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岩井 麻衣子の<<書評>>



逃亡作法
逃亡作法
【宝島文庫】
東山彰良
定価 935円(税込)
2004/3
ISBN-4796639861
評価:B
 近未来日本の刑務所。囚人たちはある程度の自由と引き替えに、脱走すると目玉が飛び出す仕組みの「アイポッパー」なるものを体に埋め込まれている。そこへ収監された連続少女暴行殺害犯・川原。ヤツを自らの手で制裁しようと被害者の父親が刑務所に乗り込んできた。その事件をきっかけに、アイポッパーが解除され、囚人たちが脱走してく。15人もの少女を殺しても見た目がひ弱な川原が刑務所内で強姦されたり、川原を殺す使命をもった父親の目に恍惚が宿りはじめたりなんかして、狂気と正気がごちゃごちゃになってくる。脱走した囚人達の間にも手を結んだり、裏切ったり、自分さえよければすべてよしの世界が広がる。「自由であることなんか屁でもねえ。自由になることが素晴らしいんだよ。」フィヒテやフロイト哲学を勝手にオレ哲学に翻訳しぶちかます囚人たち。モラルゼロ、悪いヤツほど長生きするのだ。著者はこれが第1作目。ほんとすごい才能。

下妻物語
下妻物語
【小学館文庫】
嶽本野ばら
定価 630円(税込)
2004/4
ISBN-4094080236
評価:B
 ヤンキーの街「尼崎」からあこがれの関東圏「下妻」に引っ越したロリータ・桃子。尼崎のヤンキー色から逃れられると喜んだのも束の間、実はただのド田舎だった下妻で出会ったのは、ものすごくベタなヤンキー・レディースのイチゴだった。本人たちはその道を確立していると思っているようだが、ロリータ桃子は、姿はロリでも心はやさぐれているし、ヤンキーイチゴは素直で真っ正直な心優しいムスメに育っている。二人の少女が同じような二面性を持つことで、ロリータとヤンキーという一見全く別種の世界が混ざり合い、変わった友情物語ができあがった。自分を主張しつつもお互いの魂をきちんと認めるべきという筋の通ったメッセージが強烈に伝わってくる。乙女のカリスマがぶちかました世界は、ジーンズ・T−シャツ族の私にも、ロリータやヤンキーを身近なものに感じさせてくれた。当たり前だけど、みんな同じ人間である。文章の軽快さに加え関西的な笑いのセンスも楽しめた。食わず嫌いせずにぜひ試す価値ありの一冊である。

本と中国と日本人と
本と中国と日本人と
【ちくま文庫】
高島俊男
定価 998円(税込)
2004/2
ISBN-4480039163
評価:C
 中国に関する書物について書きつづった書評エッセイ。もともとは中国関係の出版をしていた会社のPR紙「東方」に連載されていたのを抜粋、加筆訂正したものである。著者は、文庫化するにあたり、一般読者向けのものを選んだらしいが、一般といってもやはり少しでも中国に興味がなければ辛いだろう。親切にも語句の説明を載せてくれてはいるが、著者希望「読んで笑ってね」に到達するには、私ごときレベルでは無理らしい。しかし、読んでみたいなと思う本はあったので書評の役目は充分果たされている。また、本の紹介だけではなく、人物の背景にある歴史が盛り込まれていたり、日本語がおかしいとか文章についてかみついていたりで、勉強になる。紹介された本を読んでみて、また戻ってきたい一冊。そのときには「笑って」楽しめるようになっているかも。

