WEB本の雑誌

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8月29日(金)

 赤坂のB書店さんが来週いっぱいで閉店することになった。

 このお店のことは何度も当欄で書いてきた。
 30坪の小さなお店。H店長さんの決してセレクトし過ぎていないけれど、気の利いた品揃え。その品揃えを期待して来店してくるお客さん。『単一民族神話の起源』 小熊英二著(新曜社) 等が、数十冊売れていると書けば何となくお店の感じが伝わるだろうか。

 このB書店さんを訪問する度、小さな本屋さんのひとつの理想的な姿だと考えていた。

 今週の初め、営業を終えてグッタリ疲れて席に付くと、「!」マークつきのFAXが机の上に置かれていた。そこには閉店のお知らせが書かれていた。H店長さんの手書きの文字だった。その文字を眺めているうちに、僕のなかで何かが壊れた。そして涙が止まらなくなった。

 本日夜、H店長さんと酒を飲む。

8月28日(木)

8月28日(木)

 夕方会社に戻ると、事務の浜田が大騒ぎしているではないか。こいつは基本的に何でも大騒ぎする人間なので、どうせ大したことはないだろうと思いつつ、いったい何があったんだ?と問いただすとこれから顧問・目黒が自炊したお雑煮を持って降りてくるという。やっぱりどうでもいいことだ。それよりも何でこのクソ暑い真夏にお雑煮なんだ。季節違いもいいところ。いやはやとんでもない会社に入っちゃったもんだ。一段とそんな想いがつのる。

 しばらくすると本当にお雑煮を持って目黒が降りてきた。いつも目黒からおこぼれ貰っている編集部と違って、営業部や助っ人は目黒の手料理を食べるのは初めてのこと。期待よりも不安が大きかったのは僕だけじゃないはず。

 目黒が作ったお雑煮は関東風のお雑煮で、シンプルなだしに鶏肉やほうれん草やニンジンなどが入ったものだった。助っ人机に一同集まりご賞味。ずずずっと汁を飲んだ。

 そして僕は沈黙した。
 誰か何か言え!そう思ったが、助っ人も沈黙した。それは決して不味いというわけではなく、何とも感想の良いようのない味だったのだ。普通…。いや違う。うーんなんと言ったらいいんだ。新婚一年目の奥さんが初めて作ったお雑煮とでも言えばいいのか…。そもそも目黒自身が「ちょっと失敗したかも」と呟きつつ、みんなに渡したのだ。それにしても何か感想を言わなきゃ、と悩んでいると遅れて食べ出した浜田が大騒ぎし出す。

「おいしい、すんごいおいしい。目黒さん、ほんとにおいしいですよ」
 僕たちはその言葉を聞いて一段と沈黙する。

 一口食っただけで、しかもそれがまだノドを通っていなうちに、3回も「おいしい」なんて言葉を使うか? それじゃまるでテレビのアホなリポーターと一緒で信憑性がないじゃないか。それに料理は結構自己満足な部分が大きくて、いくら周りがおいしいって言ったって、本人が失敗したと感じていたらどうにもならんのよ。それだったら静かに食べるか、何か気の利いたアドバイスをした方がいいんじゃないか。

 しかし浜田は畳みかけるように感想を吐き続ける。
「鶏肉が入っているっていうのがいいですね。ボリュームがあってお腹がいっぱいになります。これユズの皮ですか? なんか一流の料亭みたい。ほんとおいしい、おいしいですよ」

 お雑煮を誉めるのに具を誉めても仕方ないだろうに…。

 結局、僕と助っ人は沈黙のままお雑煮を食べ終え、そっとお椀を返した。目黒もわかっているようで静かに4階へ戻っていった。その淋しげな背中に浜田が声をかける。

「ほんとにおいしかったですよ。目黒さん」
 そのとき目黒の肩が一段と下がったのだが、たぶん浜田は気づかなかっただろう。

8月27日(水)

 営業カバンにレッズのユニフォームを入れ、会社を飛び出す。

 今夜はナビスコカップ準々決勝第2戦という、それはそれは大事な試合があるのだ。ここで勝てば決勝はもうすぐそこだ。おお、去年の興奮を思い出す。勝ってくれレッズ、僕も仕事を頑張るから…。

 水道橋のA書店Hさんを訪問すると、棚替えがされていてビックリ! 文芸書の棚はどこへ?と冷や冷やしながら確認すると、とりあえず今まで同様良い場所で、しかも量も変わりがなく一安心。良かった、良かった。

 マロニエ通りを歩いて、次はリニューアルオープン間もない御茶ノ水M書店を訪問。こちらは棚や照明、床も変えるかなり大々的なリニューアルをしたのだが、棚の配置はほぼかつてのまま。常連の多いこの立地であれば、あまり変えないのもひとつの手。

