WEB本の雑誌

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2月28日(金)

 事務の浜田はやたらに暦を気にする。今日も朝からカレンダーを眺め、「ああ、今日で2月が終わっちゃう…」なんて泣きそうな顔で呟いている。いまいち意味はわからないが、なんとなくわかる気もする。しかしこういうときに変に慰めの言葉をかけると逆ギレされるので、無視を決め込む。「ああ、あと6ヶ月で…」嘆きは続く。

 このまま会社にいると知らぬ内に爆弾を踏みそうなので、そそくさと営業に出かけ、夜はとある書店さんと、当HPの新コーナーの打ち合わせ。ああ、今週は疲れたなぁ。
 

2月27日(木)

 誘われるがまま飲み会に参加する。出席者も何もわからず暢気な気持ちで向かったのだが、その会場にいる20名近い顔ぶれを見て思わず腰がぬける。ある版元営業マンはそれを「カリスマ書店員」の集まりと称した。確かに業界では、名の通った書店員さんがそこかしこに座っていた。

 それにしても、これほど帰りたくないと思った飲み会はない。僕は、終電が早いため、一足お先にお店を後にせざる得ないのだが、それでも飲み会が始まって4時間が過ぎていた。その4時間はあっという間に過ぎ去った。何の酒を何杯飲んだのか、何を食べたのかのかほとんど覚えていないけれど、そこで交わされた会話は、すべてしっかり頭に残っている。僕にとって大きな財産になるだろう。

 出版業界を変える…なんて大事は僕にはどうしようもない。何せ発言権も決定権もないし、実力もないのだから。

 でもでも、自分自身を変えることはいくらだってできる。本を売るために、本を作るために。まだまだ足りないことばかりで、その能力を上げるためのヒントがこの日一杯転がっていた。誘っていただいた書店さんに深く感謝。

2月26日(水)

 新刊がいち早く動き出す地域というのがある。それは基本的に都市部になるのだが、その都市部でも差があり、また同一地域でもいち早く動く書店さんがあったりする。営業マンは、それらのアンテナ的書店さんの売れ行きを確認しつつ、全体の売れ行きを予測し、そして重版のタイミングをはかっている。

 本日、その売れ行きが素早くでる地域のひとつ、渋谷を営業しながら『未読王購書日記』の増刷を考える。実は、そもそも予想以上に初回注文が集まってしまって、あまり在庫を持っていなかったのだ。営業成績マイナス1。

 増刷にかかる時間は、約2週間から3週間。その間、できることなら在庫を品切れにしたくない。しかし、そのためには市場在庫(書店さんにまだ本が並んでいる状態)があるうちに手配しないと間に合わない。今書店さんに並んでいる分が、本当に売り切れるのか?なんてことは、正直言って誰にもわからない。各店のデータを出して、本の性質を考え、最終的にはほとんど勘を頼りに増刷するかしないのかの判断せざる得ない。

 しかししかし、そうやって増刷した分がまるまる返品になって、結局、初回の売上まで食ってしまったなんて話は、出版社に山のように転がっている。僕も何度かやっている。営業成績マイナス5。

★    ★    ★

 昨年の暮れ、営業で廻っていると『海辺のカフカ』村上春樹著(新潮社)がないという書店さんを何軒も見た。書店員さんに話を伺うと「版元品切れなんだよ!」という怒り心頭だが、しかし、僕の廻っている範囲だけでも、下手をしたら隣のお店で、かなり在庫を抱え込んでいたりして、この辺りの増刷は、非常に難しいだろうな…なんて他人事なのに思わず頭を痛めた。

★    ★    ★

 本を出すこと自体もギャンブルだが、増刷はもっとギャンブルに近い。

 とりあえず初版分の売上で満足するのか、それとも、もう一勝負してさらに利益を生み出す可能性に賭けるのか…。

 営業マンには似合わない険しい顔になって書店店頭に並んでいる『未読王購書日記』を見つめる。初速と最終的な売れ行きは比例するというわけではない。何度も失敗してそれは理解している。

