WEB本の雑誌

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4月28日(月)

 いちおう小社はGW休暇中なのだが、予想通り、浜本以外誰もが出社。いったい何をやっているんだ!?

 ただいま書店さんでの話題は、あっという間に店頭から消えていったキムタク本『開放区』(集英社)。まあ、刷り部数が少ないとはいえ(と言われているが、その部数でもチビ出版社にとっては夢の数)、その売れ行きは凄まじいもので、ほとんどの書店さんが1日ないし、半日も保たず売り切れになってしまった様子。僕自身も「そのもの」を見たのは、配本当日だけという状況だ。

 ある書店で、書店員さんから輪ゴムに止められた厚いスリップを手渡され、それが『開放区』のスリップだった。いやはや、その厚さといったら…。

 その厚い束を確かめつつ、聞かなきゃいいのに「同日の文芸書全体のスリップは?」なんてことを聞いてしまった結果、その差を目の前で見せつけられ大きく落ち込む。たははは。

4月23日(水)

 夜、駒場スタジアムでナビスコカップがあるので常磐線直帰コースを考えていたのだが、水曜公休の書店員さんがいることをギリギリで思い出し、急遽、中央線に変更。

 この変更が吉と出たのか、昨日に引き続き、しっかり営業ができる。もしかしてアルゴリズムだかバイオリズムだかが上向きなのかもしれない。

 と書きつつ、実はここのところ営業とは別のことで、かなりストレスが溜まっている。毎晩悶々として眠れず、本を読んでもまったく頭に入らず、イライラしたまま、朝を迎える。その繰り返しで、かなり精神的、体力的にキツイところにいる。そのストレスを、直帰して駆けつけたナビスコカップにぶつける。
 
 これは何度も書いていると思うけれど、僕がこの世で一番好きな空間は、平日開催のサッカー場だ。スタンドを埋めるほとんどの人が本来何か用事があるはずで、それをどうにか都合をつけ、蹴飛ばしここにいるのだろう。

 それは「サッカーよりも大切なことはない」という意志の表れだろう。

 その一群に混じって、スーツ姿のまま僕も大声を出す。
 そうすると仕事のことも会社のこともクソみたいに小さいことだと思えてくる。
 
 この夜、久しぶりにぐっすり眠れた。

4月22日(火)

 営業はやっぱり楽しい。

 新宿のK書店さんで、何年もつき合っている書店員さんとちょっとしたきっかけから、なぜ書店に勤めるようになったのかという話を聞いた。そういう話、面と向かって真正面に伺うのも恥ずかしく、今までほとんどの書店さんで聞いたことがない。

「高校時代、通学に2時間くらいかかって、その間、暇だから図書館の本を片っ端から借りていたの。文学全集とか外文の文庫本とか。それで、本に関係する仕事に就こうと思ったのかなあ」

 何だかこういう話を伺うとその人の人生が一瞬見える気がして、とてもうれしい。

 またその後南口のK書店さんを訪問し、前から気になっていた外文オススメ棚について話を伺う。担当のHさんはまだ若い書店員さんだけど、セレクトもしっかりしていて、いつも感心していたのだ。

「外文って何だか読まれる機会が少ないですよね。で、自分自身が好きなんでポップをつけたオススメコーナーとか柴田元幸さんのフェアをやってみたんです。そしたらしっかり売れていって…。何だかうれしいですよね」

 その笑顔の向こうにしっかり本をセレクトして売ろうという強い意志が垣間見える。Hさんは続けてこんな話もしていた。

「新刊新刊って、つい追いかけちゃうんですけど、既刊のなかでまだまだいっぱい面白い本があるし、そういうものを大事にしていきたいです」

 こういう目的意識を持った20代の書店員さんが最近増えているような気がする。もしかしたら出版業界の未来はそうそう暗いもんじゃないという期待が持てる。

 その後、飯田橋、神保町、秋原場、田町とバタバタ営業に向かったのだが、各店でいろいろと話ができ、珍しく絶好調の営業だった。


 そういえば、先日助っ人学生のひとりが僕にこんなことを言ってきた。

「今まで出版社、それも編集者になろうって考えていたんですけど、杉江さんの日記を読んでいると営業も面白そうだなって。」

 うれしい言葉ではあるし、本日の日記の冒頭にも「営業は楽しい」と書いている。

 しかししかし、出版営業という仕事が誰にとっても楽しい仕事なのかは正直わからない。
 ただただ、僕はこの仕事が好きなだけだ。

4月21日(月)

 去年も書いたような気がするけれど、本の雑誌社はやたらにゴールデンウィークが長い。
 今年もなんと4月26日から5月6日までの10連休だという。これだけ見ると何だか大会社並みの待遇に思われけれど、もちろんしっかり裏があって、その代わり夏休みがなかったりするから恐ろしい。ムチ、ムチ、ムチ、飴、ムチといった感じだろう。

 これだけ長いゴールデンウィークだけど、いったい誰が休めるというのだろうか?

