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勝手に目利き
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鈴木 恵美子の<<書評>>


野球の国
野球の国
【光文社】
奥田英朗
定価 1,470円(税込)
2003/3
ISBN-4334973868
評価:C
 お気に入りの服を着て、美味しいものを食べ、好きな野球を見に平日、南は沖縄、台湾、北は東北とあちこち気ままな一人旅ができるなんてさすが。それを書いて、連載と単行本で二重に稼げるなんて、全く結構なご身分。と、羨望妬視されるのを自覚してか、タクシーの運転手さんには「出張のついで」なんて嘘をいい、不眠症や肩こりをやたら強調。「自分がいやになる。作家などという終わりのない職業も」「身を削らないと一行も進まない凡人なのだ」「今私の予定は五年先まで埋まっている」とか、売れっ子の贅沢な悩みは勝手に言ってればぁって感じ。旅の中で突然このまま違う暮らしの自分になったらと想像したりする逃避行的ニマニマ感もいい気なもんだね。でも、プロ野球っていう、厳しい実力世界で生き生き活躍してる選手達の素顔を生で見て、応援したり、ヤジ飛ばしたりするのは確かに元気が出るかも。「邪魔」「最悪」「インザプール」「マドンナ」と小説は確かに根詰めて書いてるって感じだから、こんな旅で東京から離れ、海や空や緑や行きずりの人見てぼーっと充電しないとね。それに何故かこの人地方の風情が似合うんだ!

鯨岩
鯨岩
【光文社】
又吉栄喜
定価 1,785円(税込)
2003/2
ISBN-4334923887
評価:B
 「南の島でとろけたバターのようにだらだら無為に過ごしたいなー。」というのが夢なのに、仕事は増え、休みと給料は減るばかりの私達から見れば、働かなくても基地や黙認耕作地の軍用地代が入ってきて、お金の使い道に困るという邦博の生活は羨ましいを通り越して、ろくでもない。が、「軍用地料のせいで身を持ちくずした」ろくでもなさに自覚的で、「わしは金に使われている。金はない方がいい。」とベンツを買わされても馬車に乗っているおじい、かっこいい。軍用地の「陸に上がったまま固まってしまった黒い鯨に似ている」大きな鯨岩が象徴的だ。その下には邦博の少年時代から秘密の場所、鍾乳洞が広がっている。ハワイに出稼ぎに行った祖先が苦労して働いて買った土地、日本軍が命がけの抵抗をした激戦地、60年近くも昔に埋めた美女の骨を捜して不発弾を掘り当てたり、工事をしようとした米兵が変死したり、狂ったり、事業欲にとりつかれた女がハブパークを作ろうとして空騒ぎする場所。無為自然の理想郷を下に隠し、陸の巨鯨が人為の歴史という愚かなる人の営みを見下ろして悠然と時は流れる。

永遠の出口
永遠の出口
【集英社】
森絵都
定価 1,470円(税込)
2003/3
ISBN-4087742784
評価:C
 第二章「黒い魔法とコッペパン」担任のオバサン教師を魔女の如くに忌み恐れた小学五年生たちが、魔女の魔法に対抗するべく秘密集会を開いて結束し対抗、なんて、この手の「無辜の正義感」コワイ。罪のない子供が誰かを名指して「魔女だ」と叫ぶと狂気のように魔女狩りが始まる映画「クルーシブル」の世界。今学校でおこってる学級崩壊現象の多くはこれ。先生が間違ってる、私たちは楽しくやりたいだけなのにと衆を頼んでやすやすと教師や学校を悪者に仕立て上げる。魔女と名指され排斥される側の立場を考える想像力はなく、嫌いな存在はただ悪と決めつけ自分たちは正義で無辜。自分の今の気持ちだけに忠実なのを純粋と誇ってるような若い子たちには受けるんだろうなあ。ある日ブツンと今までの「本道を逸れ脇目もふらずに枝道を突っ走」るバカやってても、中学生までなら許される試行錯誤ってな感じで何しろ、自己中なんだよね。高校生になっての第八章「恋」なんかも、一人でのぼせて一人やきもきドキドキ傷ついて、相手のことみてないちゅうの。どんな過去でも「想い出」にしてしまうのって何か、違ってるって感じ。

