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第3章

押し寄せる本の洪水に死屍累々たる返品の山。
どこまで続くぬかるみぞ!?

新 三河物語〈上巻〉
『新 三河物語〈上巻〉』
宮城谷 昌光
新潮社
1,890円(税込)
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テンペスト  上 若夏の巻
『テンペスト 上 若夏の巻』
池上 永一
角川グループパブリッシング
1,680円(税込)
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こびとのくつや
『こびとのくつや』
グリム,いもと ようこ
金の星社
1,365円(税込)
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 平素からの生意気且つ挑戦的な態度が祟ったのか、それとも巡り合わせが悪かっただけなのか、咲く花の匂うが如き都から、哀れオイラは島流し。想像を絶するA店の惨状に打ちのめされてKO寸前にまで追い込まれたが、そこは単細胞の得なとこ、周囲の励ましと声援に実にあっさり立ち直り、まずは掃除の鬼となる。毎朝7時前に出勤し8時半までは掃除と決めて、ひたすら箒とモップを振り回し続けた甲斐あって、1週間後には"心身両面の健康を損なわない程度"には、店内は清潔さを取り戻したと、そこまでは前回お話しした通り。

 確かにそして明らかに、店も品物もキレイになった。1週間でよくぞここまでと、我ながら思わないこともない。が、それは飽く迄も接客業としての最低条件。本屋として当たり前の状態を漸く取り戻したというだけで、本当の勝負はいよいよこれから。ってか、そもそもまともな勝負になるのかどうか、現時点では甚だ心許ないが、走り出さないことにはいつまで経ってもゴールは見えん。

 唐突に思い出すのは、高校の時の体育の先生。「タコ」という綽名のその陸上部の顧問は、マラソン大会を前にして「まずは、あの電柱まで走れ」と言った。続けて曰く、「最初っから10kmも先のゴールを目標にしてたら、身体よりも心がもたん。まずはあの電柱まで頑張れ。電柱を過ぎたら次はあの看板まで、その次は信号まで。そうやって"達成し易い目標"を順番にクリアしていきゃ、いつの間にかゴールが見えてくるっちゅうもんや」と。

 A店の生き残り競争も、その方式で行こうじゃないか。最終的な目標は"通年黒字化、奇跡の復活"ではあるが、取り敢えずは、次に越すべき山だけ見よう。まだまだ先は長いけど、それでもクリンネスというハードルを一つは跳び越えられたのだ。この調子だぞ、頑張れ俺!

 それにしても、20年も前の一言が未だに生きて響いてくるんだから、学校の先生ってのは偉いもんだと感心しつつ、閑話休題、2個目のハードル。つっても、実を言うとトホホな部分が余りに多くて、どれが2個目でどれが3個目だか皆目分からん。こういう時は下手に動かず、或る程度見極めが付くまでじっとしているのが上策であると、かの宮本武蔵も言っていた(ウソだけど)。野球に喩えれば、球筋を見るために2ストライクまではわざと見送る。而して運命の3球目、星君、大リーグボールはもう見切ったぞ! ってな具合である。

 が、せっかちな俺はそれが出来ない。プライオリティの低いものを放っておくというのがどうにも苦手で、一度気になり出すと手を出さずにはいられない。だから学生時代も、例えばテスト勉強中に突然部屋の掃除を始めてしまう。その癖、勉強出来ない状況の時に限って無性に勉強したくなる......。マズイ。このままでは十中八九、親がいなくなってから孝行したくなりそうだ。今のうちにしておかなければ......。

