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第8章

『蝸牛角上の争いもあれば、井の中の蛙も居たりして、ホント組織って面倒臭いのネ』

萌ゆる古事記
『萌ゆる古事記』
鈴木 ドイツ
イカロス出版
1,500円(税込)
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元素周期 萌えて覚える化学の基本
『元素周期 萌えて覚える化学の基本』
スタジオハードデラックス
PHP研究所
1,995円(税込)
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風のパレット―1996‐2006 Edition Works Out Of Watercolor
『風のパレット―1996‐2006 Edition Works Out Of Watercolor』
内田 新哉
愛育社
2,940円(税込)
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ウォーターシップ・ダウンのウサギたち〈上〉 (ファンタジー・クラシックス)
『ウォーターシップ・ダウンのウサギたち〈上〉 (ファンタジー・クラシックス)』
リチャード アダムズ
評論社
1,890円(税込)
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 前回、10月の売り上げが、書籍のみ僅かに0.9%ばかり前年を上回ったからといって、思わず小躍りしてしまったが、当初の興奮が冷めた後よくよく考えてみると、「前年クリアつったって、元が悪過ぎただけじゃん!?」ってな気がしなくもない。例えば去年120%伸びた店を、今年更に引き上げるのはそりゃあ大変かも知れないが、我がA店ときたら兎に角ズタボロだったのだ。むしろ「たった0.9%しか上げられないのか、俺?」と、先日までの元気はどこへやら、疲労困憊意気消沈。

 それでも、積み上げられたダンボールの山を曲がりなりにも片付け終えたことで、戦況は格段に良くなった。先月までは、圧倒的に優勢な敵を前に、どうにか退却しないというだけで精一杯。兎に角、出すべき商品を売り場に出し、返品すべき死に筋を返品するという、そのことだけにひたすら追われまくっていた。故に、不可解な分類によって不可解な場所に陳列されている本を発見しても、何しろ数が多いということもあって、その都度正しい棚に入れ直すなど絶望的に不可能だった。不本意な棚に突っ込まれたまま実力を発揮する機会も無く、戦線離脱を余儀無くされている数々の本を見かけても、俺に出来るのは「後できっと助けに来るからな」と囁いて、そそくさとその場を離れることだけだった。

 そんな虚しく暗いトンネルに、遂に出口が見えたのだ。11月からは、その日に入荷した荷物だけを相手にすれば良いのである。これなら俺一人でも何とかなる。それどころか、状況に応じて反撃に転じることも不可能ではない。

 っつー訳で、滅茶苦茶テキトーな振り分け方をされていた様々なジャンルの本たちを、まずは一冊一冊分類し直す。と同時に、置いておかなきゃいけない本、置いておきたい本もまだまだ多く、それらをちまちまと注文しては、似合いの場所を探して挿していく。この作業、やればやるほど棚が自分の好みに近付いてゆくのだから、楽しい上にやり甲斐も大きく、仕事が捗る捗る。

 中でも、日本文芸社の『面白いほどよくわかる』シリーズがまとめて放り込まれていた棚などは真っ先に解体し、例えば『面白いほどよくわかる日本の神様』(田中治郎・山折哲雄)や『面白いほどよくわかる古事記』(島崎晋・吉田敦彦)は、<歴史>のコーナーへお引越し。<日本史>→<古代史>→<記紀・万葉>と細分化した棚で、『もう一度学びたい古事記と日本書紀』(多田元、西東社)や『古事記を旅する』(三浦佑之、文藝春秋)なんかと並べてみる。視線をちょっとずらせば、『継体天皇と即位の謎』(大橋信弥、吉川弘文館)だの『古代史おさらい帖』(森浩一、筑摩書房)だのが目に飛び込んで来たりして、それなりに古代のロマンが漂う棚になってきた。

