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第2章

遂に突入! A店の棚。その驚くべき全貌が今、明らかに!! 軍手とマスクは必携さ

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 今まで内緒にしてきたが実は俺は滑舌が悪く、例えば「打ちひしがれる」と澱み無く発音するのが少々苦手だ。しかしそんなこととは無関係に(当たり前だが)、A店勤務第一日目、俺はいきなり打ちひしがれた。

 その理由。まず第一に、兎に角何しろ店が汚えっ!

 ってのは前回述べた。清潔な店内に比してバックヤードは意外と乱雑、なんて話は本屋に限らずどんな店でもよく聞くが、売り場そのものと、そして何より商品自体がここまで容赦無く埃まみれってのは、余り例が無いんじゃなかろうか。棚も平台も本を動かすと、「ジャリ」っと或いは「ザラリ」と、砂を擦ってるあの感触。だけならまだしも、蚊だか蝿だか知らないが、潰れたり五体がもげたりしたまんま乾燥しちゃってるのが、あっちにコロリこっちにポロリ。見上げりゃ天井の隅にはお約束通りクモの巣が張ってるし、仕舞いにゃストッカーの中でカマドウマまで跳ね回ってたりする始末。その荒廃振りは悲惨を通り越してもはや漫画的と形容すべき有り様で、「こんな店で買ってく人がよくいるな......」と、まるで他人事のようにあらぬ方向で感心したくなってしまう。

 が、実はそんなことはどうでも良い。いや良くはないが、掃除をすれば済む話である。手間はかかっても難しくはない。いずれは解決出来る筈だ。えっ? いつに無く前向きだって? それは早合点というものである。即ち、だ。言い換えれば、店内のこの程度の汚れなど、まだまだ序の口だったということなのさ......。

 例えば、だ。文庫売り場に目をやると、商品の回転が極端に悪いらしく、蛍光灯焼けして退色しちゃってるカバーがやたらと目立つ。それならそれで注文し直して奇麗なものと入れ替えるとかすりゃ良いのに、何しろ埃が積もってるくらいだからね。そんなマメなこと、恐らく考えたことも無いんだろう。そもそも焼けちゃうまで動かないような商品積んどいたって、スペースを無駄にしてるだけだっちゅうの。

 更にその積み方も全体的にひたすら薄く、1冊で平積みなんてのもザラである(ってか、1冊だけでも平〝積み〟って言うのかしら?)。1冊しか積んでないっちゅうことはさ、その場所から売れる可能性が最大でも1冊という訳で、つまりは一面分のスペースを使っていながらその販売量は棚差しと全く変わらないということになり、非効率も甚だしい。どうせ積むなら最低でも数冊は積むべきだろうし、逆に、積んでも1冊しか売れないような商品なら他と入れ替えるべきだろう。平積みすることのメリットは勿論在庫量だけではないけれど、5冊6冊積むことで、棚差しのように1、2冊売れただけで店頭在庫が無くなってしまうという機会損失を防ぐ意味も大いにあると思うのだけど、きっとそんなこと全く考えてないんだろうな。

 で、薄っっっぺらな平台に比して棚はギュウギュウ詰めのガッチガチ。目当ての本の両隣に指入れて、「ヨッコラセ」って感じで引っこ抜かないと本が取れない。当然、戻すときは両手でないととても無理。これじゃあお客さん、面倒臭くって手に取ってくんないよ。想像するに、新刊だの本部お仕着せのフェアだのが次から次へと入ってきて、ところてん式に平台から押し出された商品を棚に入れるんだけど、代わりに何抜いて良いか判らないんだろうと俺は見た。

〝足す〟こと或いは〝加える〟ことよりも、〝引く〟こと或いは〝削る〟ことの方が遥かに重要で難しいのがこの仕事。例えば今日入社したばかりのド新人でも、スペースさえ作ってやれば、そこに商品を並べることぐらいどうにかこうにかやるだろう。問題はその為のスペースをどう作るかで、即ち売り場に限らずストックヤードも含めて、店が抱えていられる在庫の量には当然ながら限度があって、新たな商品が1冊入って来たら代わりに何かを1冊返品しなくてはいけない訳だ。新たな商品の為に、今まで在ったものの中から何を〝削る〟か。それを決めるのが、大事で難しくって面白い。全く同じ商品を仕入れても、何を〝削る〟かによって売り上げは変わる。

〝削る〟ことには勇気が要る。「あと1日置いておけば売れるかも」。「返品した後でお客さんに訊かれるかも」。そんな不安は、書店員なら常にある。それは解るが、だからといって判断を放棄して兎に角詰め込めるだけ詰め込むってんじゃあ、いつまで経っても判断力はつかんだろう。「失敗した!」、「とっときゃ良かった......」。そんなことの繰り返しを、恐らく〝経験〟と呼んだりするんじゃないか?

