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第11章

『今、そこにある危機! 非情の返品命令に、4ヶ月の苦労も水の泡!?』

 この数ヶ月驚き呆れる要素には事欠かなかったA店だが、唯一点、お客さんからの苦情が皆無だったのは有り難かった。つってもスタッフの接客が格別優れていたり、CSの意識が高かったりということは、ちっともない。むしろそこら辺は見ていてヒヤヒヤする事もしばしばで、他の店だったらヤバかったって場面が何度もあった。にも係わらずクレームに繋がらなかったのは、ひとえにお客さんの大らかさに因るところ大である。

 例えば......。人件費をトコトンまで切り詰めているA店の場合、スタッフの休憩を回す昼時などは、レジに俺が立ってる以外店内に誰もいない、なんて状態が珍しくない。これだけでも都心の書店員には信じ難い話だろうが、お客さんのリアクションを聞けば更に驚くに違いない。そんな状況で会計中に電話が鳴ると、「電話終わってからで良いよ」なんて当たり前の顔をして言ってくれたりしちゃうのだ。お問い合わせを受けてレジを抜けた時も他のお客さんは文句も言わずに待っててくれるし、お取り寄せなんかも大抵は「いつでも良いよ」ってな感じ。

 察するに、A店のお客さんは大半が家まで車で10分とか15分っていう地元の人。電車で1時間かけて帰宅しなきゃいけない都心のお客さんと比べると、時間的にも体力的にもきっと余裕があるんでしょう。加えて、下手すりゃ屋号で呼び合ってるぐらいな田舎だから、近所の八百屋や魚屋に買い物行くのも、書店に本を買いに行くのも、感覚的に全く一緒。語弊を恐れずに言ってしまえば、本屋ごときに端っから高度なサービスなんか期待しちゃあいないのだ。

 そんな訳で、苦情クレーム抗議談判方面ではかつて無いほど平穏無事に日々が過ぎ、そういった揉め事は二度と無いんじゃなかろーかと錯覚し始めた今日この頃、やはり、そうは問屋が卸さなかった。前回チラッと予告した通り、一人のバイト君に対する批判が直接本部に届いてしまった。

 美紀嬢というそのバイト君、A店でコミックを担当してはや10年。自分の持ち場に関しては商品知識も豊富だし、一生懸命なのは確かである。がその反面、ベテランバイトにたま~に見かける、「私の棚は、私の城」って頑迷固陋な部分が無くもない。実際棚をいじってると、レジには入りたがらない電話は取らないお問い合わせにもつっけんどん......。「いずれどうにかしないとなぁ」と俺も考えてはいたのだが、何しろこういう問題は、本人が「自分は仕事が出来る」と自覚しちゃってるだけにデリケート。下手にプライド傷付けちゃうと、こんがらがって修正が効かなくなってしまう。その内、その内と手をこまねいている間に、面倒な事態になっちゃった。

 クレームそのものは大意「もうちょっと愛想良く出来んのか」という趣旨で、解り易いしご尤も。これこれこうだと説明してちょいと雷落とせば、普通は済む。が、美紀嬢の場合、俺がA店に来る前にも似たようなことがあったらしく、本部の印象がすこぶる悪い。はっきり「辞めさせろ」とは言わないまでも、「指導するだけ無駄じゃない?」ってな雰囲気がありありだ。とは言え、拾ってきた猫だって3日も居れば情が移るもんである。いわんや一緒に働いてきたバイト君をや、だ。

 こういうの、ホント苦手なんだけど仕様が無い。俺は事務所に美紀嬢を呼ぶと、本部が半ば呆れ返っていることも含めて、事実を洗いざらい打ち明けた。これで彼女自身が「辞める」と言うなら止むを得ないと思ったが、コミックが好きだから続けたいと言う。ならば態度を改めろよってことになるのだが、そんなことは言われるまでもなく解っちゃいるのだ、彼女にも。解っちゃいるけど止められないから、スィスィスーダララッタなのである。

 俺自身、10年前は似たようなもんだったからよく解る。「あれも出さなきゃ、これもやらなきゃ」と仕事に追われまくっている内に、お客さんよりも何よりも、目の前の仕事を片付けるのが最優先になってしまうのだ。無論それでは、丸っきりの本末転倒である。が、自分でもいけないと思ってはいても、忙しくって体力的にも精神的にも余裕が無いから、感情を理性で抑えることが出来なくなる。注文だって陳列だって、最終的には<お客さんに買って貰う>為なのに、注文の為の注文、陳列の為の陳列に、いつの間にかなってしまう。

 こういったケースは、間違っていることを当人が自覚しているだけに厄介だ。解っていなくて出来ないのなら、一から説明して解らせればそれで良い。が、解っていても犯してしまう過ちは、上司や同僚が助けてやれることなど殆ど無い。俺は美紀嬢に、ただ一つのことを言葉を変えて言い続けた。

「折角10年も頑張ってコミックの棚作ってきて、こんな下らないことで評価下げちゃったら、今まで頑張ってきた自分が可哀相じゃん」。

3時間の話し合いで俺が言ったのって、ホントそれだけだったなぁ。だって、本人も自分が悪いってのは解ってんだから、他に言うこと無いんだもん。

 で、結果。まだほんの10日かそこらだからハッキリしたことは言えないが、良くなってきているようには見える。少なくとも、「変わらなきゃ」と思って努力はしている。それが証拠に、他のバイト君たちの見る目が変わった。「最近美紀さん、接客が明るくないっすか?」って、学生バイトの裕作君でさえ言ってきたから、きっと俺の贔屓目じゃないんだろう。まぁいつまで続くか解らんが、取り敢えずはめでたしめでたし。