 その後は神保町を営業し、タイムアップ。都営新宿線の乗り込み、笹塚を素通りし、飛田給にある味の素スタジアムへ。

「炎のサッカー日誌 2003.09」

 サッカー観戦を一段と盛り上げる要素はこの4つだと思っている。

 1 その試合の勝利に重要な意味があること。
 2 相手選手が小汚いファールをくり返す。
 3 相手サポーターと遺恨がある。
 4 審判の判定が相手チームに偏る。

 本日のナビスコカップ準々決勝第2戦である浦和レッズ対FC東京では、上記のうち3つが揃った。

 1 この試合に勝ったチームが準々決勝であり、決勝もすぐそこ!
 3 FC東京サポは、かつてやたらに気に障るコールをくり返していて、しかも止せばいいのに我らレッズサポが一番大事にしていた『福田コール』をパクった。それ以来深い遺恨があるのだ。
 4 主審の奥谷を始め線審までもが、もろにFC東京よりのジャッシをしやがった!

 ここまでおいしい試合を用意するなんて、まさに味の素スタジアム! 
 燃える燃える。大興奮。いつも以上の大声を張り上げ、飛び跳ねる。

 前半の前半はレッズがかなり押し込んだものの、観戦仲間の「来れば負ける」ジンクスを持つ悪霊O氏が遅れて顔を出しその雲行きが怪しくなる。思わず僕、O氏を強く睨む。

 FC東京は全員守備全員攻撃で、しかも攻守の入れ替えが素早い。レッズのボールを中盤で奪い取ると、サイドから抉るように一気にゴール前に持ち込んでくる。その度に冷や汗がタラリと垂れ心臓が止まりそうになるが、レッズDF陣も集中を切らすことなく、前半を無失点で凌ぐ。

 ハーフタイムは、悪霊O氏の除霊作業をする。O氏もうなだれて、素直に従う。

 後半が始まってもFC東京ペースは変わらない。いったい何本のクロスがレッズゴール前を飛び交ったのだろうか?しかしDF陣も必死に壁を作り、跳ね返す。その姿を見ていて、僕はあることに気づいた。

 レッズの、特にDF陣にはあるひとつの共通認識ができつつあるということだ。それは自分たちが頑張って無失点で凌げば、わがまま小僧改めスピード小僧エメルソンがどうにかしてくれるという想い。こういう共通認識ができたチームは強い。

 後半15分、その共通認識どおり、エメルソンが優等生内舘から絶妙なスルーパスを受け、一気に相手ゴール前へ。FC東京のディフェンダーは二人がかりで必死に追いすがり、GKも絶好のポジショニングでゴールを防ごうとした。しかししかし、それを上回るスピード&テクニックでエメルソンの完璧にコントロールされたシュートがFC東京のゴールネットを揺らす。


 凄まじい歓喜が浦和サポに起こる。悪霊O氏は僕に力強く抱きつつ、大声で叫んだ!
 「オレは悪霊じゃない!!!」

 ところがこれで一気にレッズペースになるかと思いきや、FC東京の凄まじい攻撃は続く。僕は何度も小便をチビリそうになりつつ、悲鳴をあげる。早く終わってくれぇ。

 凍りついた心臓を解凍してくれたのは、またもやエメルソンだった。
 前がかりになったFC東京DF陣を一気に切り裂き、またもや絶妙にコントロールしたシュートを放つ。2対0。そして試合終了のホイッスル。

 挨拶に来た選手へ僕は叫んだ。
「国立(決勝)に行こうぜ!!!」

8月26日(火)

 夕方。笹塚駅前で『本の雑誌』9月号を持ち、とある書店員さんを待っていた。
 『本の雑誌血風録』や『本の雑誌風雲録』を読み、うちの会社に興味を持ってくれたようなのだ。こういうのは非常にうれしい。

 ちなみになぜ僕が『本の雑誌』を持って立っていたのかというと、実はこの書店員さんとは昨年の出張時に一度お会いしただけで、あれから1年近い日々が過ぎ、自分の記憶に自信がなかったからだ。営業の基本は一度会った人の顔と名前を覚えることなのに、なんとも情けない。

 しかしひとつだけ言い訳をさせて欲しいのは、日頃、制服姿しか見ていない書店員さんは私服姿だと全然印象が違うのだ。

 約束の時間キッカリ現れ、ちょっと自慢をするなら、一度会ったときの記憶がしっかりよみがえり、こちらから声をかけることが出来た。

 『笹塚日記』が好きだというので、クイーンズ伊勢丹や紀伊國屋書店さんを案内しつつ、10号通りを歩き、本の雑誌社へ。タイミングの良いことに今日は椎名も目黒もいて、書店員さんもたいそう喜んでくれた。

