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第9章

『3ヶ月って一つの小さな区切りだし、 ちょいと振り返ってみませうか』

峠の歴史学 古道をたずねて (朝日選書 (830))
『峠の歴史学 古道をたずねて (朝日選書 (830))』
服部 英雄
朝日新聞社
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満鉄全史 「国策会社」の全貌 (講談社選書メチエ)
『満鉄全史 「国策会社」の全貌 (講談社選書メチエ)』
加藤 聖文
講談社
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伊勢神宮―知られざる杜のうち (角川選書)
『伊勢神宮―知られざる杜のうち (角川選書)』
矢野 憲一
角川学芸出版
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 光陰矢の如しとはよく言ったもので、A店に来てから早3ヶ月。芝居で言えば、そろそろ第一幕が終わる頃。着任当時は黙っていても汗が吹き出る季節だったのに、気付けばアッと言う間の年末商戦。『このミス』だ『週刊文春』だ『本の雑誌』だと、年間ベストが百花繚乱。どこの店でもカレンダーと手帳が目白押し。雑誌の特集も、イヴだ紅白だおせちだ初詣だと兎に角ひたすら年末モード。

 そんな中我がA店でも、冴えないながらもX'マスっぽい飾り付けをしてみたり、乱発される年賀状ムックに途方に暮れてみたり、没個性的にどいつもこいつもカレンダーばっかりの雑誌の付録付けに忙殺されたりと、世間並みに活気溢れる12月。加えて10月、11月と2ヶ月連続で書籍だけは前年を越えたから、「今月こそは総合で昨対クリア!」とスタッフ一同、意気軒昂。

 とは言えそう簡単にいく訳ゃないってのは、誰よりも俺が骨身に沁みている。それでも折角上がったモチベーションに水を差すのも憚られ、エンヤコラサッサと一応は一緒になって盛り上がってみる。が、頭ん中ではここ3ヶ月の経験を、反芻したり整頓したりで大忙し。何しろA店に来てからこっち、毎日が嬉し恥ずかし初体験の連続で、先々の仕事に活かす為にも、ここらで一度まとめておいた方が良さそうだ。

 過去12年間の経験に照らし合わせて最もギャップが大きかったのは、やはり何と言っても売り上げだった。その低迷振りは例えば文芸書なら、3冊も売れれば週間ベストで1位になってしまうという次元。<都落ち>という自らの境遇を嫌でも再認識してしまうその惨めさは措くとしても、追加・返品ともにやり難いったらありゃしない。しかもそれは、数やタイミングが計りづらいってな素朴な問題だけではないってことに、漸くこの頃気が付いた。

 小売の世界では、《見られなければ買われない》のは常識である。物凄く大雑把な言い方になるが、商品力が同じなら目立たないよりは目立った方が当然売れる。だからこそ我々本屋は、「これぞ」と思う作品を平積みしたり面陳したりして、即ち露出面積を大きく取ってタイトルや著者名だけでなく表紙のデザインなども使って、お客さんに見て貰えるよう工夫する。本来なら売れてしかるべき商品がお客さんに気付いて貰えなかったが故に売れなかったというケースが、陳列、ディスプレイという観点では最も忌むべきパターンである。

 逆に言えば、棚に1冊挿しておいただけでは気付いて貰えず売れない本でも、平積みしてPOPを付けた途端に、嘘みたいに動き出すってなことは、決して珍しいことではなかったのである、今までは......。

 然るにA店の場合は、事情が丸っきり違ってた。何しろ週ベス1位が3冊である。《平積みしたり面陳したりして、即ち露出面積を大きく取ってタイトルや著者名だけでなく表紙のデザインなども使って》も、売れるのは週にせいぜい2~3冊。ここで念を押しておきたいのは、この2~3冊という数字がほぼMAXの値であるという点だ。即ち残りの大半は、平積みしても1冊売れるか売れないか。

