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松本 かおりの<<書評>>


マッチメイク
マッチメイク
【講談社】
不知火京介
定価 1,680円(税込)
2003/8
ISBN-4062120011
評価:B
 看板に偽りなし。「プロレスに関心のない方にも楽しんでいただけるエンタテインメントに仕上げたつもりです」という著者の言葉どおり、プロレス無知で予備知識ゼロの私でも、最後まで退屈しなかった。
 興行の裏事情もさりげなく織り込まれており、「へええ〜、そうなんだ」と感心することしきり。たとえば、プロレスは「舞台芸術」という点。流血も場外乱闘も凶器攻撃も、ある程度計算された演出ならば、再起不能の怪我人が続出しないのも納得がいく。「試合」といえど、しっかり観客を意識したショー、見せるための格闘技だったとは。大男同士の情け容赦ない拷問肉弾戦、といった先入観が吹っ飛んだ。今や、一度はナマ観戦したいとさえ思う。
 スター選手の死の真相解明も、終盤のひねりが効いている。思わず本を持つ手にぐぐぐっと力が入った!ベンチプレスの重量に息を呑み、キレた人間の暴走に戦慄。も〜お、ページをめくる手が止まらないっ!

翳りゆく夏
翳りゆく夏
【講談社】
赤井三尋
定価 1,680円(税込)
2003/8
ISBN-4062119897
評価:B
 20年前の新生児誘拐事件を再調査する、犯罪がらみの小説なのに、私利私欲に駆られた残忍性丸出しの人間が出てこないところが新鮮だ。それぞれに事情のある家庭に育った若者・比呂子と俊治が、ともに頭脳明晰で人柄も魅力的、将来を嘱望されているのは少々できすぎの感じもあるけれど、全体に人間のもつ暖かさと良心、人情をしみじみと感じさせ、気持ち良く読める。比呂子だけでなく、俊治のその後も知りたくなった。
 本作品で印象的なのは、記者にせよ、刑事にせよ、ひとつの業界で働き続けたプロの男同士の人間関係だ。20年間は長い。かつての仕事仲間の身分も配置も変わり、退職した者もいる。しかし、一度腕を認め合った男同士の関係は、歳月を経て朽ちるどころか、ここぞとばかりに物を言いだす。「ハートがあるんだ、あいつには」と、20年を経てもなお懐かしがられれば、誰でも男冥利に尽きるだろう。再調査を担当してきた梶が発した「本当に残念です」という一言が、最後に深い共感とともに胸にしみる。

くらのかみ
くらのかみ
【講談社】
小野不由美
定価 2,100円(税込)
2003/7
ISBN-4062705648
評価:A
 大伯父の跡目相続問題で本家に親戚一同が大集合。そしてなぜか、妖しげなできごとが連続する。5人のはずの子供の姿がいつの間にか6人に増え、大人たちの間では毒草を使った食中毒事件が発生。子供たちは一致団結、犯人探しに動き始める。この子供たちは侮れないぞ。大人顔負けの推理に脱帽だ。
 古く広大な木造屋敷ならではの濃厚な闇・陰・夜と、「お蔵さま」や「行者殺しの伝説」「たたり」といった本家にまつわる伝承が絡み合い、ほどよく不気味さを盛り上げている。シンプルな物語ゆえに間口も広い。犯人探しに浸るもよし、「おとなは常識で割り切れない出来事にあうと、深く考えずに偶然だって言ってかたづけちゃう」なんて耳の痛い指摘に反省するもよし。「お金持ちになるのは、いいことなのかい?」と自分自身の人生観を問うもまたよし。
 ところで本作品、読む読まないはともかく(もちろん読んでほしいけれど)ぜひ一度、実物を見てほしい。装画といい、手触りといい、「美装本」「愛蔵版」という言葉がこれほどしっくりくる本も珍しい。一目惚れ。この本が今、目の前に存在している、それだけで私はたまらなく嬉しい。

