3月29日(金)書評依頼は4枚だったのに、12枚も書いてしまった話

  • 誰がために鐘を鳴らす (角川文庫)
  • 『誰がために鐘を鳴らす (角川文庫)』
    山本 幸久
    KADOKAWA
    907円(税込)
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 ただいま発売中の角川文庫、山本幸久『誰がために鐘を鳴らす』の解説は、私が書いている。その末尾に、次のような一文がある。

「本の旅人」二〇一六年三月号に、この解説の抄録が書評として掲載されました。

 これ、意味がわかるだろうか。この文庫本の刊行は、二〇一九年三月である。私の解説は、その二〇一九年三月刊の文庫本の巻末にある。それなのに、その抄録が三年も前に「本の旅人」に載ったというのだ。どういうこと? ようするに、文庫本の解説のほうが先にあったということになる。なんだかわからないと疑問を抱かれても不思議ではない。そこでその事情をここに書いておきたい。

 山本幸久『誰がために鐘を鳴らす』の刊行は、二〇一六年二月である。だから、私のところにこの長編のゲラが送られてきたのは、一月か、あるいは年末だ。「本の旅人」に書評を書いてほしいという依頼のとき、枚数は4枚、ということであった。

 未読のものについては読んでからの返事にしてもらっているのだが、読んだらびっくり。諾否の連絡の前に書評を書きはじめるのは私の癖だが(興奮やら何やら、忘れないうちに書いておきたいのである)、このときもすぐに書評を書きはじめたら、何と全然とまらない。延々と12枚も書いてしまった。

 で、編集者に連絡を入れた。とても4枚にまとめることは出来ないと。そのときは頭が沸騰していたので、一度書き上げた原稿を読み返しても、短くすることが出来ないのだ。ところが先方にも事情があって、その月はページに余裕がなく、全部は載せられないという。そりゃそうだよな、依頼の3倍を書くやつが悪い。

 すぐに書いてしまったので締め切りには余裕がある。で、数日寝かせていたら沸騰していた頭も冷静になり、そうなると今度はばしばし原稿を切れちゃうから不思議。なんだよ、平気で短く出来るじゃん。こうして4枚バージョンの原稿が、「本の旅人」二〇一六年三月号に載ったわけである。

 そのときの担当者から、「あのときの12枚の原稿はまだ残っていますか」と連絡が来なければ、そんなことがあったことを忘れていただろう。そういえば依頼された枚数の三倍も書いたことがあったなあと思い出し、パソコンの過去原稿の隅に眠っていた12枚バージョンを改めて文庫解説として提出した、という次第である。

 ではなぜ、あのとき依頼された枚数の三倍も書いてしまったのか。それはもちろん、この『誰がために鐘を鳴らす』が滅法面白かったからにほかならない。どのように素晴らしいかは、巻末の解説にたっぷりと書いたので、とりあえずはそれを立ち読みでもいいので覗いてみてください。

 ここではその解説のときに書き忘れたことを書いておく。この長編は、県立高校のハンドベル部の男子たちを真ん中に置いた青春小説だが、高校生を主人公にするのは山本幸久にとって初めてなのである。私はこの作家が小説すばる新人賞を受賞した『笑う招き猫』(2004年1月刊)から全作品を読んでいるが、私の記憶が正しければ(これがアテにならないのだが)、高校生にとどまらず、小学生中学生そして大学生にいたるまで、学生を主人公にした小説はないはずだ。つまり学園小説は本書が初。これまでの作品で主人公を務めてきたのはすべて社会人である。イヤだなあ、こんなに断言して間違っていたらどうしよう。そのときは謝罪して訂正しよう。(調べたら小学生を主人公にした『幸福ロケット』があった。やっぱりあるじゃん。ま、いいや)

 初めてだから何? と言うムキにはこう言いたい。山本幸久が青春小説という荒野に踏み込んできた、ということなのだ。『凸凹デイズ』という大傑作に見られるように、山本幸久はこれまでずっと、働く人間を描いてきたのである。そちらの方面では定評がある。そういう作家が満を辞して青春小説を書いたということなのである。そうか、山本幸久がとうとう青春小説を書いたのか、と私などはそれだけでぞくぞくしたものだ。この『誰がために鐘を鳴らす』はその記念すべき第一作である。この作品の向こうに、これから山本幸久が書くであろう幾多の傑作がある。興奮するのはそのためだ。

 最後に、文庫版の解説からこの一節だけは引いておく。

「つまりここで描かれているのは高校生活最後の一年間ではあるけれど、その向こう側に、彼らの未来があるということだ。それを説明でなく、具体的な挿話で描いていることが素晴らしい。本書は、ハンドベルを中心にした異色の学園小説であり、喧嘩しつつも繋がっていく友情小説であり、何度も目頭を熱くする家族小説であり、そして胸キュンの初恋小説である」