 その後は場所を池林房へうつし、トコトンお店や本について話を伺う。それが酔いもぶっ飛ぶ面白話のてんこ盛りで、あっという間の3時間半。

 ああ、やっぱり出張に行きたい。

8月25日(月)

 自分の能力を超える仕事に埋もれ、先週1週間のことは忘れてしまいました。
 どうもすみません。

★   ★   ★

 クソ暑い都心部をうろつき廻る。室外機が憎い。アスファルトが憎い。僕と関係ないところを冷やすクーラーも憎い。ああ、ツライ。つらすぎて「営業引退」を真剣に考える。この仕事いったい何歳まで出来るんだろうか。そしてそのときが来たとしたら僕はどうやって生きていけばいいんだ。ああ。

 しかし訪問した書店さんで50代のベテラン営業マンを発見。そうだ、生涯営業の人だっていっぱいいるんだ。泣き言いってる場合じゃない。

 汗をダラダラ流しつつ、とりあえず予定通りの書店さんは全て廻り、夕刻、会社に戻る。お茶を一杯飲んで涼んだ後、今度は単行本編集の金子を連れだし新宿・犀門へ。

 先日金子から「本作りの参考に書店員さんの話を聞きたい」との相談があり、すぐさまセッティングした飲み会だ。こういう提案は営業マンの心を癒す。金子よ、一緒に頑張ろう。

 夜遅く帰宅。
 既に家族は深い眠りについていた。
 僕も早く寝よう。週は始まったばかりだし、先月末からずっと身体の調子が悪く、今日も病院に寄ってから出社したんだ。

 蒲団に横になり、先週金曜日にまとめ買いした本のなかから『クライマーズ・ハイ』横山秀夫著(文藝春秋)を選び、何気なく読みはじめた。

 面白すぎる…。
 100ページはあっという間。200ページを越えてもとても本を閉じられない。
 時計を見ると2時だった。明日も飲み会があるし、明後日はレッズがあるんだ。だから早く寝ないと今週いっぱい身体がもたないだろう。しかしこんな面白い本を手にして、寝ている場合じゃない。ああ、こういう悩みを顧問目黒は感じたことがないんだろうな…。

★   ★   ★

 明け方4時『クライマーズ・ハイ』の最終ページに辿り着く。
 ゆっくりと本を閉じる。その手がなぜか震えていた。その後は眠ることが出来なかった。

8月16日(土) 炎のサッカー日誌 2002.09

 異常気象の雨がどれだけ降ろうが、レッズバカは試合開始13時間前から並んでいる。
 もちろんスタジアムの外だから屋根はない。ほとんど役に立たない傘を片手に、アスファルトに敷いたレジャーシートに打ちつける雨の音を聞きながら、その時が来るのを、そして歓喜の瞬間が来るのをひたすら待つ。

 Jリーグで呪い殺したくなるほどムカツク選手を3人挙げよと言われたら、僕は即座にこの3人の名前を挙げる。

1 藤田俊哉
2 北澤豪
3 柳沢敦

 なぜこの3人なのかというと、こいつら揃いも揃ってレッズ戦で妙に活躍をするのだ。それも一番嫌な状況でゴールを決めてくる。柳沢なんて日本一得点の匂いを感じさせないFWのくせに、なぜかレッズ戦だとシュートを打ってくるし、北澤は僕らを谷底に突き落とすゴールを何度も決めている。一番忘れられないのはJ2降格シーズンのファイナル5で戦ったヴェルディ戦。こちらレッズはもう絶対負けられない状況だったのに、いきなりゴール前に現れそのまま絶望のシュートを決めやがったのだ。ああ、思い出しているだけで腹が立ってくる。

 そして藤田俊哉。

 例え、僕らレッズサポがどれだけバカだとしても、いわゆる何度も優勝している常勝チームと自分たちの目の前で試合を繰り広げている赤いユニフォームを着たチームに大きな差があることは知っている。だからこそ、その常勝チームに対しての勝利は、1勝が2勝、3勝分の喜びを生むのである。そして最大の喜びを生み出す相手は、もちろんJリーグ最強チームジュビロ磐田なのだが、その喜びを打ち砕いてきたのはいつも藤田俊哉だった。藤田はちょろちょろと敵ゴール前の、それも人のいないところに顔を出すのが大好きで、しかもムカツクほど上手い。だからレッズにとって絶対絶命のピンチを、ミスすることなく本当に絶命の道へ誘うのである。

 ところが本日開幕される2NDステージを前に素晴らしい朗報が届く。なんと藤田と柳沢が揃いも揃って海外に消えてくれるというではないか。北澤は前年いっぱいで引退しているから、これでレッズにとっての天敵が3人も消え去ったのである。

