12月2日(月)
会社に出社すると、編集の金子がすでに席について仕事をしているではないか。思わずいれたばかりのコーヒーカップを手から落としそうになってしまった。いつもは昼過ぎにそれも寝ぼけた顔で出社する男なのにどうしたことか。仰天しつつ問いただすと、僕が仰天していることが気に入らないようで、いつも以上に不機嫌な顔で答えられた。
「今日来たんじゃないの。一昨日からずーっといるの」
「えっ、昨日は日曜日で、一昨日は土曜日ですよ」
と反射的に呟いてしまった僕はまさに営業失格の人間である。金子はこちらの顔を見ず、投げやりに言葉を吐き捨てた。
「日曜だろうが、祝日だろうが、それは世間様のこと。〆切が目の前にあったら関係なく会社に来て仕事をしなきゃならないの。忙しいからあっちに行ってくれ!」
あっちに行ってくれと言われるともっと構いたくなるのだが、顔に浮き出た血管を見るとどうも本気のようだ。とりあえずここは素直に立ち去った方がいいと静かに席へ戻る。
カレンダーを眺めて金子の必死さの理由がわかる。今月発売の『増刊 おすすめ文庫王国2002年度版』の編集作業が佳境を迎えているのだ。今年から完全に金子の好きなように作って良いとお達しが出、秋口から金子は一生懸命企画を考え、取材を繰り返していたのだ。確かに今日あたりが下版なのだろう。なるほど、なるほど、頑張ってくれ。
金子の頑張りが誌面に伝わり、それが売上に反映するというもの。そして営業マンはそういう編集者のやる気とプライドを売りに本屋さんを廻っているのだ。
声に出していうとまた「うるさい!」と怒られそうなので、静かに声援を送った。
しばらく机に向かって自分の仕事をしていると、「あっちに行け!」と怒鳴った金子がこちらに擦り寄って来るではないか。その眼を見た瞬間、金子が何を言い出すか、僕にはわかった。あわてて逃げようとすると、金子が僕の肩をガシリとつかむ。
「お願いだぁ~。発売日を一日送らせてくれ~。」
ほとんど狂人と化した編集者にこのように詰め寄られ、断れる営業マンはいるのだろうか?