 な~んて一人悦に入ってる折も折、イカロス出版から『萌ゆる古事記』(鈴木ドイツ・田中松太郎)なる本が出た。一見したところ所謂<萌え>系イラストで古事記を解説した本らしく、謳い文句は《萌えながら「古事記」がわかる、全人類待望の書》。......はっきり言って、俺の理解の範囲を完全に逸脱している本ではあるが、試しに古代史だけでなくコミックの棚前にも平積みしてみると、案の定コミックの方の5冊があっさり完売。当然追加を出すと同時に調子に乗って、『元素周期 萌えて覚える化学の基本』(スタジオ・ハードデラックス株式会社・満田深雪、PHP研究所)なんて本も注文したら、アララ、こちらはコミック方面同様、自然科学の棚前からもコンスタントに売れていく。ウ~ム、奥が深い。

 或いは、売れようが売れまいが置いておきたいってな俺自身のお気に入りも、少しずつこっそりと仕入れてゆく。こちらは商売と言うよりも完全に趣味の範疇で、だから「買って欲しい」なんて贅沢は言わない。せめて「知って欲しい」「見て欲しい」ってな願いを込めて挿しておく。

 例えば内田新哉さんの画集。透明感のある色使いで<風>と<光>を描く画風が昔っから大好きで、『サウスウインド』(サンリオ)や『澄んだ瞳のおくに』(河出書房新社)などはボロボロになるまで読み返した。だからその集大成的作品集『風のパレット』(愛育社)が、売れた時には嬉しかったなぁ。生憎、俺がレジに入っている時ではなかった為に、どんな人が買ってくれたのかは分からないけど、「良いもん、手に入れたな」と、思ってくれてることをひたすら祈る。

 更には、イギリスの作家でリチャード・アダムズという人の、『ウォーターシップ・ダウンのウサギたち』(神宮輝夫訳、評論社)をご存知だろうか? 乱開発で故郷を追われたウサギの群れが、新天地を求めて旅をするという冒険譚で、あの『ガンバの冒険』の原作『冒険者たち』(斎藤惇夫・藪内正幸、岩波少年文庫)にも比肩し得る、動物文学の傑作である。が、<絶対に無きゃいけない>類の本かと言うと残念ながらそうではなく、むしろ都心の大型店にでも行かないとなかなか置いてないだろう。にも関らず、愛着が強いという100%個人的な理由で外国文学の棚に挿しておいたら、売れちゃったから驚いた。但しこれまた残念なことに、お客さんの顔は分からず仕舞い。どんな人がどんな思いで今頃ページを捲っているのか、それを想像しながら再び発注。

 なんて書き方をすると、まるでV字回復が始まったかの如き印象を持たれる方もいるかも知れないが、無論それは勘違いである。全体の売れ数が小さいから一冊一冊が目立つだけで、仕入れたもんが飛ぶように売れている訳では決してない。っつーか、お客さんの顔ぶれが全っ然変わらん。

 過去に在籍した幾つかの店舗と違い、A店が建つのは最寄りの駅から徒歩20分、目と鼻の先には田んぼが広がるという極めて辺鄙な場所である。故に、<ついでに寄ってみた><ふと覗いてみた>というお客さんは非常に稀で、恐らくは九分九厘までが地元の常連さんである。その常連さんたちがこのところ、「面白い本、入ったね」とか「本、増えたね」などと、田舎特有の気さくさで誉めてくれるようにはなった。それはそれで勿論嬉しい。が、しかし......。

 所謂<一見さん>や<振りの客>が居ないから、新規の顧客がなかなか増えない。最初はちょっとした気まぐれでも、一度入ってくれさえすればファンになって貰える自信が、少しは出てきた。少なくとも、「ここら辺りではマシな方だ」ぐらいには、思って貰える品揃えではあると思う。がそれは、来てくれなければ決して分かって貰えない。「品揃えが良くなりました!」なんて折り込み広告を、まさか撒く訳にもいかないし、こっちに来てから初めての、<壁>らしい<壁>にぶつかったのかも知れないなぁ。まぁ取り敢えず当面は、<口コミ>の効果を期待して持久戦の構えに入ろう。それまで本部が待ってくれれば、だけどね。

