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松井 ゆかりの<<書評>>


空中ブランコ
空中ブランコ
【文藝春秋】
奥田英朗
定価 1,300円(税込)
2004/4
ISBN-4163228705
評価:A
 おもしろすぎるー。相変わらず達者でいらっしゃいますねえ、奥田さんは!「イン・ザ・プール」が出たとき、「この表紙がニルヴァーナのCDジャケットみたいな本、おもしろいのかなあ」と迷って、結局手に取らずじまいだった。バカバカ、当時の私ってばバカ!とひとり盛り上がってしまうほど残念。
 伊良部先生、素敵!先月の課題図書だった高野和明「幽霊人命救助隊」にも、「精神病は治るから病院へ行け」というメッセージが繰り返し織り込まれていたが、この「空中ブランコ」も別のアプローチで、かたく閉ざされた人の心に訴えかけようとしているのだろう(“ふざけ過ぎ”と紙一重だが)。
 人は誰しも、弱く脆い部分を持っている。ちょっとしたことで、それが表面に現れることもあるし、また、立ち直れることもある。伊良部先生の域にはなかなか達することはできないだろうが、この本を読まれた方がみなさん、はははと笑って読み終わった後元気が出るといいなと思う。

ためらいもイエス
ためらいもイエス
【文藝春秋】
山崎マキコ
定価 1,785円(税込)
2004/4
ISBN-416322890X
評価:B
 もしも現代におとぎ話というものが存在するならば、それはこの小説だと思う。読む前は正直言って「また30歳前後のOLが主人公の話かあ」と思わないでもなかったのだが、マンネリズムの予感は見事かわされた。
 自分の家族に対する幻滅からか、仕事一筋、恋愛なんて興味なし、という主人公奈津美。そんな彼女が、初めての見合いをしたことがきっかけでモテモテに。「あり得ない」というツッコミは不要。
 奈津美の恋愛模様にからむ男性が何人か登場するが、私は断然ギンポくん派。たぶんこの小説をおとぎ話たらしめている最大の要因が彼の存在だろう。奈津美を「姫」と呼び、どんなわがままも聞いてやり、しかも実に紳士的(狼に豹変したりしない、ということですね)。再度の「あり得ない」も、お見逃しいただきたい。夢をみたっていいじゃない、小説だもの。

村田エフェンディ滞土録
村田エフェンディ滞土録
【角川書店】
梨木香歩
定価 1,470円(税込)
2004/4
ISBN-4048735136
評価:A
 現役の文筆家の中で、梨木香歩以上に美しく誇り高い文章を書く作家を、私は知らない。
「友垣」という言葉をご存じだろうか。本文中でも帯にも使われている語で、「ふるさと」の歌詞「つーつーがーなーしや、とーもーがーきー」の「友垣」だ。垣を結ぶように友情を育むことを指すのだという。この物語は、100年前にトルコへ渡った日本人留学生村田が、下宿先で出会った様々な国から来た人々と主義主張や宗教の違いを越えて友となっていく話だ。
 読む前は、梨木香歩とトルコという異国がうまく結びつかなかった。しかし、違和感は瞬く間に消え去った。梨木さんは、異国の人間や情景を描いているのに、私たちに日本語の持つ美しさを思い出させる。また、日本語で綴られた稀にみる優れた文章でありながら、国籍を越えた思いを描くことができる。
 最終章は涙を拭いながら読んだ。それは、主人公たちの運命に思いを馳せたことと、このような素晴らしい本と出会えたことへの感謝の気持ちからだったと思う。

硝子のハンマー
硝子のハンマー
【角川書店】
貴志祐介
定価 1,680円(税込)
2004/4
ISBN-4048735292
評価:B
 自分は比較的ミステリーを好んで読む方だと思う。しかし、いままで「本格」であるかどうかということを意識して読んだことはなかった。
 この「硝子のハンマー」は、広告や帯を見ても「本格」であることが強調されているし、書店で見かけたポップにも著者本人からの「絶対にこのトリックは見破れない」という趣旨の挑発的なコメントが書かれていた。
 そこで私も、「よし、受けて立とう!」と読み始めたのだが…。いや、確かに見破れなかった。思いつきもしなかった。ていうか、もし思い浮かんだとしても「そんなバカな」とすぐさま打ち消してただろう。
 いま私の心は静かな感動に満たされている。この本の内容にではなく(いや、もちろんおもしろく読ませていただきましたが)、この本の内容に狂喜する方々に対してだ。私は“「本格」を愛する人々”を愛する。「本格」ファンに悪意があっての発言では決してない。こういう限定されたものへの愛情っていい!心からそう思う。

ブルースノウ・ワルツ
ブルースノウ・ワルツ
【講談社】
豊島ミホ
定価 1,260円(税込)
2004/5
ISBN-4062123509
評価:B
 どのように受け止めたらいいのか、よくわからない小説だった。
 子どもとも言い切れない、大人とも言い切れない、10代前半というどっちつかずな年頃の少女のもどかしさや焦燥感を丁寧に描いた作品だと思う。主人公楓は、研究者の父と社交に忙しい母をもつ上流階級の娘である。父親の研究対象である「野生児」(山奥で発見された言葉を持たない少年)が「弟」として引き取られてくるとか、13歳にしてすでに婚約者がいるとか、現実離れした設定ではあるものの、そこにいるのはまぎれもなく憂鬱と孤独を抱えたひとりの少女だった。
 楓はこれからどのように生きていくのだろう。そのあきらめをたたえた瞳にどんな未来が映っているのか。「弟」ユキとの交流は楓の心をどれほど動かしているのか。読者の哀れみや同情を拒むその少女の姿に、私も途方に暮れるばかりだ。

