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松井 ゆかりの<<書評>>


幽霊人命救助隊
幽霊人命救助隊
【文藝春秋】
高野和明
定価 1,680円(税込)
2004/4
ISBN-4163228403
評価:B
 先日小3の長男が泣きそうな顔で私のところにやってきた。どうしたことかと尋ねてみると「おかあちゃん、天国ってあるのかな?」と言う。長男が訴えるには、死ぬこと自体ももちろんだが、死んだ後そこで自分の存在が完全に終わってしまうことが恐くてしょうがないのだそうだ。
 不心得者と言われるかもしれないが、私自身は死後の世界にほとんどまったく関心がない。いくらでもごまかすことは可能だったと思うが、たとえ子ども相手にでもいいかげんなことは言いたくない。そこで「信じている人は天国に行けると思う」と答えた(これが嘘でないことを祈る)。長男はいちおう「わかった」と言ったが、心から納得したわけではないようだった。信じている人しか行けないということは、母親である私は天国へは行かれないことになる。8歳の子どもにとって、保護者の不在はこんなにも不安なものなのだ。
 果たしてあの返答は正しかったのか、と思い悩む私に答えが提示された。それがこの本である。長男を呼んでこう言った。「おかあちゃん、死んだら幽霊人命救助隊になるから(自殺した人間にしか資格がないことはとりあえず伏せておく。多少融通してもらえるかもしれないし)」「何、それ!?」「生きるか死ぬかの間で揺れてる人を助ける仕事らしいよ。年齢からいってもおかあちゃんが先に逝くことになるだろうから、にーさんが来るまで仕事しながら待ってるね」
 晴れ晴れとした顔で遊びに出かける長男を見ながら思う。息子よ、実際に天国へ行くような年齢になったら、母親なんていなくても全然かまわないだろうけどね。それと、簡単に信じ過ぎるよ、あんたって子は…。

二人道成寺
二人道成寺
【文藝春秋】
近藤史恵
定価 1,850円(税込)
2004/3
ISBN-4163225803
評価:B+
 とても興味深く読めた本であったけれども、ミステリーとしての評価となるとどうなんでしょうか。すごく劇的で決定的な事件が起きるわけではないし、真相も割と早い段階で察しが付くような気がする。この“本格ミステリ・マスターズ”シリーズには、「葉桜の季節に君を想うということ」などを始めとして、あっと驚く仕掛けで読者を翻弄する作品が多いように思われる。その中にあってこの作品は比較的地味めな印象だ。
 きっと作者の入魂のポイントは“歌舞伎”を描くことにあるのだろう(あ、謎解き部分の手を抜いていると言ってるのではないですよ、念のため。ミスリードを狙った描写も効果を発揮してると思うし)。残念ながら歌舞伎というものを観たことがなく、この本のかなり多くの部分は未知のことだったが、十分楽しめた。作者が自身の好きなことを書いている文章は(内容にもよるが)、その対象への愛情が伝わってきていいものだ。

さよならの代わりに
さよならの代わりに
【幻冬舎】
貫井徳郎
定価 1,680円(税込)
2004/3
ISBN-4344004906
評価:B
 夕方に読了した。しかし最後の2つの章に書かれていることの意味がわからない。その部分を再読する。しかしやはり意味がわからない。「おなかすいたー」と訴える息子たちをなだめつつ、三たび読む。やっと合点が行く。あ、ネタバレになるといけないので、私が何故こんなに頭を悩ませていたかについてはこれ以上言いませんから。家庭の平安を乱してでも読むかいのある作品であった、とだけ申し上げておきましょう。
 貫井作品を読むのは初めてだったが(正確に言うと、この小説は雑誌掲載時にときどき読んでいた。まさかこんな話だったとは)、いままでの話もこんな感じの意表を突く内容なんでしょうか。読まねば。

