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鈴木 恵美子の<<書評>> |
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プラネタリウムのふたご
【講談社】
いしいしんじ
定価 1,900円(税込)
2003/4
ISBN-4062118262 |
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評価:A
プラネタリウムの天球に輝く星々のように輝く言葉がちりばめられている。
そう、手が届きそうで届かない天球の運行をしばし身近に引き寄せて、人知を超えたその謎や神秘が、手に取るように語られるプラネタリウムのような物語。
三方を化学工場に取り巻かれ、煙突の煙と、残る北側の山から立ちこめるもやで☆の見えない村の数少ない娯楽の場、プラネタリウムに捨てられたふたご。二十年も前から一日六回ゆっくり天体の運行と神話を語り続ける解説員、泣き男に育てられ成長したテンペルとタットルは美しい銀髪の少年達。テンペルは手品師一座の一員となって村を離れ、タットルは村の郵便配達をしながら父を助け、独自の演出で星を語るようになる。テンペルの師一座の座長の手品論は、文学にも、他の芸にもひょっとしたら人間存在の本質にも通じるものがあってはっとさせられる。そして禁漁区の北山が工場拡張計画で破壊されようとするのに一人で立ち向かおうとするタットルの秘密は…。彼に助けられていたはずの盲目の老女が彼を助け導きすべてをきれいに片づけていく様は余りにお見事!だが双子座の神話のようなふたりの定めは悲しすぎる。 |
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葉桜の季節に君を想うということ
【文藝春秋】
歌野正午
定価 1,950円(税込)
2003/3
ISBN-4163217207 |
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評価:A
想像力で読ませる小説ならではの仕掛けがお見事。上手くはめられてしまいましたよ。ご丁寧に補遺までつけて、「嘘じゃないでしょ。勝手に思いこんでいただけでしょ。」なんてとこも小憎いわぁ。「源氏物語」の蛍の巻、玉鬘が物語に夢中になってるのを「わざわざだまされようと、嘘を承知でつまらぬ話にうつつを抜かしてる」などと源氏がからかうところがあるけれど、千年の昔も今も、上手にだまされる楽しさには変わりないわけね。「だまし」は私たちの発想の盲点をつき、日常性のなかで硬直した精神に打撃を与え、自分のバカさに自らはっと気付くように仕掛ける。「目から鱗」感で私たちをリフレッシュさせてくれる。そう、人を勝手にバカ扱いする傲慢な奴や社会には怒れるけど、自分でバカと気付かせてくれる上手な仕掛けは、なかなかのものと感心するってわけね。もちろん、主人公成瀬将虎の自由気ままにやってるようでも、ちゃんと人のお役にもたってるとこ、可愛げあるしシブイし。霊感商法詐欺から、ヤクザの切り裂き死体事件の謎、知り合いの娘探しとひたすら軽快なフットワークでサービス精神満点。 |
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星々の舟
【文藝春秋】
村山由佳
定価 1,680円(税込)
2003/3
ISBN-4163216502 |
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評価:C
まだ30代の作者なのに、なあんか古い感じ。何故だろ?男女関係で男が女を「お前」なんて呼ぶのも、えーっ???恋も一途にひたむきに運命的過ぎて前近代的、今時ありぃ?
って感じ。題もメロドラマチックで時代がかってない?
