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第14章

一生に一度、在るか無いかのロングバケーション! ってか、単に失業者なだけじゃん!?

 さぁ、辞めたぞ! 遂に辞めちゃったぞ、俺は。40目前にして、天下御免の失業者だ。文句あるか!? ってか正直、凄ぇ不安なんですけど......。

 だけどね、あの会社に在籍し続けるのは、更に大きく不安な訳だ。

 仕事がキツくなるとかボーナスカットだとか給料が減るとか、そういったことも勿論心配ではあった。だけどもそれらは結局程度の問題で、例えば勤続年数の割りに給料が少ないとか、給料が多い分やたらめったら忙しいとか、何かしらの不足や不満があるのが普通だ。ましてやこのご時世に、好きな職種でどうにかこうにか食っていけるんだったら、むしろ幸せな部類に違い無い。だから、俺の退職の引き金はそこじゃない。

 会社の経営は、しばしば航海に喩えられたりすることがある。大きな企業が倒産したりすると、「経営陣が舵取りを誤って......」なんて言い方をされたりする。でまぁあの会社の場合、幹部の航海術が稚拙だったのか、俺たち水兵が未熟だったのか、それともその両方だったのかは判らないが、いずれにしろ帆は破れ舵は折れどこに流されるかは神のみぞ知る、下手すりゃ海の藻屑にもなりかねない、という大変憂慮すべき状況にあった。

 が、それは構わない。っつーと、語弊があるな。構う構わないって言うよりも、「そうなっちゃったんだから仕様が無いじゃん」って感じかな。たとえどんな名船長だって、天候の急変や隠れた暗礁を全て予測出来る筈はない。何一つミスしなくても、沈む時はあっさり沈む。俺が憂慮するのは、その後だ。

 少々話が逸れつつあるが、構わず続ける。海の男たちの間には「キャプテン・ラスト」という言葉があるそうだ。航海を終えて無事に母港へ帰還した時も、難破して救命ボートで脱出する時も、船長は船の隅々まで見回って、誰も残っていないことを確認して、一番最後に船を降りる。一艦を預かる責任とは、どうやらそういうことらしい。

 で、話を戻す。あの会社の幹部の方々は、自分たちで決めた人事にも関らず、俺がいつからA店にいるのかすら一向に把握しようとしなかった。お蔭でここには書けないようなことも含めて、随分理不尽な叱責を受けたりもした。そういう首脳陣たちが、果たして土壇場で「キャプテン・ラスト」を貫いてくれるだろうか? 俺にはそうは思えなかった。

 勿論、ボロくったって船は船。浮いてる限りはしがみついとけば、運良くどこかの陸地に辿り着けないとも限らない。それは何度も考えた。が、生きるか死ぬかっていう瀬戸際を、あの人たちに賭けようって気にはどうしてもなれなかった。幹部の中には結局最後の最後まで、俺の名前さえ覚えようとはしなかった者も1人2人存在し、そういう人間と一蓮托生なんてまっぴらだ。それなら、一人溺れ死んだ方がまだマシだ。

 そんな不安を裏付けるような出来事が、最後の最後にあったんで、笑い話としてついでに報告。

 俺の出社が実質1月一杯だってことが了承された後も、後任が暫く決まらなかった。純平君も不安な様子だし、幾ら俺が薄情でもこのまま放ったらかしには流石に出来ない。2、3度電話で確認しても「今調整中」という答えが返ってくるだけで、一向に埒があかない。で、1月も残すところあと3日って時になって本部からかかってきた電話。曰く「A店さんって、2月1日からのシフトどうなってます?」。はぁ? こっちが訊きたいんですけど......。「後任が決まってないのに、シフトもへったくれもないでしょうっ!!」と、温厚な俺でも思わず怒鳴ってしまったよ。ウ~ム、この程度で取り乱すとは、俺もまだまだ修行が足りん。ま、純平君に電話の中味を伝えたら、膝からガックリくず折れてたけど......。

 閑話休題。兎に角今日から、俺は自由だ! 収入が途絶えるのは確かに痛手ではあるが、割り増し退職金のお蔭で、切り詰めれば半年や一年ぐらいやってやれないことはない。って自分自身を鼓舞したら、書店員仲間の一人がのたまわった。「なんか、開戦前の山本五十六みたいだねぇ」。......。上手いことを言うじゃねーか。するってーと何かい? オイラはこの後泥沼に足を踏み入れてにっちもさっちも行かなくなって、挙句の果てには撃墜されちゃうってーのかね。

 まぁ良い。「慌てる乞食は貰いが少ない」と昔から言うそうだし――俺の場合「乞食」が喩えでなくなる可能性も多分に在るが――それでなくてもこのご時世に、おいそれと再就職が決まる筈はない。だったら下手にうろたえずに、ってかここでうろたえるぐらいなら最初っから退職なんかすんなよって話だし、ここは生涯で最後のロング・バケーションと割り切って、働いてる時には出来なかった事をやろうじゃないか。