 休みが嫌いな金子はどんなときでも出社しているし、経理の小林も決算資料の作成のため毎年出社。もちろん僕も5月の新刊『少年画廊』の営業活動が山場を迎えていて、まず休めそうにない。浜田も伝票の〆があるし、松村も忙しそうだし、うーん…。

 もしかしてもしかして。
 浜本だけが休んだりして!?

4月19日(土) 炎のサッカー日誌 2003.03

 負けた試合の後、サポーター(観戦仲間)はどのような行動をとるか。
 まず僕の父親と母親はいち早く会場を後にする。二人とも60歳を過ぎているので人混みが危険だからだ。

 そしてOさんが深い溜息とともにレプリカユニを脱ぎ捨てる。Kさんは下を向いて、うんざり顔で脇に立っているポールを蹴飛ばす。僕は何度も舌打ちしながら、床に敷いていたシートを乱暴に丸めカバンに詰め込む。最近はじわじわと一緒に観戦する仲間が増えていて、AさんやYさんやKさんも僕らと同様、深い怒りと悲しみ背負いつつ帰り支度を進める。

 その間一切互いに会話はない。
 誰がダメとかフォーメーションがどうしたとか、そんなことは正直どうでもいい。とにかくいち早くこの世で一番不幸な場所を離れたい。

 そのまま会話もなく、出口に辿り着き、そこで少しだけまともな人間性を取り戻す。翌週も試合があれば「じゃあ、また来週」と手を振り、別れていく。

★   ★   ★

 ここのところレッズは負け続けている(先日やっと連敗を止めたが、それはアウェーでの出来事)ので、ほぼ半年近く、僕ら観戦仲間は笑顔で別れることがなかった。

 この日の京都パープルサンガ戦も、試合前の雰囲気はよくなかった。負け癖がついたというか、ここまで負け続けると勝つということがよくわからないというか、とにかくネガティブな雰囲気に捕らわれていた。誰も勝負のことは口にしない。

 それが何と、あっという間の開始53秒。
 わがまま遅刻小僧のエメルソンがゴールを決めてしまうではないか。

 いったい今までの苦労はなんだったんだと思わないわけにはいかない、が、待望のゴールがうれしくてたまらない。OさんやKさんと久しぶりに抱き合い、歓喜のコールに身をゆだねる。

 それにしてもゴールが早すぎる…。サッカーは90分間のスポーツだから、この後89分も試合が続くわけで、その長さといったらもう。とにかく早く終わってくれ、勝ちたい、勝ちたい、勝ちたい。その一心で応援を続けた。

★   ★   ★

 その後、後半12分に鈴木啓太が点を入れ、終わってみれば2対0の勝利。
 ホーム試合でいえば、昨年10月19日以来の勝利である。

 観戦仲間と満面の笑みで別れた。幸せってこういうことをいうんだよな。

4月18日(金)

 当HPの運営をしているH社へ。本日はHPとは別件の打ち合わせで、ちょっと面白い企画を思いついたので、どうにかそれを実現できないかという話し合い。

 能力もなく気合いばかりで突き進んできた(つもり)僕の社会人人生も、10年経ってこんな立派な会社に足を踏み入れられるようになるとは驚きだ。世の中何が起きるかわからない。思わずビルに入る前に『思えば遠くへきたもんだ』(海援隊)を口ずさみ、会議の間は『地上の星』(中島みゆき)が頭を駆けめぐる。会議は滞りなく進み、とりあえず最初の一歩を踏み出した。

★   ★   ★

 その後、神保町を経て、赤坂見附へ。

 ほんや横丁の連載『東京ランダムウォーク日記』でお馴染みの渡辺さんが、間もなくこの地に新たらしい支店を出するのである。たぶん今日辺りが準備の佳境だろうとその陣中見舞いに向かう。

 店内は、壮絶な風景だった。
 出来上がったばかりの棚を前に、ところ狭しと本が積まれている。本というのは不思議なもんで棚に入っていると大した量に見えないが、それを山積みしてみるととんでもない量になる。とにかく本、本、本の店内。足の踏み場を探りつつ渡辺さんを探す。

