第9回 新しい庶民酒をつくる東京の地域力 〈後編〉

1.地域がつくる新しい飲料文化

 会社の原点に立ちかえって開発した新製品がハイボールだったというのは、古くから割り材を手がけてきたメーカーにふさわしいストーリーだと思います。それにしても、大手だけでなく、地場の割り材メーカーがこのように元気だということは、庶民酒を愛し支えつづける東京人がいかに多いかをあらわしているでしょう。

 「食文化の違いがあるように、割り材も、もとは関西と関東ではちがったようですね。私は、東京の人は、古いものから新しい文化をつくり出す能力に長けているのだと思います。たとえば、浅草のホッピー通りに行ってみると、煮込みの鍋を前面に出し、多くのお店がホッピーを提供している。中をのぞけば、非常に若い方々を中心に、女性客も半分ぐらい、外国人の観光客もいる。飲料を冠にした特色ある通りのイメージを、地域のみなさんが上手につくってしまった。もちろんホッピービバレッジさんの企業努力には頭が下がりますが、東京人は新しい文化をつくるのがうまいのだと思います」

 たとえば、「居酒屋さんなら、自店のメニューに合う飲み物を売りにしようとします。焼肉屋さんでも、料理に合うオリジナルの飲み物を考える。この料理を食べるなら、こういう新しいお酒が合う、とセットで売り出す努力を怠らない。お店を繁盛させ、地域を開発するかたが、ひじょうに優秀なのです」

 ハイボールの人気の理由を考えるとき、歴史に縛られない視点が必要だと、秦さんはいいます。「私は、ハイボールの歴史を追いかけていかなければいけないとは考えていません。たとえばキリンさんのシリーズ『世界のハイボール』を飲んでみて、まったく新しい切り口だと感じました。むしろ歴史的なものを引っ張らないほうが、新しい飲み物として人気が出るのではないでしょうか。今度のカンダ梅ハイボールも、そのつもりで開発しました。歴史は一つの土台にすぎない。それを引っ張らずに、新しい展開をしていくことが必要です。次の製品も、さらに新しい方向に発展させていきたいですね」

 それこそが東京らしさだということもできます。「東京は、絶えず古いものを更新して、新しい形をつくっていきます。たとえば上野に行くと、わざと立ち飲みにして、冷房がなかったり、不便な場所にある新規開店のお店が繁盛しています。値段をみると、決して安くないのですが、なぜか新鮮に感じます。終戦直後の立ち飲みを知っているかたは、なんだこんな(まがい)ものと思うかもしれないけれど、戦後を知らない私たちからみると、どこか新しい。便利なもの、快適なものだけではなくて、店先に椅子を並べて飲ませたり、ぜんぜん見知らぬ人とつながる感じがしたり、他人と話しやすい環境を作っている。そういう新しい店が何軒も出てくれば、そういうお店に合う飲み物がまた求められるわけです」

 新しい飲み物の需要を業務店が掘りおこし、飲料メーカーがそれに乗って、ヒット商品やロングセラーが誕生する。ハイボールは、秦さんが注目する、「新しいのにレトロな」お店の雰囲気にぴったりはまる飲料ではないでしょうか。それが若者から新しい飲料として認知された秘密なのかもしれません。

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