 積んでも1~2冊しか売れないようなら、棚に1冊挿しときゃ充分。そんな考え方で12年間やってきた。それは決して間違いだとは思わないし、賛成してくれる書店員も多いだろう。が、A店でそれをやってしまうと、平積みに堪え得る商品など、殆ど無くなってしまうのだ。まさか平台ガバッと空けとく訳にはいかないし、<1冊しか売れそうもない>からと言って1冊で平<積み>ってーのも、品薄なのを無理にごまかしてる風で格好悪い。

 その上、多くのお客さんは<最後の1冊>は敬遠する傾向があるし、仕方が無いから、「こんなにゃ売れねーだろうな」と思いつつ3冊、5冊と追加発注する羽目になる。勿論、それが予想外に売れるほど世の中甘くはない訳で、結果、売れ筋をより多く売る為の平台が、在庫過多の売れ残りを無理に売ろうとしている場所になってしまう。

 A店に来るまでは、日々洪水のように溢れる新刊をどうやって売り場に出すかで四苦八苦していた。本屋の平台とは当然ながら新刊だけを積んでおけば良いというものではなく、言葉は悪いが<下手な新刊よりも余程売れる既刊>も少なくない。とは言え、新刊というのは当たり前だが今まで誰の目にも触れていない作品であり、<可能性>という点では無限大だから、やはり出来ることならどいつもこいつも積んでやりたい。毎日がこういった葛藤の連続だから、「どの新刊を平積みしてどの新刊は棚で我慢して貰って、こっちは既刊だけど動きが良いから引き続き積んで、となるとどれを外せば良かんべぇ」ってな判断が、売り場担当者の腕の見せ所になる訳だ。

 しっかりと積んでPOPも付けてお客さんも気付いてくれて、それでも売れなかったというのであれば仕様が無い。「ウチの客層には合わなかったんだ」と諦めよう。だが、《お客さんに気付いて貰えなかったが故に売れなかった》というのでは、売り上げにも響くし何よりその作品が浮かばれまい。更に、お客さんというのは店頭で見当たらない商品を、<見つけられなかった>のではなく<置いてなかった>と認識するのが一般的で、即ちそれは、折角揃えておいても見つけて貰えなければ「品揃えの悪い店」という印象を持たれてしまうことにもなりかねない。

 そんなこんなで入社以来の12年間は、どの商品をいつ外すかに苦悶を重ねる日々だった。ところがA店の場合、事情は正反対だから途惑った。即ち、どれもこれも大して売れるとは思えない為、<外す>もんは幾らでも在るのに<積む>もんが無い。しかも、原則的に新刊配本が薄いから、積もうと思ったら自主的かつ積極的に追加の注文をしないと数が足りない。ここに、手段と目的の逆転現象が発生する。

 細かい部分を四捨五入して乱暴な言い方をすれば、<積む>というのは要するに、より多く<売る>為の手段の一つに過ぎない訳だ。お客さんに見逃され売り損じるというリスクを、<積む>ことによって多少なりとも減少させる。ところが、だ。<積んだ>ところで大した売り上げが期待出来ないA店の場合、売り損じ云々よりも単に平台を空にする訳にはいかないという、実に消極的な理由で<積む>ことになる。<売る為に積む>のではなく<積む為に注文する>といった具合に、<積む>こと自体が目的化する。

 加えて、そもそも「売れないだろう」と思っているから、発注するにも勇気が要る。追加した商品がいつまでも売れ残っているというのはやはり厭なものだし、追加した分ごっそり返品なんて事態は精神衛生上大変宜しくないのである(更には返品率の問題も決して小さくないのだが、煩雑になるのでここでは端折る)。自然、平台の入れ替えのサイクルは遅くなり、油断すると同じ商品を延々積み続ける羽目になる。当然売り場の変化は乏しくなって、「いつ来ても代わり映えのしない店」というイメージが強くなる。しかも郊外型の場合常連さんが多いから、振りの客よりもマンネリ感は一層強いと思われる。マンネリの店には誰だって行きたいとは思わない。自然、足が遠のく。当然店の売り上げは落ちるから、更に追加がしにくくなってマンネリ感は加速する。するとより一層の客離れを招き、同上、同上、同上......。