 その山の向こうから、浦和レッズのTシャツ姿の渡辺さんが顔を出し、「これ今日中に積めなきゃ」と泣き笑い。話を伺うとここ数週間まったく休みもなく、とにかく準備に大わらわで、もう体力も底き、お箸も握れないとか。

 しかしそれにしても楽しそうだ。渡辺さんはもちろん稲葉さんも山村さんも他のスタッフのみなさんも、グッタリした表情のなかで笑っているのがよくわかる。

 渡辺さんは日記のなかで「重要なのは、単純だけど“いい店つくるぞ!”という気迫、熱なのだ。そして、その熱こそのみが良きものを作っていくんだと思う。」と書かれているが、本当にこのお店のなかをその熱が渦巻いているのがよくわかる。新店の広さはたった75坪。でもこの熱はそんな単位で量れるものではないし、積まれている本を見れば充分伝わる。

 4月22日のオープン日。この熱がお客さんに伝わり、ヘトヘトになった渡辺さんが笑えることを願っている。

4月17日(木)

 昨夜行われた日本代表対韓国代表の試合で、なんと急遽招集された我が浦和レッズの永井雄一郎が決勝ゴールを決めてしまった! いやはやどうせ出ないだろうなんて思いながら見ていた僕、その瞬間、狭い家を走り廻り、永井のコールを高らかに歌ってしまった。

 今までだったらそんな僕を家人が冷たい目で見つめるだけなのだが、2歳になった娘は突然「遊びの時間」が始まったのかと僕を追いかけ回し、一緒に万歳三唱をしてくれる。ああ、お前が生まれて良かったぞ…。

 本日になっても興奮は冷めず、永井のゴールの自慢をどこかでしたいのだが本の雑誌社は相変わらず誰もサッカーに興味がなく、昨日試合があったことすら知らない様子。これではどうにもならないと会社を飛び出し、新宿Y書店Nさんを無理矢理訪問。Nさんもサッカー好きなのだ。

 何をやっているんだか…ではあるけれど、この喜びを是非とも長く続けたい。リーグでまったく勝っていないレッズよ、今週は頑張ってくれ!!

4月16日(水)

 今月の新刊『いっぽん海ヘビトンボ漂読記』の搬入日。

 帯に文字がズラズラと並ぶ不思議な装丁で、他社の同時期新刊『帰っていく場所』(集英社)や『モヤシ』(講談社)のあっさりした装丁とは大違い。まあ、むこう2点は小説だしと納得するか…。

 午後からは渋谷地区を営業。

 この渋谷・青山地区の書店さんを永江朗さんが『文藝』夏季号(河出書房新社)で「TOKYO書店見(ミ)シュラン」としてランク付けしている。

 過去いろいろと書店ガイドはあったものの、このように相対的にランク化するものはなかったのではないか。本屋好きの皆さんには要チェックの連載だし、今後が楽しみ。

 さて、そんなことを話題にしつつ渋谷の書店さんを廻っていたところ、とある担当者さんの話が心に残った。

「書店の接客態度ってあんまり良くないですよね。まあ、「いらっしゃいませ」を入口でやるのは難しいかもしれないですけど、レジでも言わないお店もあるし、それこそ無言で受け渡ししているときもあるし。でもやっぱり気持ちよく売りたいし、買いたいじゃないですか。だからお店でいつも言っているんですけど、眉間にシワを寄せてイライラしているようなお客さんがふっと笑顔になるくらい挨拶しようって。それで少しずつでもリピーターが増えてくれたらいいなって」

 僕自身、ついつい品揃えや棚で書店さんを判断してしまうが、やっぱりお店なのだから接客はとても重要なことだろう。そういえば「TOKYO書店見(ミ)シュラン」にも接客のランク付けはなかったっけ。果たして、お客さんは「接客」をどれくらいの位置づけにして見ているのか気になるところだ。

4月15日(火)

 いつも思うことだけど、ほんとに外回り営業は山あり谷あり。売上はもちろん気分も乱高下をくり返し、一日が終わって、今日が良い日だったのか悪い日だったのかと思い返そうとしても、まったく判断がつかない。

 本日。サッカーの直帰とは関係なく埼玉を営業しようとしたのが失敗の始まり。なんと行く先々の書店さんで担当者のお休みに打ち当たってしまった。やっぱりこのコースは水曜の方が良いということか…。

