第7回 特別編 座談会 焼酎割り飲料は東京のローカル文化だ!〈後編〉

2.ラムネビンのはなし

寺)あとはビンです。ラムネのビンをつくる職人がいなくなって、ビン代がものすごく高くなりました。

Q)ビン代は高くつくようですね。

寺)もう作っていません。平成元年に、国内のメーカーはオールガラスのラムネビンの製造をやめました。

神)プラスチックのキャップとガラスの胴の、2ピースの容器は作っています。

寺)苦肉の策ですよ。ビンがないからといって、商売をやめる訳にもいかない。代替ビンには風情がないとか、ご批判をよくいただくんですが、現実問題として補充がないわけですから、背に腹は代えられません。どうしてもオールガラスじゃなきゃだめだというお店、高級な飲み屋さんなどは、昔のビンを大事に使っているところもあります。正直申し上げて、ラムネを作っているメーカーとしては、そういう高級なところで出されるのは怖いのです。

Q)なぜですか?

寺)ラムネはビンのガラスが厚いから、異物が見えにくいし、洗浄しにくい。原液の段階で熱をかけるしかないので、完璧に殺菌できないのです。万が一ガスが抜けちゃうと、腐敗がものすごく早い。ですから、やりたくない。でも、やめられると困るというお客さまがいるので、仕方がありません。

神)オールガラスのビンがなくなるのは、時間の問題です。耐用年数があと何年もつかということだけ。

Q)昭和60年当時には、大阪に一軒だけビンメーカーがあったそうですが。

神)阪神ガラスでしょう。私どもは普通に使っていたけど、もうあそこのしか、ものがなかった。

Q)玉ラムネのびんが現役なのは、日本とインドだけのようですね。インドは出店で、その場で 充填して飲んでもらうスタイルのようです。
(脚注:野村鉄男『ラムネ』によると、「インドと日本のラムネだけに玉ラムネの密封法が残り」、インドでは街なかの車の上で作られ、出来たてが客にその場で供されるとある)

神)玉ラムネのびんはイギリスで生まれました。インドはイギリスの植民地ですから、本国では消えても、インドに残った。でも日本で残ったのは不思議です。
ramune.JPGのサムネール画像
寺)海軍の影響でしょう。軍艦の中で使っていたから。

Q)阿川弘之が書いていますね。

寺)うちにその当時の古い機械がありますよ。長田さん(長田商会・東京都台東区根岸)が残した鋳物の機械を、私に託されましたので、機械屋に複製させたんです。くるりと回して、ガスを抜くと、ちゃんとラムネが詰められます。イベント用として、今、東京に二台だけあります。

Q)ぜひ見せていただきたいです。


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