リ・セット
リ・セット
【講談社】
魚住直子
定価 1,260円(税込)
2003/3
ISBN-406211710X
評価:C
 この手のとがった、まあよく言えば鋭い感受性をひりひり感じさせる中学生ぐらいの年頃ってほんとデモーニッシュなところある。深夜に穴掘ってそん中に座り込んで新生するなんて、ホームレスみたいなオヤジが言えば、アホちゃうかと思ってしまうけど、ガリ痩せの女の子が真夜中しゃくっしゃくっ掘った穴に座り込んで新しい中身に生まれ変わろうなんてちょっと鬼気迫るものがある。
「もしも人間を三種類に分けたら、押しつけるタイプと押しつけられていることに気付かないタイプと、押しつけられることが嫌なのにそういえないタイプ」という三分法も中学生っぽい。大人になればこの三つを同時に使い分けて処世していかなければならないのに。押しつける加害者的立場には反感を持ち、押しつけられていることにも気付かない無知鈍感の輩を軽蔑し、押しつけられても嫌と言えない弱者としての立場を隠れ蓑にできる年頃なんだよなあ。折しも春四月、新学期スタートでリセット気分は、さあ、いつまでもつでしょう?なんて皮肉なこと思うのはもう完全に化石化しちゃった証拠かなあ?

愛がなんだ
愛がなんだ
【メディアファクトリー】
角田光代
定価 1,470円(税込)
2003/3
ISBN-4840107394
評価:A
 マモちゃんみたいなしょうもない男に入れあげ「五周くらい先回りしてへんに気を遣うとこ」を却って疎まれても、性懲りなく「気まぐれな飼い主をひたすらに待ち続ける馬鹿で悲しい犬みたいな」テルちゃん。あんな「自分系」の「おれ様男」に「便利系」に使われ、「都合のいい女」になって女の価値を下げてると女友達に叱咤されても、恋はほとんど妄想とわかっていても、やめられない関係。愛なんてなんでもないような振りして愛より深い関係性にどんどんのめり込む。マジこわいっすよ。ホント角田光代さんかわいい顔してさりげなくディープにコワイ世界を書くんすっね。マモちゃんは「煮詰まった関係が嫌」なすみれさんに惹かれて、煮詰まっていくマモちゃんを疎むすみれさんはテルちゃんを巻き込み、三角関係でも恋でも愛でもない、この不思議な関係性は何?めちゃくちゃ愚かそうに見えて確信犯的にクール。ぼろぼろに崩れちゃいそうで実はしたたかに「愛がなんだ」とどこにもない関係に果てしなく執着し続けドロドロしないたくましさ。こんな力ある書き手にあげなかったなんて賞の値打ちが安くなったよ!

手紙
手紙
【毎日新聞社】
東野圭吾
定価 1,680円(税込)
2003/3
ISBN-4620106674
評価:A
 警告!思わず目の奥ツンとくるので、涙顔見られたくない人は電車の中とか、人目のあるところで読むべからず。 30年も昔のことだが浅間山荘の事件の時、たてこもったメンバーの家族の中に自殺してしまった父親もいたのを思い出した。あの頃に比べれば人権意識は向上し、個人優先の世になり、家族制度は今や崩壊寸前のはずにも関わらず、犯罪者と家族は一蓮托生的に有形無形の疎外を受ける事実はなくなっていない。たった一人の家族である兄が犯した強盗殺人の罪のために18歳の少年が、差別と孤独と貧困を乗り越え、必死に自立し新たな絆をつかもうとする。そのためには過去を、兄との関係性を断ち切りたい。そんな彼の心も知らぬ気に獄中からの兄の手紙は続く。返事も書かずねじり捨て、手紙が届かないよう引っ越しまでする彼にかわって、手紙を送っていたのは…。自分を差別し貶める社会に逆ギレしないで耐え、自分を支えてくれる存在に気づき、やがて犯罪被害者の側の心情に思い至る。そして恨んでいた兄を否定しきれない感情に気付くクライマックス感動的である。

ブラック・ウォーター
ブラック・ウォーター
【早川書房】
T・ジェファーソン・パーカー
定価 1,890円(税込)
2003/2
ISBN-415208474X
評価:C
 人も羨む若くてリッチな美男美女のカップル、妻の誕生日のサプライズパーティの翌未明、頭に銃弾を受けた夫の手には妻を射殺した拳銃と硝煙反応が…。事件担当の女性刑事マーシーは、かって同僚を告発した事で保安官事務所を二つに分裂させ男社会の敵意と反感のただ中にいる。誤認捜査は自らの命取りにもなる危機の中、状況証拠から単純な無理心中と断定し夫の逮捕を迫る検察側やマスコミをかわし捜査を進めるうち、疑惑の真犯人像が明らかになるのだが…。その犯人像が余りにアメリカ的で、粗雑。それに加え、自分の生活を破壊した敵には、どんな残虐な報復でも許されると言わんばかり「アメリカの正義」が見え透いて嫌。それに、マーシーってキャラに何か違和感感じたんだよね。最初は訳のせいかなって思った。今時の30代の女は敵の多い職場で、「でしょ」「わね」「なのよ」
といった女言葉的語尾を頻発したしゃべり方をしないから。でも最後まで読んでわかった。マーシーは斎藤美奈子のいう「紅一点論」的女。一人の女友達もいないかわりに男社会で「いい女」してる、アメリカ男にとって都合のいい女かも。