 っつー訳で、第一弾は歯医者。俺、一年半前に20年吸ってた煙草を止めたのね。その止めた経緯も話のネタとして悪くはないんだが、煩雑になるのでまたにする。で、兎に角止めた。だけど20年間でおよそ146,000本(1日20本X365日X20年)も吸ってきたから、歯の裏側なんかヤニで真っ黒だったのね。それ、全部取って貰った。6回も通って。舌で触るとツルツルしてて、何か変な感じ。

 で、第二弾。去年の秋口からずーっと、首から肩にかけてドーンと重痛かったもんだから、これまた痛飲。もとい通院。「頚椎ナントカ症」とかって診断されて、顎に紐かけて上から引っ張ったり、聴診器もどきをペタペタ貼り付けてビリビリ電気流したりってのを繰り返す。

 更に第三弾。これは去年の初冬の頃だと思ったが、事務所の金庫の扉を足で閉めたら、モロに挟んじゃったのね、左足の親指を。で、凄い紫色になって形も変形しちゃって、元々巻き爪気味ではあったんだけどそれが更に悪化して、今年に入ってからはずっと片足引きずってたんだわ。で、この期に治しておこうと。最初に親指の付け根に打った麻酔が、「一体何の為の麻酔じゃーっ!?」ってぐらい炸裂的に痛かったんだけど、その後ナイフやらペンチやらで爪削り取って、後は消毒。暫く痛飲(しつこい)。

 そして第四弾。実は俺、この年になるまで普通自動車免許を持ってなかったのよ。学生の頃に二輪の方は取ったんだ。何故にその時一緒に四つ輪も取らなかったのかと言うと、単純に経済的な問題で、当時は普免を取る程の金が無く、仮に教習所の分はどうにかなったとしても、当然車買う金などある訳はなく、しかし単車だったら合宿1週間で11万。新車買ってもせいぜい60万から70万で、ローン組めばバイト代でどうにかなりそう。

 っつー理由で自二の免許取ったんだけど、その後ふと気付くといっぱしの社会人になっていて、ちょっと無理しないと教習所に通う時間が取れなくなった。しかもなまじバイクがあるもんだから「足」の問題はどうにかなってしまう為、生来の面倒臭がりも手伝って、もういーや別に......と。

 以後20年間、ずーっと車無しで生きてきて、このまま一生免許無し人生を半ば覚悟していたんだが、今回の失業者ライフは教習所通いにはまさにうってつけ。退職金もあるし、神様が「免許取れ」って言ってる!? そしてそして、3月半ばの某日遂に。「免許、取ったどーっ!(よゐこ・濱口風)」。

 ってか、これ『店長の星』と関係無ぇじゃん。

 まぁそんな風にして俺が通院したり教習所で大汗ぶっこいたりしている間、希望退職組に関しても残留組についても、そりゃもう様々な噂が飛び交っていた。知り合いからの情報によると、某巨大掲示板では、ナントこの俺自身がとある有名書店チェーンに再就職したことになってるというから笑ってしまう。そうだとしたら、どんなに良いか。実際は再就職なんて、全っ然そんな気配すら無いんですけど......。

 ってか、後から振り返るとこの時期の俺は、やっぱり落ち込んでいたんだろう。何しろ12年間本屋としてがむしゃらにやってきた結果が失業者だ。「何て、努力のし甲斐の無い業界だろう。もう次は、書店じゃなくても良いや、別に」と、本気でそう考え始めていたのは確かである。まぁ例のリーマン・ショックのお蔭で、他業種への就職はもっと難しそうだけど。

 そんな精神状態なもんだから、無期限の長期休暇とはいえ旅行だのキャンプだのツーリングだのって気分にはやっぱりなれず、教習所と病院に行く以外は、ただひたすらにゴロゴロしていた。本もね、読めないの。お先真っ暗とは言わないまでも、将来への不安が大きいと、小説どころじゃないんだよね。閑を持て余してページを開いてみても、いつの間にか再就職のこと考えちゃってて、気付くと同じ文章を何度も読んでる。まるっきり集中出来ないんだわ、本に。

 ここで思い出すのは、秋の読書週間に新聞各社が実施する読書に関するアンケート。「最近1ヶ月で一冊も本を読まなかった人」の多さには、毎年がっかりすると同時に不思議で仕様が無かったんだ。何故、そんなにも読まないの? って。けど、こういう今の俺みたいなケースもあるんだなと、妙な具合に納得したという次第。

 ってか、ぼーっとしてねーで就職活動しろよ、俺。っつー訳で次回『それでも応援してくれる人たちに、感謝感激雨あられ』。って、まだ引っ張んのかよ......。

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