 担当者に会えない営業マンなんて、散歩している老人と一緒で、一軒一軒不在を確認するたび、己の存在意義を疑い深く落ち込んでしまう。底のない谷底。

 足取りも重くほとんど誰にも会えないまま、この日、最後の書店さんへ向かった。

 そこは武蔵浦和駅のS書店さんで、半ばあきらめの気持ちを抱え店内を覗く。
 オオ! やっとお会いできました。Tさんどうもありがとうございました、とそれだけで泣きそうになるが、実はTさんとはまだ数回しか面識がなく、いきなり興奮して話しかけるわけにもいかない。

 浮上した気持ちを隠しつつ、新刊や既刊の営業。

 忙しい時間帯であるし、無駄話をするほど親密になりきれてないし、今日はこのまま帰ろうとしたところ、いきなりTさんから問いかけられる。

「杉江さん、DM見てて思ったんだけど…。もしかしてレッズサポ?」

 えっ、いきなりそんなど真ん中を…。そういえばここはホームタウンの浦和。
 もしかしてTさんも?

 その後は一気にそれもかなり濃い話に突入し、僕の気分も天空まで昇り詰める。
 ああ、これだから営業マンは辞められない。

4月14日(月)

 先週、ついに発売となった『ライ麦畑でつかまえて』の新訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』J.D.サリンジャー著 村上春樹訳(白水社)はかなり良い感じで売れているようで、各書店の文芸担当者さんもほっと一息ついているようだ。

 なにせ、今年に入ってから出版不況は一段と深刻化しており、話題になるべき本すらない状況で、前年比二桁落ちが当たり前になりつつある。とにかく『キャッチャー・イン・ザ・ライ』とこの後出版される予定のキムタクエッセイ『開放区』(集英社)に引っ張ってもらうしかないでしょう。

 本日書店さんを廻っていて思わず笑ってしまったのは、この『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の問い合わせだ。多くのお客さんがなぜか「ライ麦畑の新訳」でもなく「サリンジャーの本」でもなく「村上春樹の新刊」と聞いてくるらしい。

 いやはや著者名だけでは売れないこの時代、本当に村上春樹氏だけは最後の砦であり、ベストセラー作家なのではないか。神様仏様村上春樹様と唱えつつ、FAXの通信ミスでも構わないから本の雑誌社に原稿が送られて来ないかと願ってしまうのは営業マンのサガ。

4月11日(金)

 ここのところ立て続けに書店さんからフェアの依頼があって、うれしい悲鳴をあげている。

 旭屋書店船橋店、福島県いわき市の鹿島ブックセンター、ジュンク堂大阪本店で順次開催されていくのだが(詳細はトップページ『春の珍事か?本の雑誌フェア3連打!!』をクリック)これもひとえに紀伊國屋書店新宿本店で行った『本の雑誌執筆陣のオススメ本フェア』のおかげだろう。執筆陣の皆様、ありがとうございました。

 それにしても、どこで誰が見ているかわからないもんだし、どこで仕事が生まれるかもわからない。ならば、いつでもしっかり仕事をしなければと実感した次第。

 さて、何でもやりますの営業マンは、ポップや看板も作る。いや、もちろんそんな才能は僕自身にはないわけで、ただただ浜田の腕を頼るしかない。

 しかしさすがに頼みすぎると恐ろしい結果が発生するわけで、本日そろそろ限界のきな臭い匂いが社内を漂っていたので、最後の最後、フェア帯だけは自分で作ることにした。それは旭屋書店船橋店でのフェア用帯で、『本の雑誌執筆陣のオススメ本フェア』に巻かれる予定だ。

 マックを駆使し(編集の金子曰く宝の持ち腐れ)コピー機をガコガコ。出来上がったものは僕にしては上出来で、自己満足の世界へどっぷり浸かっていた。

 すると、それを見ていた助っ人のひとりがぼんやり呟く。
「杉江さん、これってみんな他の会社の本に巻かれるんですよね?」
「そうだよ」
「なんか、あの~。……。」

 助っ人の言いたいことはよくわかる。しかし自社のことばっかり考えている営業マンなんて誰も相手にしてくれないし、そういう営業に会うと僕ですらうんざりしてしまう。そうじゃなくて、とにかく本と本屋を愛し、そこが発展することを願うことが大事なんだと思う。そしてその結果として少しでも自社の売上が上がっていけば充分で、遠回りではあるけれど、これが僕が目指す営業スタイル。

 春の気候のせいか、ついつい熱く学生に語ってしまった。

4月10日(木)

 夜遅くまで酒を飲み、その後目黒とふたりでラーメン屋へ。こういうシチュエーションは入社以来初めてのことで、何だかちょっと緊張してしまう。何か小言を言われるのか、それとも今後の方針を話されるのか。カウンターに置かれたラーメンを眺めつつ、箸を付けていいものかしばらく戸惑ってしまった。