 って言うか要するに、足りないと思った商品、気付いた時には片っ端から発注してました。

 そして9月も半ばに差し掛かった或る朝に、届いた荷物を見て純平君は目を丸くする。何しろそれまでは、一日に入荷する商品の量などダンボールに2~3箱、多い時でもせいぜい5~6箱ってな店に、いきなり20箱を越す荷物が入って来たんだから、驚くのも無理は無い。「当分は、毎日このぐらい入って来るからね」と言うと、驚きを通り越して不安が兆してきた様子。「こんなに沢山、どーすんですか?」って、勿論出すに決まってんだろ。そんでもって、売るんだよ。当たり前じゃんか。とは言え、純平君の気持ちも解らなくはない。何しろ200坪近い規模なのに、社員はたった二人である。そこまで人件費削ってもまだ赤字ってな売れない店でこんなに仕入れて、これがそのまま売れてくれるようなら、そもそも赤字になんかなってる訳ゃないんである。

 だけどね、例えば或る商品を100冊売ろうと思ったら、一番大切なのは"100冊仕入れること"なんだぜ。だって在庫が50冊しか無いのに100冊は売れんだろう?

 ってな事を純平君に言ってはみたが、それは飽く迄も"喩え"の話。いきなり何かを仕掛けて100冊売れると考える程、流石に俺も能天気じゃない。ならばこの分不相応な荷物は何か?

 A店程度の売り上げ規模だとやはり配本が極端に少なくて、例えば宮城谷昌光さんの『新三河物語 上巻』(新潮社)は2冊、有栖川有栖さんの『火村英生に捧げる犯罪』(文藝春秋)は1冊、発売前から話題騒然、池上永一さんの『テンペスト』(角川書店)でさえ、上下2冊ずつしか入って来ない。当然"配本ゼロ"なんてのも日常茶飯で、大量の荷物の何パーセントかは、追加手配したそれらの新刊。

 この追加手配ってのが思っていたよりも面倒で、何しろ点数が多い上に"配本ゼロ"だと下手すりゃ刊行されたことにすら気付かない。「新聞広告見て初めて知った」なんてのはほぼ毎日で、出版情報に関してはお客さんと殆ど同じレベルである。一つ一つの商品が自店の客層に合っているのかいないのか、平たく言えば「どれがどんだけ売れるのか」、予測するのも我々本屋の仕事だが、その作品が「出た」ことすら知らないんじゃ、予測もへったくれも無いぢゃあないか。

 こういうケースは今まで経験が無かったから、初めは大いに途惑った。結局、伝票と一緒にくっついて来る「新刊のご案内」を確認するんだと気付いたのは、漸く4、5日経ってから。A5ぐらいの大きさの紙が僅かに2、3枚という「新刊のご案内」だが、そこにはその日に発売される書籍が、配本の在る無しに関わらず全て載ってる。即ちA店のような情報過疎地では、唯一無二の頼みの綱。それを端からダーッと見ながら、「何が入って来なかったのか」を確認し、必要なものは勿論すぐに注文する。とは言え、記載されているのはタイトル、著者名、出版社の他は値段とISBNぐらいだから、リスト見ただけじゃ何の本だか判らないのも多々あって、そういう場合は『本やタウン』など使っていちいち確かめなきゃならない。

 こんなこと、地方の小規模店では常識なのかも知れないが、俺の場合、今まで在籍したどの店でも置いておきたいと思う本は一応一通り入っては来た。勿論、数の過不足に多少は悩まされもしたが、"知らない内に新刊が出ていた"なんて事態はまず無かったから、「新刊のご案内」なんて気にしたことが無かったのだ。かつての自分が如何に恵まれた贅沢な境遇に居たのか、お蔭で漸く解ったよ。都心の大型店では、潤沢にある商品を大盛り特盛りてんこ盛りしてじゃんじゃか売ってるその一方で、地方の中小は品物が入って来なくて売るに売れない。これじゃ殆ど差別じゃん。全く、こんなとこまで「格差社会」かよ。

 などと唐突に誰にともなく絡んでみたが、ちょいと思い付いたから口にしたまでで、実はそれ程僻んじゃいない。そもそも配本だけで全てが間に合う店など在る訳ゃないんだから、考えてみりゃ"程度の問題"なだけである。全国の地方弱小書店のみんな、頑張ろうぜ。

