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第7章

A店に差した〈天使のはしご〉! 希望の光よ、どうか消えるな!

ある日、アヒルバス
『ある日、アヒルバス』
山本 幸久
実業之日本社
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【新版】 雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り (朝日選書(777))
『【新版】 雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り (朝日選書(777))』
藤木 久志
朝日新聞社
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庶民たちの平安京 (角川選書)
『庶民たちの平安京 (角川選書)』
繁田 信一
角川グループパブリッシング
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  やったよ......。
  終わったよ......。
  とうとう全部片付けたよ......。
  
 
  売り場の通路と言わずバックヤードと言わず店内の床という床に、さも当然のような顔をして居座っていたダンボールの山、また山。わざわざ注文して新たに仕入れたにも係わらず、何週間もお蔵入りさせざるを得なかった数百数千の本の群れ。色褪せ埃まみれになりながら、何年も棚の肥やしになっていたであろう返品予備軍。それらみーんな1冊残らず、遂に、漸く、ことごとく、キレイサッパリけりを付けたよ。
 
  多かった。長かった。そして何より辛かった。ですが見て下さいっ! ダンボールが邪魔をして台車が通れないなんてことは、もうありませんっ! 体を横にして蟹歩きなんかしなくても、ちゃんと事務所に入れますっ! お客様からのお問い合わせに対しても、<在庫が在るのが分かっていながら、どこに在るのか発掘出来ない>なんて間抜けな事態は、もう二度とありませんっ! 老師、僕はやりましたァーっ!!!
 
  つっても、表紙が焼けちゃってる商品も3、4年前の常備も沢山残ってるし、トンチンカンな分類は至る所で見られるし、ジャンルや著者名のプレートも殆ど無いし、と直さにゃならんところは実はまだまだてんこ盛り。それでもこないだまでの、「ここは倉庫か? それとも粗大ごみ置き場か?」ってな惨状に比べれば、その差は歴然。少なくとも今のA店は、どっからどう見ても<本屋>以外には見えない筈だ。
 
  いや、よくやった。よく頑張った。まさかここまで粘れるとは、俺自身でさえ思ってなかった。何しろこの1ヶ月で、残業が100時間を越えたのだ。えっ? 残業手当? 出ねぇよ、そんなもん一銭も。それどころか、「ご苦労さん」の一言だってかけてもらっちゃいないんだから。ああそうサ。噂の『名ばかり管理職』(日本放送協会、NHK生活人新書)、『使い捨て店長』(佐藤治彦、洋泉社新書y)とは、俺のことだよ。悪いか? 因みに、書店員仲間の一人は、俺の残業時間を聞くや即座に「大丈夫! 確か、80時間以上なら過労死って認定される筈だから」って、頼むから死ぬこと前提に励ますの、止めてくんない?

   兎に角、だ。文字通り粉骨砕身した甲斐あって、10月の下旬には、書店としての体裁をA店は徐々に取り戻しつつあった。と同時に俺は、<地方弱小>ならではの難しさを、漸く実感し始めてもいた。
 
  これまで何度か話したように、<新刊配本>が少ない(場合によっては「無い」)点は、なるほど難儀と言えば難儀ではある。が、或る程度は事前に予想していたことでもあるし、追加発注の手間が増えはしたものの、慣れてしまえば案外どうと言うことはない。それよりも俺が困惑させられたのは、個々の商品の<売れ数の差>が出ないってこと。
 
  例えば4、5年前まで在籍していた旗艦店では、動きの良い文庫なら週に3ケタ売れるのが当たり前だったから、或る商品が売れているのかいないのか、その判断は一目瞭然だった。何しろ1週間の売り上げデータを出せば、上は百数十冊から下は1、2冊のものまで<売れ数の差>があるのだ。<めちゃ売れ><まずまず売れ><ぼちぼち><不振><駄目だコリャ>ってな程度の判断なら、数字さえ読めれば誰でも出来る。数週間もデータを追えば、<めちゃ売れ>の中にも「たった今、<めちゃ売れ>になったばっかりで、これから当分は売れ続けるだろう」ってな商品と、「暫く<めちゃ売れ>として君臨してきたけど、もうそろそろ落ち目かな」ってな商品が、混在していることにも気付くだろう。
 
