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林 あゆ美

林 あゆ美の<<書評>>



永遠の仔

永遠の仔(1〜5)
【幻冬舎文庫】
天童荒太
定価\600(1.2)/\520(3)/\560(4)/\560(5)
2004/10
ISBN-4344405714
ISBN-4344405722
ISBN-4344405730
ISBN-4344405838
ISBN-4344405846

評価:B
 単行本として発行されたのが6年前の1999年3月。文庫本にあたっての加筆訂正はなく、若干の調整を加えただけとある。非常にデリケートな作品で、テーマも重いが、謎解きもあり、文庫本にして5冊の長さをぐいぐい読ませる。ひとつひとつの文章が美しくしっかり構築されているので、物語の長さをさほど感じさせない。
 生きていると何かしらで傷つくことは誰しもにあり、強い傷ほど、癒えるまでの時間が長い。いや、それを長いと思うかどうか、かもしれないけれど。もちろん人それぞれであり、生きる意欲によっては、そのままずっと傷と生活する人もいるだろう。この物語では、子どもの頃の大きな痛みを、同じ場所に生活したことのある3人が、多くの時間をかけて語り、前進していこうとしていく様が、丁寧に静かに書かれている。過去への傷へのとらわれから、なかなか抜け出せない人に寄り添いたいと願った――。『永遠の仔』は、いまもその人たちに無意識に待たれている作品だと思う。

煙か土か食い物

煙か土か食い物
【講談社文庫】
舞城王太郎
定価\580
2004/12
ISBN-406274936X

評価:A
 2001年第19回メフィスト賞受賞作。メフィスト賞とは……ミステリ小説誌『メフィスト』の編集者だけで応募原稿を読み、独断と偏見で受賞作を決めるという新人賞。イロモノ作家を数多く輩出する事で有名。(はてなダイアリーより)『永遠の仔』のテーマとかなり近いものを感じたが、表現がまったく違う。つらく苦しい人生や、子どもの頃の大きな傷、それらを表現するために、一番遠い言葉を使っている。だから最初は、へ?と思うのだが、あぁ!と納得すると、遠く感じた言葉がいっきに近づく。そうなると、あとはいっきに読める。血はいっぱいでるし、暴力も日常茶飯事。だけど、根底にはちゃんと愛はあるし、エンターテインメントしているのだ。展開はいたって早いので、物語の流れにのったら、途中で読むのをやめないほうがいい。がーーっと読み進めて、ラストはいかに?。この落ち着いたラストには、うーん、とうなりました。


遊部

遊部(上下)
【講談社文庫】
梓沢要
定価\680
2004/12
ISBN-406274953X
ISBN-4062749548

評価:A+
 「遊部」(あそべ)は、古代に存在した「職能集団」。古代独特の葬送儀式にかかわる一種の呪術集団だったのが、葬儀が仏式におこなわれるようになり、廃れてしまう。ところが、その集団は生き残り、奈良の東大寺、正倉院の警護する任を担う一族となり……。
 混乱の世、東大寺の薬師院院主が、信長に奪われた秘宝を取り返すべく、古の遊部にそれを命じる。
 戦乱時代、多くの人が殺し殺されているが、物語では血なまぐさいにおいよりは、心を休めるための美しき物の描写が心に残る。「茶事」にしても、茶道具の美しさ、すばらしさの描写は、何度か読み返してしまうほど魅力的だ。また、遊部たちは、それぞれ舞や歌のプロでもあり、人々を楽しませる芸能一座でもある。彼らの芸描写も読む楽しみのひとつ。遊部らは、目的を達するために、何年もの時をかけて実行に移していく。信念に基づいて粛々とそれをこなす遊部――実在した古の人々に深く感じ入った。