ダークライン
ダークライン
【早川書房】
ジョー・R・ランズデール
定価 1,890円(税込)
2003/3
ISBN-4152084804
評価:B
 1958年、わずか半世紀足らずの過去が随分遠く感じられる。黒人には公民権もなく、差別と偏見が良識を圧倒していた。女性も「立場をわきまえ」人権や平等を声高に主張することなく、ドメスティックバイオレンスは父の権威で、子供は服従的だった時代がよく描きこまれている。戦勝国アメリカは無敵、「世界はすべて順調」と思いこんでいた13歳にしては無知過ぎる無垢な少年時代の物語。ドライブインシアターを買ってテキサスの田舎町に引っ越してきた一家、家族を守るためなら暴力も辞さない父、しっかりもので父の差別意識をはっきり諫める母、美人でちゃらちゃらしているようでも賢明な姉といった堅実な家庭のすぐ裏に広がる森の中、焼け落ちた屋敷の残骸と地中に埋まった箱を発見した少年の謎解きが始まる。線路際に出る首なし幽霊を見に、真夜中に出掛け危険な男に追いかけられ間一髪で列車をかわすところなど「スタンドバイミー」の二番煎じのような所々も…。謎解きに協力してくれる飲んだくれの黒人映写技師は少年を導き助ける老賢者の風格がある。いつも側にいて守ってくれる犬等、人生にあらまほしき存在感が何とも言えずいい。

魔性の馬
魔性の馬
【小学館】
ジョセフィン・テイ
定価 1,800円(税込)
2003/3
ISBN-4093564612
評価:A
 「引き継ぐに値する豊かですばらしい土地」ラチェッツのアシュビィ家。当主夫妻の事故死後、兄の子供たちを後見し、家を守り厩舎を経営し采配してきたしっかりもののビー叔母さんでさえ、見抜けなかった。八年前遺書らしき書き置きを残して死んだはずの長男パトリックを名乗る好青年の真贋を。いささか心理的に深読みすれば彼女は見抜けなかったというより見抜かなかったのかも。相続者には気まぐれでわがままな双子の弟サイモンより、やさしく思いやりのあった兄パトリックに似た彼の方がふさわしいという直感から。いつかは見抜かれると思いながら、家族を知らない孤児だった青年は、長い放浪の旅の果てに帰ったオデュッセウスのように知謀をめぐらせなりすますが、それは財産ほしさの物欲からだけではない。サイモン以外の姉妹とうち解け、ビー叔母さんに愛され、村の人々に懐かしがられ、牧場の馬を愛していくうちに、本当にパトリックびいきになった彼は、その死の謎に迫り、遂に真相を突き止めたが… 村の自然や、家族感情、馬の描写等が巧みで美しく、謎の鍵を魔法のように開けていく。

エドワード・バンカー自伝
エドワード・バンカー自伝
【ソニー・マガジンズ】
エドワード・バンカー
定価 2,940円(税込)
2003/2
ISBN-4789719987
評価:D
 「盗人にも三分の理」というが、500頁にもわたるこの手のアメリカ的限りなき自己肯定精神にのけぞった。作中再三繰り返されるのは、「確かに悪いことはした。が、社会の名の下で私に対して悪事がなされたことも事実であり」やられたら、やり返す、もっと賢くやられる前にやり返すのは当然だという主張だ。むむ、これってイラクに侵略爆撃し「フセインが亡命しないのが悪い。大量破壊兵器を隠しているのが悪い」というブッシュにも通じるぞ。日本人なら「御免なさい」と言うべきシュチエーションでも「It is not my fault 」とのたまうアメリカ人に前から違和感あったが、悪を犯しても、微塵の倫理的逡巡もなく悪を犯させた社会が悪いと怒鳴り返す本書に至って極まれりの感。刑務所の中でも人種対立や些細な面子のために殺るか殺られるかの流血暴動がある。「西部開拓時代と同じでいかに素早く武器をぬけるかが勝敗を決める」精神が生きている国なのだ。平和ボケ日本が失った闘争心、怖いもの知らずの打たれ強さには恐れいるが作家的成功に自得してるところに「自伝」の難しさ空しさを感じた。