WEB本の雑誌

1月31日(金)

 直行で営業に出かける。ノドが痛く、鼻水が止まらない。熱は計っていないけれど、全身が熱くなっているのがわかる。

 本の雑誌社に採用された理由が、「健康保険証を歯医者以外で使ったことがない」という理由だった僕。だからできる限りその期待に応えるため、休むわけにはいなかい。

 ちなみに本の雑誌社の営業は3年以上続かないという定説があったが、それもすでにダブルスコア並に更新しそうだ。たぶん歴代営業マンのなかで勤続年数最長なんじゃないだろうか。こんなだらしがない会社の水にあってしまう自分が怖い。

 ふらふらしつつ、営業を続けたが、午後になってダウン。もうちょっとやっておかないと来週が大変になることはわかっているけれど、早めに会社に戻ることにした。

1月30日(木)

 かつては態度の悪い営業マンには注意を与え、ダメな本にはしっかりダメだしをし、また配本などのトラブルでは出版社に怒鳴り込むような書店員さんがたくさんいた。しかし、今では世の中に叱る人が減ってしまったように、書店員さんで小言を言ってくれる人が減っている

 本日会った書店員さんは、そういう時勢のなかでは珍しく、ある意味、厳しい人である。

「この前ある営業が来てね、いきなり挨拶もなしに、この本とこの本が棚にないから置いてくれって言い出すの。こっちは夕方でものすごく忙しい時間でさ、もちろん営業マンの気持ちもわかるけど、そうじゃないでしょって怒ちゃったよ。なんかわかってくれない人が増えてるよね」

 書店さんから見たら、何も言わずにわかる営業マンが減っているってことになるのだろう。

「でね、次は別の出版社から電話がかかってきて、売れ行きの良い本の増刷が出来上がったからどうか?っていうんだよね。まあ、確かに売れていて必要だから、○部下さいって言ったら、それじゃ少ない、他店のどこでは何部注文を頂いたなんてことを話出して、ぜひレジ前とか入口で大きく展開してくれっていうの。でもさ、その営業、うちのお店の担当らしいんだけど、一度もお店に来たことがないんだよ。どうして棚も客層も見たことないのに、他との比較できるわけ? もういらないって断ったら、向こうが焦ってさ…」

 話を聞きながら、思わず自分の仕事を振り返ってしまった。失点は相変わらず多く、この書店員さんの言葉が強く胸に刺さる。ああ、まだまだ、だとうなだれる。

 そのままその夜、その書店員さんと飲みに行った。これだけ厳しい人ならば、孤高のといっては大げさだろうけれど、孤立してしまうんじゃないかとちょっと心配だった。しかしその飲み会には10名以上の人々が参加していて、それも営業マンばかりでなく、フリーの編集者、ライター、取次店、ネット系書店員さんなど出版業界に関わるほとんどの職種の人が顔を揃えていた。いち書店員さんがひらく飲み会で、これだけの人が集まるのは珍しい。

 互いの信頼関係は強烈に強く、こんな企画があるんだけど…なんて話をすると、そうじゃなくてこういう本をよく聞かれるよなんて議論がされていた。久しぶりに気持ちの良い飲み会に参加し、僕は背筋を伸ばしつつ、いろんな考えに聞き入ってしまった。

1月29日(水)

 本の雑誌社七不思議のひとつ。

「単行本編集の金子は食事をしない」

 僕、金子と6年間つき合っているのだが、その間一度も食事している姿を見たことがない。ふと気になって金子不在のときにその話をしたら、すでに10年以上のつき合いになる発行人の浜本が「あっ!」と声をあげた。

「オレも見たことないぞ。昔から編集部は8時を過ぎると出前をとっていたけど、アイツが何か頼んだこともないし、何か持ってきているわけでもない。10年以上一緒の部屋で働いてるけど確かにめしを食っている姿を見たことがない…」

 そもそも編集部は不規則な出社で、朝昼晩なんて感覚はないだろうが、それにしても12時頃には出社し、金子が家路につくのはおおむね11時過ぎ。ざっと11時間以上で、それだけあれば誰だって腹が減るだろう。

 金子が口にしていたのを見たことがあるのは以下の品々。
 飴。
 ヨーグルト。
 あんパン。
 ゼリー飲料。

 これくらいしか思い当たらない。とても成人男子が生きていける食生活とは思えない。しかし本当に何も食べていないのだ。

 いやはや、どうして金子は生きていけるのか? もしかしてエネルギーの摂取方法が違うんじゃないか。謎は深まるばかりである。
 

1月28日(火)