戦前生まれで職人気質の頑固偏屈ドメステックバイオレンスおやじに、子連れで後妻に入った元家政婦の母が、けなげで出来過ぎてるってなとこも典型的だし。
そう、「けなげ」ってのも古い美徳だよね。でもこの小説のキーワードはこれかも。家族の一人一人がけなげに美しく描かれ、平凡で卑小な日常の中の愚行までが醜くならず、すったもんだも、何故かみんな「星々」になっちゃう。そしてバラバラに暮らしていても、絆のある家族なんて、救いがありすぎて…。わがまま自己中の寄せ集めで一緒に暮らしていても何の絆もなく崩壊してる家族小説主流の今時、この古さが却って新鮮ってのはあるかも知れない。実を言うと、古いのは嫌いじゃありません。ぺらんぺらんな新しがりの危なっかしさよりは古典的端正の安定に親しみを感じます。でも、この作品のそこまで古くない深くない中途半端さちょっと苦手。
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重力ピエロ
【新潮社】
伊坂幸太郎
定価 1,575円(税込)
2003/4
ISBN-4104596019 |
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評価:B
知的でしゃれてる、というべきか、まわりくどい衒学趣味が鼻につくというべきか、しばし迷った。が、ここは「春」の魅力と、その兄「泉水」の爽やかさ、「母」の美しさと、「父」の「賞賛に値する」人柄に免じて貶さずにおこう。
サーカスの空中ブランコを見て落下の恐怖に脅える兄弟を、「あんなに楽しそうなんだから落ちるわけないわ」「ふわりふわりと飛ぶピエロに重力なんて関係ないんだから」と安心させる母。だからかしら?春はいとも易々と飛び降りる。
兄はそれを見守る。人生にそういう風に見守ってくれる人がいるっていうのは、なかなかあることではない。生の暗号を読みとり、理解し、行動を予測し、その遂行を見守る、なんてその行動の正当性を抜きにしても知的にスリリングだ。
実際にはこんなピュアなつながりのある人間関係、しかも家族関係なんて、あり得ないと思いつつ、こんな風にあったらいいなと思わせるところが新鮮だ。 |
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アリスの夜
【光文社】
三上洸
定価 1,785円(税込)
2003/3
ISBN-4334923895 |
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評価:B
のっけから、少女売春、麻薬に銃撃と玄人筋のヤバイお話連射でとばしてる。でも、主人公は地味系の冴えない素人。だが、窮鼠猫を噛むと言うか、一寸の虫にも五分の魂というか、痛めつけられ、脅され、追われても、屈せず、諦めず、逃げる。守る。戦う。この真剣さに打たれる。脱サラして始めたジャズバー経営に失敗した30男、もう失うものは何もない体をかたに取られ、売春少女お届け運転手にさせられる。そのまともでない世界から何とか逃げ出そうというフツー感覚が麻痺してないところがいい。聖なる美少女娼婦アリスに「マー君」と呼ばれ、惹かれ溺れそうになる妖しい感情から踏みとどまって、彼女のフツーの少女としての幸せを願うところが人間的。だから表紙の人形の写真はちょっとミスマッチのように感じられた。アリスは決して人形のようにもてあそばれる存在ではなかった。逃避行の中では守られるだけでなく、助け合いさえする。知恵と行動力のある生身の女の子として魅力的に描かれているのだから。 |
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三谷幸喜のありふれた生活 2 怒涛の厄年
【朝日新聞社】
三谷幸喜
定価 1,155円(税込)
2003/4
ISBN-402257836X |
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評価:B
朝日新聞の連載、今も読んでます。まさに「名は体を表す」で「幸」と「喜」の「ありふれた」ではなく「あふれた」生活とお見受けします。「自分の芝居に自分で笑」ったり、「掛け持ちでカーテンコール」という仕事面での充実。家庭面でも、妻にしか聞かせたことのない家庭用の声をもつ男、その妻と飼い猫を上にいただき、その下に我が身と拾い猫と犬を置く、何とも平和な序列。可愛いイラストのせいか、喜劇作者精神あふれた文体のせいか、読むたび、ふふふっという感じでした。「厄年」というには、脂ののりきった仕事ぶり、本番直前で主役交代を余儀なくされた舞台も上手く開演に漕ぎ着け、母の病気も大事に至らず、友の死は昔の絆を確認するよすがとなり、「ぶつかった壁は喜劇で破れ」とあくまで元気。やはり笑いを作り出すエネルギーはグレイト!そういえば、私が数え19歳の厄の歳、今は亡きバアチャンが、「おみゃあさんもそうそう笑ってばっかはおられん歳になりゃーたわゃーも」とのたまったが、やはり厄年は笑いで乗り切る方がよいような…。 |
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玉の輿同盟
【角川書店】
宇佐美游
定価 1,575円(税込)
2003/4
ISBN-4048734652 |
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評価:C