カンバセイション・ピース
カンバセイション・ピース
【新潮社】
保坂和志
定価 1,890円(税込)
2003/7
ISBN-4103982047
評価:A
 昭和23年に建てられ、幼い頃を過ごした家に、主人公「私」は妻や友人、愛猫たちと暮らしている。床板のきしみ、庭の木々、昼寝する猫、あらゆるものが、当時そこにいた人々、ものごとの記憶を蘇らせる。
「かつて確かにあったと感じられるというのは過去の問題でなく現在の状態のことだ。なぜなら奥の部屋にかつて射し、いまも射している明るい光は、ただ一様に射しつづけてきたわけではなくて、そのつど射すものだからだ。繰り返すものはただ一様なのではなくて、従姉兄たちや私自身が過去にしたことが現在の私に働きかけるように、運動の持つ重層性を力としてそのつどの働きかけを生み出しているはずだからだ」。「私」は緻密な思索を積み上げる。そこに私は、長年に渡って蓄積された芳醇な記憶を持つひとの強さを感じる。豊かな過去は、ひとを内側から支え、生の原動力になり得るのだ。
 転勤族の娘で、賃貸ばかり転居して育った私には、「私」のこの家のような精神的拠点となる場所はない。本作品はそんな一種の「根無し草コンプレックス」をたいへんに刺激してくれる。「私」が心底、羨ましい。

瞳の中の大河
瞳の中の大河
【新潮社】
沢村凛
定価 1,785円(税込)
2003/7
ISBN-4103841044
評価:C
 いきなり「目次」が凝っている。全四部構成で、それぞれの部にいくつかの項があるのだが、その項番と見出しの文字数が同じなのだ!たとえば第一部第1項は「髭」、第2項は「節榑」、この調子で一文字ずつ増えていく。そしてページ全体を眺めると、見出し文字のきれいな直角三角形が……。著者の遊び心と言葉への愛情がうかがえる、こういう小さな仕掛けは歓迎だ。
 ひとしきり目次に唸り、いざ本編へ足を踏み入れれば、11歳から軍学校で勉学と訓練に励み、「国軍は正義の存在だ」「我々はこの国を守っているのだ」等々、優等生発言もバリバリの軍人男・アマヨク参上。叛乱軍と裏取引するわ、その女とデキちゃうわ、独房にブチ込まれるわ、確かに、それなりに山あり谷ありの生涯は描かれているのに、しかーし!なんだろう?この冷めた雰囲気は。歴史的人物の解説書を読んでいるような、ソツなく整理され尽くした感じは。
 春風駘蕩とした大河でも、癇癪起こせば大洪水。時にはドカーンと一発、堤防決壊、アマヨク人生に押し寄せる怒涛の泥波!も見てみたい。

スポーツドクター
スポーツドクター
【集英社】
松樹剛史
定価 1,785円(税込)
2003/8
ISBN-4087753247
評価:C
 その道のプロが見れば、隠していた故障もすぐわかる。「言うときには、言わなければなりません」。そして、靫矢ドクターが静かに指摘する現実。選手生命が絶たれる可能性を告げられて喜ぶ人間はいない。選手のおかれた状況、精神的な傷痕まで視野に入れ、事実をひとつひとつ論理的に差し出して相手を説得する姿には胸打たれる。
 選手本人と突っ込んだ話をするのならまだしも、第二章のリトルリーグ投手の両親と正面から向き合う場面、これにはハラハラ。負けるな、ドクター!我が子が故障しかけていようと「常に行きすぎていなければ、スポーツマンとして一流にはなれない」と言い放ち、狂信的親心を露わに開き直る夫婦がマジで怖い。萎縮する息子が、痛々しいったらないのだ。
 第四章に入るや、派手な言動と行動力で圧倒的な存在感を見せる脇役・小林江の乱入で、靫矢ドクターの影が薄くなってしまった。靫矢ファンになりかけていただけにかなり残念。そこで急浮上するのが夏希と義陽の関係なのだが、いわずもがなのラストシーンは、ちょっと野暮ネ……。

黒い悪魔
黒い悪魔
【文藝春秋】
佐藤賢一
定価 2,100円(税込)
2003/8
ISBN-416322050X
評価:B
 類まれなる完璧な肉体を持つ白人と黒人の混血奴隷・デュマがついに将軍の座を手に入れる、フランス革命時代の立身出世物語。短気で猪突猛進の性格と融通のきかない要領の悪さもあって、昇進街道は波乱の連続。戦闘では華々しい活躍をしながらも、閑職に就かされ、僻地へ飛ばされ、一時は自暴自棄になりかけて……。
 この流れ、何かに似てると思えば、現代サラリーマン生活ではないか。業務遂行能力抜群の新入社員がめきめき頭角を現すも、いざ昇進となると地味な学歴が邪魔をする、ウマが合わない上司には不当に低い査定をつけられる。やっと昇進してみれば、暗い嫉妬を抱く同僚・先輩が嫌がらせ。軍の遠征はさながら単身赴任だ。「家族のため」を口実に何年も家を空けているうちに、夫婦仲が冷え気味に……。身につまされる方も多いかも。
 そして、救いとなるのはいつの時代も家族愛。妻に叱咤されて、オトーサンは「はっ」と目覚めるのであ〜る。フランス革命と聞くだけで、苦手意識がぬっと顔出すワタクシなのに、えらく楽しんでしまいました。