語り女たち
語り女たち
【新潮社】
北村薫
定価 1,680円(税込)
2004/4
ISBN-4104066052
評価:B
 もしも視力が失われて本が読めなくなったらどうしよう、と考えることがある。朗読CDというものがある。また、ベルンハルト・シュリンク「朗読者」を読んだとき(あるいは映画「本を読む女」を観たとき)、本筋よりもこういう人を雇えればいいのかと思いめぐらせたこともある。この「語り女たち」を読み初めて、またひとつ選択肢が増えたと思った。
 しかし、読み進むうちに考えが変わった。すでに書かれているものを読んでもらえばいい朗読とは異なり、この本の語り女たちは自分が内に抱えるものをそのままぶつけてくる。しかもそれぞれ普通の世間話のような類いの内容ではない。そんなものを吐露されて、自分は平静でいられるだろうか。
 主人公のように悠々自適な身でもないし、しばらくは自力で本を読めるように目は大切にしようと思った次第である。この本のような美しい挿画装丁を楽しむこともできるわけだし。

ブラフマンの埋葬
ブラフマンの埋葬
【講談社】
小川洋子
定価 1,365円(税込)
2004/4
ISBN-4062123428
評価:A
「博士の愛した数式」が本屋大賞を受賞したことは、一読者としてたいへん喜ばしいことだった。「博士の愛した数式」が現時点での小川洋子さんの最高傑作であることはほとんど異論のないところかと思う。
 しかし、前作が各方面でこれほどの高い評価を得た後だけに、この本を出版するにあたっての小川さんのプレッシャーは相当なものだったのではないか。しかし、「ブラフマンの埋葬」もまた心に響く小説だった。
 題名から容易に推察できるように、主人公「僕」と「ブラフマン」の別れを描いた作品だ。僕とブラフマンの互いへの無償の愛情、碑文彫刻人の無骨な温かさ、僕が思いを寄せる娘の一途であるが故の残酷さなどが、小川さんの静かな文章によって描き出される。
 小川洋子という作家と他の文筆家を分けていると思われるのが、出番は少ないが印象的なレース編み作家とホルン奏者の描写だ。特にレース編み作家が素晴らしい。時に冷たいように思えて、また時には限りなく優しい。凡百の作家にはこれが描けない。小川さんがこの視点を持ち続けながら、この先も小説を書いていかれることを心より祈る。

ファミリーレストラン
ファミリーレストラン
【集英社】
前川麻子
定価 1,680円(税込)
2004/4
ISBN-4087746909
評価:B
 共感できるところもあるし、共感できないところもある。もちろんどんな小説を読んでいてもこのように感じるものだと思うが、突飛な設定なのに不思議とリアルな感じがして、心に引っかかる物語だった。
 なんというかこう、すごく作者自身が「女」であることを意識させられる小説だった。この連作短編集の主人公たちの家庭においてもしばしば、母と娘は「女子」、母の再々婚相手とその甥(養子として引き取られてくる。この設定だけでもかなり濃い)は「男子」と呼ばれる。「女子」には前へ前へな役割、「男子」にはそれを受け止める役割が振られる。この大まか過ぎる役割分担だけみると、女子チーム優勢といった感じだが、読み終わってみると兄(甥のことですね)の清々しさが妙に印象に残っていたりする。
 うーん、作者の前川さんは私と同じ歳みたいだけどなあ。まだまだ現役!なのねー。

世界のすべての七月
世界のすべての七月
【文藝春秋】
ティム・オブライエン
定価 2,199円(税込)
2004/3
ISBN-4163226907
評価:B
 前々回の課題図書「やんぐとれいん」に続き、個人的に好みの“同窓会もの”。それにしても「やんぐとれいん」の登場人物たちと20歳の差があるとは思えないエネルギッシュさ。私などよりよほど現役感あり。何ひとつあきらめていないのでは、という感じだ。
 翻訳者だからというのでもないが、村上春樹さんの短編集「回転木馬のデッドヒート」に収められた“35歳で人生の折り返し地点を過ぎた男”の話を思い出した。つまり人生を70年と想定し、残りの人生をある種の覚悟をもって、そのうえで有意義に過ごそうというわけだ。私も2年前35歳になった。が、「70よりはもうちょっと長く生きられるんじゃないかな…」と折り返し点通過のことはうやむやにしている。
 しかし、「世界のすべての七月」の登場人物たちの中にはそんなことを考える人はひとりもいないと思う。「まだ折り返し点はきていない」と思う人さえいそうだ。もちろん、それぞれに悩みやトラブルを抱えているし、すでに死者となってしまった同級生もいる。でも生きていく、というメッセージがストレートに伝わってくる気がする。そう、人間強くならなければね。

