WEB本の雑誌

3月25日(月)

 山下書店社長山下重之氏がお亡くなりになり、浜本とふたりその葬儀に参列。

 僕は冠婚葬祭の立ち居振る舞いでその人の人生経験の豊富さがわかる…と考えているのだけれど、僕自身は完全にまだまだといった感じだ。ご焼香の順番を待ちながら、前の人のやり方を真似しなければとそのことばかり気になってしまう。ところがその前の人というのが発行人の浜本で、どうも浜本もこういう場に慣れていない様子でキョロキョロしているのだ。手本がこれでは困るのだとイライラしているうちに、僕の番となり、やっぱりぎこちないご焼香になってしまった。きっと周りの人にそんなぎこちなさが伝わっているはずで、恥ずかしい。

 こんなことばかり気にしていたので、しっかりとご冥福をお祈りすることができず、情けない限り。何だか、ここまでの文章自体もこういうときに使用される正しい日本語になっていないようで、さらに恥の上塗りをしているような気がする。まあ、誤魔化しようない現実だから仕方ないだろう。

 さて、山下書店さんというのは、本の雑誌社にとって恩人的な書店さんである。顧問目黒の名著『本の雑誌風雲録』のなかでは触れられていないが、酒席で聞いた話によると、この社長さんにはとてつもないほどお世話になったそうなのだ。それはこんな話だった。

「あのね、まだ『本の雑誌』を作り出してすぐの頃、新宿の山下書店に営業に行ったんだ。そしたら、担当者がたまたま知っていてくれて、どうにか置きたいって話になったの。でも、その頃はまだ<直>雑誌だったから、置くということは書店さんにとって経理的な面倒が一杯出てくるんだよ。毎号毎号精算して現金で支払っていくわけだから。それでも、店員さんは置きたいって言ってくれて、社長に相談してみましょうって、社長さんを呼んで来てくれたわけ。そんで、じっと僕と店員さんの話を聞いていた社長が最後に言うのさ、『置こう』って。すごいうれしくて10冊にしますか? 20冊くらいにしますか?って質問したんだけど、そしたらさ、全支店分って言うんで驚いちゃったんだ。」

 そんな話を聞いていたので、僕は山下社長に初めてお会いしたとき深々とお辞儀をした。すると社長さんは独特のダミ声で
「目黒くんや椎名くんの下でいっぱい勉強しなさい。そして頑張りなさい」と声をかけてくれた。その頃、まだ、僕は本の雑誌社に入社して間もない頃で不安だらけだったから、この言葉はものすごく心の響いた。

 その後はほとんどお会いすることが出来なかったけれど、山下書店さんの各店を訪問しているうちに、そのオーラを存分に感じるられることが出来た。

 たいていお店や企業というものは、支店を出していくうちに、何となく経営者の心意気が届かなくなるものだ。ところが、この山下書店さんはどのお店を訪問しても同じカラーが漂っている。それは、本が好きだということ、本をしっかり売ろうということ、そしてそんなことを含めもっと大切な、書店人としてのプライドを持って働いているということだった。こんな息づかいが、店員さん誰もから感じられるお店はそうそうないと思う。

 各店の担当者さんに山下社長の話を聞いてみると、ちょっとうるさくて大変なんですよなんてニュアンスな愚痴も聞こえて来るが、その根底に流れている社長さんへの大きな想いがこちらにも伝わってくるほどで、そんな話を聞くのが僕は大好きだった。こんなに血の通った会社があるのか…とときには涙を流すほど心温まる話もあった。

 そうそう、大事なことを忘れていた。

 書店さんは現在POSシステムを導入するお店が増えている。それは、売上や在庫管理を容易にするシステムであるが、ひとつの弊害としてそれに頼ってしまって人が育たなくなる可能性を秘めている。そのことを危惧していた山下社長は、断固として導入を拒んでいた。このことだけでも、その書店人としての姿勢が伝わるのではないだろうか。

 僕が見聞きした山下社長のイメージは、まさに書店職人であり、そして最後まで現役を貫いた立派な書店人である。山下書店の現在の社員の方々にも、その血は脈々と流れ続けていると僕は感じている。

 深く深くご冥福をお祈り致します。