第六回 それでは出かけよう

▼インタビューの小道具

 これまでインタビューの準備を行なってきたわけだが、いよいよ出かけるとしよう。
 まずインタビューに出かけるにあたっての装備などを確認だ。必需品は以下のとおり。

① 録音機器(バックアップ用も)
② カメラ
③ 時計
④ 地図
⑤ ノート・資料ファイル・筆記用具
⑥ 手土産

 これらを鞄に詰め込もう。録音機器は一台では危険だ。故障や急なバッテリー切れも想定して二台用意する。僕はMD録音機を長年使っているが、サブ機としてテープ録音機を用意している。ロングインタビューの際は三台用意した。テープチェンジやディスクチェンジの際、せっかくの会話が切れてしまうのを避けるためだ。だからサブ機は三〇秒ほど時間をずらしてスイッチを入れる。
 カメラはインタビュー写真を撮るため。さいきんの雑誌では経費削減のためか、カメラマン同行は珍しくなってきた。あと、インタビュー写真以外に記念の品など、その場で見せられる場合がある。この時は記録しておきたい。
 時計はインタビュー時間を確認するために必要だ。インタビュー中は夢中になっている。時間配分を忘れて訊くこともままある。なので、目に見えるような場所へ腕から外して置いておく。多忙な対象者への心配りでもあるので忘れずに。
 指定の場所を前もって行く事でリサーチしておくのもいいけれど、大概は忙しいので出向くのは難しい。だからインタビュー場所への道順はプリントアウトして持って行こう。
 ノートと資料のコピーは持って行ってもいい。暗記して行こうとしてはいけない。ひとは必ず忘れるものだ。それにもう一つ利点がある。インタビュー対象者が目上であったり、こっちが萎縮しそうな相手なら、分厚い資料フォルダとノートをどんと目の前に置くだけで、ややこちらのペースになる。俺はあんたをここまで調べてきたんだぞ! 興味あるんだぞ! という意気を見せる。セコいが、なかなか効果のある小道具になるのだ。
 手土産は意外に忘れがちだが、持って行くといい。相手の趣味嗜好を知っていれば、会話の取っ掛かりに使える。甘党には近所の和菓子屋で菓子折りをもとめて渡すし、本好きに古書店で見つけた珍本を持って行く事もした。雑誌取材の場合は見本誌だって立派な話の端緒になるお土産だ。
 さて、①と②と④に関しては、いまスマートフォンという強い味方がある。僕はiPhoneを使用しているが、解像度的に申し分ない写真が撮れるカメラと音声ファイル化してメールで送れる録音機が搭載されている。しかもマップもあるので便利。三つの必需品が携帯端末に入っている時代が来るとは! とおじさん的感慨にふけってしまう。
 インタビューに持っていくものは、少し先に触れているけれど「小道具」として意識していた方がいい。落ち着かない自分を安心させるお守りでもある。
 ノートを広げ、段取りを書いたものに赤いペンで印をつけつつ、会話をはじめるだけで心が落ち着くものだ。相手はその姿を見て「おお、出来るな」などと思うか思わないか。この際、思うと信じておこう。分厚い資料フォルダ、録音機の脇に置く時計。インタビュー側の陣地がこれで出来上がりだ。後は突撃なわけだが、もう一つ、書き加えておく。
 それは身だしなみだ。僕が言える義理ではないが、最低限の格好はしていく。最低限とは相手がどのくらいラフでもオーケーかということだ。フォーマルを嫌う対象者もいる。そういう場合、僕は思い切って普段のままで出かけていくこともある。夏場のアロハに半ズボンというやつで。逆にうるさ型の場合、ジャケット、ネクタイにジーンズくらいで勘弁してもらう。僕は色弱で色眼鏡をかけているが、それを外して透明なレンズの眼鏡で臨む。相手をイラつかせないことを第一義にしてインタビューを開始することにしている。