 いやはや何かを予感させる展開ではないか。
 ついに神様が我らレッズに微笑んでくれるのか?
 でも絶対その言葉は書かない。なぜなら昨年福田が「負けないよ」とつい一言漏らして以降、一気に連敗街道に突入してしまった悪夢があるからだ。だから予感である。

★   ★   ★

 結局、雨は止むことなく、試合が始まった。

 ジュビロは藤田が消え去ったのに加え、ゴン中山、鈴木秀人もケガや病気で出場せず、おいおい、本当に神様が微笑んでいるんじゃないかと希望が膨らむ。

 前半12分。
 日本代表でついに人間性を変えたと信じたい山田から、チビッコの夢を背負った田中達也に絶妙なタイミングでボールが渡る。そのボールを中に折り返したところ、雨でもなぜか早く走れる河童エメルソンがシュート。あわわわわ、先制しちゃったじゃねぇか!!!の1対0。

 前半はそのまま終わるが、いつものレッズと違い妙に執着心がある。相手ボールにしつこくプレスをかけるは、激しい当たりも辞さない。何かが起こる予感。

 後半に入ってもそのペースは落ちず21分。
 またもやサイドに開いた田中達也に好パスが繋がり、エメルソンへ折り返し。もちろん落ち着いてゴールを決めて、おいおいこれはもしかしての2対0。

 その後は、じれったいほどなかなか過ぎない時間を気にしつつ、88分にPKを決められまさかの2対1と追いかけられるが、そのすぐダメ押しの3点目を田中達也が決めて、大勝利が決定!!!

 試合後、さいたまスタジアムには『We are Diamonds』の大合唱が響き渡る。全身ずぶ濡れのサポーターの顔に、至福の笑顔があった。

8月15日(金)

 お盆休みのないこの悲しいチビ会社のひとり営業マンの実状を世間様に知ってもらうため、毎日この日記を更新しようと考えていたのだが、結局今週になってほとんど更新することが出来ずにいる。これでは本当は休んでいるのに働いているフリをして日記を書いているのではないかと勘ぐられそうで、悔しい。

 今頃になって梅雨が来たのか、相変わらず毎日雨が続く。気温もまったく夏らしくなく、夏好きの浜田は恨めしそうに空を眺め、カンカン照りの太陽がやってくることを祈っているではないか。

 くくく。まったく外に出ない内勤者は四季を楽しめて良いもんだ。こちらはこの異常気象のおかげで上着を着て汗もかかず、書店さんのなかでクーラーの吹き出し口を探すなんてアホなこともせずに済んでいて、今年の移り気なお天道様に感謝しているというのに。ただし、雨は余計で、本の売上も芳しくないようだ。

 しとしと降り続ける雨のなか、今月の新刊『ありふれない一日』を持って取次店さんを廻る。T社の仕入窓口Uさんから「杉江さん歩いて来たんですか?」と驚かれ、あわてて自分の姿を見直すと、左半身がずぶ濡れではないか。うーん、傘をさすのが下手な人間っているんです。おまけに足下がビショビショでこちらは歩くのが下手ということ。

 さすがにお盆中の取次店の仕入窓口は空いていて、いつもとまったく違う雰囲気。もし業界全体で過剰気味の新刊点数を減らすことになったら、毎日がこんな感じになるのか。それはそれで恐ろしい気がするが、ベテラン書店員さんに話を聞けば今が異常だと言われるだろう。

 昼過ぎに会社へ戻り、その後は夜の9時まで目黒と金子と座談会。

 こちらの座談会は9月の新刊『笹塚日記 親子丼篇』に写真や注釈とともに、顧問VS部下対談を収録しようという試み。目黒のどうしようもない生活に思い思いの突っ込みを入れたのだが、果たしてこれを読者の皆様に楽しんで頂けるのか不安に陥る。本を売るのも難しいけれど本を作るのもやっぱり難しい。

8月14日(木)

 さすがに今日辺りはお盆休みで電車もガラガラかと思いきや、意外とスーツ姿のサラリーマンも多く、日本企業の休暇の取り方も変わってきたのだと実感する。いや、もしかしたらリストラに継ぐリストラで、どこも人が足りずに出社しているだけかもしれないが。まあこちらはリストラ以前に人出不足に悩むひとり営業マンなのだが。

 そんな不平を言っていてもしょうがないので、サラリーマンの中心地・新橋のS書店を訪問すると、N店長さんはお休みとのこと。ガックリしつつ「そうえいば毎年夏には娘さんと山登りに行っていましたね、いつも朝から晩まで働き続けですから、良いリフレッシュになるといいですね」と文芸担当のSさんに話を振ると「それでもお店が気になって電話を入れてくるんですよ」と笑われる。

