永らくご愛読いただいておりました「たのしい47都道府県正直観光案内」は、第19回奈良県より「本の雑誌」に連載が移りました。当ホームページでは宮田珠己さんの新連載「無脊椎水族館」をスタートしました。合わせてお楽しみ下さい。

第15回 広島県

 広島県は、観光地に恵まれています。外国人観光客も非常に多く、他県がうらやむほどの充実ぶりです。

 筆頭はなんと言っても安芸の宮島。

 海の中にそそりたつ大鳥居は、富士山や芸者とならんで日本観光の象徴ともいえます。外国人が鳥居というとき、頭に思い浮かべているのは約92%が厳島神社のものと言われているほどです(テキトー)。

 鳥居だけでなく、海面すれすれに建つ厳島神社もユニークで、島の奥にはお寺もあれば渓谷もあり、さらにロープウェイで山頂に登ることもできたり、水族館があったり、鹿がほっつき歩いていたり。狭い島のなかに見どころがコンパクトに詰まっている環境は、優良観光地のお手本といってもいいでしょう。観光客は、こういうなんでもありの箱庭的スポットが好きなのです。聖と俗、歴史とモダン、自然と人工、そういったもろもろが入り混じったところに動物でダメ押し。鉄壁のフォーメーションというほかありません。

 宮島以外では、オバマ大統領がやってきた平和記念公園があります。

 ここにある原爆資料館は、日本人なら、いや、地球人なら一度は見ておくべき施設でしょう。かつては入口に巨大なきのこ雲の写真があって、どーんという大きな音とともにオレンジ色に光っていました。あとに続く展示もそれはそれは恐ろしく、見学した日の夜はなかなか寝付けないほどのインパクトを残したものですが、今ではずいぶん小ぎれいなミュージアムになり、かつてほど真に迫ってこなくなったのは残念な気がします。

 ともあれ、以上の2ヶ所(厳島神社と原爆ドーム)はともに世界遺産であり、世界遺産をふたつも持つ県などそうそうあるものではありません。

 そして広島県のすごいところは、これで終わらないところです。

 映画と坂の街尾道、映画『崖の上のポニョ』の舞台とされる鞆の浦など、風情のある町が並んでいるかと思えば、最近では呉にある大和ミュージアムや、うさぎ島として知られる大久野島も人気上昇中。

 さらに何といっても忘れてはいけないのは、しまなみ海道でしょう。尾道から愛媛県の今治まで、6つの島を伝って伸びる道路は、歩行者や自転車でも渡れるとあって、人力で渡れない岡山=香川間の瀬戸大橋以上に親しまれています。

 また、しまなみ海道のほかにも、とびしま海道と呼ばれるもうひとつの海上の道があるのを知っているでしょうか。これは呉市の東から5つの島を伝って西へ延び、現在愛媛県の岡村島に渡ったところで終わっていますが、地図を見ると、その先も橋をかければ、しまなみ海道の大三島に接続できそうです。

 というか地図を見るとですね、そこはもう橋をかけて繋いでくれといわんばかりの島の並びなのであって、橋がないほうが不自然なぐらいです。でなければ、なぜ岡村島まで橋で繋いだのか。ここはぜひ愛媛県に圧力をかけ、岡村島から大三島を繋いでもらえると、瀬戸内の旅のバリエーションがさらに豊富になっていいと思うので、国土交通省もリニアなんか造ってないで、ここに橋をかけてほしいところです。地元にどんなメリット・デメリットがあるか全然知りませんが、私の観光の都合上ここには橋が必要です。

 というわけで、広島県の紹介は、観光スポットいっぱいめでたしめでたし。で終わってもいいのですが、ここで冷静になって考えると、ある事実を忘れていたことに気づきます。

 広島県の上のほうはどうなってるんだっけ?

 ここまで挙げてきたのは、すべて瀬戸内海沿いのスポットでした。しかし広島県にとって瀬戸内海沿岸は、片面でしかありません。いや片面どころか面積でいえば、県全体の3分の1ぐらいではないでしょうか。残りはどうなっているのか。

 山になっています。

 順風満帆、向かうところ敵なしの瀬戸内に対し、圧倒的に存在感を消されている中国山地がそこにあります。そしてまさにそれこそは、兵庫県の項でも触れた西日本大味ベルト地帯の一部なのでした。

 西日本大味ベルト地帯とは、兵庫県中部の竹田城から西に向かって山口県の秋吉台にぶつかるまでの、中国地方の山中を東西に貫く観光地密度が著しく低いゾーンのことで、まあ何も観光だけが存在意義ではないので現地は大きなお世話とは思いますが、旅行者としてはこのへんに何かひとつぐっとくるものが欲しいところです。

 広島県でこのあたりの観光地といえば、三段峡や帝釈峡などの渓谷ということになるでしょうか。

 ただ日本はそこらじゅう渓谷だらけで、われわれはこれまでの人生で、もうさんざん渓谷を見てきました。渓谷なんて、わざわざ広島県まで出かけなくても近所にある。大都市圏を除けば、スタバに行くより渓谷に行くほうが近いぐらいです。

 そもそも渓谷とはつまり谷底のことなので、新緑や紅葉の季節は美しいものの、普段はどこも狭くて暗くて陰気です。しかも寒い。釣りでもするなら別ですが、もともとそんなに長居したい場所でもありません。これはもう地形的にどうしてもそうなので、この陰気をどう克服するかという点も、渓谷界全般の課題といっていいでしょう。

 うれしいことに、最近はキャニオニングやラフティングなど、アウトドアスポーツ方面から打開の兆しが見えはじめており、陰気でもいいから体ごとぶつかっていこうという体育会系の発想が、渓谷界に新たな潮流を生み出しています。中国山地でもどこかでやってると思うので、好きな人は行くといいでしょう。といっても、それも全国そこらじゅうにあるわけですが。

 あと中国山地といえば、昔ヒバゴンという謎の生物の存在が取り沙汰されたことがあります。しかし、ツチノコだのイッシーだの、そういった謎の生物も今ではもう魅力を感じられなくなってしまいました。写真も映像も自由に捏造できる時代、UFOだの幽霊だの謎の生物は飽和状態です。今はそれより深海生物でも見ていたほうが現実的に面白く、もはやヒバゴンの出番はないと思ったほうがいいでしょう。