永らくご愛読いただいておりました「たのしい47都道府県正直観光案内」は、第19回奈良県より「本の雑誌」に連載が移りました。当ホームページでは宮田珠己さんの新連載「無脊椎水族館」をスタートしました。合わせてお楽しみ下さい。

第16回 神奈川県

 最近、神奈川県に対するバッシングが強まっているという話を何かで読みました。エラそう、すかしてる、他県をバカにしている、というのです。

 たしかに、のっぺりと起伏がなく退屈な関東平野から少し距離を置いているせいか、関東にあるにしては、珍しくメリハリのある県になっており、やっかみもあってそんなふうに言われるのかもしれません。神奈川県をひとことで言うなら「すかしてる」とでも断定してみれば、なんとなくそうかもしれないという気がしてきます。

 しかし本当にそうでしょうか。

 神奈川県とひとくちにいっても広い。横浜や湘南、鎌倉だけでなく、三浦半島や、丹沢の山々もある。北は東京の高尾山の裏側まで広がり、西はなんと静岡県のものかと思っていた箱根や芦ノ湖までも実は神奈川県というのですから、これらすべてがエラそうだというのは無理があります。

 果たして丹沢の山々がすかしているでしょうか。

 芦ノ湖が他を見下しているでしょうか。

 仮に神奈川県に他を見下している者があるとしても、ごく一部の地域に過ぎないでしょう。

 それより、神奈川県にはもっと大きな特徴があります。ひとことで言うなら、それは「ジオラマ感」です。

 どういうことか説明しましょう。

 神奈川県には観光地がたくさんあります。

 横浜周辺には、みなとみらいや中華街、山下公園など定番スポットが集中していますし、少しいけば古都鎌倉や江ノ島もあり、箱根には幾多の温泉や大涌谷、芦ノ湖もある。

 その他、よくよく見れば、海、山、大都会、島、渓谷、湖、温泉、古都、城、庭園、遊園地、動物園、水族館、博物館、美術館、パワースポットなど、考えうるほぼ全種類の観光資源が揃っているのです。足りないものといえば、湿原と鍾乳洞ぐらいでしょうか。いや、それとてどこかにあるかもしれない。

 とにかくなんでもある。それが神奈川県の特徴です。

 というと向かうところ敵なしと思われそうですが、ひとつひとつ見ていきますと、そのほとんどが小さい、もしくは狭いということに気づきます。

 たとえば古都鎌倉は、京都、奈良に比べてかなり狭い。一時は日本の中心になりかけた都にしてはずいぶんな狭さです。

 大仏も小さい。かつては奈良の大仏に次ぐナンバー2の位置を誇っていた鎌倉大仏ですが、そこらじゅうに新規の巨大仏が乱立する今のご時世、歴史的価値は別として、見た目のインパクトはどうしても弱くなってしまっています。

 また東海道線に乗っていると、大船の小高い山に大船観音がのっそり建っているのが見えますが、あれも大きそうに見えて上半身しかありません。

 江ノ電も狭いところを走ります。ところによって民家の軒を擦りそうなほどです。

 山だって低い。大山という山が県の中心にそびえ、信仰の対象となっていますが、大山というわりに高さは1200メートルちょっとで、同じ大山と書くのでも鳥取県の伯耆大山とはずいぶん違います。

 その他、小田原城もとくに大きくありませんし、あんまり関係ないけど横浜名物のしゅうまいも小さい。

 そもそも三浦半島にしてからが、東の房総半島、西の伊豆半島に比べて、ずっと小さいわけです。もっと小さい真鶴半島なんていうのもある。

 いったい神奈川県には大きなものがあるのでしょうか。ランドマークタワーぐらいでしょうか。大磯のビーチがロングだ、という意見もありますが、全国的に見ればそのぐらいロングな浜はいくらでもあります。

 このように、これといって大きなものがない神奈川県なわけですが、だからといってバカにしたいわけではありません。むしろそこがいい。神奈川県が面白いのは、それら小さきものたちが、ごちゃごちゃに入り混じって、そこらじゅうでジオラマ感をかもし出しているところなのです。

 たとえば江ノ島。小さな島のなかに神社あり商店街あり、タワーもあれば、登山用エスカレーターまであり、裏に回れば大きな洞窟もある。島全体がまるで箱庭のようです。

 また、江ノ電のミニチュアっぽさは言うまでもありません。路地並みに狭い線路を走る姿は、もうまるごとジオラマにしたいほどかわいい。同じ電車でいえば、箱根登山鉄道も小さな電車がゴトゴト山を登り、その途中途中にいろんな温泉がある。なんとも贅沢で密度の濃い路線といえます。

 まだあります。湘南モノレールをご存知でしょうか。大船から江ノ島にかけて、日本でも数少ない懸垂式のモノレールが走っています。乗ってみると、古い住宅地の上をガタガタ走り、山あり谷あり、トンネルや急勾配の坂まであって、まるでジェットコースターのよう。終点は高いビルのてっぺんだったりするのもなんだか不思議で、これら3つの路線を、私は神奈川3大ジオラマ路線と呼びたい。

 それだけではありません。三浦半島も小ささのわりに高低差が激しく、京浜急行で走っていくとこれまた崖ありトンネルありの風景がめまぐるしく変化するジオラマ半島になっています。

 その三浦半島の先には、ひとつの川を源流から河口までまるごと保存した小網代の森があって、遊歩道を歩けば、1時間ちょっとで川の全部を見て回ることができる。

 1時間で川全部! なんてコンパクトなんでしょうか。こんな場所は全国でも滅多にありません。

 このように、なんでもあって、すべてが小さくて、それがぎゅっと集まっている。そんなジオラマの中をさ迷う幻惑感こそ、神奈川観光の魅力です。

 めくるめく神奈川。

 そして、そんなジオラマ県のまさに象徴ともいえるスポットが横浜にあります。

 原鉄道模型博物館。

 フロアいっぱいに広がる全国屈指の巨大鉄道模型は、何時間でも見ていられる密度と完成度で、われわれを別の世界に誘ってくれるのです。