  ところが、だ。A店の場合、週に3冊でも売れた方。週間ベストの上位3作品ぐらいが2、3冊の売り上げで、あとは<1冊売れ>の商品が<4位タイ>としてズラーっと(って程多くもないが)並ぶ。こうなると、どれが旬で、どれが下り坂なのか、見極めるのがえらく難しいってのは御理解頂けるだろうか? 即ち、<めちゃ売れ>と<駄目だコリャ>の間には、「今まさに旬の、<めちゃ売れ>の中の<めちゃ売れ>」だとか、「先週までは<ぼちぼち>だったけど、勢いが出てきて来週あたり<まずまず売れ>か<めちゃ売れ>になりそうだな」とか、「暫く<ぼちぼち>で推移してきたけど、そろそろ<不振>か<駄目だコリャ>に落ちそうだな」とか、そういった微妙なランクが無数に存在する筈なんだが、その<売れ数の差>が1冊、2冊しか無いのである。
 
  そもそも初回に2〜3冊しか入って来ない訳だから、ちょっと売れる本ならすぐに品切れするのは、発売前から分かり切っていることである。或る程度の<品切れ>は前提であり、同時に織り込み済みでもある。当然、追加の注文を出す。ここまでは良い。が、A店クラスの配本数だと、大して売れない商品も<すぐに品切れ>してしまうのだ。これには正直、頭を抱えた。例えば俺が大好きな山本幸久さんの『ある日、アヒルバス』(実業之日本社)という新刊が出たが、A店の初回入荷は僅かに2冊。その内1冊が翌日にはめでたく売れたのは良いとして、この1冊は果たして<極大値>なのか<呼び水となる1冊>なのか? 追加するべき数やタイミングはもとより、追加すべきかどうかという根本的な判断さえ、出来かねるケースが続発した。
 
 「だったら、アンテナに引っかかったものは片っ端から追加発注してしまえ」という意見も、中にはあろう。全くその通りだと、俺も思う。出版各社や取次ぎには伏せておきたいことながら、俺も12年間、「取り敢えず取っとけ」でやってきた。注文する数を20冊にするか30冊にするかで迷った時は、「理屈抜きで30冊にしろ」と、後輩やバイト君たちにも言ってきた。「幾ら余ったところで売り上げが落ちる訳ではないし、お客さんに迷惑かける訳でもないんだから」と。
  
   が、しかし。一つにはスペースの問題から、一つには資金繰りの問題から、何かを仕入れたら何かを返品しなければならないのは、この商売の鉄則である。
 
  ところが、だ。<売れ数の差>が出ないということは、云わば<売れてなさ>にも差が出ないということで、<何を削るか>こそが売り場担当者の腕の見せ所だと思っていても、どれもこれもが横一線に<売れてない>んでは、下げるべきものと残すべきもののボーダーラインを、どこに引いたら良いのか皆目判らん。<差が無い>んならどれを下げても一緒だろうと、思う人もいるかも知れない。正論である。正論ではあるが、そう簡単に割り切れるものではないのである。<下げた翌日に『とくダネ!』(フジTV)で紹介された......>、<返品した途端に朝日の書評で絶賛された......>なんて経験は、書店員なら誰でも多かれ少なかれ持っているに違い無い。
  
   そんな事情を物流が斟酌してくれる理由は勿論無く、新刊に加えて俺自身が「売れそうだ」と判断して注文した商品までもが毎日続々と入荷して来る以上、何かを下げない訳にはいかない訳で、こうなると殆ど山勘だったりもっと単純に好みの問題だったりと、我ながらとてもプロの仕事とは思えない。
 
  まぁこの問題に関しては、これから毎日少しずつ、経験を積んで嗅覚を研ぎ澄ましていくしか無いんだろうと、半ば諦めに近い覚悟をしたものの、当然ながら打率は下がる一方で、即ち、「これは売れる」と思って追加した作品が、「案外売れなかった」というケースが増えてくる。こうなると、売り上げだとか返品率だとかのマネジメント上の問題よりも、俺自身の精神的な疲労の方が、ダメージとしては遥かにデカい。何しろ「これは売れる」と思った商品が、店のあっちこっちで売れ残っているのだから、自信を失くすのも無理は無いってもんだろう。「追加したって、どうせまた売れ残るんじゃねーの?」なんてネガティブな発想に、どうしたって傾いていく。
 