『未読王購書日記』の営業が続いている。この新刊、非常に説明がしずらい。いや、もちろんネット上で日記は読んでいるし、金子から上がってきたゲラに目は通しているので、すこぶる面白いのはわかっている。しかし、それをどう説明したらいいのかわからない。

(ある日の営業会話)

「2月の新刊なんですけど」
「えっ?! 何? 未読王って?」
「その名のとおり、未読の王様なんです。本を山のように買うんですが、ほとんど読まない人の購入日記です」
「積読ってこと?」
「いや、ゲラを読む限り、どうもそういうわけでもなく、元々読もうという意欲はないような気がします。ただ買っているだけみたいなんです」
「うーん…。古本界の中村うさぎってこと?」
「中村うさぎさんは、ちゃんとブランド物を着ていますよね」
「……」

 しかし、書店員さんも本好きな人が多いわけで、何となく会話をしているうちに、未読王と自分をダブらせ(本当はダブらせてはいけないと思うのだが)は妙な親近感を持ち、しっかり注文してくれる。

「こういう人が増えたら出版業界ももっと儲かるのにね」

 僕は黙ってお店を後にした。

1月27日(月)

 ただいま、どこの書店の文芸担当者さんも頭にツノが生えている。いやもう、それは恐ろしいくらい鋭利な先端をしていて、ひと突き絶命の恐ろしさが漂う。いったい何に怒っているのかというと、今回の直木賞に受賞作がなかったことにである。

 いまさら直木賞なんて効果があるの?と思う人がいるかもしれないが、それはまあ、昔に比べたら確かにその効果は低いかもしれないが、これだけ本の売上が悪いとそれでも大きな意味を持つのである。

 候補に挙がった本は、その時点ですでに新刊ではないわけで、平台に載っていてもそれほど目立った動きをしているわけではない。それがある一夜を境に、一日5冊でも10冊でも売れるとしたら(もちろん大型店ならもっと売れるだろう)これは売上確保として非常に大きいものだ。

 とにかくもう「1月の売上はどんな感じですか?」なんて文芸担当者さんに尋ねようものなら、すぐさま「直木賞」の言葉が出てきて、その後に怒りに満ちあふれた言葉が続く。特に今回の場合、選考過程のコメントが新聞に掲載され、そのコメントがあまりに中途半端というか身勝手に思えるものだっただけに、通常の「受賞作なし」より風当たりが強いようだ。

 直木賞とはまったく関係ないチビ出版社の営業マンが、今日もその直木賞に対しての怒りを聞き歩く。しかし、この言葉、ほとんど関係者には届かないだろう…。ああ。

1月24日(金)

 船橋のときわ書房さんに書店員復帰を果たした茶木さんと酒を飲む。

 僕が本の雑誌社に入社したのは約5年半前で、そのとき茶木さんはすでに深夜+1を退職されていた。だからまともに書店員である茶木さんとお付き合いするのは、この復帰が初めての経験である。そういえば、僕がこの会社に入って初めて営業した単行本が、茶木さんの処女作であり今のところ唯一の著作である『帰りたくない!』だった。

 さてさて茶木さん。その本の記述や編集部から漏れ聞く噂による、ととてもいい加減な人のイメージだったのだが、これがそのイメージとは正反対のすこぶる仕事人(本人の言葉は職人だった)で正直驚いてしまった。

 例えば今年の12月から船橋店の店長さんとして配属されたのだが、その月に絶対前年比を死守しようと決意したらしい。大晦日の閉店間際までレジを再三チェックし、ほんの少しだけ前年を割っていた。出版全体では今、前年を割るのがある種当たり前の状態なのだが、茶木さん「一度前年を割るとそれが癖になり、言い訳ばかり呟くようになる」と、バイトさんや他の社員さんに頭を下げて、急遽、営業時間を延長したという。結局30分の延長で、対前年比100.001だかをクリアーし、どうにか目標は達成したらしい。

 それ以外でも棚の整理や平積みの作り方、あるいは接客の方法など、とにかく熱い書店人魂炸裂で、一緒に酒を飲んでいた某版元営業マンが「これって僕らに話すのはもったいないくらいためになる話ですよ」と呟いたのが印象的だった。

 前にも書いたけれど、総武線は侮れない。志を持った書店員さんが大勢集まっているのだ。そのうちそれぞれの相乗効果で売れ行きの上がる路線になるだろう。

1月23日(木)