 とまぁ、そこまで単純な図式ではないとは思うが、似たような負のスパイラルってのは確実に存在するのではあるまいか。そして困ったことに俺は、この問題に対する明確な答えを未だに見出せずに迷っている。1、2冊の在庫をちょっとした什器を使って平台の上に立ててみたり、本の下にイメージに合った柄の布を敷いてみたりと、一つ思い付く度に試しちゃいるが、今のところハッキリした効果は出ていない。それでも諦めずに実験→検証を続けていけば、いずれ思わず膝を打つような真理に到達出来るのではないかと期待して、当分は悪あがきを続けていこうと思う。

 斯くの如く、今日入荷した新刊が待ってましたとばかりに売れるのは、A店の場合本当に極めて稀なケースだ。ところが、ヒマを見てはコツコツと注文し棚に1冊づつ揃えてきた定番は、地味ながらも着実に売れていくから不思議なもんだ。歴史や宗教、自然科学といった比較的専門性が高いジャンルはこの傾向が特に顕著で、値段が手ごろな選書など、入れた途端に狙い済ましたかの如く売れていく。

 この売れ方が、明らかに店の実力とかけ離れているから、当初はかなり途惑った。今とっさに思い出せる範囲でも、『峠の歴史学』(服部英雄、朝日選書)、『満鉄全史』(加藤聖文、講談社選書メチエ)、『伊勢神宮』(矢野憲一、角川選書)、『仏とは何か』(立川武蔵、講談社選書メチエ)、『宇宙に果てはあるか』(吉田伸夫、新潮選書)等などが、仕入れた直後の1週間でいきなり売れた。売れてる以上文句は無いが、A店の商圏人口を考えると、幾ら安価で入門者向けとは言え、こういった本の需要がそうそう在るとは思えない。

 ここで話は少々逸れる。A店が建つのは、公共の交通機関が極めて不便な田舎町。当然人々の移動手段は車がメイン。だから都心と比べると商圏がやたらと広くて、恐らくは10kmぐらいの距離なら平気で競合してしまう。そしてその競合店がどこもかしこも、見事なまでに雑誌とコミックと文庫だけなのには驚いた。

 一応店の入り口の大きめの島が《新刊・話題の書》とかってコーナーになってて、例の血液型シリーズだとか『夢をかなえるゾウ』(水野敬也、飛鳥新社)だとか『「脳にいいこと」だけをやりなさい!』(M・シャイモフ、三笠書房)だとかが積んではあるけど、文芸もビジネスも単行本はそれっきり。既刊は全く見当たらないし、棚そのものがそもそも無い。地方では文芸書の棚がどんどん減ってると聞いてはいたが、まさかこれほど極端だとは思わなかった。

 より売れるものを並べる為に、売れないものを外すのは商売の鉄則だ。単行本の棚を削るのだって、各書店が試行錯誤の末に辿り着いた戦略だろう。当然、俺がとやかく言うことじゃない。ただ同時に、文芸書や人文書の需要が、少ないながらも存在したのも確かだろう。つまり、各書店が競うようにして単行本の棚を減らしていく中、そうとは知らずに文芸・人文の在庫を闇雲に増やしていったA店の棚に、行き場を失くしたそれらの需要が集まりだしたと、そういう理屈なんじゃなかろうか?

 いや、証拠なんか一切無くて全くの思い付きに過ぎないんだが、そうとでも考えないと、身分不相応な人文書の売れ方の、説明がちょっとつかんのだ。まぁこれも現在のところは答えを焦らずに、検証中ってことにしとこうか。いずれ「コレだっ!」てな事実が明らかになったその時は、真っ先に皆さんに報告させて頂きます。

 とまぁそんなことをつらつらと、切り替えが下手な性格も手伝って夜となく昼となく考えていたんだが、気付けば今月、凄え売り上げ伸びてるじゃんっ! 12月に入って丸2週間、14日(日)が終わった時点で<書籍120%><雑誌100%>! こりゃ遂に上昇気流に乗ったのか!? ってなところで次回『弱小は弱小なりに天王山。遂に成るか、念願の昨対クリア!?』へ。お楽しみに。

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