 そうなんだ。『本の雑誌』2001年11月号で「全日本最優秀書店員賞の選考基準を考える」という座談会をやったことがあるのだが、そのとき業界全体で休む日を作ってほしいという願いが挙がった。

 それはいくら自分が休みでも、お店が開いていたり、流通が動いている限り心の底から安まることはないという話で、確か誌面上ではカットにはなったけれど、のんびりテレビを見ていたらいきなりとある本が取り上げられて、そうなるともう落ち着かず、店内在庫を思い出し、思わず家から出版社へ発注してしまったとか。

 まあ、ダメサラリーマンの僕でも代休をとって平日に休みを取ると落ち着かないもので、書店員さんの場合、基本的にいつもお店が開いている日に休みを取るのだから、毎回あんな気分でいるのは辛いだろう。

 それでもとにかくいつも働き過ぎのN店長さんが少しでもリフレッシュできることを祈りつつ、お店を後にする。

8月13日(水)

 いつもはスーツ姿ばかりが目に付く東京駅も、この時期だけは明るく衣替え。新幹線への改札口や長距離バスの乗り場は大変な混雑で、その人混みを掻き分けながら、夏休みを取り逃した僕は営業先であるYブックセンターへ向かった。

 一番緊張する営業先はどこか?と聞かれたら僕は、即答でこのYブックセンターを挙げるだろう。それは決して、気難しい人がいるからとか、売上にシビアだからといった理由ではない。そういう意味なら逆にこのお店はやりやすい。何せかつてアルバイトしていた職場だから見知った顔もたくさんいるし、特徴だってわかる。

 ならばなぜ、緊張するのか?

★   ★   ★

 今から11年前のちょうど同じ季節。僕は大学進学をあきらめ浪人生活を2ヶ月でおさらばした。両親を説得した夜、コンビニで買った求人誌には3件の大型書店が載っていた。それまで、地元の小さな本屋しか知らなかった僕は、本好きの兄に勧められるまま、Yブックセンターに応募した。面接は簡単に済み、すぐ翌日から働くことになった。

 生まれて初めての仕事である。いや、それまでに宅急便の仕分け、酒屋、塾の講師、精肉業のアルバイトはしていた。でも、それらのアルバイトは気持ちの上では単なる小遣い稼ぎでしかなかった。だからそれなりに働くことしかなかった。

 でも、今回は違う。学生という守られた身分もなく、ここで働くことは、大げさに言えば自分の人生を切り開くための一歩だった。だから、気持ちは高ぶっていたし、かなりの覚悟を決めているつもりだった。

★   ★   ★

 入社初日。これから所属する売場に連れて行かれた。そこは専門書のフロアーだった。フロアー長と呼ばれる人に挨拶し、担当の分野を言い渡された。医学書だった。今度は医学書の担当の社員に挨拶をすると、その人が大まかな仕事の流れを説明してくれた。そして「今日はとにかく場慣れするためウロウロしていていいよ」と言われた。

 明るい音楽が流れ、店のオープンを告げた。信じられないことに開店前から多くの人が入り口で待っていた。だからすぐ売場には、お客さんが溢れ出す。そして思いも欠けぬ事態が起こった。「この本はどこにある?」 そう、お客さんから問い合わせを受けたのだ。

 何で僕に聞くんだ? 今日が初日なんだからわかるわけがないだろう? いやそんなことはお客さんに伝わるわけがない。他の店員と同じ制服で売場に立っているんだから。

 それにしてもよりによって他にも人がいるのにどうして僕に聞くんだ。そして、いったいどうしたら良いんだ? 初日の緊張感もあって、頭の中はパニックに襲われる。

 するとたまたま通りかかった僕と同年代の女性店員が、お客さんに声をかけた。
「スミマセン、どの本ですか? あっ、この本でしたら、あちらの棚になりますので、ご案内致します」とすぐさまお客さんを連れて、棚の向こうに歩いていってしまった。そして、彼女はお客さんを案内し戻ってくると僕をバックヤードに連れて行き、大きな紙を渡してくれた。

「これがこのフロアーの棚の配置図だから、早く覚えるといいよ」
 そこにはかなりの数の棚が描かれていてその棚ごとに、細かなジャンル分けが書かれていた。僕は、あわてて顔を上げ、彼女に聞いた。

「これ全部覚えているってこと?」
「そう、これくらいはすぐ覚えられよ。でも、これだけじゃ全然ダメで、私もまだまだでよく怒られているの」

 これを全部覚えてまだまだって、どういうことだ?
 