  前任者もコレにやられたんじゃねーか、多分? 着任当時は意気軒昂としていても、配本がやたら薄いし追加して漸く入って来たと思ったら今度はサッパリ売れないし、「返品するために追加したのか、俺は?」ってな結果を毎日毎日見せ付けられる。大きく深い穴を掘らせて、掘り終わったら今度はそれを埋めさせて、埋め終わった途端に再び掘り返させて、それを延々繰り返すってな拷問が、かつてどこかに在ったらしいが、まさにそんなことの繰り返し。そうしていつの間にか、「もういいや、追加なんかどうだって......」ってな虚無に、頭の中が徐々に侵食されていく。
  
   その気持ち、素手で掴めるほどの実感を伴って、今の俺には理解出来る。俺自身、何度と無くそうなりかけた。が、それではA店の行く末は、<閉鎖>の二文字しか在り得ない。ここが胸突き八丁の正念場。「どうせ......」なんて、自分で限界を決めてどうする、俺!?
 
  な〜んてポジティブな気持ちにあっさり切り替えられたのは、実はA出版のK氏のお蔭。陰鬱な毎日を過ごしていた或る日、突然かかってきた電話口でK氏が言うには、「ケン46さん、御社だけでなく我々出版する側にとっても大切な人材なんですから、体に気をつけてなんとか頑張って」って、持ち上げ過ぎだよーっ! 仮にその9割がリップサービスだったとしても、残りの1割だけで、俺は当分やってけそうだ。今俺が疲れ果てて諦めて、例えば転職なんかしちゃったら、きっとK氏はがっかりするだろう。まだ大丈夫。少し休んだら、また歩き出せるだろ、俺。
 
  と、どうにかこうにか立ち直りかけたところで10月が終わった。勿論、今月も前年割れ。だけどね、書籍のみは100.9%っ!! ずーっとずーっと1年以上前年割り続けてきた店なのに、書籍だけだけど、遂に底を叩いたよっ! 雑誌は相変わらず大きく凹んでるからトータルでは結局前年割れだけど、でも、今までの前年割れとは、コレは種類が違うんだっ!
 
  いや確かに暫く前からね、平積みしている新刊や話題書ではなくて、棚に1冊差しておいた地味系の本が、「意外と動くけど気のせいかなぁ?」と思ってはいた。俺は本の版型や体裁で棚を分けるのが好きではなく、例えば各社の<選書>は内容によって各々のジャンルに振り分けてしまうのだが、<歴史>の棚に差しておいた『雑兵たちの戦場』(藤木久志、朝日選書)だとか『庶民たちの平安京』(繁田信一、角川選書)なんて地味な本が、仕入れた2、3日後に売れたりしていた。「なんか、しっかり棚見てくれてるお客さん、結構居るんじゃないかなぁ」と、感じてはいたのだが、それが0.9%につながったと、そういうことにしておきたい。
 
  因みに前記の藤木久志さんも繁田信一さんも、読み易い文章で平易に語ってくれるから、素人歴史愛好家にはコレを機会に推しておきたい。他にも藤木さんなら『土一揆と城の戦国を行く』(朝日選書)や『飢餓と戦争の戦国を行く』(同)が、繁田さんなら『天皇たちの孤独』(角川選書)や『殴り合う貴族たち』(角川文庫)辺り、読み出すと止まらない筈。是非!
 
  んでまぁ、書籍前年クリアしたよってなことを、書店員仲間で集まった際に報告したら、「イェ〜イッ!」といきなり奇声を発したのは、瀬戸内水軍の末裔・K氏(A社のK氏とは別人です)。振り返った俺と目が合うと、まるであらかじめ決まっていたかの如く、「パッチーンッ!」と自然にハイタッチ。学生の頃はずっとバスケやってたから、好プレーの後のハイタッチなんて数え切れないぐらいしてきたけれど、今回ほど嬉しいハイタッチは記憶に無い。いや、応援してくれてるのは解ってたけど、まさかこんなに喜んでくれるとは! 社内の人間でも、ここまで嬉しがってはくれないぞっ! ヨカッタ〜、よたよたしながらも前進して来て。途中で何度も投げ出したくなったけど、K氏を始めみんなの気持ちを危うく無にするとこだった。A店なんて陽の当たらない場所で蠢いてるけど、俺ってやっぱり、結構幸せな書店員かも。お蔭できっと11月も、ゆっくりだけど進んで行ける。
  
   という訳で、次回からは11月。勿論、ちょいと上昇の兆しが見えたからって、すぐにバラ色の未来が広がるほど、世の中甘いもんじゃない。『蝸牛角上の争いもあれば、井の中の蛙も居たりして、ホント組織って面倒臭いのネ』。疲れるんだなぁ、コレが。

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