 しかし誘った本人の目黒は心地よく酔っぱらっている様子でズルズルとラーメンを啜りだす。なんだこれはただただ普通に酔って小腹が空いたからラーメンを食うだけなのか。

 その瞬間、入社して7年近くも経っていながら、初めて本の雑誌社の社員として認められた気がした。

 何だかこの感覚をうまく伝えられるかわからない。
 でも、感じているままに書こうと思う。

 僕はこの本の雑誌社に入社して7年が経とうとしている。しかし、それでも、やっぱり『本の雑誌』を含むこの会社は、椎名と目黒の会社だと感じている。いや、もう少し広く『本の雑誌血風録』や『本の雑誌風雲録』に出てくる創刊から10年程度の間に携わった人達のものだろうと考えている。

 あるいはこういう言い方もできるかもしれない。
 椎名や目黒はその頃のメンバーを愛している。その頃在籍していて辞めていったスタッフや失敗談を話すとき、二人はとても幸せそうで、その親密な距離感に後から入社した僕は近づくことができない。それはもしかすると逆に椎名や目黒が既に大きな存在になってしまってから入社しているため、こちらが勝手に身構えているのかもしれないが…。

 とにかく未だに僕は、この会社に浅く腰掛けているような浮ついた気分で働いている。それは読者や書店さんの持つイメージとはまったく関係なく、僕自身の感覚である。もしかしたら創刊時を知らないコンプレックスなのかもしれない。

 なんだかやっぱりうまく書けない。

 ただ、この日。目黒と深夜遅くにラーメンを啜ったとき、ああ、これでオレも本の雑誌の一員になれたと安堵感に包まれた。なぜだかわからないけれど。

4月9日(水)

 春はこんなに雨が降る季節だったのか?
 それも何だかしつこい。

 相変わらず雨が降ると相棒とおるからメールが入る。
 「いやー、内勤は濡れなくて楽チン」
 毎度毎度同じ記述に思わず液晶画面を叩いてしまう。僕の携帯が壊れたら間違いなく相棒とおるのせいだ。おまけに今日はこんな一句も添えられていた。

 「下痢のとき 心配ないよ 内勤は」

 どうしてこんなヤツと友達になってしまったんだろう…。

 ただしこいつ。
 実はトイレ観察マニアで、って別にのぞきが趣味というわけでなく、かつて外回りの営業マンだった頃、そこかしこのビルのトイレに忍び込み、設備と混雑状況をくまなくチェックしていただ。だからちょっとお腹が痛い…なんてときはとおるにメールを送ると、どこそこのビルはウォシュレットつきで広くて空いているなんて、とてもありがたい情報が送られてくる。

 そういえば、相棒とおるとトイレでもうひとつ思い出した。

 とおるはなぜか立派な建物に入ると絶対そこでウンコをしてくるという、まるで動物のマーキングみたいな習性を持っていて、先日も何で用事があったのかわからないけれど、某大手出版社を訪問したらしく、そこで大きいうんこをしたと自慢げなメールを送ってきていた。

 ああ、それにしても変なヤツだ。
 でも、こういうメールが息抜きとなって、孤独な営業マンは次なるお店へリフレッシュした気持ちで訪問できたりするものだ。

 たぶん、いやきっと、そこまで考えて送ってきてくれているのだろう、と信じたい。

4月8日(火)

 発行人の浜本が出社してくるなり自分の机をひっかき回し出す。
 しばらく書類や本をバタバタパラパラやっていた。そのうち机の下に潜り込み、ゴツンと頭をぶつけながら奥の方に落ちているメモを拾い出す。誰がどう見ても何かを探しているようなのだが、本の雑誌社スタッフは「一切他人のことに興味がない」連中が集まっているので誰も声をかけない。声をかけないどころか、またバカなことをやっているよと半笑い。すると必死の形相の浜本が頭をさすりながら立ち上がり、大きな声で叫びだす。

「笑ってる場合じゃないんだ! 健康保険証がなくなっちまった!! 誰か知らないか?」
「保険証? えっ、僕、見ましたけど、昨日の朝、浜本さんと打ち合わせしていたとき、浜本さん手元でくるくるしてましたよ。」
 僕、思わず余計なことを口走ってしまう。

「ほんとか? 何時頃だ?」
「だから昨日打ち合わせしていたのが、11時頃でしたから、そのときですよ」
「その時間まで、保険証はここにあったということだな。で、最後の目撃者は杉江なんだな…」