 いったいこの『未読王購書日記』はどこまで売れる本なのか? 時間はあまりない。ああ、ドラえもん…。

2月25日(火)

 大手町から東京をはさみ、銀座を営業。

 大盛況という噂の丸ビルに初めて足を踏み入れたが、いやはや、その噂どおりの凄まじい混雑ぶり。エスカレーターは通勤時の新宿駅並で一人一段で途切れず、インフォメーションやお洒落なカフェは並ぶ勢い。ちまたのデパートでは、お客さんより店員さんの方が多いというのに、ここはいったい…。

 さて、その客層はというと、GWやお盆帰省の高速道路サービスエリアで、女子トイレの長蛇の列に我慢できず、男子トイレにズカズカと入ってくるようなおばちゃんばかり。何かの観光コースにもなっているようで、胸に黄色い名札をつけた集団もいた。モダンな建築とおしゃれなショップのなかで、そんなおばちゃん達の集団。まさにSFかホラーな光景だ。

 それにしても本日は新刊が多い。書店員さんに声をかけようと近づいていくと、その奥に何台もの台車に分けて積まれたているではないか。おまけに久しぶりの晴天と給料日に誘われ、レジも棚もお客さんでごった返していた。

 とても声をかけられる状態ではないと判断し、うなだれつつ早めに帰社。売上不振の2月。これでどうにか盛り返してくれ!と願いを込めて。

2月24日(月)

 会社に出社すると、事務の浜田が声を震わせながら「杉江さん、オウサマが、オウサマが…」と悲鳴をあげている。前から彼女は狂っていると思っていたが、ついに妄想の世界に行ってしまったのか…。いったいオウサマって何だ? どっかの王様と恋でもしたのか? さすがに、こっちは休み明けで、そんな戯言にはとてもつき合っていられない。

 ところが浜田がしつこい。
「杉江さん、オウサマなんです!」
「だからなんだよ、オウサマって。」
「だから、だから、オウサマは王様です。未読王様です」

 自社本を社内で略して呼ぶのはかまわないけど、『未読王購書日記』を略するのにわざわざ「様」をつける必要があるのか? 『未読王購書日記』なら「未読王」で良いんじゃないか。

「で、その王様がどうしたの? サイン本でも作りに来るの?」
「いや違います。神保町のS書店さんから早速追加が入りました。初回30冊入れて、もう20冊以上売れちゃったそうです」
「はぁ?」

 『未読王購書日記』を取次店さんに搬入したのが、21日の金曜日午前中。どんなに早く書店さんに納品になったとしても金曜の午後だろう。1800円の本が、2日で20部売れた…。休日ボケが一気に吹っ飛ぶ。

 これは一大事と早速発行人の浜本に報告。すると浜本、まったく僕の話を信用しない。

「すぎえ~、誰がそんな話を信じるんだ? 今はどん底の出版不況で、確かに『未読王購書日記』は面白いけど、まさかそこまでの勢いで売れるか? たぶん未読王さんが出張で東京に来ていて自分で買い占めたんだよ」

 うーん。そこまで言われてしまうと、誰よりも出版不況を肌身に感じている営業マンとして自信がなくなってしまう。果たして本当に20部売れたのか? もし売れたとしてもまとめ買いなんじゃないのか? まあ、どっちにしても追加の30部を直納すればわかることなので、早速、雪が降るなか会社を飛び出す。

 神保町のS書店さんに入ると、いきなり正面の平台の一番左端(最高に良い場所)に『未読王購書日記』が平積みされていた。その数6部。おぉ! これは本当に売れたということだ。しかし、それでもまだまとめ買いの可能性は残る。担当のSさんに追加分を納品しながら、何気なくその購入者の探りをいれる。

「あの~、ひとりで20部買われたってわけではないんですよね?」
「えっ? いや、あれよあれよって感じで売れていったから、まとめじゃないよ」
「ほんとですか? 誰か外で手配している感じありませんでしたか?」
「どうしたの、そんな変なこと聞いて?」