アッシュベイビー
アッシュベイビー
【集英社】
金原ひとみ
定価 1,020円(税込)
2004/4
ISBN-4087747018
評価:C
 食欲減退&不快指数上昇。私がこの本を読んで得たものだ。
 金原さんも「ハートウォーミング」などと形容してほしいわけでもないだろうから、こういった反応はある意味作者の狙い通りだろう。「アッシュベイビー」という小説について自分に言えることがあるとすれば、グロいのが好きだったら読んだらいいし、苦手だったら避けた方がいいかも、ということだけだ。
 綿谷りささんとの芥川賞同時受賞がどれほどのブームであったかを思い知らされた事件があった。私の母(60代・現役デパート勤め)が「蛇にピアス」を買うと言い出したのだ。私が持っていた「蹴りたい背中」を母が持ち帰り、「蛇」が私の元に。数週間後、「なんかもの足りない」の感想とともに「蹴りたい」が戻ってきた。さすがは「あんた、『風とともに去りぬ』も『戦争と平和』も読んでないの?」などと嫌みを言う元文学少女だ。「まだ読んでないから」と、「蛇」は私の手元に置いたままだ。返すべきか…。黙って返したら、友好な親子関係にひびが入りそうだが。

禁じられた楽園
禁じられた楽園
【徳間書店】
恩田陸
定価 1,890円(税込)
2004/4
ISBN-4198618461
評価:C
 この結末を拍子抜けととる人は多いと思うが、私はこの程度で済んでほっとしている。もう勘弁してください、って感じだったから。
 終盤まで、じわじわと恐怖を盛り上げていく。ちょっと思わせぶりすぎる感がないでもないけど、文章の力だけで、これだけ読者に恐ろしさや嫌な感じを突き付けてくる描写力はすごい。この後どんなおそろしいことが待っているのだろう、とつい想像してしまう恐さに耐えられず、寝不足になるのを承知で最後まで一気に読んでしまったくらいだ。もしかすると、逆に映像になってしまったらあまり恐くないかもしれない(私は怖がると思うが)。受け手のイマジネーションに強烈に訴える作品なのだろう。恩田陸という作家の才能を見せつけられた思いだ。
 恩田さんといえば、角川書店のPR誌「本の旅人」に連載中の「ユージニア」がまた、すっごくおもしろい!次号が待ちきれず身悶えしながらじりじりと日々を過ごしている。響一に魅せられた捷のように。

百万の手
百万の手
【東京創元社】
畠中恵
定価 1,785円(税込)
2004/3
ISBN-4488017029
評価:B
 読んでいて受ける印象は終始変わらないのに、主人公たちを取り巻く背景はどんどんどんどんスケールが大きくなっていく、不思議な話。
 主人公夏貴は、「少年もの」が好きな方ならぐらっとくるタイプだろう。さすが作者が漫画家出身だけのことはある(といっても、残念ながらどんな漫画を描かれているのか存じ上げないのですが)。ときに挫けそうになりながらも、まっすぐな目を持った少年だ。夏貴の親友正哉もいい。実はすでに亡くなっていて、携帯を通して声だけでこの世界とつながっている、という設定だが。夏貴の母が再婚しようとしている東(少年ではないが)も魅力的で、彼の存在がこの物語の救いになっていると思う。
 ミステリーとしては、どんでん返しもあるのだが、あんまり意外という感じはしなかった。いかんせん、結末以前に話が大きくなり過ぎた感が…。でも潔さを感じさせる小説で、とてもよかったと思う。

直筆商の哀しみ
直筆商の哀しみ
【新潮社】
ゼイディー・スミス
定価 2,940円(税込)
2004/3
ISBN-4105900382
評価:B
 決しておもしろくないわけではない。しかし、ちょっと長過ぎた。読んでも読んでも終わらないんだもの。そうかといって、じゃあどこを削ればいいんだと言われても指摘できない。無駄な部分はどこにもないように思われるし。
 この小説の最大の魅力は、登場人物たちが不器用にそれぞれを思い合うところだと思う。主人公アレックスの親友たちへの友情、恋人への愛情(他の女の子にもちょっかいを出すものの)、往年のミュージカル女優キティー・アレクサンダーへの憧れ、またその相手たちがアレックスを大切に思う気持ち、心が温まる。完璧な人間は誰もいない(特にアレックスは女の子にもドラッグにもだらしない)、でも、そんな“普通の人々”が一所懸命に生きていることに力づけられる。そんな生活がこの小説よりも延々と長く続いていくんだよなあ。
 でも、女の子はともかく、ドラッグはいけませんよ。

愛の饗宴
愛の饗宴
【早川書房】
チャールズ ・バクスター
定価 2,625円(税込)
2004/4
ISBN-4152085592
評価:B
 村上春樹さんが好きなので、以前から氏の翻訳による海外の小説を割とよく読んでいた。しかし、正直ピンとこない作家も多かった。例えばレイモンド・カーヴァー。話が唐突に終わってしまうものが多く、宙ぶらりんな気持ちで本を閉じることもしばしばだった(もちろんそういうところもカーヴァー作品の魅力とされているわけだが)。
 しかし、最近海外の作家(主にアメリカ人)の短編を読んで、「わかるなあ、この感じ」としみじみ思うことが以前よりも確実に増えた。加齢とともに嗜好も変わるってこと?そんなわけでこの連作短編集もおもしろく読めた。
 おもしろいと言っては語弊があるかもしれない。登場人物はみなそれぞれ孤独や後悔や後ろめたさを抱えて生きている。自分はそれほど(というか、ほとんどまったく)波瀾万丈な生き方をしてきたわけでもないが、いろんな人生が存在することが知識としてではなく実感としてわかってきたのかもしれない。