★   ★   ★

 それから1週間ほど過ぎた頃、上司からカウンターに入るよう指示があった。
 
 恥ずかしいことに僕は膝が震えた。何せそれまでの1週間、なるべくお客さんの目に付かないよう納品されてきた本の仕分けやスットクの整理などなるべく裏方の仕事ばかりを選んでやっていたのだ。それが書店のカウンターだ。一番お客さんからの問い合わせが多いところ。それまでの間、彼女に渡された配置図を持って、営業前に店内をうろついたけれど、まったく頭に入らなかったし、そもそも専門書の言葉がわからなかった。

 恐れていた瞬間はすぐにやってきた。
「●×△□◆の本はどこ?」

 年輩のサラリーマンが気軽に声をかけてきた。
 一瞬聞こえなかったフリをしようかと思ったけれど、お客さんは完全に僕の目を見て話しているし、その距離だって50センチも離れていない。とても逃げられそうにない。とりあえずそれまでに本を探す方法として先輩社員から教わっていた『日本書籍総目録』という分厚い本を手にしようとした。その瞬間、隣にいた先輩の店員さんがお客さんに声をかけた。

「お客様、それでしたら、あちらにあります」
 腕をサッと伸ばす。
「45番という棚がございますね。あの棚の右から3枠目の上から3段目です。青い背表紙の本で、右側から3冊目くらいにささっていると思うんですが…」

 僕には何かの呪文に聞こえた。右から3枠目? 上から3段目? 青い背表紙? なんじゃそれ? それでも、お客さんは素直にその言葉に従い、その案内された方へ歩いていく。そして、しばらくすると確かに先ほど言われた言葉が表紙に書かれた、しかも青い本を持ってくるではないか。先輩の社員へ一言「あったよ。ありがとう」とうれしそうに声をかけ、その本をレジに差し出した。

 この人、魔女? 僕は隣にいる先輩社員を見つめた。この人が声に出すとそこに本が生まれるんじゃないか。でも、決して鼻はかぎ鼻でもないし、黒い帽子かぶっていない。お客さんが会計を済ませた後、先輩社員は振り向き笑顔で言った。

「本当は棚まで案内しないとダメなんだけど、カウンターにお客さんが並んでいると抜け出すわけにもいかないでしょ。本の場所はね、杉江くんもしばらく居れば、覚えるわよ」

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 お客さんに本を聞かれる。すぐに答える。本当にそこに本がある。他の先輩社員も同様の商品知識を持っていた。なかには他フロアの商品までずばり案内する人もいた。

 結局、僕はこのYブックセンターで1年半アルバイトを続けることになるのだが、最終的にこの先輩達の域まで達することは出来なかった。自分の担当ジャンルの本を記憶するのがやっとだった。それだって、今にして思えば信じられないけれど。

 それにしても、とにかく厳しかった。僕はその後、医学書の出版社そしてここ本の雑誌社と転職していくのだが、あの時ほど緊張感を持って働いたことはない。とにかく周りの先輩達が真剣で本気だった。新入社員はしょっちゅうバックヤードで泣いていたし、先輩社員達もフロア長に怒鳴りつけられていた。もちろん僕もバックヤードに呼び出される常連だった。

 そして、仕事を終えて近くの居酒屋に行くと、先輩達がケンカ寸前の議論をしていた。僕はそんな先輩の姿を見て「誰がサラリーマンはダメ」って言ったんだと思った。こんなに真剣に働いているじゃないか…。

★   ★   ★

 あれから11年の月日が経って、僕は今、営業マンとしてYブックセンターへ向かっている。多くの失敗を思い出しながら…。

 入館証を受け取り、店内に入る。あの頃の先輩達に顔を会わせ、再度まだまだと実感する。

 間違いなく僕の原点はここにある。

8月12日(火)

 今日は打ち合わせが2本入っているので、一切営業に出る余裕がない。こういうことが初めからわかっているときは、何も暑苦しいスーツで出社する必要もないわけで、赤いTシャツ一枚の私服で出社。ところが僕の私服姿を見た浜田の一言で、暗い気持ちへ一直線。「どっかの高校生が夏休みで遊びに来たのかと思った!」

 いったい僕はいくつになったら大人になれるんだろうか?