 何だか怪しい展開になって来るではないか。浜本の保険証を盗んで良いことがあるのか? 確か免許証で金が借りられるけど、もしかして保険証で金が借りられるのか? いやオレは盗んでいない。オレは半落ちも完落ちもしないし、まったくのシロだ。

 しかしそれにしても何だかこのまま会社にいると浜本の勢いに負けて、思わず「やりました」と呟いてしまいそうだ。嫌な展開なので営業に向かうことにした。そのとき捨て台詞で「ゴミ箱にでも捨てちゃったんじゃないですか?」と呟いていた。

 朝のやりとりから6時間後の夕刻。営業を終え、僕は会社に戻った。
 入口の扉を開けると半地下で何やらガサゴソ音がする。野良犬か何かが迷い込んだのかと思って覗き込むと、浜本が東京都推奨のゴミ袋に頭を突っ込み格闘しているではないか。

 保険証…まだ見つかっていないのね? で、ついに前日のゴミ袋まで漁りだしたのね…。とてもこんな人を相手にしていられないので、僕はデスクワークへ。

 10分後。階下から雄叫びが聞こえ、手荒に扉が開かれる。
「あったぞ! あった! 本当にゴミ箱なかにあったよ」

 結局この日、浜本はほとんど仕事をせず保険証を探していたため、まあ社員一同これでどうにか日常に戻れると安心し、良かったですねと声をかけた。もちろん僕も。しかし浜本は厳しい顔で僕を睨みつけるではないか。

「お前、ゴミ箱にあるって初めから言っていたよな…」

4月7日(月)

 今月の新刊、椎名誠著『いっぽん海ヘビトンボ漂読記』の事前注文短冊を持って、取次店を廻る。

 取次店の仕入窓口は、銀行の窓口のようになっていて、ずらりと並んだ机の向こうに仕入担当者が座っている。出版社は新刊が出来上がると、こちらへ見本を持ち込み、どれくらい仕入れてもらえるか交渉する。事前注文分や過去の類書の部数、あるいは刊行後のパブ予定などを基準に、出版社はなるべく多く、取次店はほどほどにといった感じで、火花が散る。

 最近の傾向は『減収増益』ってところで、とりあえず部数を抑えて、返品率を減らし、コストを減らした結果、増益へ。出版社も賭けをしなくなり、増刷はほんとに少部数でお茶を濁し、ひとまずの利益確保に走っている。売れていないのは、売る本がないから(物理的に)と嘆かれる書店さんは多い。

 大丈夫なの?こんなんで、と思いつつ、自分だって守りだよなと頭を垂れた。

4月6日(日) 炎のサッカー日誌 2003.02

 11連敗もしていると、さすがに観に行くのが辛くなる。
 僕、木曜日辺りから不機嫌の人となり、会社で声をかけられても横柄な応対しかできなくなってしまう。出来ればこのまま平日が続き、土・日をすっ飛ばして、また来週が始まって欲しいと願ってしまう。しかし誰にも公平に明日が訪れるように、未来のほとんどない明日が僕にも訪れる。

 サッカー観戦は、いやレッズを自由席で応援することは、何度も書いているけれどまさに「苦行」である。ツライなんてもんじゃない。雨の日も風の日も雪の日も試合開始の何時間も前から並んで、見られるものはほとんど負け試合である。ふつう、待ちに待つものって、美味しいラーメンだったり、心臓が飛び出すくらいのアトラクションだったり、基本的に期待を越えるものなのに、僕らレッズサポは期待を大きく下回るものにこれだけ並ばなきゃならないのだ。

 おまけに我が浦和レッズ。今季、チームの核として大型補強したエジムンドにいきなり逃げられてしまった。最低というか、最悪というか、もう言葉がない。言葉がない変わりに、唯一、前節の試合で「生」浦和エジムンドを見られたことに感謝する…、いや、感謝なんてするわけない!! 退団の報を聞いた夜、僕はビデオを引っ張りだし、エジムンドが映るたび、ティッシュの箱を投げつけた。

 ならばどうして応援するのか?
 そんなもの僕にもわからない。
 
 この日だって朝7時に目覚めた瞬間「もう絶対辞めよう…」って何度も呟いたし、自転車を漕ぐ気力がないのは、何も向かい風のせいではないのを知っていた。途中、バイパス道を越える大きな交差点で止まったとき、思わずトラックに飛び込もうかと真剣に考えたことも白状しておく。だってそれ以外辞める方法がわからない。