 雪だか雹だか雨だかわからないものが降って、とにかく寒い。営業マン泣かせな一日だと駅のホームで震えていると携帯電話にメールが届く。かじかむ指を必死に動かし確認すると、相棒とおるからであった。
「内勤になってラッキーと感じる今日この頃」
 思わず「殺す!」とだけ書いて返信した。

 相棒とおるは、とある機械メーカーのハッタリ敏腕営業マンだったのだが、昨秋、そのハッタリが社内で爆裂し、見事、海外事業本部へ異動となったのだ。海外事業本部というのがいったいどんな仕事をしているのかまったくわからない。なにせ本の雑誌社にはそんな本部も、事業もないからだ。先日飲んだ際、本人に聞いてみたが「インド人とペルー人と日夜戦っている」とほざくだけで、本人もよくわかっていない様子だった。

 そのとおるからのメールはしつこく続いた。
「今日の社食は煮込みハンバーグです。アツアツのホカホカです。幸せ」
「今空調の温度を3度上げました」

 寒さに震えているのか、怒りに震えているのかわからないまま、僕は関内のY書店さんを訪問。平台を一瞥し、ビックリ!

 なんと僕が書店さん向けDMで募集し、制作し、再度勝手にお送りした「全国書店員がオススメする2002年度面白本はこれだ!」のPOPを使ってくれていたのだ。一生懸命作ったものの、まさかこれを本当に売場で使ってもらえるとは正直考えていなかった。いやはや、うれしい。思わず涙がこぼれ落ちそうになり、担当のYさんに深く深く感謝すると「こんな良いものを使わないんじゃもったいないですよ」と身に余る有り難い言葉まで頂いてしまった。ああ。

 外に出て、とおるにメールを送る。
「まるまるしかじか。営業は楽しい!!」

 しばらくしてとおるからメールが入る。

「オレっちも本当は営業したいのよ。こういう寒くてツライ日は逆に燃えて廻るんだよな。で、夕方スタバに入って、アツアツのコーヒーを飲みながら日報を書くの。ああ、幸せ」

1月22日(水)

 知人の息子さんが高校の社会科の授業で「働くおじさん」にインタビューすることになり、その「働くおじさん」の白羽の矢が僕に刺さった。

 夕方会社でそのインタビューを受ける。
「おいたちは?」
「なぜ今の仕事に就いたのか?」
「出版営業とはどういう仕事か?」

 などなど簡単そうに思えて実は自分でもよくわからない質問が多く、気づいたら汗が額を流れ落ちていただく。しかし最後の質問に至って、ついに言葉を失ってしまった。

「これからの将来について」

 まさか希望に満ちた17歳の少年に「もう出版業界に未来はないから、できるだけ早く見切りをつけて違う業界へ転職したいです」なんて切実に答えるわけにもいかないし、だからといってアホみたいに明るいことを話せない。うーんと唸りつつ、最後の最後に「今しか考えてないんです。」なんて発展的にも一生懸命にも思える言葉を発し、どうにか誤魔化してしまった。

 この日宿題として夜遅くまで将来について考えた。うーん、やっぱり何も浮かばない。

1月21日(火)

 昨日赤坂のB書店さんを訪問し、H店長さんから紹介されたのがこの本。『日本がアルゼンチンタンゴを踊る日』ベンジャミン・フルフォード著(光文社)本体667円。じわじわ売れているそうで、H店長さんも気になり一読ししたところ、思わず興奮と怒りを覚えた本だそうだ。

 お薦め本は素直に購入するというのを人生のモットーにしているので、すぐさま購入し、帰りの電車のなかで読む。これ、あまりにタイトルが遠回り過ぎているような気がするが、ようは日本経済はこのままいくとデフォールトしたアルゼンチン同様、沈没するのではないかという警鐘本なのである。

 その理由がすこぶる刺激的で、現在の不況は<ヤクザ不況>だと著者は言い切る。景気回復に絶対必要な不良債権処理が延々進まないのは、その不良債権になった土地の多くにヤクザが絡んでいて、そこに絡ませたのが政治家や官僚なのだという。アメリカはそれに気づき、改革を迫ったが保身命の政治家はこのままフタをしつつ、どうにか誤魔化していこうという政策しかしない。そういうものをきちんと数字を紹介しつつ、世界から見た日本を描く。

 もちろんそういう悪しき習慣に日本のメディアも気づいているのだが、そのメディアも公表することよりは隠すことに一役かっているようで、まったくジャーナリズムが機能していないそうだなのだ。

