永らくご愛読いただいておりました「たのしい47都道府県正直観光案内」は、第19回奈良県より「本の雑誌」に連載が移りました。当ホームページでは宮田珠己さんの新連載「無脊椎水族館」をスタートしました。合わせてお楽しみ下さい。

第14回 愛知県

 2016年に名古屋市が実施した「都市ブランド・イメージ調査」で、「行きたい」度が、国内主要8都市(札幌・東京・横浜・名古屋・京都・大阪・神戸・福岡)中ダントツ最下位、7位大阪市の10分の1にも満たないポイント数という不名誉な結果に終わった名古屋市。自分で調べて自分が最下位だったわけで、はじめから、ひょっとしたら、という危機感があってあえて調べたのではないかと思われます。

 たった8都市の比較とはいうものの、たとえばこれに仙台、広島が加わったとしても、さらに金沢・松山・熊本などが加わったとしても、きっと最下位だったんじゃないかと思わせてしまう名古屋ブランド。自他ともに認める「とくに行ってみたくない」感は、かなりの深刻度といっていいでしょう。

 ためしにここで名古屋の観光地を思い浮かべてみます。名古屋城、熱田神宮、名古屋港水族館、東山動物園......とここまで書いたら、たしかに手が止まってしまいました。あとなんだっけ? 

 んんん、金のシャチホコを見にわざわざ名古屋に行くかと言われると、ちょっと厳しい。

 仮に名古屋だけでなく愛知県全域に目を向けてみても、さほど状況は変わりません。強いてあげれば、国宝犬山城、明治村、常滑などの観光地があった気がしますが、日本の3大武将を生んだ土地にしては、この観光資源の少なさは異常と言ってもいいでしょう。

 こうなると、愛知県は新幹線の窓から見ればいいや、とさっさと結論を出してしまいたい気持ちになりますが、ちょっと待ってください。それは早計というものです。実は愛知県の底力はこんなものではありません。それどころか、ある意味では全国トップクラスの観光県とも言えるのです。

 先入観をふり払い、真っさらな目でよくよく愛知県を見てみると、そこに他県の追随を許さない素晴らしい観光資源が眠っていることに気づきます。気を持たせずに結論から言いましょう。

 愛知県が全国に誇れる観光資源、それは「B級スポット」です。

 2000年以降急速にその名が知られるようになったB級スポットが、どういうわけか愛知県に集中しています。具体的に統計をとったわけではありませんが、私の印象では、単位面積あたりのB級スポット数は全国平均の倍、いや、それ以上あるような感じがします。

 例をあげましょう。

 まずは桃厳寺の名古屋大仏。高さ15メートルほどの大仏が千種区の街なかに鎮座しています。ビルやマンションに交じって大仏がそびえる光景はかなりのインパクトです。しかもド派手な緑色。なぜ緑色かというと、ご住職が好きな色だからだそうで、仏像が好きな色に塗ってもいいものだったとは、初めて知りました。

 ほかにも江南市には、得体の知れない笑みいを浮かべた布袋大仏があります。高さはさほどではありませんが、住宅の間から、ぬっと姿をあらわすさまは、かなり異様。背中は建物と合体し、大仏としても異形です。

 さらに東海市の工場地帯の高台にも聚楽園大仏がある。どの大仏もそれぞれ単体では有名でなくても、これだけ密集して存在しているとなると特殊です。

 大仏以外にも、親鸞聖人の教えを数々のコンクリート像で表現した五色園は、だだっ広い公園に、唐突にユルい像が置かれてあって、どういうジャンルの観光地と考えていいのか理解に苦しみます。犬山市のはずれにある桃太郎神社にも同様のコンクリート像があふれ、そもそもなぜ犬山に桃太郎かという大前提からしてよくわからないうえに、コンクリート像のユルい表現がB級度をいやましに増しています。これらのコンクリート像を製作したのは浅野祥雲という昭和の仏師で、今ではひそかに研究本も出るほど人気上昇中。

 え、知らない? 

 いやほんとに人気なんです。「B級スポット」界では知る人ぞ知る存在です。

 このほか、豊田市に仏像がひたすら並ぶ風天洞と呼ばれる岩窟、蒲郡市には貝殻で作られたジオラマが延々続く竹島ファンタジー館など、きりがないのでこのへんにしますが、よくぞこんなに変なスポットばかり集まったものだと、吸引力の強さには驚くばかりです。

 なぜ愛知県にこれほど「B級スポット」が多いのでしょうか。

 大都市近郊のわりに土地が余っていた、名古屋人のヘンなもの好きな気質、などさまざまな説が唱えられていますが、真相はいまだ解明されていません。解明しようとしている人がいるのかどうかも定かではありません。

 しかし、そういえば名古屋には他県では見られない変な食べ物が多い。おまけに独特な喫茶店文化が発展しており、そこには何かしら一貫したポリシー、もしくは性癖のようなものがうかがえます。

 だとするなら、それこそが名古屋そして愛知県の、他県に優る個性であり、お城だの水族館だのどこにでもありそうな観光施設に頼るよりも独自の道をゆけという、これは神のお告げなのではないでしょうか。

 B級と呼ばれるのが面白くないなら、珍スポットでもいい。

 愛知県のキーワードは「珍妙」。

 いいのではないでしょうか。

 この線をもっと打ち出しておけば「行きたい」度最下位などという不名誉な地位に甘んじる必要はなかったはず。いやそれでも最下位だったかもしれませんが、もはやどうあがいても、A級路線では、日本の首都である東京や、有力観光地を擁する関西には勝てないのです。ここは虚栄心を捨て、先入観を捨て、自分たちの真の価値を見つめなおすことによって、21世紀の新しい観光を牽引していくべきです。愛知県にはそれだけのポテンシャルがあるのです。

 え、何? B級とか珍妙とか言われるぐらいなら観光客なんか来なくていい?

 何を言うか!

 今こそエリート意識を捨て、地に足のついた発想が肝要。

 決してバカにして言っているのではありません。真に新しいものは、最初は理解されないものなのです。そしてそれは異端のなかからしか生まれないのです。

 今は珍妙でも、それは22世紀のスタンダードかもしれない。愛知県の可能性は無限です。