 しかしその気持ちをどうにか押さえつけ、試合開始6時間前から並びに加わり、溜息を三千回くらい吐き出したとき、僕がなぜここに来ているのか、答えが見つかったのだ。

 試合開始5分前。
 レッズゴール裏から静かに、しかし力強くコールが始まった。
 それはエリビス・プレスリーの名曲「愛さずにはいられない」のサビである。レッズサポはいつでも逆境に立たされる運命で、その逆境に立たされる度、この歌を歌ってきたのだ。男達のセンチメンタルな懇願の叫びが競技場を覆い、もちろん僕もそのコールに加わる。どんなことがあったって僕たちは「愛さずにはいられない」んだ。

 そして次は、戦いの狼煙でもある「ウォーリア」が始まる。まるで戦国時代のいくさみたいな遠吠えであるが、この遠吠え何度聞いても(叫んでも)血が沸き立つ。

 試合開始と同時にコールは「PRIDE OF URAWA」に変わった。
 アーレオー、アーレオー、アーレオーレアーレーオー
 アーレオー、アーレオー、俺達の浦和レッズ
 浦和レッズ、浦和レッズ、浦和レッズ、浦和レッズ
 浦和レッズ、浦和レッズ、PRIDE OF URAWA REDS

 そう、ここには誇りがあったんだ。

 11連敗している浦和レッズは何も浦和レッズというチームではない。僕たち、みんな浦和レッズであり、それは例えどんなに負けようが外国人選手に逃げられようが、変わりはない。国籍と同じように僕たちみんなが浦和レッズ。勝とうが負けようが、そのこととはまったく関係ない誇りがある。

 だから僕は、どんなにつらくても、競技場に通うんだ。

J1 ファーストステージ 第2節
浦和レッズ vs 名古屋グランパスエイト
      0対0 引き分け

4月4日(金)

 金曜日に、本を買うようにしている。
 それは1週間、一生懸命(多くはだらしがなくだが)働いた自分へのご褒美としてで、また、あまりにまとめ買いして、未読の本を溜め込まないようにする自戒の想いを込めてでもある。

 本日は、営業先ジュンク堂書店池袋店で、しばし休憩時間を取り、棚を眺める。20分ほどうろついて購入した本は以下の通り。

1.『偶然の音楽』 P・オースター著 柴田元幸訳(新潮文庫)
2. 『ユリイカ臨時増刊号 総特集宮崎駿の世界』(青土社)
3. 『住まい学体系076 家 安藤忠雄』 安藤忠雄著(住まいの図書館出版局)
4. DVD『建築家 安藤忠雄 格闘・我が建築』(日本コロムビア)
の4冊。

購入した理由はそれぞれあって

1のP・オースターは、先日書店さんで紹介された同じ柴田元幸訳の『宮殿泥棒』イーサン・ケイニン著(文春文庫)がムチャクチャ面白かったので、外文の世界に飛び込もうと決意。では、なぜ『偶然の音楽』なのかというと、書店員さんにP・オースターが好きという人が多いのを思い出し、何点もある文庫からカバー裏のあらすじを読んだ結果がこれ。

 しかししかし、会社に戻って、外文好きの金子と松村に話すと、「それはスギエッチ向けじゃないし、そもそもP・オースターは向いていないと思う。それでも絶対P・オースター読みたいっていうなら、刊行順に読んで作家の変貌を楽しんだ方が良い」とあっさり否定されてしまった。

 一行も読まずに、この本の行く末が決まってしまったような気がしないでもないが、会社の本棚にあった『海外作家の文章読本』新潮クレスト・ブックス特別編集(新潮社)を借りて帰り、外文を研究することにした。
 
 2には深い理由があるのだが、長くなるので省略。

 3、4は現在一番ハマっている建築もの、それも安藤忠雄もの。DVDは先週発売になっていて、買うか買わないかかなり悩んだのだが、実物を見てついに我慢できず購入を決意。

 しかし実はこの後、もっと本格的な安藤忠雄DVDが発売される予定で、それはなんと5万円以上するのだ。こんなもの家庭持ちが買えるか! でも欲しい…。

 今、一番幸せなことはこうやって金曜日に本屋さんへ行き、、建築書の棚をうろつくことだ。どれもこれも文芸書に比べ高額なのだが、そのなかから中味を吟味厳選し、1、2冊選びだしレジに持っていく喜びは、何ものにも代え難い。

 ちなみに、ただいまの人生目標は、2級建築士の資格を取ることである。いやはや出版営業がそんな資格をとって何の意味があるのか自分でもよくわからないのだが…。

4月3日(木)