 打ち合わせは、当『WEB 本の雑誌』のリニューアルについてと、9月発売予定の『笹塚日記 親子丼篇』の編集方針について。どちらも真面目に考えなければならないことでグッタリ…。

 その打ち合わせが終わったのが7時。
 あわてて会社を飛び出し、春日部の実家へ向かう。

 サッカー場以外で久しぶりに両親と兄(一家)と会う親族の集まりだ。
 ところが笹塚から春日部まで電車を3本も乗り継いで辿り着くと、すでに9時を回っていて、兄の子供は寝ているし、父親も孫に囲まれ興奮したのかすでに横になっているではないか。

 何だか納得のいかないまま、一人分残された生もの抜きのお寿司を頬張った。

8月11日(月)

 ここのところ発行人の浜本の機嫌が妙に悪い。
 キーボードを叩く音がいつにも増して激しく、ひっきりなしにタバコを吸っている。そして消すときも力強く押しつけ、給湯室に捨てられた浜本のタバコは「くの字」に折れている。もちろん仕事の指示も厳しくなり、編集部の松村や金子は悲鳴を挙げている。

 長期化する出版不況のなかこんな吹けば飛ぶようなチビ会社の経営はさぞかし辛いだろう。でも会社の雰囲気が悪くなるのには耐えられない。本の雑誌社のムードメーカーを自負する僕が解決しようではないかと立ち上がった。

「浜本さん、どうしたんですか?」
「何が!」
「いやその『何が!』なんですよ、最近妙に苛立っているじゃないですか」
「別に何もないよ」
「そんなにうちの会社、経営状態悪いっすか?」
「違うよ、トーマスが集まらないんだよ!!!」
「はっ?」

 その後は決壊したダムのように、浜本の愚痴が始まった。
 息子が『きかんしゃトーマス』にハマった。いくつかおもちゃを買い与えた。そのうち自分がハマっていた。特に海外製の『木製レールシリーズ』という奴に。しかしそれがなかなか見つからない。イライラがつのる。……。

 社員一同、呆然と聞き入った。
 僕も呆然と聞き入りつつ、とにかくムードメーカーとして会社の雰囲気を変えることを最優先することにする。『木製レールシリーズ・きかんしゃトーマス』を探せば良いんだな!

 本日の営業先は池袋で、ちょうどA書店さんへ向かう途中におもちゃ売場あって、子供にまじって覗くとなんといきなり『木製レールシリーズ・きかんしゃトーマス』があるではないか。いやはやこんな簡単に見つかるとは…。おお、おまけにパンフレットまであるし、とりあえずこれを持って帰れば、浜本の機嫌も会社の雰囲気も良くなるだろう。

 営業を終え、凱旋気分で会社に戻り、早速浜本に報告する。
「ありましたよ、池袋に」
 浜本はパンフを眺めながら
「どれが置いてあった?」
 と質問してくる。
 そういう質問は予期していたので、メモして置いた店頭在庫を読み上げる。
「トーマス、エドワード、ヘンリー、……。」

 おお、これで一件落着。明日からは気持ちよく働こうと浜本の席から離れようとしたところ再度問いかけられる。

「それだけか?」
「ハイ!」
「違うんだよ、オレが欲しいのは、デュークで、杉江が今読み上げたのはみんな持ってるんだよ。それにデパートは定価だろ? 出来れば20%割引で買いたいんだ。ああ、もう!!!」

 いきなり会社に暗黒の雲が立ちこめる。カミナリがいつ落ちてもおかしくない。
 もしかして僕、ムードメーカーじゃなくて、ムードクラッシャー?

8月8日(金)

 暑い、暑すぎる。カバンのなかにはハンドタオルが2枚入っているのだが、それでも午後にはどちらもしっとりしてしまって、まったく爽快感がない。

 二子玉川のK書店さんを訪れるが、担当のUさんはお休み。何だかいつも休みの日に当たってしまって、しばらくお会いできていない。そろそろしっかりアポを取って訪問しよう。

 そのK書店さんが入っているデパート高島屋は大規模なリニューアルが予定されていて、以前から工事されていた新設部分も露わになり、かなりモダンなデザインへ。建築に興味を持って以来、営業の楽しみが増えた。K書店さんも9月にその新設部分に引っ越し予定だとか。

 その後は子供と若者をすり抜け、渋谷を営業。

 南口のY書店Tさんと話していると「何か文庫本で恐い話のオススメはないですか?」と聞かれ、あわててあまり得意ではないホラー系の小説を紹介。

 ところが話をしているうちにTさんが求める「恐い」が奥田英朗の『最悪』的な恐さだとわかり、あわてて方向転換する。文庫になっていないけれど同一著者の『邪魔』をオススメし、あとは桐野夏生の『OUT』や貴志祐介『黒い家』などをオススメ。

 こういう質問にうまく答えられないのは、僕自身の読書量が少ないことが一番の理由であるけれど、本を読んでいる時も読み終わった後も、その本を言葉に置き換えることをしていないからだろう。

 ただただ物語に没頭し、登場人物に感情移入し、時には涙を流し、時には唸り、それで終わってしまうのだ。ああ、書評誌を出している会社に勤める人間として失格だ…。

8月7日(木)