 で、以上並べ立てた状況だけでも充分荒涼としているのだが、トドメとばかりに度肝を抜いてくれたのが、展開されてるフェアである。新潮文庫の棚前に並んでいるのは、夏の風物詩・黄色い帯の『新潮文庫の100冊』で、何の工夫も無いディスプレイとはいえ、8月だからこれは良い。驚いたのは、ってか殆ど我が目を疑ったのはその隣。

 赤い帯に《発表! 今、読みたい新潮文庫 2008年》って、余りに古くて俺もしかとは覚えてないが、もしかしてコレ年末年始のフェアじゃね? それが売れずに残ってるってのも凄いし、半年以上同じ商品群並べっ放しってのも凄いし、せめて帯ぐらいは外そうとさえ思わない感覚の鈍さも凄いし、なんかもう開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。これ読んでる皆さんも俄かには信じられないんじゃないでしょうか? 講談社文庫の棚前には桜の模様の帯が並んでてこりゃあ多分春物だし、かつて新刊台であったと思われる場所では、売れ筋が品切れしたまま放ったらかしになっているらしく、殆ど〝売れ残り台〟の様相を呈している。同じ著者の作品がアッチとコッチにバラバラで積んであるなんてのはもうザラで、東野圭吾さんの『白夜行』と『幻夜』(ともに集英社文庫)ぐらいは、せめて並べて欲しかった......。

 まだあるぞ。続いてのサンプルはナツメ社の定番シリーズ「図解雑学」。『生物・化学兵器』から『古事記と日本書紀』『ハプスブルク家』『宇宙の不思議』に『オペラの名作』まで数十点出ているこのシリーズを、内容なんかお構い無しにナントまとめて棚に突っ込んである。で、棚の上の方見ると「理工書」とかって見出しが付いてる。新星出版社の「徹底図解」シリーズも日本文芸社の「面白いほどよくわかる」シリーズもやはり同様。脳だろうが大奥だろうが心理学だろうが親鸞だろうが、兎に角ひたすらシリーズごと。何かもう、「探し易さ」とか「比較購入」とか「関連陳列」とか、考えた形跡が全く無い。

 とここまでくればジャンルの親和性なんてものも考慮されてる筈が無く、とりわけ酷いのは、アダルト雑誌と向い合わせの女性エッセイ。ド素人が棚作ったって、流石にこうは並べんだろ!? ってぐらいそりゃもうしっちゃかめっちゃかで、その無秩序振りは殆ど闇鍋。マジで「わざとか?」って訊きたくなるほどツッコミ所は満載なんだが、誇張抜きでキリが無いからここらで止める。

《千里の道も一歩から》なんて言葉も世に在るが、実際に「千里の道」を前にしたら、なかなかそんな前向きには考えられるものではない。A店の惨状を目の当たりにして打ちひしがれる俺を、一体誰が責められよう。帰宅後、SNSで「虚しい、悲しい、やり切れん」などとついつい泣き言を零したら、知り合いの書店員からメッセージ。曰く

《大げさではなく、そういう時のために「物語」は存在するのだと思います》

かぁ~、良いこと言うなぁ流石だなぁ。俺の仕事は、それを紹介して売ることなんだよなぁ。何か我ながら単細胞極まりないとは思うけど、いきなり立ち直っちゃったみたいだよ。

 っつー訳で、俺のように絶望しかかった人たちに、高野和明さんの『幽霊人命救助隊』(文春文庫)を胸を張ってお薦めしたい。登場するのは、自殺という方法で人生に幕を下ろした4人の幽霊。天国目指して昇ってゆく彼らの前に神様が現れて曰く、「ワシが折角与えた命を粗末にする輩など、天国に迎え入れる訳にはいかない」と。但し、もう一度地上に降りて自殺志願者100人の命を救えば、晴れて天国入りが認められるという。斯くして4人の人命救助隊は、浮かばれない霊となって地上に向かう......、ってなストーリー。その後の展開は実際に読んで頂くとして、ここでは救助隊のメンバーで元ヤクザの幽霊・八木の一言を紹介したい。曰く

《未来が定まっていない以上、すべての絶望は勘違いである》

どうです、良い言葉でしょう? 本書に限らず高野さんの作品には、〝運命に流されず妥協せず、自分の力で未来を切り開こうとする人々〟が、時に切なく時に力強く描かれていて、例えば『6時間後に君は死ぬ』(講談社)でも、

《弱気なこと言わないで。絶望なんてものが人の役に立ったことがあるの?》

《運命などというものが決まっているなら、人の意思は何のためにあるのか》

なんて名台詞がバンバン出て来る。とりわけ『幽霊人命救助隊』は俺の生涯ベスト3に入るかも!? ってな傑作で、これ読んで感動しない奴とはちょっと友達になりたくないぐらい。未読の方は、騙された心算で是非一読を。笑って泣けてきっと元気になれる筈(断言)!