 今月の新刊『いっぽん海ヘビトンボ漂読記』椎名誠著の営業が佳境を迎え、毎度毎度の尻火状態となる。JR、営団地下鉄、都営線と乗り継ぎ、東西南北ジグザグ移動が続く。

 それにしても編集長椎名の新刊は、他社とぶつかることが多い。

 今回も、『帰ってきた場所』(集英社)が既に並んでいたし、確か講談社から『モヤシ』も出る予定で、ひと月に3冊もの新刊が出ていいんだろうか? ファンの人達の財布の中味を思わず心配してしまう。

 こういう心配は2年前の『日焼け読書の旅カバン』のときも同じで、あの時は他社本を利用したポップを作ったような記憶がある。ならば時期をずらすとか、身近にいるんだから椎名本人に刊行スケジュールを確認をすれば良いものの、小社は誰もそんなことを気にしていないし、椎名もまるで気にしていない様子。

 それにしてもこのタイトルは何なんだ?

「いっぽんかい へびとんぼ ひょうどくき」と読むそうだが、意味がまったくわからない。しかし「わからない」というと恐ろしいことが待っていそうなので「良いタイトルですね…アハハハ」と半笑いで受け答えしたのはひと月前のことだ。

4月2日(水)

 朝、発行人の浜本が出社してくるなり高らかに宣言をした。

「今日から会社は分煙だ! 煙草を吸うときは給湯室で吸い、窓をしっかり開けること!!」

 いったいどういう理由でいきなり宣言したのか分からないが、よく考えてみると今までこんな狭い会社で一切禁煙や分煙に取り組んだことがない方がおかしいのだ。煙草を吸わない松村、浜田、小林、そして助っ人学生のみんなにとっては、猛烈な暴力であったのではないかと深く反省する。

 ちなみに本の雑誌喫煙派は、浜本と金子と僕で、それぞれ1日2箱、3箱、1箱とストレスに応じた喫煙本数になっている。

 このまま煙草が辞められれば良いなと思いつつ、珍しく浜本の指示に素直に従い、給湯室でぼんやり煙草を吸っていた。すると発行人の机からモワモワ白い煙が上がってくるではないか…。

 それは高らかな宣言から15分後のことであった。

4月1日(火)


 通勤電車にピカピカスーツがぞろぞろいて、満員電車の無秩序の秩序が狂う。そのことでイライラしつつ、今日がそういう日なのだと思い出す。

 いかんせんこのチビ会社は僕が入社して7年が経とうとしているのに、僕以降、誰も入ってこないからだ。新入社員も新人研修もまったく別世界の話。そういえば、最近当HP宛に、資料請求してくる学生さんが多いけれど、大変申し訳ないことにその資料すらない。というか未だに社内規定も見たことがないんですけど…。

 前回、最悪の不確定公休日に当たってしまった本厚木のY書店さんを訪問。担当のYさんが休憩に出ていたので、しばらく店内をぶらつく。こちらのお店、要所要所にセンスの良い手書きポップが立っていて、非常に面白いのだ。

 本日もそのポップを眺めながら店内を物色していると、僕の大好きなニック・ホーンビィの著作が多面展開されていた。そこにもしっかりポップが添えられていて、ニック・ホーンビィが楽しめる読者の傾向がいくつか書かれていた。どれかひとつでも思い当たる人は、ぜひとコメントされている。

 もちろん僕はその傾向すべてに当てはまっていて思わず笑ってしまったのだが、僕がそのワゴンから離れてすぐサラリーマンがポップを読み込み、購入していったのには思わず感動。ポップの力って本当にスゴイ。

 担当のYさんが戻り、そのことを話すと、でもですね…とちょっと苦い顔をされる。
「これが先週の文庫のベスト10なんですけど、全然新刊が入ってこないんですよ」

 なるほど確かにその一覧を眺めてみると、今、ポップからプレイクしている作家が並んでいた。書店さんにしてみたら、きっとポップなどはプラスアルファの売上として計算されており、それとは別にきっちり柱として新刊売上が必要なのだろう。でも、この逆転現象はしばらく続きそうだし、それこそYさんのお店のように努力されているお店は一段とその傾向が強まってしまうのではないか。うーん、良いんだか悪いんだか難しい問題だ…。

 その後は、お互い最近読んだ本の話で盛り上がる。僕はアホみたいに金城一紀を推薦し、Yさんからは小谷野敦と『宮殿泥棒』イーサン・ケイニン著(文春文庫)を推薦され、それを購入しお店を後にした。

 うん? 『宮殿泥棒』って柴田元幸さんの翻訳ではないか? ああ、先週こちらを訪問して買っていれば、翻訳文学ブックカフェの場で、サインしてもらえたのか。何だかちょっとミーハー心がくすぐられ、後悔。

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