憑かれた旅人
憑かれた旅人
【新潮社】
バリー・ユアグロー
定価 1,890円(税込)
2004/3
ISBN-4105334026
評価:C
 人生を変えた本、というものがみなさんの人生には存在しただろうか。私には何冊かある。その中の一冊にめぐり会ったのは中学2年生の冬休みだった。
 親しくしていた数名の中のひとりが提案して、「この冬休みは、自分の持っている本を貸し借りして読書三昧!」ということになった。本好きの私に異論のあろうはずはなく、いそいそと自分の蔵書リストを作って学校へ持って行った覚えがある。そのとき強力に薦められたのが、星新一「ボッコちゃん」だった。全編読み終えたとき(いや、最初の一編だけでも十分過ぎるほどだったが)の衝撃は忘れられない。世の中にはこんな本があるのか!もし「ボッコちゃん」と出会わなかったら、自分は新刊採点の仕事をさせてもらいたいと願うような本好きにはならなかったかもしれない。
「ボッコちゃん」の話が長引いてしまった。以上のような理由により、個人的な基準としてショートショート(あるいは超短編)には「オチがあるもの」と刷り込まれてしまっている。しかし、ユアグロー氏の作品にはオチがない(私の感覚で“これは「オチている」と考えてもいい”と思ったのは「会話」という一編のみだった)。もちろん、それこそがユアグロー氏の作品の魅力であることは私も否定しない(そんな大それたことはそもそもできない)。私などより柔軟な心をお持ちの方は、不思議な味わいのある小説世界をご堪能になれることと思う。

フェッセンデンの宇宙
フェッセンデンの宇宙
【河出書房新社】
エドモンド・ハミルトン
定価 1,995円(税込)
2004/4
ISBN-4309621848
評価:C
「フェッセンデンの宇宙」という小説(あるいは概念といってもいいのだろうか)は、1月の課題図書「神は沈黙せず」を読んだとき初めて知った。そのときも「ほう!」と衝撃を受けたし、今回実際に小説を読んでやはり同じく衝撃的な内容だと思った。SF小説としては金字塔的な意味を持つ作品であることに意義を唱えるつもりもないし、70年近く前に発表されたものであるにもかかわらず古さを感じさせないのはほんとうにすごいことだと思う。
 しかし、この作品を好きか嫌いかで判断するとしたら、決して好きとは言えない。新刊採点の仕事をさせていただいてきた中でひとつ自分の好みについてはっきりしたことがある。それは、“基本的に(SFについてはほぼ全面的に)、ユーモアにあふれたハッピーな本が好き”ということだ。暗く悲しみに満ちた未来の話など誰が読みたいだろうか。いや、もちろんそういう方もいらっしゃると思う。他の方の好みをとやかく言う権利などありませんでした。失言。そういう方に特にこの本はおすすめです。先駆者の偉大さを思い知らされる一冊。

犬は勘定に入れません
犬は勘定に入れません
【早川書房】
コニー・ウィリス
定価 2,940円(税込)
2004/4
ISBN-4152085533
評価:A
 すごくいい!500ページ以上もある長編なのに、読み終わるのが名残惜しかったくらい。12月の課題図書だった「文学刑事サーズデイ・ネクスト1」といい、こういう話と相性がいいみたいだ。SFとしておもしろいことは言うまでもないが、ミステリー的要素あり、ラブロマンスの要素あり、冒険活劇でもあり、その他いろいろあり。楽しかったー。
 登場人物たちの機知に富んだ会話、というのは私にとっては小説を楽しむために欠かせないアイテムのひとつだ。もちろん原文も素晴らしいのだろうと思うが、大森望さんの訳最高!ピンポイントにあげつらってもしょうがないが、100ページの訳注など笑わせていただきました。大森さんすごい!個人的にはキムタクなどよりアイドル度は上!いま大森さんの写真集とか出たら買うかもしれない(そのときは本誌2003年6月号の時点で2万冊お持ちだったという蔵書の写真も入れてくださいね!)。