 って大好きな作品だから、ついつい脱線が長引いた。兎に角、だ。予期せぬ激励に俺はまたまた励まされた訳である。何か異動が決まってからこっち、誰や彼やに励まされてばっかだな。

 それからの一週間は兎に角ひたすら掃除掃除掃除。38年間生きてきてこんなに掃除に明け暮れた日々は多分無い、ってぐらいに掃除三昧。汚れ方が余りに酷く営業時間中にはとても出来ないから、10時開店なのに朝は7時前に出社した。

 さぁ始めるぞっ! と最初10分ばかり箒を使ったら、舞い上がる埃で殆ど花粉症状態。鼻水は出るわくしゃみは止まらんわで、慌てて隣のコンビニでマスクを購入。再び箒を片手にえっちらおっちら、ストッカー引っ張り出したりレジ回りのワゴン動かしたりしてる内に、あっちにぶつけるわこっちに擦るわで、手が傷だらけの真っ黒け。またまたコンビニに走って軍手を購入。モップを洗った水を流しに捨てたら殆ど塞がってるってぐらいに詰まってて、今度は近くのスーパーで「パイプマン」ゲット......。クソっ! ただ掃除がしたいだけなのに、こうも障害が多いのは何故なのだ!? 俺に掃除をさせろーっ!!!

 とは言えこの「パイプマン」、俺は生まれて初めて使ったのだが、文字通り目を見張る程のその効果は、余計なことだが言及せずにはいられない。説明書に曰く《髪の毛も溶かす》というその威力は絶大で、バケツ1杯の水が流れ切るのに数分はかかっていたドン詰まりの流しが、30分後にはスーイスイ。皆さん、パイプの詰まりには「パイプマン」ですぞっ! と、力強く推しておく。

 そして赴任3日目からは、漸く掃除に集中出来るぞ。......、うわぁ~、ゴキブリの死骸だ~。と思ったら生きてる奴が出てきたよーッ!!! 何故ストッカーに蝉の抜け殻が??? こっちのストッカーは奥に何かの毛がいっぱい積もってるんだけど、一体何の毛だよ、コレ? うわっ! 今度は常備の返品漏れがぎっしりと。しかも期限は2000年。オイオイ20世紀かよ......。あれま、お次は去年の伝票が束になって出てきたよ。伝票をこんなところ(地図ガイドのストッカー)に仕舞った訳を、誰か私に教えて下さい......。

 こうして俺のA店赴任最初の一週間は、ひたすら汗と埃にまみれて過ぎ去った。その間、ふとした瞬間に何度と無く脳裏を去来した疑問。

一体俺は何しに来たんだ?

その気持ちを喩えるならば、ゆうきまさみさんの『機動警察パトレイバー』(小学館)。機材も人員も揃わない第一話で、事務所の引越しやら草むしりやらをやらされた太田巡査が叫んで曰く、《仕事かっ!? これが仕事かあ!?》。解るぜ、太田、アンタの気持ちが......。

 とは言いつつも、1週間後に気付いてみれば実は結構気持ち良かった。築何年なんだか知らないが建物自体が古いため、ピッカピカとはいかないが、それでもはっきり確実に店はキレイになってゆく。しかも一歩店の外に出るだけで、都内では考えられないような広々とした空と風になびく青い田んぼが目に飛び込んで来て、開店前のひと時が清々しいったらありゃしない。周りのスタッフはまだまだ反応鈍いけど、自分が気持ち良くなったんだから良しとしよう。いやぁ、掃除って誰かの為にやるもんじゃないんだねぇ。

 な~んて柄にも無いこと呟いてみたが、これでも本屋だ。掃除だけしていた訳では、勿論無い。それが証拠に、赴任10日目ぐらいから山のような荷物が届きはじめたではないか。つまりは俺が発注しまくった商品が続々と入荷し始めたという訳で、ここから先は次回に譲る。題して『押し寄せる本の洪水に死屍累々たる返品の山。どこまで続くぬかるみぞ!?』。ではまた。

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