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松井 ゆかりの<<書評>>


天国はまだ遠く
天国はまだ遠く
【新潮社】
瀬尾まいこ
定価 1,365円(税込)
2004/6
ISBN-4104686018

評価:B
 前作「図書館の神様」では、不倫に悩む主人公。そしてこの「天国はまだ遠く」では、自殺を試みる主人公。どちらも個人的には感心できない行動パターンだが、不思議と主人公たちにマイナスの感情を持つ気にならない。徳のある文章、と言ったらいいのだろうか。
 人生に疲れた人間の癒しと再生の物語、と言えば陳腐に聞こえるが、素直に受け止められる作品だ。主人公千鶴が出会う人々や自然は、時に厳しくも、傷ついた心には優しい。中でも民宿の主人田村さんは、30歳にして現代の感覚からすれば仙人のような風情の人物で、魅力的。きっと田村さんの方がちょっとだけ先に千鶴を好きになっちゃったんだね。
 がんばらなくていい、でも前を向いて歩いていこう、と気分が上向きになる物語だった。


太陽と毒ぐも
太陽と毒ぐも
【マガジンハウス】
角田光代
定価 1,470円(税込)
2004/5
ISBN-4838714998
評価:A
 夫と私はけんからしいけんかをしたことがない、一般的には割と珍しいとされている夫婦だ。しかし、お互い相手に対する注文が皆無というわけではない。
 夫から私への提言は「掃除はもっと丁寧に(夫の掃除の手腕は私のそれを遥かに上回る)」。それに対する私の反論は「自分としてはきちんとやっているつもりである(両者の「丁寧」のレベルに食い違いあり)」。私から夫への提言は「観られないDVDをなぜ買うのか(労働によって得た報酬で好きなものを買うこと自体はまったく問題ないが、余暇をすべて費やしても見終わらないほどの量を購入する必要がどこにあるのか)」。それに対する夫の反論は「いつか観るつもりで買っている」および「購入する行為そのものが楽しい」。夫はきっと未読王さんと話が合うと思う。
 この本に出てくる男女は様々な理由で、相手の一点が許せない(最終話のみ“ことごとく好みが合わないのに、ある一点のみ気が合う男女”の話である)。角田さんの筆が冴え渡る文章をご堪能あれ。

風の歌、星の口笛
風の歌、星の口笛
【角川書店】
村崎友
定価 1,575円(税込)
2004/5
ISBN-4048735403
評価:B
 突っ込みどころ満載のストーリーを、勢いで結末までもっていった感のある作品。「ザ・ベストテン」に初登場したときのサザンオールスターズをみるような思いである。あまりほめているように聞こえなかったかもしれないが、愛すべき作品だと思う。一所懸命書いた、という感じがすごくよくわかる小説であった。6月の課題図書だった貴志祐介「硝子のハンマー」に続いてこの密室も…。“「本格」を愛する人々”への私の愛もますます深まる。
 本編は言うまでもないが、選評もぜひに熟読されたい。大森望・豊橋由美「文学賞メッタ斬り!」を読んで以来、文学賞の選評にはひとかたならぬ関心を持っていたのだが、期待以上の素晴らしさ。特に綾辻行人・内田康夫両氏の評は必読!

ぼくは悪党になりたい
ぼくは悪党になりたい
【角川書店】
笹生陽子
定価 1,365円(税込)
2004/6
ISBN-4048735357
評価:B
 笹生陽子さんの作品については、以前「楽園のつくりかた」を読んだことがある。もともと笹生さんは児童小説作家で、この「ぼくは悪党になりたい」が初の大人向け小説ということらしい。ただ、どちらも少年の成長物語で、2冊の小説の間に一見それほど大きな違いはないと思う。違っているのは、性的な問題をどう扱っているか。
 別に私は「男女七歳にして席を同じくするな」とか、明治時代の頑固爺さんのようなことを言いたいわけではない。性的なものをあからさまに描かずとも、それでも読ませる小説の方が好みなだけだ(その点でも私自身は「楽園」の方がよかった)。
 主人公エイジは、母親と異父弟との3人暮らし。そこに弟の父親と思われる男性が現れて…という話だが、昨今どうも奇抜な家族構成が肝となっている作品が多いように思われる。もちろん、そういう設定の妙を味わうのも楽しみのひとつだが、児童小説においては特にそういう傾向がみられる気がするので、次は違った趣向で書かれた作品を読みたいと思う。

地図にない国
地図にない国
【双葉社】
川上健一
定価 1,785円(税込)
2004/7
ISBN-4575234966
評価:C
 こういう物語が、男のロマンというものなのだろうか。舞台はスペイン、年に一度の牛追い祭り。大恋愛の末に結婚した相手と別れ、命を賭してエンシエロ(牛追い)に参加し、夢のように美しい女と出会い、現実の女と関係を持つ…。「男だから」とか「女だから」とかいった個人差を無視した考え方は好みではないのだが、それにしても、上の文章の「女」を「男」と置き換えてみても、それほど心が浮き立たない。
 この小説について点が辛くなるのは、ヘミングウェイ「日はまた昇る」に引き比べてしまうせいか。ヘミングウェイはあまり好きなタイプの作家ではないのだが、「日はまた昇る」はよかった。ただ、ずいぶん前に一度読んだきりなので、思い出が美化されているかもしれない。「日はまた昇る」を再読したうえで、いま一度この小説について考えてみようかと思う。

