年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班

三浦 英崇の<<書評>>


チルドレン
チルドレン
【講談社】
伊坂幸太郎
定価 1,575円(税込)
2004/5
ISBN-4062124424

評価:A
 「起こらないから、奇跡って言うんですよ」
 不治の病に侵された、あるゲームのヒロインの台詞。生きるのを諦めかけていたヒロインに、起こらないはずの奇跡を起こすのは、主人公の、一途にヒロインを思う心でした。それは、この作品においてもまた然り。奇跡を起こすための原動力は「俺たちは奇跡を起こすんだ」という、人の強固な意志です。
「日常の謎」路線、というには、あまりに奇妙すぎるシチュエーション。一見、奇跡的な力でも働かなければ生じるはずのない謎の状況が、真相を解明してゆく過程で、奇跡性を消失してゆく。そして、謎の解明自体が一つの奇跡と化してゆきます。
「奇跡は、起こしてこそ価値があるものよ」
 成功確率の限りなく低い作戦に臨んだ、あるアニメの司令官の台詞。五つの作品の中で生じた、五つの奇跡。どれも、起こすに値するものばかりでした。読み終えて、奇跡を生じせしめた人の心の強さに感謝しました。


すきもの
すきもの
【講談社】
前川麻子
定価 1,680円(税込)
2004/6
ISBN-4062124351
評価:B
 正直、電車の中で読み進めるのには、いささか辛かったです。朝の通勤列車の中で、こんなに濃厚な性欲話を次々語られた日には、会社でもしばらく仕事が手につきませんてば。読む場所と時を非常に選ぶ作品群だと思います。
 ただ、ここまであからさまに真っ正面から語られると、いったん、自己の作り上げてきた嫌悪感や羞恥心の壁さえ超越してしまえば、むしろ、今までここの課題図書として読んできた、数々の「辛い」情欲丸出しな小説に比べて、はるかに読ませる作品になっていると思います。例えば、AV男優の第一人者になっても、自己の仕事への誇りと羞恥心に、絶えず引き裂かれそうになっている中年男の心の揺れ具合には、住む世界こそ違えども、大いに同調できるものがあったし。
 決して、好みの作品という訳ではありませんが、最後まで読ませてしまった上手さに対し、これだけの評価を付けるに足る作品だと思います。

私が語りはじめた彼は
私が語りはじめた彼は
【新潮社】
三浦しをん
定価 1,575円(税込)
2004/5
ISBN-4104541036
評価:C
 ダメ人間なら、ダメ人間らしく、自分ひとりで堕ちていけばいいのに、どうしても周りの人間を巻き添えにしてしまうタイプの輩というのがおりまして。ええ、こういう奴に見込まれると始末に悪いです。
 まあそれでも、ダメ人間だと分かっていて「この人には私が必要なの」と思い込んで近づいてくるような類ならば、本人自身は一時でも幸せを見い出せるし、切ろうと思えばいつでも関係を断てるからいいとして。問題は、そのダメ人間の家族になっちゃった人達。切ろうにも切れない悪縁。自分がこんなになった理由の一端は明らかにこの人のせい。そういう気持ちを抱えながら、一方で血のつながりに根ざした感情は断ち切れない。結果、自分自身が壊れてゆくしかない……
 この連作短編集は、一人のダメ人間のせいで、周りの人々が皆不幸になっていくのに、ダメ人間当人だけは、のうのうと生き延びちゃっているお話です。各話の主人公に感情移入していると、心身ともにもちません。読み進めるのは、とても辛かった。