 経済なんて何にもわかっていない僕でも、政治が腐敗しているのは気づいているが、いやはやここまでヒドイものなのかと思わず目からウロコが落ち、日頃営業先で暢気に「景気が良くならないですかねぇ」なんて呟いているのがバカらしく思えてしまう。

 H店長さんが言われたとおり「年明けから思いきり暗い気持ち」になれる1冊で、こういう本を読むとついつい自慢したくなってしまうのは悪い癖か…。

 調子にのって本日営業中、新宿のY書店Fさんに話したところ「あっ、僕も読みましたよ。面白いですよね」とあっけなく切り替えされてしまった。それにしても書店員さんというのはいろいろなアンテナで本を読んでいるんだなとうなだれつつ妙に感心してしまった。

1月20日(月)

 なんだか妙に忙しく、先週はまったく日記を書く時間が取れなくなってしまった。世間では残業代がつかなくなったとか、休日出勤がカウントさせなくなったとか騒いでいるが、そんなものは中小零細出版社には元々存在しない。タイムカードもなければ、出勤簿もない。あるのは山のような仕事だけ。

 だから何日働こうが何時間働こうが給料は一緒。完全にワカーホリック化している金子にはツライ話。彼はきっと労働条件のしっかりしたところで働いていたらきっと今頃とんでもない給料を手にしているだろう。基本給より、残業代や手当が上にいくタイプだ。人事部か経理部からブラックリストに一番最初に指摘されるパターン。

 そんな金子の給料を時給に換算したらとんでもない賃金で働いているんだろうと…とつい電卓を叩きそうになるが、とんでもない賃金になるのはみんな一緒なのでやめておくことにする。

 ああ、本当に妙に忙しい。何がってわけではないけれど、次から次へと仕事が増えていく。今年こそは部下が欲しい。いや、部下と言わず、同僚でもいいから誰か人をいれてくれ。浜本にそのことを話すと「えっ? スギエ辞めるの?」なんてニヤつかれてしまった。ああ。

1月10日(金)

 親友シモザワと出会ったのは、高校の入学式だった。桜が咲いていた記憶はないが、薄暗い体育館は冷え冷えしていた。パイプ椅子がズラリと並び、僕はいつもの遅刻癖を母親に指摘され、あまりに早く家を追い出されたから、まだあまり人が座っていなかった。ちなみに母親はそれまでの15年間で、子育てに希望や夢を持つことを捨てていたので、入学式に同席することはなかった。

 外の掲示板に貼られていたクラスのプレートを見つけ、僕は自分の席を探した。後ろから順番に出席番号順になっているようだと途中で気づき、ポツリポツリと座っているこれからクラスメートになるであろう生徒に番号を聞いていく。
「君、何番?」
「6番」
「君は?」
「10番」
「あっ、じゃあ、オレここだ。」
 10番と答えたのがシモザワだった。そう僕はスギエだから11番。ふたりは出席番号が一番違いだったのだ。シモザワに言わせれば「それが人生の誤りの一歩」であり、僕から言わせれば「シモザワの人生の出発点」である。まあ、どっちにしても人生は誤りの集積だから、そう大差はないだろう。

 入学式が面白いなんてことはないわけで、聞いたことのない校歌が流れ、退屈な挨拶が続く。今まで通っていた中学校なら仲間と無駄口を叩いたり、部室に逃げ込めるものの、今日始めて来た学校では何もできない。そのときはまだシモザワに話しかけるような雰囲気もなく、ただただ周りの生徒を観察し、どうにか適当に時間をやり過ごした。

 退屈な式典が終わり、各クラスごとに教室に向かう。校舎が2棟L字形に立ち並び、体育館はその外側に後付の廊下で隣接させれていた。今度は後ろから順に体育館を出ていくことになるので、僕はシモザワの背中を見て、教室に向かってダラダラと歩いていくことになった。

 しばらくするとシモザワが急に立ち止まる。思わず背中にぶつかりそうになりながらも、どうした?という顔で僕はシモザワを見つめた。入学式初日にケンカを売られる可能性がないわけではないけれど、まさかいきなりこの場をということもないだろう?