小森課長の優雅な日々
小森課長の優雅な日々
【双葉社】
室積光
定価 1,470円(税込)
2004/7
ISBN-4575234974
評価:C
 個人的な認識では、ブラックユーモアといえば阿刀田高とツービート(若い人は「ツービート」なんてご存じないか!?)。私はどちらも割と読んだり観たりしていたが、この本からみたらまだしも愛があったような気がする。別にブラックユーモアに愛がある必要はないのかもしれないが、個人的には親切味がある方が好みだ。
 それにしても、人間の浅ましさが露骨に描かれていて、気が塞いでくる。そこらの任侠映画どころではなく人が死ぬし。いやな会社だなあ、主人公の勤め先。気持ち悪いなあ、小森課長の妻。小森家の子どもたちは純真な存在であるとして描かれている(あ、ここに愛があったのか?)のが、逆に「そんな単純なもんじゃないだろう」という違和感を感じさせる。

ICO 霧の城
ICO 霧の城"
【講談社】
宮部みゆき
定価 1,890円(税込)
2004/6
ISBN-4062124416
評価:A
 正直に申し上げる。「いくら宮部みゆきといえど、ノベライズってのはどうなんでしょう?」などと疑念を持っていた。もちろんそんな心配はまったく無用だったのだ。宮部さんの絶妙なストーリーテリングと、彼女が生み出す強く優しい心をもつ主人公の少年の存在。これ以上間違いのない組み合わせがあるだろうか?
 ゲームに関しては(関しても)まったくの無知なので、この小説がもともとのゲームの雰囲気をどのように伝えているのかはわからない。でも、“ゲーマー宮部みゆき”の「ICO」というゲームに対する愛情がひしひしと伝わる小説だと思う。
 やっぱり、男の子が主人公の宮部作品は格別だなあ!イコの温かい心根とまっすぐな瞳が胸を打つ。私が現在夢見がちな10代だったら、現実の異性なぞ目に入らなかっただろう。

宮本常一の写真に読む 失われた昭和
宮本常一の写真に読む失われた昭和
【平凡社】
佐野眞一
定価 1,680円(税込)
2004/6
ISBN-4582832253
評価:B
 うちの家族5人の中では、私がいちばん年長である。生まれたのは昭和42年の8月だ。夫は同学年だが、43年2月の早生まれ。ときどき私を「おねえさま」などと呼ぶ不届きものだ。しかし、長男は平成7年生まれ。そのうち「おやじもおふくろも昭和生まれか」と憎まれ口をたたくようになるだろう。が、そんな長男も平成10年生まれの次男からは「平成ヒトケタ生まれ!?」と揶揄され、さらには4人まとめて2001年生まれの三男から「おれ以外全員20世紀生まれじゃん(笑)」と言われることだろう。
 ことほどさように、昭和は遠くなりにけりだ。私と同年代くらいが、この本の写真を見て「懐かしい」と思う最後の世代だろう。何気ない風景を切り取る宮本さんの視線の素晴らしさや資料としての歴史的価値はもちろんであるが、写真は記憶と結びつくことで人間にとってより重要なものとなる。「昔はよかった」と懐古趣味にひたるつもりはないが、しばし時間の流れに思いを馳せることとなった一冊だった。

ダ・ヴィンチ・コード
ダ・ヴィンチ・コード
【角川書店】
ダン・ブラウン
定価 1,890円(税込)
2004/5
ISBN-4047914746
ISBN-4047914754
評価:B
 ああ…これはおもしろいですね。誰も彼も怪しく思えてくる。その分、黒幕が明らかになったときの驚きは少々減じてしまった気もするが、十分以上のスリルとサスペンスを堪能できる作品。あまりにもいろいろな事件が起こるので、結末に近づくにつれて感覚が麻痺したようになってくる。読んでいて少々疲れるが、そういうトリップ感を味わいたい方にはぴったりだ。
 それにしても、ダン・ブラウンという作家はどこからこのような着想や知識を得るのだろう(と学会の会員か?)。美術や宗教に関する知識はとんとないので、どこからどこまでが事実なのかよくわからない。美術家や宗教家にとっては「冒涜だ!」と頭から湯気であろうが、門外漢は無責任に楽しむことができる。次作はどうくるか。今から楽しみである。

ザ・ビッグイヤー
ザ・ビッグイヤー
【アスペクト】
マーク・オブマシック
定価 2,415円(税込)
2004/6
ISBN-4757210396
評価:A
 ビバ、探鳥家!私自身は10年間セキセイインコを飼っていた経験と、紅白歌合戦で日本野鳥の会会員のみなさんが得点を集計するのに一役買っておられた(最近はもうやらなくなってしまったんでしたっけ?)という知識くらいしか、鳥との接点のない人生を歩んでいる。探鳥の世界がこんなにも奥の深いものだったとは。とりあえず、身内に探鳥家がいなくてよかったと胸をなでおろすばかりだ(周囲の人間はたいへんそう)。
 なんというか、ドキュメンタリーにありがちな批判的な観点や冷徹な表現ではなく、対象へのほのぼのとした視線やユーモラスな文章がいい。冷静に考えたら、ものすごい変人と称される人々でしょう、探鳥家というのは。心から応援しようという気持ちになるのは、筆者の手腕によるところ大だと思う。