▼どこでスタートするか? 落語の枕

 インタビュー開始はどこか? 
 意外にそこが未経験者や経験の浅いひとが迷うところだ。インタビューだって人間同士の付き合いの延長線上にある。だから、雑談が最初に来る。天気がどうとか、政治がどうとか。最近の面白い話題などを振る。僕は相手から声をかけてもらう前に、話題を自分から持ちだして反応を見る。ノーリアクションということは一件をのぞいて、これまでない。
「なんだか巨人は調子がいいですね。僕はトラキチなんで悔しいところですが」
 これは今年の五月に行った渡辺恒雄インタビューの前フリだ。ラフな格好でいいというので、ホントにくだけた格好で会長室へ伺った。僕の前フリに渡辺恒雄は「野球はわからんねえ、前の年とガラっと変わる」と言って笑った。笑えばこっちのもので次のフリを入れる。
「あの最近、岩波文庫の青版で『善の研究』が活字を大きくして注釈が加わった改版が出ましたよ」
 と、言うと哲学を専攻していた渡辺恒雄は身を乗り出して西田幾多郎についてと旧版の級数の小ささについて語り出した。ここまでで一〇分ない。で、「そろそろ」と断って録音のスイッチを押した。
 自分の入りを巧いとは思ってはいない。だけど、この間合を考えていた頃、そう一三年前の駆け出し時代、「これだ!」と思ったヒントを見つけた。それは落語の枕だ。ぼんやりと末広亭に出ていた立川談春の噺を聞いていると、時事的話題の後にスイッと本題に入っていくではないか。これだ、これですよ、なけなしのカネを使って遊びに来てよかったと思ったものだ。
 ここまで書いていて、僕が遅刻してしまったことを思い出した。告白するが、僕はかなりルーズな男だ。女性関係ではモテないので迷惑をかけないが、時間関係では結構失態をおかしている。大概はかなり前に準備を整えているのに、電車が停まってしまったり、道に迷ったり、緊張で下痢になったり、と原因がハッキリしているものもある。だが、ひどい遅刻では用意して、座っていたら眠りこけてしまったというのもある。情けない話だ。
 遅刻していった場合はどうするか。それはもう最初は謝る。謝るにしてもキッパリと、そして猛烈に謝るのだ。相手に理由を訊かれてから、事情を話す。その際、僕は少しだけ話を盛る。盛ってしまう、と言ったほうが適当かもしれない。
「蒲田駅でひとが落っこちてですね、慌ててみたらマネキンで、それが電車に撥ねられてバラバラですよ! 驚きましたけど、迷惑千万で」
 これは伊集院光とのインタビューでのこと。相手も笑いの人だ。即座に「盛ってるだろ」という眼を光らせた。敢えて彼はそうは言わずに「僕も吉祥寺駅かな、首が飛んだのを見たことありますよ、各車両のてっぺんをコンコン飛び回って、ジューススタンドの前に落っこってきたの」と切り返す。
 遅刻もまた枕になりうるという、参考にならない話だが、インタビューの発端は両者の肩慣らしに雑談が必要だということを述べたかったのだ。

▼インタビュー時の喋る速度は?

 通常の会話は速いスピードだ。意識していないだけに意外に思うのだが、一度、友人との会話を録音してみてハッとした。インタビュー時の二倍は早く喋っているのではないか。逆に話を訊く際にはゆっくり目に話しているということになる。
 駆け出し時代の録音を聞くとやや早い。意識してスローに喋ろうとしているのがわかるが、質問を消化しようとして必死の体である。最近では間がえらく空いている場合もある。ペラッと何かを繰る音が入っていたりするので、余裕ぶっこいてるフリをしているなとわかる。
 日常会話でもペースというものがある。どちらが聞き手かは判然としないが、会話のペースを掴んだほうのスピードで展開している。同じくインタビューでもペースは生まれる。このペースを作れるようにインタビュアーは心がけないといけない。聞き取りの際はゆっくりとが望ましい。相手がけたたましく会話を繰り出してきても、乗ってはいけない。受け太刀はグッと溜めて、ゆっくり押し戻す。
インタビューはゆっくり喋ったほうがいい。まず、相手に質問を受け止めてもらうことが大事であるから。相手もスローな会話に合わせてくれる場合があり、落ち着いたやり取りになる。
 それとインタビュー後の文字起こしの際に、ゆっくり喋ると聞き取りやすい。そういう色気のない役割も持つ。
 僕はノートを見ながら喋りをする。質問内容は予め頭に入っているのだが、会話の区切りをつけたいので、ノートを見て読むように質問をする。先ほど紹介した渡辺恒雄の場合だが、彼は弁舌が途切れない。驚くほど脳の体力のあるタフネスだ。質問に答えつつ、話題を広げていき、返す刀を自慢のパイプをくゆらせながら浴びせてくる。内心ハラハラしながら僕は受け太刀した。その場合の太刀はノートだった。
 ふと考えると今年、二〇一二年のインタビュー仕事で冷や汗をかいた相手は渡辺恒雄だった。逆に緊張しつつも引きこまれたのは、鎌田慧と小野民樹の対談進行と元講談社編集者であった野村忠男だ。
 直近のケースとしてライブ的に三つの仕事を叩き台にして、インタビュー真っ最中でのあれこれを考えてみたい。