長崎乱楽坂
長崎乱楽坂
【新潮社】
吉田修一
定価 1,365円(税込)
2004/5
ISBN-4104628026
評価:B
 高校時代、手当たり次第に読んでいた本の中で、ことに気に入っていた作品の一つが、北杜夫の「楡家の人びと」でした。精神病院を経営する大家族が、日増しに激しくなる戦争の中で、次第に崩壊してゆくさまを描く大河小説。連作短編集であるこの作品とは、量的には比較にならないかもしれないけれど、質的には、同じ系列の作品として語られていいんじゃないか、と読みながら思いました。
 かたや精神病院、かたや時代遅れのヤクザ一家。どちらも畏怖され、一種の尊敬を集めながら、同時に敬遠され、避けられてもいる人々。そんな環境で育った少年が、血の繋がりのない多くの大人たちに囲まれ、いいことも悪いこともたくさん仕込まれつつ、成長してゆく。あれ? どっちの作品について書いてるのか分からなくなってきたぞ。
「吉田版・楡家の人びと」と言いたくなるような、雰囲気のとてもいい作品です。

輪違屋糸里
輪違屋糸里(上下)
【文藝春秋】
浅田次郎
定価 1,575円(税込)
2004/5
ISBN-4163229507
ISBN-4163229604
評価:A
 現在、我々が抱いている「新選組」に対する思いの大半は、司馬遼太郎の「燃えよ剣」と、かの作品に影響された数々の後継作によるものだと言っても過言ではないでしょう。私自身も十五の夏にこの作品を読み、しびれた挙句、幕末維新のゲームを作りたくて企画屋になった過去があります。
 とは言え、司馬史観が「男の一生は、美しさを作り出すためのものだ。自分の」という台詞に象徴されるように、かっこ良さを貫くあまりに、偏っていることも確かです。だから、時にはこういう作品を読んで、平衡を保たねばなりません。
 この作品には、我々の知らなかった近藤勇が、土方歳三が、沖田総司がいます。そして、彼らを主人公にすれば、必ず邪悪な敵役として描かれてしまう芹沢鴨。彼は本当に、ただの酒乱の狂犬だったのでしょうか?
 真相は歴史の闇の中。この作品は、闇を照らす一条の光。彼らのことが好きならば、必読です。彼らのことが嫌いな方でも、是非。

蒼のなかに
蒼のなかに
【角川書店】
玉岡かおる
定価 1,785円(税込)
2004/5
ISBN-4048735365
評価:B
 夏本番。すっかり素麺の美味しい季節となりました。今年も、夏が迎えられたことを感謝しつつ、この作品の主人公・紗知の実家が代々作ってきた「揖保の糸」をすすりましょう。そして、この麺を生み出し、この麺によって育てられてきた、かの地の人々の歴史に思いを馳せてみましょう。思いを馳せるよすがが、この作品です。
 故郷を離れ、自力で生計を立ててきたものの、女ひとり四十半ば、自分の人生にやや疑問を感じた紗知。「私はこの人生で、まだ、何もしていない」という言葉は、三十半ばになろうとして、いまだ何事も成した実感のない自分の心に、ぐっさりと来ました。こんな状況で、更に紗知に降りかかった数々の困難が、私に押し寄せてきたとしたら……あまり考えたくない仮定ではあります。
 それでも、彼女は生きてゆく。
「揖保の糸」に培われた彼女の魂の強靭さにあやかりたくて、今日も昼ご飯は素麺にしてみました。夏の暑い日に読むと吉です。

スペース
スペース
【東京創元社】
加納朋子
定価 1,785円(税込)
2004/5
ISBN-4488012981
評価:B
 私はこの作品と、非常に不幸な出会い方をしてしまいました。一つの出来事を二つの視点から見た「スペース」と「バックスペース」から、この作品は成り立っているのですが、「バックスペース」の方だけ雑誌掲載時点で読んでしまったのです。要するに、「スペース」で何が起きていたのかを、あらかじめ知った状態で、改めて最初から読む破目に陥ったのです。
 こんな運の無い出会いにもかかわらず、非常に楽しく読めました。そう、謎の正体が最初から分かっていてさえ、加納朋子作品は面白い。
 作者の人気シリーズ「駒子」ストーリー第三弾、ということで、前作までを読んでいないと、細かな(そして重要な)部分がいまいち分かりづらく、単体でのおすすめ度はいささか下げざるを得ないのですが、作者も「はじめに」で断っておりますし、是非「ななつのこ」「魔法飛行」から順に読み進めて下さい。くれぐれも「バックスペース」だけ先に読んだりしないように。

