9月5日(木)
押し売りとか押し込み強盗という言葉は聞いたことがあるけれど、押し掛け生徒というのは聞いたことがない。本日突然、何の前触れもなく画伯沢野がパソコンを抱えてやって来たのだ。ちなみに沢野は児童書の出版社で長年営業をしていたから、本の雑誌社での立場は、取締役営業部長となっている。ということは、僕の直属の上司になるのだが、まあ、そういうことを意識したことはない。
沢野は颯爽と現れ、いきなり
「金子いる? 金子」と叫んだ。金子は電気屋に出かけていた。
「じゃあ、浜本は?」
机の下に隠れるようにしていた浜本は、小さな声で返事をした。
「あのさ~、パソコン教えて」
それからすぐ浜本にとっては非常に有り難いことに、金子が戻った。二人はまず昼飯を食いに行き、会社に戻ると、日が暮れるまで「即席パソコン講座」を開催。
パソコンを前にすると、椎名、目黒、沢野の3人の人間性がハッキリする。
まず顧問目黒。
すでに初めからパソコンを理解することをあきらめているので、とにかく自分が必要な情報だけを手にしようとする。ワープロ、ネット、それ以外のことは、まったく興味を持たず、とにかくひたすら、元助っ人のCさんと金子にその部分だけの使い方を教わる。だからいまだにROMとかRAMとかハード的なことはまったくわからないし、簡単なメンテナンスも覚えようとしない。パソコンを使うにあたっての座右の銘は「とにかく近くに詳しい人がいること」だそうだ。
次は編集長の椎名。
椎名は基本的に機械に興味がある。だからパソコンを前にして、いろんなことを質問し、得意の擬人化した方法で理解しようとする。だが、どうもその限界を超えてしまうようで、「うーむ」と唸り、途中で放棄。そしてパソコンなどなかったことにしてしまう。
最後に営業部長の沢野。
沢野はとても真面目な人なので、とにかく疑問に思ったことを何でも聞いてくる。パソコンを理解しようとしている気持ちは3人の誰よりも強く、メモもしっかり取る。ただ、しばらくすると同じことをまた質問してくるので、金子は粘り強く説明を繰り返さなければならない。
有名な「ホトトギス」の句で当てはめると、「殺してしまえホトトギス」が椎名で、「待とう」が目黒。「泣かせてみよう」が沢野といった感じか。
目黒の「待とう」は何も理解できるその日を待っているのではなく、誰かホトトギスを鳴かせるのが上手い人が来るのを待っているのだが…。
金子は何度も何度も
「僕、仕事しないと…」と呟いていたが、沢野は聞こえていないのか、聞こえないフリをしているのか、「どうして?」「これは何?」を連発し、時間は刻々と過ぎていった。
それでもとにかく第1回講義でワープロの使い方は終わったようで、次回からは添付して原稿を送るよと豪語し沢野は来たときど同様、颯爽と帰っていった。
いったい沢野はどこまでパソコンを理解するのか、そして本の雑誌社は予定通り単行本を出せるのか…。様々な問題が沸き起こる「パソコン講座」であった。
◆今日売れていた本
銀座・某書店 『<映画の見方>がわかる本』 町山智浩著 洋泉社
「うちはこの『映画秘宝コレクション』シリーズが売れるんですよ。週5、60冊ペースで出てて、堂々の1位ですよ」