 ここまで聞き、僕、『未読王購書日記』がほんとにちゃんと売れたことを確信する。いやもっと早くから信じなきゃいけなかったんだけど、いきなりのことなので、どうしても信じられなかったのだ。

 その後、S書店さんの周りの書店さんを伺ったが、やはりかなり良い感じで動き出していた。古本関係本が神保町で売れるのはある意味当然であるが、このスピードは異常だ。あとは、この勢いが神保町を飛び出すかにかかっている。本の雑誌社に王様が春を運んで来てくれるのか、楽しみな日々が続く。

2月21日(金)

 『未読王購書日記』の搬入日。単行本編集の金子が、自慢げに掲げたカバーが素晴らしい。渋くてそれでいて目立つ色使い。僕と金子、ただいまこの本の装丁家、山田英春さんに惚れている。いつもカッコイイ装丁に仕上げてくれるのだ。

 出来上がった本を撫でながら、発行人の浜本がつぶやく。
「なんか本の雑誌らしい本だよなあ。」
「本の雑誌らしい本って?」
「えっ、意味の無い本ってこと」
「……」

 さて、この『未読王購書日記』。手にとって頂ければわかるとおり、3段組にとにかく字を詰め込んでいる。世の中で売れている、絵の脇にちょこっと字がある本とはまさに逆を行くもの。そしてそのガッチリ組まれた字には、未読王さんの買った本の書名がズラリと並ぶ。

 いやはや、この本を制作している間、助っ人学生のストレスは溜まる一方。本の雑誌社では原稿のなかに挙がってくる本のタイトル、著者名、出版社名に間違いがないか、全部確認を取るようにしていて、その仕事が主に助っ人の仕事になっているのだ。だから、この『未読王購書日記』で挙がってくる本も一応すべて確認を取っているのだが、その数といったらもう尋常ではない。

 3台のパソコンを独占し、ネットに繋ぎぱなしで、各書誌データを検索しまくった。助っ人学生の眼は血走り、徐々にまなじりが上がっていく。そして未読王さんお得意のダブり本購入である。ついに助っ人学生がキレる。

「この人、大丈夫ですか?! 先週買っているのにまったく覚えてなくて、また買ってますよ!!」

2月20日(木)

 営業を早めに切り上げ『WEB本の雑誌』の企画会議に参加。出席者は運営のH社と発行人の浜本と僕。いつもは、このような打ち合わせになるべく出席しないようにしているのだが、どうもこのホームページに関しては、勝手に仕事が増えていく傾向があるので、顔を出さないと危険と判断。それともうひとつ新企画を思いついたのでそれを提案するため。

 議題は、開設2年半が経ち、少々マンネリ化してきたこのHPのリニューアルについてで、それぞれ新企画などを提案しあう。僕が挙げた企画は満場一致で採用され一安心。しかし、僕自身の仕事はというと、また勝手にこの口が動いてしまって自爆。ああ、これなら出席しない方が良かったのだ…。

 それにしてもネットというのは恐ろしい。この日、H社が作ってきた資料にはすべてのコンテンツの月間アクセス数が掲載されていた。もちろんトップページが一番多いのだが、その後に続く連載は、かなり如実に差が出ていて、いやはやマンガ誌のアンケートのようで恐ろしい。

 ちなみに当連載は、連載打ち切りギリギリのアクセス数を稼いでいて、今後も続くことが決定してしまった。ああ、どっちが良いんだか…。

2月19日(水)

 早出直行で取次店さんを廻る。

 21日(金)搬入の『未読王購書日記』の見本出し。そこで漏れ聞く話によると、なんと今週の月曜日17日の時点で、21日(金)搬入の受付が満杯になってしまったとのこと。(小社はもっと早く提出していたのでセーフ)

 ということは、『未読王』には大量なライバルがいるということであり、また来週の月曜あたりには書店さんに大量の新刊が届くということでもある。取次仕入窓口の方のつぶやきが胸に刺さる。