サンセット・ヒート
サンセット・ヒート
【早川書房】
ジョー・R・ランズデール
定価 1,995円(税込)
2004/5
ISBN-4152085703
評価:C
 私がよく遊ぶカードゲームに、「BANG!」という西部劇に題材を採った作品があります。シェリフと副官、ならず者、裏切り者がいて、シェリフ以外は自分の正体を隠し、自分の利益にかなうよう、敵とみなした相手を罠にかけたり、正面から鉛の玉を浴びせたりします。
 この作品を読んでいて、かのゲームを想起したのは、自分以外はいつ敵に回ってもおかしくない、そんな苛酷な西部の掟を、私自身もゲームの中とは言え、幾度と無くリアルに感じていたからだと思います。
 荒くれ者の夫を嵐の中で射殺し、自ら保安官となった主人公・サンセットの、血で血を洗う凄惨な日々。信じられるのは、自分の腕と才知だけ。騙し騙され、殺し殺されが繰り広げられる中、自分がこの厳しい世界に生き延びる価値があるのかどうかを、絶えず問い続け、答えの出ないままに、次々現れる敵と戦い続ける彼女。
 読み終えても、血の臭いが漂い続けているかのような作品でした。

あなたはひとりぼっちじゃない
あなたはひとりぼっちじゃない
【新潮社】
アダム・ヘイズリット
定価 1,890円(税込)
2004/5
ISBN-4105900390
評価:C
 私は昔から「ふつうは……」という説教の仕方に、ことのほか反発を覚える性質でした。あなたが言うその「ふつう」とは、いったい何を基準にした「ふつう」なのか。具体的根拠の薄い価値基準に従うのは、断じて理にかなっていない、と思うのです。
 この作品集では、「ふつう」という価値基準からは隔たりのある、と見なされそうな人々が、その価値基準の強要に悩まされたりすることで、自らの孤独を深めてゆく姿が描かれています。確かに、そこに描かれている人々の行動は、自分自身を基準にして見る限りでは、「異端」としか言いようのない奇妙さに満ち溢れています。ただ、それを見ている自分を「ふつう」である、と思えるほど、私は傲慢ではないので……
 人は皆、多かれ少なかれ、偏ったところも異常なところも抱えているのです。自分自身の傾きを知ることで、タイトルの通り「あなたはひとりぼっちじゃない」と思えるようになれればいいなあ、と。

ノリーのおわらない物語
ノリーのおわらない物語
【白水社】
ニコルソン・ベイカー
定価 2,100円(税込)
2004/6
ISBN-4560047839
評価:B
 学習図鑑に記載された機械や科学技術と、ファンタジー世界の魔法や怪物が、何の違和感も矛盾も無く同居する、子供の世界。あの混沌を、混沌のままに作品へと昇華するには、並大抵ではない努力や才能が必要なんじゃないか、と思います。それを、この作品では軽々とやってのけています。
 数々の言い間違いや綴り間違い(和訳での表現が絶妙です)、一貫しない奇妙な論理。表現するための言葉に迷いながらも、確実に抱えてはいる複雑な心象。まるで、本当に9歳の少女が書いたかのようなリアリティに満ち溢れる日々の描写に、自分が同じ年齢の頃に書いていた日記を読み返しているかのような錯覚を覚えました。
 作者が、9歳の娘との毎日の会話を通じて生み出した、もう一人の「娘」。彼女は、架空の世界の中、「おわらない物語」の中で、こんなにもリアルに生きています。ノリーに逢って、つかの間、子供の時分の混沌を思い出してみるのも一興かと思います。