ハードロマンチッカー
ハードロマンチッカー
【ハルキ文庫】
グ・スーヨン
定価 714円(税込)
2004/3
ISBN-4758430926
評価:C
 話題のCMを山ほど世に送りだしたかと思えば、作詞したり、映画とったり、いったい何が本業なのかわからんグ・スーヨン氏。そんな多才な彼の小説デビュー作である本書には山口県下関で育った在日韓国人グー少年の生活が描かれる。深刻度はそれぞれかなり違うが、岸和田少年愚連隊に限りなく透明に近いブルーを足して割ったような生活。むかしのオレを語る話ってどうしてこんなに似ているのだろう。彼らが特別なのではなく、あの頃の日本にはそんな生活をする人があふれていたのだろうか?けんかにあけくれる仲間たち、はびこるクスリ、狂気、体ばっかり成長したバカ女たちとの絡みなど目新しいことは何もない。しかし、まわりの世界に対し、こいつらとは違うんだというグー少年の冷めた眼差しや、繊細な心の動きがストレートに伝わってくる、小説というより日記のようなキレギレな文章に慣れれば、一気に読み進められる。在日問題とかをアピールするのではなく、ただそこにある事実を淡々と語る。

マンハッタン狩猟クラブ
マンハッタン狩猟クラブ
【文春文庫】
ジョン・ソール
定価 840円(税込)
2004/3
ISBN-4167661594
評価:C
 地下鉄のホームで暴漢に襲われる女性を助けようとしたジェフはその暴漢に間違われ有罪になってしまう。刑務所に護送される彼を何者かが連れ出し、地下鉄のトンネルに拉致する。「地上にでることができたなら、おまえの勝利だ。さあ逃げろ!」ジェフを獲物とする狩りがマンハッタンの地下鉄トンネルではじまった。狩られるジェフの奮闘よりも、地下の世界の描写に力が入っているからか、人間狩りの話しにしては、手に汗にぎる感じが薄く、地下生活観察日記のようだ。普段何気なく利用する地下鉄。車内で窓に映る自分の容貌チェックをしても、その先にある闇の中までは決して観ようとはしない。それは、窓の外に何かがあるなんて、そんなことは考えたこともないからだ。街では様々なことがおこるが、たいてい人は見ないふりをする。「見て」しまった為にとんでもない目にあったジェフの姿をみると、見ないふりはいけないと思っても、やっぱり知らん顔のほうがいいのかと何だか悩んでしまうのだ。

スペシャリストの帽子
スペシャリストの帽子
【ハヤカワ文庫FT】
ケリー・リンク
定価 882円(税込)
2004/2

ISBN-415020358X
評価:C
 不思議ちゃんが、口々に不思議なことをしゃべっている……といってしまったら、ミもフタもないが、本書はなんだかさっぱりわからん世界の連続なのである。死んでるような、生きてるような、死にたいような……。たまーに「シャキッとせんかー」と怒鳴りたくなってしまう。12の短編からなるのだが、一番わからないのが「少女探偵」。少女探偵についてやら、一見関係ないような話が続く。何とかふむふむと思えたのが「ルイーズのゴースト」。ルイーズには親友のルイーズがいて、ルイーズの家に幽霊が住みついてる話(笑)。しかも幽霊に毛が生える。様々なおとぎ話が下地にあるので、それを知らないとさらにわからない度がアップする。作者ケリー・リンクの壮大な想像力で創られた世界に染まることができたならば「!」となり、反対色だったなら「?」となってしまうのだろう。わからないからといっておもしろくないかといえばそうではなく、不思議なことに割とおもしろいという読後感である。

マインドスター・ライジング
マインドスター・ライジング(上・下)
【創元SF文庫】
ピーター・F・ハミルトン
定価 (各)819円(税込)
2004/2
ISBN-4488719015
ISBN-4488719023
評価:B
 元軍人で体に埋め込まれた人工腺により、人の感情を読みとれる、「人間嘘発見器(超感覚者)」のグレッグ。大企業の令嬢で17歳、脳に記憶配列装置を埋め込んだ「人間スーパーコンピューター(なのか?)」ジュリア。もはや「ホモ・サピエンス」とは呼びがたい二人が大活躍する一冊である。本書が発表された1992年からネットの世界は様変わりしてしまい、やや古くさい感じはするが、当時ではつかみきれなかったかもしれない世界が、その分イメージしやすくなっている。何よりキャラクターが人間臭くて楽しめる。超感覚をいかして女を引っかけるグレッグ。女の心が感じとれるのだから、やりたい放題である。一方ジュリアはその能力で全ての事象を分析・把握できる恐ろしい少女なのに、男にもてる為に髪を伸ばしたり、友達の情事をのぞき見たり(しかも脳に保存)、ただの子供である。とどめは超ホモサピエンスともいうべき彼らのあまりにも自己中心的、「正義は勝つ!」と叫んでいそうな結末。ジュリアさん、それは犯罪では……。