「あのさ」
「うん?」
「僕たちの教室どこ?」
「知るかよ」
「そうだよね…」
「で?」
「見失っちゃった」

 出席番号10番のシモザワは1番から9番の後を付いて歩いていたはずなのだが、ひとつの校舎から別の校舎に入ったところで、前を見失ってしまったらしいのだ。

「どうしようか?」
「えっ…。教室にはプレートが出ているはずだから、1年3組ってところを探せばいいんじゃない。適当に行けばつくよ」
「そうだよね……」

 僕とシモザワの後ろにはクラスの4分の3近い人数が、何も知らずに付いてくる。二人は1階ごとにうろつき廻り、あっちへ行き、こっちへ行き、また上の階へ登り、同じことをくり返す。僕たちの後ろにいる奴らは不思議そうな顔をしながら、学校見学と勘違いしているようで静かに付いてくるではないか。

 3階に辿り着いたとき僕たちは、ある法則を発見し4階に僕らの「1年3組」があることがわかった。それに気づいたのは校舎の一番端の非常階段に通じる扉の前だった。

「また階段まで戻るの面倒くせえよな」と僕がいうと、シモザワはニヤリと笑った。見た目は真面目そうなのに、妙に肝が座っていることに気づく。だったら話は早い。
「行こうぜ!」
「行っちゃうか」

 二人は重い鉄扉を開けた。真っ青な空と明るい陽光が僕らの眼を刺す。目が慣れるにしたがって、自分たちがかなり高いところにいることを認識する。深く息を吸い込み、首をまわす。眼下には神社があり、住宅があり、その向こうには電車が走っていた。学校の前を流れる川が思っていたより小さく見えた。

 上階の鉄扉を開けると教室の前には、担任になる教師の後ろ姿があった。まったく逆側を向いていた。そしてこちらを振り向き怒鳴り声が響いた。


 ★   ★   ★

 今日、親友シモザワと相棒とおるの3人で酒を飲んだ。奴ら二人にはまったく人生の接点がなく、ただただ僕の部屋である時間を過ごしただけだ。

 シモザワが疲れた顔をタオルで拭き、ビールをごくりと飲んだ。
「また、年を越しちったよ。これでスギエとのつき合いは16年目だよ。生きてる時間の半分はお前と一緒ってことだ。あの教室への移動がなければ…」

 相棒とおるが叫ぶ。
「オレもこいつと10年だ…。最悪の10年…」

 そういいつつ、僕らはきっとずっと一緒にいる。なにせ子供まで同じ時に生まれてしまったんだから。

1月9日(木)

 昨日の帰り。ちょっとまとめて本を探そうと通勤途中の駅でわざわざ降り、とある本屋さんに寄った。

 ところがお店に入ってビックリ! このお店明日で閉店か?と思うくらい棚がガタガタだったのだ。ひと棚4、5冊分は抜けていて、本が多数寄りかかっている。平積みは棚から抜いたであろう1冊積みの嵐。年末年始にそれほど売れて補充が間に合わないということなのか? 

 今まで結構このお店を信頼していて、帰宅途中にちょっと探すにはちょうど良かったお店なのだ。だからこそ、営業には向かわず、個人的に楽しめる本屋として貴重な存在として宝物のように大事にしたていたのに。

 ああ、何だか悲しい。誰か有能な人が辞めたのか? それとも本当に閉店してしまうのか? 頭のなかはいろんなことがグルグル回っていたが、結局、欲しい本はまるで見つからず家路に就いた。

 その重い気分を引きずってしまったわけではないが、わたくし本日サラリーマン人生初めての大失態をしてしまった。

 会社に着いて、コートを脱いで、マフラーを外した。その時、何か違和感を感じた。そして息苦しいYシャツの第一ボタンを外そうとして、その違和感の原因に気づく。

 なんとネクタイをせずに出社してしまったのだ!

 ああ、どうしたことか…。こんなこと今までのサラリーマン人生10年間で一度もなかったことだ。財布や携帯電話はしょっちゅう忘れるけれど、ネクタイだけは忘れたことがないのが唯一の自慢だった。

 誰がどう見てもネクタイをしていない姿は滑稽なので、早めに会社の人間に申告すると大爆笑。おまけに他のことも忘れているんじゃないですか?なんて突っ込まれると、不安は爆発し思わずトイレに駆け込み、パンツは履いているか、寝間着を着たままなんじゃないかなんてことを確かめてしまった。

 とりあえず今日のお仕事はまずどこかでネクタイを買うことから始まるであろう。

1月8日(水)

 ある書店さんで見せていただいた全国書店の年末年始の売上データは、年明けののんびりした頭をボブ・サップの「こんにゃろパンチ」で殴られ、一気に目を覚ますどころか再度リングで深い眠りつかされるようなヒドイ数字であった。もちろん目は青黒く腫れ、塞がってしまっている。