 いやはや夏の横浜は良い。
 何が良いって、日に当たらずに多くの書店さんを廻れるからだ。いやはや。

 M書店のYさんを訪問すると、肘の内側に大きな青あざがあるではないか。

 こういうとき僕は悩んでしまう。話題として触れて良いのか、良くないのか。もしかしたら聞かれたくない理由があるかもしれないし、逆に気づかないなんて、なんて観察力のない人なの?と思われるかもしれない。こんなことで悩むこと自体で、僕の営業のダメぶりがわかるだろう。

 結局その話題にはこちらか触れずに本の話をしていたのだが、ちょっとした話の流れからYさん自身がその肘の青あざを説明し出す。「家で本を読みながら階段を降りていて、落ちちゃったんですよ」

 うーん、そんな理由なら初めから話を聞いた方が盛り上がったんじゃないのか…。とにかく、Yさんあなたは書店員の鏡ですと別れの挨拶。

 その後、訪問したルミネのY書店さんで、久しぶりに文庫担当のMさんと顔を合わせる。文庫の売れ筋などを聞いていると、ふっと名札に目がいき、名字が変わっていることに気づく。

 思わず「Mさんご結婚されたんですか?」と聞いてしまったが、よくよく考えてみると今までMさんに独身ですか?と確認したことがあるわけでなく、この質問は非常に危険だと気づく。

 運良く、今回は問題なく「おめでとうございます」で話は済んだのだが、これからは気をつけよう。ああ、何年経っても人との会話は難しい。
 

8月6日(水)

 「週記」にすると宣言したら突然書く気力が沸き、結局ここ数日は毎日書いているではないか。うーん、なんだこれは。気楽になると書けるのか…。

 いや気楽どころじゃなく、とんでもない事件勃発。
 ああ、ネェサン事件です…。

 なんと今週末発売予定だった『川物語』に印刷上のミスが判明し、すべて刷り直しという最悪の事態に…。すでに本は出来上がっていて、後は搬入を待つだけだったというのに、勘弁してくれ。

 怒り、あきれ、哀しみ、様々な感情が渦巻くが、そんな感情にはフタをして、とにかく善後策を金子と相談。もちろん搬入進行の進んでいる取次店さんへ謝りの連絡を入れ、保留にしていただく。

 というわけで、『川物語』の発売は延期になり、8月25日前後に変更になりました。
 そもそもこの『川物語』はかなり前から新刊告知していて、既に何ヶ月も発売が遅れていたというのに…。本当に申し訳ございません。

8月5日(火)

 昨日、猛暑のなか営業を終えフラフラのバテバテになって会社に戻ると、あわてた様子で浜田が内線をしだす。相手は顧問の目黒で僕の帰社を伝えているようだ。よほど大事な用があるのだろうと注文処理の仕事を脇に置き、しばし目黒が降りてくるのを待った。

 数分後「じゃじゃ~ん」という感じで扉が開き、(本人の気持ちとしては)颯爽と登場する。

 その姿に関しては、きっと目黒自身がどこかで書くだろうからここでは書かない。ただ一言いうならば、浮世離れした姿とでも伝えておこう…。

 ああ、ただでさえこの目黒は、昼過ぎに起きてきて、こっちは猛烈に忙しい時間帯だというのに、その隣で13時間も寝たくせに大あくびをくり返したりしているのだ。それにプラスして今後毎日こんな格好でウロチョロされたら、こちらは一段と仕事をする気力を無くすだろう。

 ところでずーっと悩んでいることがあるんだけど、顧問って何?

8月4日(月)

 もし僕がソフトクリームだったら、会社を出てすぐ身体の表面から溶けだし、10号通り商店街にはかつて僕だった液体がシミをつくり、笹塚駅に着く手前でついに実体もなくなり、スーツとカバンだけが道端に転がっているだろう。

 ただ悲しいことに、僕は人間で、だから溶けて実体がなくなることもなく、今日も営業に出かけなくてはならない。気温は32度。

 こういう暑さで毎年8月は営業効率が極端に落ちる。おまけに先月30日に誕生日を迎え32歳になり、正直無理の効かない身体になりつつある。

 だから8月の新刊は控えてくれ!と毎年年始に浜本や金子に伝えているのだが、何と今年は『川物語』佐藤秀明著と『ありふれない一日』木村晋介著と2点も出ることになってしまった。ただ単に本の雑誌の伝統的な無計画なおかげで…。

 その結果、当然のことながら通常月よりも忙しく、とても夏休みどころではなくなる。あまりにむかついたので文句言おうと思ったのだが、当の金子は入社以来夏休みを取ったことがなく、そんな人間に対してとても不満は言えず、「うーっと」給湯室で唸りつつ、ヤカンを叩くのが精一杯の気晴らしだ。

 そんな訳で、なかなかこの日誌を書く時間が取れない。8月一杯は「週記」ということで勘弁してください。

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