雲母の光る道
雲母の光る道
【創元推理文庫】
ウィリアム・エリオット・ヘイゼルグローブ
定価 1050円(税込)
2004/3
ISBN-448829202X
評価:C
 何もかもうまくいかず、それは自分の過去があやふやだからだと思っているチャーリー。かれは特に謎の多い母・タマーラの死を調査するため、祖父・オースティンが住み、自身が幼い頃を過ごした南部のヴァージニアに向かった。1927年若き日のオースティンからはじまる彼の人生の回想と、1998年チャーリーによる母タマーラの死の調査が交互に語られる。過去が支配する南部の街に色濃く残る黒人差別の問題や、何も語らず全てを墓に持っていこうとする人々の態度が事件を複雑にし真相を隠す。全体の雰囲気がとても重たい。映像で見るこじゃれたアメリカとは違う、キング作品にでてくる悪魔に襲われそうなしけた街が目に浮かんでくる。どんな世界にも闇はあるのだと改めて考えさせられた。ミステリーというよりは人間ドラマがつまった一冊。過去をふりきったチャーリーが進む新しい人生への道・雲母の光る道が夜明けを感じさせ美しい。

ブレイン・ドラッグ
コールドマウンテン(上・下)
【新潮文庫】
チャールズ・フレイジャー
定価 660円(税込)
2004/2
ISBN-4102029117
ISBN-4102029125
評価:A
 出征したインマンが恋人エイダのまつ故郷コールドマウンテンへ決死の覚悟で戻る愛の物語……ではなく、実はサバイバルな物語である本書。すばらしい作品である。物語は、インマンが故郷へ戻る道で出会う人々との交流を描いた「インマン編」と、現代だったら米を洗剤で洗ったに違いない深窓の令嬢エイダが生きる力を学ぶ「エイダ編」が交互に語られる。霞を食って生きていたエイダが、同居人ルビーに仕込まれどんどんたくましくなっていく姿が圧巻である。都会のニオイのする女の美しい姿形に惚れた男と、身近にいなかった田舎の男の膝になんとなく座ってしまった女が戦争により離ればなれになり、共に成長をし、再び出会ったとき、お互いを認めまた惹かれあうのか、どきどきの展開である。実体のないものより大地を踏みしめるぶっとい足が大切だと物語が叫んでいるような気がした。著者は本作品に7年もの歳月をかけたらしい。時間により熟成された価値ある一冊。

迷宮の暗殺者
迷宮の暗殺者
【ヴィレッジブックス】
デイヴィッド・アンブローズ
定価 882円(税込)
2004/2
ISBN-4789721973
評価:A
 政府機関の極秘任務をその超人的な能力で次々に遂行していくチャーリー・モンク。彼には色のないぼんやりとした過去の記憶しかなく、大切な幼馴染キャシーの顔がどうしても思いだせなかった。チャーリーはある日監視対象がキャシーだということに気づく。キャシーに話しかけてしまったチャーリー。その報告をしなかった彼をとんでもない事実が襲う。何が真実で誰を信じたらいいのか……。こんな紹介なんて読んでないで何の知識もいれず読み進めてほしい一冊。頭が真っ白になるほどの展開が待っているのだ。あまりのことにもう大爆笑である。後半に物足りない感があるのだが、前半のすごさで許せてしまう。現在、私の中でベスト・オブ・不幸に輝くチャーリー。その身に起こる様々な展開がもう気の毒でしかたない。B級的な作品が好きな人にはおすすめ。真の自分の姿ってなどと悩んでいる人にも意外と吹っ切れる一冊になるのではないだろうか。