 っつー訳で、新刊配本問題についてはどうやら何とかなりそうだ。こういったことをこそ、きちんと「引き継い」で貰いたいもんだと強く訴えたい気もするが、愚痴になりそうなので止めておく。それよりも次なる試練は、これら未入荷商品が恐らくは過去数年間、殆どほったらかしにされてきたらしき我がA店の品揃え。ざっと見渡しただけでも膨大な数の必備品目が品切れしっ放しになっていて、巻数ものの歯抜けもやたらと目立つし、続編は在るのに正編が欠本してたり、資格試験の年度ものなど、去年のが残ってるのに今年のが無かったりと、まさに"売れ残り"本屋さん。で、それらを俺自身の記憶とかフラッシュメモリーに溜め込んである過去のデータとか各版元が作ってる目録とか注文書とか、兎に角ありとあらゆる手段でピックアップして、さっきも言った通り片っ端から発注したその結果が、秋晴れの朝の20箱という訳である。

 さあ出すぞ。とは言っても今いるスタッフは皆、A店を標準として過ごしてきた訳だから、当分の間は戦力としてアテにはならない。いずれ教えてはいく心算だが、今はそんな余裕は無い。つまりは、頼むところは己のみ。勿論、ただ出すだけなら20箱ぐらい何とかなる。キツいのは、前回触れたような闇鍋状態のカオスな棚を、修正しながら同時に品出しという、云わば二正面作戦を強いられることだ。

 ......だから言ったじゃん。優先順位がハッキリするまで、無闇やたらと手を出すなって。品薄な点には暫くの間目をつぶって、まずはゾーニングだとか商品分類だとか、つまりは「本」というソフトを入れるハードの方を先に固めておけば、荷物出すのも楽だったのに......。

 なんてボヤいていても仕様が無い。変なとこに差さってる商品引っこ抜いて(例えば前回の「図解雑学」シリーズね)まともな場所に入れ直したり、いつまで置いとく心算だよ的化石化した書籍を返品に回したり、こちらの仕事が増えたからって待ってはくれない新刊ラッシュのくせに、配本は何故かやっぱり極薄だから毎日チェック&発注もして、朝は引き続き掃除に充てて勿論、雑誌も出して、そんでもって続々入荷してくる商品捌いてって、二正面どころかこれじゃあ三正面、四正面作戦だ。全く、こんなに一遍に発注したのはどこのどいつだ!? って、それは言う迄も無く俺なんだけどサ。

 こういう時にいつも思い出すのが、グリム童話の『こびとのくつや』(井本蓉子[絵]、金の星社、他)。貧しいが働き者の靴屋のところに夜な夜な小人が現れて、仕事を手伝うっていうアレである。いいよなぁ、靴屋のおじいさんは。俺だって貧しいが働き者の本屋だぞ。毎晩なんて贅沢は言わない。週に一度で構わないから、小人よ出て来い。

 で、そんな状態が3日も続くと、今度はバックヤードが返品で溢れかえった。入って来た分返さなきゃならないんだから、返品の量そのものは計画通り。問題は、俺が売り場から要らない商品を引っこ抜いて来るペースに、バイト君たちの返品作業が全く追い着いていないことで、これは完全に予想外。だからと言ってバイト君たちを責めるのは少々酷で、一日に20箱分も返品が出る事態など、彼等だって初めてだろう。出来ることなら俺が自分でやっちゃいたいが、流石にそこまでは手が回らん。そんな状況でも荷物は毎日届くから――自分で発注してるんだから当たり前だし、届かなかったらそっちの方が問題なんだが――売り場に出さない訳にはいかず、「バックヤードが一杯だから」なんて理由で返品を控えたら、今度は売り場が溢れっちまう。

 っつー訳で、只今当店、夜中にタダで返品作業してくれる小人、募集中!

 そしてそして、一難去ってまた一難。ってか去ってないのにまた一難。次回は、『A店のデッドリミットサスペンス。迫り来る店卸し書類の提出期限に絶体絶命! 果たして俺の運命は!?』 んじゃ、また。

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