 で、だ。兎にも角にもA店に於ける物理的な諸問題――埃、品揃え、レイアウト、その他諸々――は、俺一人でもどうにかなりそうな目処はついた。実際極めてゆっくりではあるが、良くなってるのは確かである。が、3ヶ月目に入ったこの頃から、悩みの種がも一つ増えた。即ち、どこの職場にもつき物の、人間関係のゴタゴタである。

 とは言っても、俺自身がスタッフに嫌われたとか抵抗を受けたとかいう話ではない。それどころか皆が皆、俺が恐縮してしまうぐらい「店長、店長」と立ててくれる。が、スタッフ同士の仲が、どうもいまいちしっくりきてない。いがみ合って喧嘩ばっかりって訳ではないが、<仲間>とか<信頼関係>なんて状態には程遠い。実は着任直後からそれは何と無く感じてはいたが、2ヶ月以上も一緒に過ごすとかなりはっきり解ってくる。即ち、「こうだから、コイツはAさんに嫌われてるのか」とか、「Bさんは、コイツのこういうところが不満なんだろう」なんてことが、仕事中のふとした瞬間に見えてくるのだ。で、その不満を、しばしば俺に訴えてくる。

 具体的な内容については、書く方も読む方も決して気分が良くないだろうから、詳述するのはやめておくが、要するに<自己主張>だの<自己顕示>だの或いは<自己保全>だのが絡み合いぶつかり合いした挙句の、珍しくもないいざこざである。その殆どが、俺に言わせりゃ「どっちもどっちじゃん」ってなことばっかりで、まともに聞いてるときりが無い。が、面倒臭い素振りなど見せようものなら状況が一気に悪化するのは、過去の経験から身に染みている。

 ここは我慢だ。補充品も出したい、スリップもチェックしたい、発注もしたい、明日の新刊も見ておきたい。「そんなにプリプリするこたァねぇだろ、命取られる訳じゃなし」とも言いたい。が、我慢である。なだめたりすかしたりしながら、ひたすら話を聞いてやる。こういうところで忍耐強く我慢出来るようになるなんて、数年前の俺からはちょっと想像出来なかった。偉いぞ、俺。そんでもって、相手が一通り吐き出し終わった頃を見計らって、最後にもう一度だけ持ち上げる。「まぁ、色々不満もあるんだろうけどサ、頼りにしてんだから頑張ってよ」。そうしてすっきりした顔で事務所を出て行くバイト君。後にはグッタリと疲労困憊してる俺......。

《人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう》

ってのは言わずと知れた漱石の『草枕』(新潮文庫、他)。流石は漱石、ナルホド上手いことを言うもんだ。と同時に思い出したのは、漱石の親友だった正岡子規。その『病牀六尺』(岩波文庫)で曰く

《余は今まで禅宗のいわゆる悟りということを誤解して居た。悟りということはいかなる場合にも平気で死ぬることかと思って居たのは間違いで、悟りということはいかなる場合にも平気で生きて居ることであった》

ウ~ム、そんな境地に俺もいつかはなりたいものだと思いつつ、相も変わらず弱音を吐いたり愚痴ったり......。そうして気づけば、あっと言う間に暦は師走。'08年も残すところあと1ヶ月。して11月の成績は、<書籍>100.1%、<雑誌>99.9%。なんかこう、伸びるならスパッと伸びる、落ちるならガクッと落ちるって風にはいかないもんかね? まぁガクッと落ちてしまっては困るのだけれど、先月に引き続いて120時間に迫る残業をしたというのに、かろうじて<落ちてない>って程度じゃ頑張ってきた俺が可哀相だと、お思いになりませんか、神様? 

 いつもならここらでそろそろ次回予告というところだが、実は何を書くかがまだ決まってない。いや、相変わらずネタは豊富なんだが、それをどんな順序で紹介したら良いのか判らんのだ。っつー訳で、著者にすら予測がつかない次回をお楽しみに。んじゃまた。
(^^)/~~~

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