「2月末がこれなんですから、年度末の3月はいったいどうなってしまうんでしょうか?」

   ★    ★    ★

 早出直行したおかげで、窓口が混み出す前に見本出しが終わる。これならば…と考え、新宿まで移動し、小田急線に乗り込み、久しぶりの訪問、本厚木を目指す。

 1時間の乗車後、本厚木着。駅ビルが休業日なんて珍しいなと思いつつ、Y書店さんを目指す。本好きのYさんと何を話そうかとお店を覗き込むが人の気配がない。あれ?と思いつつ正面のドアに向かっていくと一枚の張り紙が貼ってあるではないか。

「店内改装のため臨時休業」

 ガーン。こちらも休業だったとは…。アポなし営業のツライさが身に染みる。

 その後、うなだれつつ、町田に移動したのだが、こちらでは、ことごとく担当者のお休み日にぶつかってしまい、ほとんど誰にも会えずに終わってしまう。いったいこれはどういうことだと呟きつつ、書店さんを出ようとしたところで、あるものが突然、視線に入る。

 それは書店さんのカウンターで配れている無料しおりだったのだが、何気なく手に取ると、そこには脅迫状でよく使われる新聞の切り文字が印刷されていた。

「水曜日に気をつけろ TV TOKYO」

   ★    ★    ★

 このままでは、ただ小田急線に揺られていただけの半日になってしまうので、半ばヤケクソ気味に、いつもは時間がなくて訪問できない新百合ヶ丘で下車。DMで注文を頂いている書店さんを御礼方々訪問すると、ああ、神様は僕を見捨てていなかった…。

 初めて訪問した新百合ヶ丘のA書店。ここがビンビンとプライドを感じさせてくれる棚を作っていて、思わず僕、鼻息を荒くして、店長さんに声をかけてしまったほど。

 そしてO店長さんと思わず話し込み、ああ、今日一日とても有意義だったと思い直し、また小田急線に揺られて帰社する。やっぱり営業は、例え無駄になろうとお店を訪問してなんぼじゃぁ!と叫びつつ…。

2月18日(火)

 積雪ではなく、デスクワークが積もり表層雪崩を起こしているので、一日中社内にこもる。

 コピーをし、FAXを送り、パソコンを叩き、4月号の編集後記を書き、書店さん向けDMを作る。おまけにリトルモアから依頼された原稿もちょっとだけ書く。

 3月号の編集後記で触れたことだが、ただいま紀伊國屋書店新宿本店さんで、大々的な本の雑誌フェアを行っている。過去5年分のバックナンバー、単行本のすべてを並べていただき、いやはやその棚の壮観なこと。

 実は営業マンとはいえ、例え倉庫に行ったとしても、自社本のすべての表紙を一斉に見る機会なんてないのだ。驚きと興奮を隠せず、思わず担当のNさんにスゴイもんですね…なんて他人事のように呟いてしまったのだが、それはそういう理由があってのこと。このように一斉に自社本を眺めてみると、普段は気づかない「本の雑誌カラー」というものが、しっかり確実にあるのがわかる。

 しかし、しかし。このフェアの目玉はなんといっても、本誌執筆陣の方々(21名)の推薦本(60冊以上コメント付き)だろう。おっかなびっくりで皆さんに依頼をしたのだが、ぞくぞくと返事を頂いた喜びを未だ忘れられない。どうもありがとうございました。

 それにしても同じ雑誌で原稿を書いている人達なのに、誰一人として推薦本がダブらないというのはどういうことなんだろうか?

 本日は、その推薦本のパンフレットも作製。紀伊國屋書店さんで配るかは未定だが、とりあえず推薦してくださった執筆陣の方々に御礼としてお送りし、残りは社内で配布。久しぶりに評判の良い仕事をして、満足な一日が終わる。

2月17日(月)

 いきなり担当者さんが店頭にいない限り、僕が書店さんに行ってまずすることは、売れ行き良好書(ベスト10)の確認だ。もちろん小社の本がそこに並んでいることはほとんどないので、一般的に売れている本をチェックするためである。どこでも同じ本が売れているように見えるけれど、実は5位とか7位あたりが結構違っていて、それによってそのお店の客層や傾向を掴めるのだ。(本当はベスト10位以下が面白いけれど、それはなかなか見ることが出来ないので仕方ない)

