10月1日(火)植草甚一と草野唯雄

  • 小説は電車で読もう (植草甚一スクラップ・ブック)
  • 『小説は電車で読もう (植草甚一スクラップ・ブック)』
    植草 甚一
    晶文社
    1,512円(税込)
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 植草甚一に『小説は電車で読もう』という著作がある。もともとは東京新聞に、1971年9月から書き始めた中間小説時評で、連載は2年4カ月続いた。

 それが刊行されたのは1979年で、「植草甚一スクラップブック」の第32巻として刊行。私の手元にあるのは、2005年の復刊版だ。

 それをばらばらやっていたら、「競馬を知らないほくでも一気に読んでしまった」という見出しが目に飛び込んできた。なんだろうと思って、その項を読んでみた。

 この項で植草甚一が取り上げたのは、草野唯雄『天皇賞レース殺人事件』。内容を少し紹介したあと、植草甚一は次のように結んでいる。

「普通のサスペンス・スリラーでは一歩ずつ目的へと近づくとき希望を感じさせるものだが、ここでは絶望を感じさせるだけなのだ。たぶん二人は二十回くらい繰り返し失敗し、もう打つ手がなくなってしまうようになる。つまり普通とは逆な手法をつかっているのが、この作品の特色だ」

 ここでいう「二人」とは、騎手の成瀬幸吉と馬主の娘湯浅敬子。植草甚一がそこまで言うのならと急いで読んでみた。

 秋の天皇賞の最後の直線で、大本命クニホマレが突然左を向いたために伏兵2頭に先着される。クニノホマレの鞍上成瀬幸吉は八百長の嫌疑がかけられるが、成瀬の口座に150万の金が入金されていたことも発覚し、彼は出場停止処分を受ける。

 身に覚えのない成瀬は、クニホマレに噛み癖を教え込んだ(左を突然向いたのはそのためだ)何者かがいると考え、裁定委員の原に協力を依頼するが、その原が何者かに殺され、今度はその容疑が成瀬にかけられる。殺害現場の近くで成瀬を目撃した者が現れ、ついに成瀬は逮捕されるのである。

 ここから先は、湯浅敬子が調査に乗り出していく。彼女は成瀬と恋仲で、彼の無実を信じているのだ。父親の馬主湯浅照正は、あんなやつとは知らなかった、もう交際は禁じると厳しいが、この娘は諦めない。

 ここからあとの展開にも少しだけ触れておけば、アリバイを証明する人物も殺されて、成瀬は絶体絶命。最後は意外なことで真相が判明するが、このシーンは鮮やかだ。

 冒頭の、クニホマレが左を突然向くシーンでは、ディック・フランシス『本命』を想起させるし(ちなみに、『本命』の翻訳は1968年で、この『天皇賞レース殺人事件』の刊行は1972年だ)、なかなか健闘してい
るといってもいい。

 厳しく採点すれば、有馬記念の騎乗依頼がレース5日前に来たりすることなどを始めとして、強引な箇所もある。犯行動機には納得しても、協力する心理が理解しがたいなど、気になる箇所もある。しかし今から47年前に書かれた小説なのだ。そこまで厳しく言うこともあるまい。

 草野唯雄は、昭和37年に「宝石」誌の第一回中篇賞に応募した「交叉する線」で入賞してデビュー。その後、江戸川乱歩賞の候補に二度なり、70年代から80年代にかけて活躍したミステリー作家である。

『天皇賞レース殺人事件』は1972年、書き下ろしで刊行された長編だが、それにしてもこういう長編までを対象にしていたとは、植草甚一の時評はすごい。

 たとえば、150篇読んで、印象に残ったのは30篇だった、とある回では書いているが、これは小説雑誌に載った短編だけの数字で、この草野唯雄『天皇賞レース殺人事件』のようにその月に出た単行本まで読んでいるのだ。さらには翻訳小説、そして未訳の本(つまり原書だ)まで、この時評には登場する。

 小説雑誌に載っている全短編だけでも大変だが(いまと違って、当時は読み切りの短編が多かったろうから。いまは連載が多いので純粋な短編は意外に少ない)、それ以外に単行本、翻訳書、原書ときてはもう通常の人間では手に負えない。しかもそれを2年4カ月の間、毎月なのだ。想像を絶する。

 昔はすごい人がいたものだ、とひたすら感心するのである。

 ただひとつ、この「植草甚一スクラップブック」、特にこの『小説は電車で読もう』に不満なのは、索引が付いてないことだ。索引が必要ない本もあるけれど、これは付けるべきだったと思う。内容は素晴らしいのに(「中間小説への挽歌」という筒井康隆の解説もいい)、画竜点睛を欠く、とはこのことだ。