 ってな調子で相変わらずバタバタしてる内に、クリスマスがロマンチックの欠片も無くアッと言う間に過ぎ去って、店の売り上げは<書籍120%><雑誌99.9%>と大健闘。但し、<CD73.0%>。そう、実はウチの店、いつからなのか知らないがCDまで扱っているんだな、よせばいいのに。これがまた厄介なことに、発注からディスプレイまで本部指示。入ってきたもんを売り場に出しゃ良いだけだから、頭も使わないし楽っちゃ楽だが、そもそもCD販売のノウハウを本部がどのくらい持ってるのかが激しく疑問。その上、俺たちが手を出せるのは客注品の発注ぐらいで裁量権がまるで無いから、改善も修正もあったもんじゃない。

 そしてここ数年。<何でもかんでもダウンロード時代>でCD専門店でさえ悪戦苦闘してるのに、知識も技術も後ろ盾も無いウチみたいなとこが、まともな商売出来っこない。CDの落ち込みで、本屋の売り上げがみんな吸い取られてしまう。それでも1週間を残した時点で、店全体で100.5%を維持してる。首の皮一枚ってところだが、凹みまくったCDを本屋部門でカバーし切れるかも知れない! 純平君やヨシコさん始め、全てのスタッフが大晦日に向けて気合を入れ直す中、しかしまたしても障害が......。

 しかも今度は、A店だB店だって次元の話ではなく、なんとワガシャそのものが資金繰りに四苦八苦していると言うではないか。結果どういうことになったかと言うと、店の規模によって多少の差はあるが、金額にしてざっと数百万円分の在庫を各店至急返品せよと、まぁそんな趣旨の御達しが来た。まぁ八百屋さんや魚屋さんの目には甘やかされた商売に見えるかも知れないが、返品すりゃあ当然その分のお金が返ってくるって寸法だ。

 一口に数百万円分と言っても、この業界にお勤めの方以外には余りピンと来ないかも知れない。文庫を例に採った場合、1冊700円として一万冊で七百万円。じゃあ一万冊ってのがどのくらいかってーと、例えば新潮文庫で(絶版にならずに)現在稼動している作品総数が、恐らく三千点前後じゃないかと思う。即ち、仮に新潮文庫を全部返品したとしても(あくまでも仮の話ね、仮の)、指定された金額にはまるで足りない。

 或はごく平均的な書店の場合、棚一段で文庫はおよそ50冊。ってことは、文庫200段分でやっとこさっとこ数百万円。こんどヒマを持て余した時に、近所の本屋で棚を数えてみてたもれ。文庫200段揃えてるとこって、名前言えば一発で通るような大型店ばっかりの筈だから。

 兎に角、だ。そういう膨大な金額を捻出する為に不要在庫を一掃しろと言うんだが、そんなに返品出来る訳ゃねーっつーの。A店みたいな売り上げの小さい店に仮に数百万も不要在庫があったとしたら、絶対そっちの方がどうかしてるよ。ってか正確には十数年の間溜め込まれてきた返品不可能品――コレを業界では<ショタレ>と呼ぶ――が、ストッカー20杯分ぐらいどっさりと在るんだが、これは文字通り返品不可能な為、このまま眠らせとくか決算時に損失として計上するか二つに一つ。当然、どっちにしても金にはならない。無論、売れてくれれば一番良いが、売れる見込みがまるで無いからこそ<ショタレ>な訳で、例えば漢検の問題集の2000年度版など、泣いて頼んでも誰も買うまい。

 ではどうするか? 一言で言えば「ツベコベ言わずに返品しろ」とさ。しかも店長の責任で厳守って期限まで切られちゃって、どんな形で責任取らされるんだか知らないが、こうまで厳命されちゃあやるっきゃないわな......。結果、この4ヶ月黙々と作り上げてきて漸く見られるようになってきた棚から、一段あたり何冊ってなドンブリ勘定でガバガバ商品引っこ抜いてガンガン返品するという、殆ど拷問に近い仕打ちを受ける羽目になった。稲作農家の青田刈りって、もしかしたらこんな気分?

 その上更に本部が言うには、「10年も15年も前の商品がゴロゴロしてて、A店は一体どういう管理をしてるんだっ!」って、俺に言われたって知らねーよ。むしろこうなるまでほったらかしといた本部の責任じゃないんかい? 温厚なること春風の如しと言われた(ウソだけど)俺も流石に黙っていられずに、「4ヶ月前に着任した私に、解る訳無いでしょう」と抗議せずにはいられなかった。すると奴さん「おや、そうでしたか」って、オイオイオイオイ。アンタらが決めた人事じゃねーのかよ......。なんか、思いっきりうろたえてるのが見え見えで、端から見ててみっともねーぞ。っつーか本部のお偉方、凄え頼り無ぇんだけど、このまんまこの会社に居て大丈夫なのかねオイラ?

 ってな具合にドタバタ度はいや増して、'08年の12月が終わった。売り上げ金額、対前年でマイナス12万円。1日当たり、あと4千円売ってれば、昨対プラスだったのに......。悔しいと言えば悔しいが、堂々と90%割ってた着任当初に比べれば、遥かにマシになっている。この調子なら夜明けは近いと思ったが......。次回『遂に出た単月黒字!? そして流れ出す崩壊へのプレリュード』でまた会いましょう。

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