 その次は新刊平台を眺め、自社の新刊の売れ数をチェックしつつ、何かこの後にベスト10に入りそうな新刊が出ていないか? あるいは他のお店と扱われ方の違う新刊がないかを確認する。だいたいそこで、妙にしっかり積まれているのが担当者さんの一押しの新刊だったり、目を利かせたこだわりの新刊だったりする。その後は既刊の棚を徘徊し、何か面白いミニフェアや棚作りをしていないかざーっと目を流して、それから担当者さんを探すことになる。

 本日、府中のK書店さんを訪れ、棚を徘徊しているうちに、もしや?と感じる。何がどう違うと言われても、具体的に答えることができないのだが、平台や棚に微妙な違和感を感じたのだ。うん、これはきっと担当者さんが変わったのだろう。

 そう思いつつ、店員さんに確認すると、前担当のOさんは八王子店へ異動となり、新しい担当Aさんという方になられたと教えられる。まさに、ビンゴ! しかし、残念なことに新担当者さんが不在とのことで、新刊チラシを置いて駅に戻った。

 この日の予定はそのまま新宿方面に戻るかたちで営業を続けるつもりだった。しかしOさんが八王子に異動になられたと聞き、何となく会いしたくなってしまった。反対側のホームに各駅停車が止まり、特急の到着を待つというアナウンスが聞こえる。どうしようか? 一瞬の迷いのうち、僕は階段を駆け下り、そして駆け上り、特急に飛び乗った。

 予定はあくまで予定であり、その後のことはまた考えればいいのだ。今日思ったことを今日しないと、今度がいつくるかわからない。面倒くさがらず、思い切れた自分にうれしくなって、八王子に向かう電車のなかでニヤついていた。

    ★   ★   ★

 ああ、そのニヤついている僕に伝えたい。八王子のK書店さんが入っているテナントビルが、この日全館休業日だということを…。

2月14日(金)

 昨日訪問できなかった地方小出版流通センターへ行き、新刊搬入の打ち合わせ。

 こちらの担当Kさんと川上社長は、僕の師匠のひとり(ふたり)である。月イチの訪問の際、その都度、出版業界の疑問点を質問し、話を伺うようにしている。まさに地方小出版塾。

 今回もいろいろと質問を投げかけたのが、川上社長の考える今後の展望を要約すると
「もう雑誌が売れる時代は戻ってこないだろう。ネットなどから最新の情報は手に入るから、雑誌の必要性は薄くなっている。でも電車のなかを観察していると本を読んでいる人は増えている。書店が雑誌屋から本屋になる時代なんじゃないか。しかし現在の書店数が適正数かというと難しい。たぶん今の半分くらいになってしまうんじゃないか? 二大取次店が新刊チラシを撒く書店数がそれくらいだし、出版社がしっかり把握して本を配本出来るお店の数もそれくらいだろう。で、出版社側が本を配本しやすいお店というのは、数字がしっかり見えて、本部機能がしっかりしているチェーン書店になるだろう」

 深く頷きつつ、話を聞いていた。確かに僕もネットで最新情報が手に入るようになってから、ほとんどサッカー雑誌を買わなくなったし、返品率を考えれば、仕入の透明性の高いチェーン店が販売の基本になるだろう。突き詰めて考えていけば、確かにその通りで、他の商売だって、みんなそうなっているのだから。

 しかししかし。そんな業界の流れのなか、ならば僕はどのように営業していけば良いのか? どちらかというと「本の雑誌」との過去の繋がりを大事にし、店の大小もチェーンの効率も考えず、毎日毎日ほっつき歩いているのだ。確かに無駄は多い。でも、でも、でも…。

※川上社長の話の要約に、もしかすると間違いがあるかもしれません。その際の責任は僕にあります。どうもすみません。

2月13日(木)

 午前中、今月の新刊『未読王購書日記』の事前注文短冊を持って、取次店さんを廻る。直行して早めに着けたおかげか、それとも商売の鬼門ニッパチ月だからからか、はたまた『未読王』とのバッティングを避けるためか、他の出版社の営業はほとんどおらず、滞りなく終了する。

 午後からは都内某所で某氏と会う。刺激的な話を聞きつつ、自分のスタンスを考える。

 本日入った情報によると、ただいま僕のイチ推し作家、金城一紀氏のサイン本(全著作)が、銀座の旭屋書店にあるそうです。このお店の文芸担当者Oさんが、金城氏のデビュー時から熱を入れてしっかり売ってくれた御礼だとか。ファンの方、是非どうぞ!