 3日の大雪。9連休になる暦。いろんな言い訳はできるけれど、書店さんのベスト10を見る限り、秋以降たいした変化もなく『ハリポッター』全巻が並び続けている。「売るものがない!」という店員さんの言葉を何度も耳にした。

 毎年、大きなベストセラーは生まれる。しかしその影で、かつては5冊、10冊売れていた、本来売上を支えていた堅実な本は見あたらない。何年もかけてジワジワ売れ続けるロングセラーなんて天然記念物なみに見つからない。これはきっと出版不況という一時期の現象ではなく、今後どんなに景気が良くなっても続く、本に対する意識の変化なんじゃないか。

 とある書店さんを訪問したら、年末に行われた店舗改装で文芸書の棚は大幅に削られていた。文芸書営業マンとして悲しみを感じないわけにはいかないが、書店さんの売上構成比を確かめれば、いまだ店頭の平台に文芸書が乗っているのが信じられないほど低いのだから仕方ない。

 そう思っているのはもちろん僕だけでなく、書店員さんも同じ気持ちだ。いや悔しさや悲しさは僕以上に感じている。

「お客さんから文芸書はなくなっちゃったの? なんて言われるとほんと悲しくなります。空けたスペースに何を置くかっていったらDVDなんです。うちは本屋だから本を売る!って意地はあるんですけど、そのDVDが嫌ってほど売れていく。……。」

 今、多くの文芸担当書店員さんが、心のなかで涙を流しながら棚と在庫を減らしている。

1月7日(火)

 年末。発行人の浜本が、頭を押さえながら唸っていた。

「オレ、もしかしたら仕事始めにはこの世にいないかも…」と呟き、「頭が割れるように痛い、これはくも膜下出血に間違いない」と断言した。

 その瞬間、社員一同は、ほんの数秒ギョッとし、その後しっかり思考回路を動かし直し、そして机の下で小さく拍手し、誰もが忘れずに初詣の願掛け筆頭候補にしようと手帳に記入した。いや、もちろん回復を祈って…。

 その浜本。年が明けてもしっかり出社してきているではないか。年末に自己申告で騒いでいた病名は「くも膜下出血」。本人は本当に心配して病院に駆けつけたようなのだが、医者が下した診断は「肩こり」。

 人騒がせというか、いや社員の誰もが自己申告を信じていなかったから、一人騒ぎなんだろうけど、いきなり今日は遅れて出社し「いやー、首つってもらったら気持ち良くてさぁ」なんて言われると、本当に首をつってこの世から消えて欲しくなるもんだ。

1月6日(月)

「仕事始め」と言われてもダラダラ出社し営業をしていたので、いつが冬休みだったのかハッキリしない。通常の月曜日とあまり変わらない気持ちだが、他の社員と顔を合わせるのは久しぶりだから、なんとなくみんながちょっとだけいい人に見える。

 本来たいていの営業マンは、お年賀のタオルやテレカと謹賀新年の名刺を持って得意先へ挨拶廻りに行くもの。しかし、ひとり営業の僕にはとてもそんな流ちょうな時間がなく、早速、通常営業に出かける。

 こういう日の営業は難しい。前述したような「明けましておめでとう」営業マンが大型書店の売場や仕入に多数顔を出していて、書店員さんを捕まえるのも一苦労だし、おまけに書店員さんは2日、3日あるいは元旦から既に仕事をしていて、とっくに年始の気分なんて吹っ飛んでいるのだ。

 売場は混んでいるし、荷物もジワジワ届き出す。そこへ暢気に「明けましておめでとう」から仕事の話一切なしののんびりムードの営業が立て続けに顔を出していては、気分も悪くなるだろう。その辺の様子をしっかり見ておかないと大変なことになってしまうのだ。

 しかししかし、その見極めが難しい。いちおう僕も一気に仕事がしたいけど、かといって新年の挨拶なしというわけにもいかないし、どこでひけばいいのか判断がつかない。やっぱり営業マンに100点満点の正解はないのかと棚影で悩みつつ、結局いつもと変わらぬスタイルで通す。

 5時過ぎに会社に戻り、事務仕事をしていると、深夜+1の浅沼さんから電話が入る。武闘派営業マンD社のKさんと新年会をするから一緒にどうだ?というお誘いだった。新年早々、幸先が良いのか悪いのか非常に判断の難しいところだが、今年初めての飲み会に駆けつけ、なぜかKさんと腕相撲をしつつ、仕事始めの長い一日が終わった。