「玉の輿」なんて発想は打算的でモノ欲しげでゲスくて俗物的でどこか気恥ずかしいなんて、全然思わないのかな?「なんぼ仕事持っとても女の人生は男次第」なんて、前近代的な言葉を今時の女が吐くモノかな?と疑問の出だしだったが、32歳商社勤めの女3人、それぞれチョーがつくどダメ男とのずるずるから、「いい結婚」目指して結んだ玉の輿同盟。
医者、官僚、TVマンと言ったエリート、ハンサム、金持ちとの出会い、失敗の中からも自分の弱点を学び、したたかに自分の本当に望んでいるモノを見つけていく様子は、なかなか。体当たり的必死さというか、本音を隠さない正直さというか、変な気取りやねじ曲がったプライドがないストレートさと言うか、3人それぞれが、「結婚」と言うより、自分の幸せの形をちゃんとつかんでいくところが面白かった。今時30過ぎ独身の女のコ達はよく「結婚したら損」みたいなことをよく言うけれど、確かにお得な結婚=玉の輿でなかったら、結婚なんて今更ねと思ってるんだろうなあ。 |
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サイレント・ゲーム
【新潮社】
リチャード・ノース・パタースン
定価 2,940円(税込)
2003/4
ISBN-4105316044 |
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評価:A
原題は「Silent Witness 」黙っている目撃者。無実の被疑者の苦悩をよそに最後の最後まで黙んまりなりを潜めていた奴がヤバイってわけね。
親の目を盗んで家から抜け出してくる恋人を待つ恋の甘美が、悪夢へと急転直下。強姦殺人容疑をかけられた17歳、クールな秀才、スポーツヒーローだった彼がいくら「自分は殺していない。彼女を愛していた」と訴えても、閉鎖的な街の人々は彼を疑い疎外する。無実の罪で告発される恐怖と苦しみに耐え、不起訴を勝ち取ってくれた弁護士と、ライバルの恋人スーの信頼によって「人生を取り戻し」街を出て、弁護士として成功した彼が弁護することになった相手は…。
依頼人を無罪にする辣腕が、必ずしも罪に公平でなく、正義と矛盾する結果に苦悩しながらも、有能な弁護士であり続けようと全力を尽くすのだが…。「勝てば正義」で終わらない現実と真向かうところが読ませる。対校試合プレイ中「人殺し」コールで野次られても、殺された彼女の両親の憎悪から退学請願会にかけられても、動揺と戦い自分を失わない少年時代から出来過ぎてる。この主人公。 |
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深夜のベルボーイ
【扶桑社】
ジム・トンプスン
定価 1,500円(税込)
2003/3
ISBN-4594039316 |
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評価:A
水は低きに流れ、人は易きにつく。金と色に流され易い人間を描くのは犯罪小説の常道ながら、上手いものだ。ハンサムな深夜勤務のベルボーイ、要介護老人の父を抱えて大学を中退し、金になるから敢えてこの仕事に甘んじている、そのシュチエーションからしてやばいことを呼び込みそうです。「貧すれば鈍する」で、知的なはずの人でもバカになる。境界線上に追いやられれば大概の人間はあっち側にためらいながらもあっという間に引きずられていく。でもなあ、実際自分の手を汚して殺すなんてできないけど、「死んでくれたらいいのに」位は思ってしまうのって、これも、罪なんですよね?キリスト様は「心で姦淫したものは姦淫の罪を犯した者だ」とおっしゃっていらっしゃるものね。でもその分でいけば、私たちの殆どは罪人じゃない?だから、この手の犯罪小説やけにリアル。小心翼々と日を送り、ビッグマネーや、色欲の誘惑からは無縁な凡人でも、「あの人死んでくれればいいのに」位はつい思ってしまうものだものね。
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スパイたちの夏
【白水社】
マイケル・フレイン
定価 2,310円(税込)
2003/3
ISBN-4560047634 |
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評価:B
香りが記憶を呼びさます。老人はその心を乱す香りに誘われて、第二次大戦中の夏の日の少年にかえる。イギリス郊外の袋小路に立ち並ぶ静かな住宅街に住んでいた彼は「私たち一家の生活には何か惨めなところがある」と感じ、何かよくわからない禁止、大人の謎がある家が居心地悪く、我が家と違い「完全無欠」と感じられる近所のヘイワード家に入り浸る。ドイツ兵を五人も殺した英雄的な父と優雅な母を持つキースに対して、友達と言うには余りに追従的な関係になる。爆撃された屋敷の生け垣の茂みを切り開いて作ったキースと彼の秘密基地での、秘密の誓い。そこを見張り場として「ドイツ軍のスパイを監視する」彼らのスパイごっこは、当然無邪気なものでは終われない。大人の世界の謎から閉め出されている子供達のいらだちや緊張、そして復讐のような感情から始まったスパイごっこの中で、彼ら自身がどんどん追い込まれていく。自分の弱さや無力それ自体が罪になるような現実に直面し、事実と秘密が沸騰し合う胸の内を決して人に語れないで泣いている少年の姿が愚かしくも切ない。 |
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