2月12日(水)

 本日訪問した書店さんでかけられた言葉。

「久しぶりですねぇ、いつ以来かなぁ…」
「また、時間があれば来てくださいね」
「たまに来たんだから、ゆっくりしていきなよ」

 ついつい、いつの間にか、訪問の間隔が空いてしまっていたのだ。ぐずぐず仕事をしているうちに、一番大事なことを忘れてしまっていたことに気づく。

 決して横着になっていたつもりもないし、面倒になっていたのでもない。しかし、結果がこれなのだから言い訳はできない。なかにはこのHPを見ていて「ほんとに忙しそうでですね」なんて逆に気づかってもらったりしたが、そんなことはない。

 営業マンの基本は、電話があろうが、FAXがあろうが、メールがあろうが、とにかく面と向かっての訪問である。そして本作りの基本も売場にあると考えているのに…。

 ああ、何をやっているんだオレは…。

2月10日(月)

 今月の新刊『未読王購書日記』の事前注文〆切日が近づき、バタバタと営業活動。有能書店員さんの多い総武線に乗り込み、各駅で降りていく。

 本八幡のT書店さんでは、前から気になっていた妙に濃いというか、パワーを感じるコミック棚について、コミック担当者Kさんに話を伺い、船橋のときわ書房茶木さんには、1月の秘策「店頭声出し販売」の結果について伺う。

 思わず笑いながら聞いてしまったが、返金保証つきサイン会といい、茶木さんの新たな試みは底を尽きない。ちなみにその返金保証を求めてきたお客さんはゼロだったそうで、茶木さんの給料は減らずに済んだという。

 良かった良かったと胸を撫で下ろしつつ、次は、銀河通信(http://www2s.biglobe.ne.jp/~yasumama/)でお馴染みの安田ママさんを訪問。こちらではお互いにはまり込んでいる作家について熱く話し合う。僕は金城一紀氏で、安田ママさんは舞城王太郎氏。いやはや忙しい時間帯なのについつい長時間話し込んでしまってすみません。

 読書というのは、<個人の行為>のよう思えるけれど、実はその読後、みんなで楽しめる<集団の行為>なのではないか。本について語り合える友達は、最高の友…なんて標語を作りつつ、本日は、娘の2歳の誕生日のため、駆け足で帰宅する。

2月7日(金)

 大手出版社は、各書店さんの自社商品の販売実績に基づき、それぞれ書店さんにランクを付けているそうで、そのランクにあわせ新刊の配本部数を決めているという。例えば、Aランクなら30冊、Bランクなら15冊というように。ただそのランクが日本全国の書店さんについているわけではなく、過去の販売実績が最低販売部数に到達しなれければ、新刊の配本はないことになる。

 本日伺った店長さんのお話。

「ランクで配本するっていう考えはわかるんだけど、ある文庫本を出版社にかけあってチェーン一括で注文させてもらったんだ。うちのチェーン約20店舗で、元々その出版社のランクがついているのは半分以下の8店舗くらいなんだけど。でね、これは売れると思ったから各店一斉に仕かけてみたんだよ。そしたら、これが結局トータルで1000部以上売れちゃった。もしランクに忠実にやっていたら、きっと、この10分の1だよね」

