
 てかてかでつんつるてんの制服にピンクの花を付けてもらい、後輩たちから拍手で追い出される光景がそこかしこで見られる。今でも憧れの先輩から制服の第2ボタンをもらうっていう儀式は行われているのだろうか。誰にもボタンを求められず、自分で引きちぎって帰る悲しい背中は今も見られるのだろうか。
 卒業式にも色んなドラマがあるのだよなぁ。若者よ、今にきっといいことあるさ、くじけず腐らず強く生きたまえ!
 
 卒業による別れはどんなに離れてたとしても、会おうと思えば会うことができる。時間とお金とその気さえあれば。 けど、どんなに強く望んでも二度と会うことの出来ない別れもある。
 ディビッド・ヒル『僕らの事情。』はそんな二度と会えない友達との別れを描いている。
 15歳のネイサンには筋ジストロフィーという病気の友人サイモンがいる。サイモンは車椅子生活なのだけど、その日々の生活の不便さを全く感じさせないほど前向きで明るい、というかかなりの毒舌家で自分の障がいさえもあっけらか~んと笑いのネタにしてしまう。このサイモンのキャクターが「病気モノ」にありがちな高湿度低温なステロタイプの感動小説とは違う空気をかもしている。
 サイモンは病気の人には親切にしよう、とか障がいを持った人は特別扱いしよう、という一方的な思いやりを拒絶する。施設に寄付するだけの慈善事業を否定する。病気も障がいもひとつの個性であり、何も特別なことではないのだ、と身をもって示してくれる。
 あぁ、そうだこれは、自称「伊坂幸太郎『チルドレン』一家に一冊推進運動委員長」の私が愛してやまないあの名場面と同じではないか。盲目の友人永瀬に同情した通りすがりのおばちゃんが彼の手に五千円札を握らせたときにお騒がせオトコ陣内君が叫んだ。
「俺は納得しないぞ。何で、おまえだけ五千円なんだよ。おかしいだろ?」
 目が見えないだけで他は何も変わらないだろう、というのだ。なかなかこうは言えないよな、というか思えないよな。永瀬はこの陣内君の言葉に惚れるわけだ。サイモンも永瀬も普通でいることを求めていたんだな。
 永瀬と陣内は変わらぬ友情を育んでいくのだけれど、サイモンとネイサンには別れがやってくる。二度と会うことのできない永遠の別れが。けれどネイサンは言う。
「またな、サイモン」
 そうか。ネイサンは思い出をきちんと心に刻み込んだのか。ネイサンにとってサイモンの死はひとつの卒業だったわけだ。そしてそこから新しい一歩を踏み出そうとしているんだな。これは友情の終わりではなく始まりの物語だったのだ。

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精文館書店中島新町店 久田かおり
精文館書店中島新町店 久田かおり
「活字に関わる仕事がしたいっ」という情熱だけで採用されて17年目の、現在、妻母兼業の時間的書店員。経験の薄さと商品知識の少なさは気合でフォロー。小学生の時、読書感想文コンテストで「面白い本がない」と自作の童話に感想を付けて提出。先生に褒められ有頂天に。作家を夢見るが2作目でネタが尽き早々に夢破れる。次なる夢は老後の「ちっちゃな超個人的図書館あるいは売れない古本屋のオババ」。これならイケルかも、と自店で買った本がテーブルの下に塔を成す。自称「沈着冷静な頼れるお姉さま」、他称「いるだけで騒がしく見ているだけで笑える伝説製作人」。