1985年の奇跡
1985年の奇跡
【双葉社】
五十嵐貴久
定価 1,785円(税込)
2003/8
ISBN-4575234729
評価:A
 1985年の『夕焼けニャンニャン』、私もイソイソ見てましたがな〜。都立小金井公園高校野球部内には「国生派と新田派の二大派閥が存在している」?そーりゃあアンタ、国生さゆり嬢のもんでしょう。キレイ系の彼女が一番!
 のっけから熱い共感を抱かされたこの野球部、練習よりも『夕ニャン』観賞優先。創部以来8年間、勝利ゼロ。そこに、180センチの長身に加え、「ミケランジェロの彫刻のように整った顔立ち」の転校生・沢渡登場。エース誕生、活気づく野球部。なんだ〜よくある話か、と思いきや、スピード感あふれる試合描写に陶酔、沢渡の意表を突く秘密に口あんぐり。最後までハイペースで引っ張るうえに、随所にチョコチョコと鋭い笑いネタを配してサービスも満点。しかも、終盤に小道具ひとつで見せ場を作る手際のよさには、ただただ降参。締めの「エピローグ」の余韻が心地よい。
 登場人物たちも個性豊かに描き分けられ申し分なし。野球部員の「僕」こと「オカ」から「カンサイ」「アンドレ」「小田三兄妹」、中川校長、聖子ちゃんなどなど、一度読んだら忘れられないキャラクターばかりなのだよ。

疾走
疾走
【角川書店】
重松清
定価 1,890円(税込)
2003/8
ISBN-4048734857
評価:D
 カバー画の印象そのままに重苦しい話。全身から不幸の臭いを漂わせる主人公の中学生・シュウジを筆頭に、タチの悪い級友、ちんぴらヤクザと情婦、家出少女など、いかにもワケありの登場人物たちが、いかにも彼ら相応の、地べたを這いずり回るようなドロドロ人生を、ただひたすら繰り広げる。
 兄は心を病んで医療少年院送り、父親は蒸発、母親は行方不明。ひとり残ったシュウジはとにかく誰でもいいからつながりたがる。お手軽に「つながり」を求める無防備で弱っちい人間が、ショボイ関係にすがりつくさまには溜息が出た。ロクでもない人間と安っぽいつながりを持つくらいなら「ひとり」のほうがよほどマシ、だろうに。
 また、悲惨な過去が濃厚に溶けた血を引く存在を、希望の象徴扱いするのも妙な感じ。このシュウジの生き様を、将来いったいどんな顔をして拝聴せよというのか。それは酷な気がするが。私だったらこの誕生秘話には絶望確実、自殺したくなりそう。

蹴りたい背中
蹴りたい背中
【河出書房新社】
綿矢りさ
定価 1,050円(税込)
2003/8
ISBN-4309015700
評価:D
 クラスのハミゴ的存在の高校1年生「ハツ」と「にな川」が、ハミゴ同士なんとなくつるんでいく、恋愛小説というか青春小説というか、それだけのお話。さらさらっと終わってしまう。蜷川でも二那川でもない「にな川」という表記にも、薄さ・軽さ・浅さを感じる。
 にな川の背中を蹴りたくなる、といったハツの感情表現は、少々唐突で不可解。喧嘩でもないのに人の背中に足を上げる?失礼ダナ。いっそのこと、ハツを徹底したサド系少女に仕立て上げればすっきりしたかも。愛の足蹴。
「私は、余り者も嫌だけど、グループはもっと嫌だ。できた瞬間から繕わなければいけない、不毛なものだから」「人間に囲まれて先生が舞い上がる度に、生き生きする度に、私は自分の生き方に対して自信を失くしていく」「学校にいる間は、頭の中でずっと一人でしゃべっているから、外の世界が遠いんだ」。こんな、ハツの隠れた繊細さにはとても魅力がある。ハツの心の微妙な揺れを、もっと細かく、執拗に追っかけてもらって読みたかったな。