 いつだか別の書店さんでそのランクを獲得するための販売数を聞いたことがあるが、とても町の書店さんで達成できる数字ではなかった。

「なんかさ、いつの間にか出版社が実績とかデータとか言い出して、マーケティングらしきことをしだしたと思うんだけど、なんかそれにあわせて出版不況が始まった気もするんだよね。だってこの文庫本、もしうちのチェーンで販売してなかったら1000部のうち半分以上は、売れずに終わっていたと思うよ。出版社は町の書店になければ、お客さんが大きい書店に行くと思っているだろうけど、本を買うためにわざわざ電車に乗っていく人なんて限られているし、1週間くらいしか本のことなんて覚えておいてくれないよ。返品率が怖いのはわかるけれど、だからといって売れる機会を失っているんじゃないかなあ。もちろん、自分で判断して発注できる書店員も減っているんだけどさ」

 さてさて、別の書店さんで伺った、別のランクの話。

 文庫本には、それぞれランクがついているそうで、基本的に書店さんの棚に並んでいる既刊の文庫本はランクの高い順にセットになっているそうだ。いわゆる<売れ行き良好書>が書店さんに並ぶことになる。

「一度そのランクを無視して、全点注文書を取り寄せて発注してみたんですよ。これは…っていうのを。そしたら日頃ランクに入っていない文庫本がズバズバ売れていって、いったい今まで何をやっていたんだか…って感じです。」

 こういう話を伺っていると、効率とはいったい何ぞや?なんてことを考えてしまう。管理しやすいように、楽になるようにと出版社は頭を捻っているのだろうが、果たしてそれによって自社の首を絞めているのではないだろうか。そういえば、書店さんも効率化が進んでいて、その効率化はポジティブな効率化ではなく、どちらかというと人減らしのためのネガティブな効率化の印象を受ける。

 僕は、出版業というのは、いわゆるビジネス書などに書かれているようなビジネスに当てはまるらない商売なんじゃないかと思っている。

2月3日(月)

 金曜日。週始めからひいていた風邪をこじらせ、鼻水と咳が止まらなくなってしまう。夜、予定に入っていた飲み会はキャンセルし、早めに家に帰ることにした。

 ふらふらしつつ、ラッシュの埼京線に乗り込む。そして身体を歪めて本を広げるスペースを作り、1年以上待ちこがれていた新刊に目を落とす。

 茫洋としていた頭が1行目で一気に覚醒し、物語に吸い込まれていく。風邪はどこへ行ってしまったのか? 本来、この電車に30分ほど揺られて武蔵浦和駅で乗り換えるのだが、家に就いてしまえば食事をしたり風呂に入ったり娘の世話をしたりと、本が読めなくなるのはわかっている。この至福の時間を中断するなんて僕にはとてもできない。

 僕はそのまま埼京線に乗り続け、そして大宮駅でまた折り返しの電車に乗り込む。結局、再度新宿まで電車に乗り、武蔵浦和駅に折り返すまでの間で、その新刊を読み終えた。その間、僕の視野には、本とその物語の世界しかなく、周囲で僕を取り囲んでいるであろう人々はまったく目に入っていなかった。だから、僕は、何度も、満員の埼京線のなかで泣き、笑い、唸っていたのだ。

 その新刊は『フライ ダディ フライ』金城一紀著(講談社)である。物語の説明は、僕のような門外漢がするととんでもない誤解を植え付けそうなので一切書かない。とにかく31歳子持ちサラリーマンは、この物語にひれ伏し、深い感動と明日生きていく喜びを手に入れたとだけ書いておく。

 同時刊行の『対話篇』金城一紀著(講談社)は、子供が寝静まった深夜、ゆっくりと読んだ。こちらは『フライ ダディ フライ』とはトーンの違う、静かだけどゆっくり着実に血の流れている中編集だった。僕はそのなかの「花」という作品にやられ、消していたテレビ画面に映った自分の顔を見つめ、涙が溢れていることに気づいた。

 金曜のこの読書以来、風邪は治ってしまった。
 しかし、今、金城一紀熱にうなされ、夜、まったく眠れない。目を閉じると、いろんなことを考える。自分、仕事、家族…。こんな読書体験は10代後半から20代前半の限られた期間でしか体験できないものだと思っていた。まだ僕の心のなかに、こんな感受性があったんだと、うれしくなってしまった。

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