僕というベクトル

僕というベクトル(上下)
【光文社文庫】
白石文郎
定価\880
2004/12
ISBN-4334737811
ISBN-433473782X

評価:C
 長い長い小説。上下で二千枚(原稿)を超す長さで、はたして読み終わるのだろうかと、読む前から心配してしまう。筋らしい筋はなく、とにかく「僕」の生活一部始終が、とめどなく描かれる。女と寝て、仕事して、また別の女と寝て、その合間にお友だちづきあいもあって……。とりとめないが、だらだらしているのではなく、すべての行為は抑制のきいた文体で淡々としている。おすすめは、上巻にある「著者から読者へ」。「(中略)上巻の途中でやめてしまい、今この小文だけを読んでくれている人は、他にいい作品を探してください」として、特に若い人たちにと9作品紹介している。この9作品リストがふむふむ、なるほど、これを紹介するのかと、物語そのものとの距離を感じつつおもしろく眺めた。この小文は長い小説のいいひとやすみになり、下巻にもすんなり入った。主人公は31歳だけれど、青春文学と紹介されているのに納得。青春です、これは。

どすこい。

どすこい。
【集英社文庫】
京極夏彦
定価\840
2004/11
ISBN-408747755X

評価:C
 すみずみまで遊び心たっぷりの装丁にまずニッコリ。帯のおちゃめな付録もキュートです。タイトルが(仮)→(安)→“。”と微妙な変遷をたどっての文庫本。どすこい、どすこいさせながら、物語もひたすら、どしどししている、京極ギャクの連作肉編。きまじめな文章のそこかしこに、コテコテのでぶでぶギャグがてんこもりで、パロディ元はベストセラー小説ばかり。もちろん読んでなくても、単純に肉ギャグとして楽しめる?! タイトルだけ並べても、なんじゃこれと笑いがでるかも。『四十七人の力士』、『すべてがデブになる土俵(リング)』、『でぶせん』、『パラサイト・デブ』、『油鬼』、『理油(意味不明)』、『ウロボロスの基礎代謝』、そして、解説まんがに、しめくくりは文庫特別付録のしりあがり寿「おすもうさん」完全収録。
 手を抜くことのない、肉のてんこもりに、すこしぐらいは他の味もと思うけれど、ギャグとパロディ好きな人には、よい味なのかも。

柔らかな頬

柔らかな頬(上下)
【文春文庫】
桐野夏生
定価\620
2004/12
\590
ISBN-4167602067
ISBN-4167602075

評価:C
 幼児失踪事件を軸に周りの大人たちの傷口に塩をぬるように物語は進行する。罪悪感に苦しむ母親の心情がそれはそれは細かく執拗にページを埋め、重い息苦しさは物語から消えない。歳月が流れても、母親だけは娘をあきらめず一人で探し続ける。娘はどこ、娘はどこ、と。当然、今までの生活はその日を境に一変する。変わらないのは、娘がいなくなったこと。その空白は年月を経ても埋まらない。絶望、空虚を情け容赦なく描いている。物語の現実は、終始一貫きびしく、事件は解決につながっていかない。読んでいる間中、長い長い、カスミ(母親)の悔いを聞かされているようだった。カスミは生まれ育った場所から18歳で家出し、職場恋愛で結婚。少しずつ自分の望んだ人生を構築しつつあったのが、娘の失踪でいっきに崩れる。そして崩れた人生をたてなおすために、今いる立ち位置から離れ、娘を捜しながら自分をほじくり返す。しんどい作業もまた、生きる業なのか。


さゆり

さゆり(上下)
【文春文庫】
ア−サ−・ゴ−ルデン
定価\730
2004/12
ISBN-4167661845
ISBN-4167661853

評価:A
 ほれぼれするような京言葉で訳された、「アメリカ産の花柳小説」はノンフィクションのようなフィクション。9歳で花街に売られたさゆりが、一歩ずつ芸妓になっていく様がぞくぞくする小説だ。つらくて逃げだそうとしても失敗し、腹をくくって舞妓をめざすさゆりは、薄幸を絵に描いたよう。戦後になると身売りで祇園に来た少女はいないようだが、当時は親の借金のかたで売られた少女が多かった。今でも祇園は厳しい世界に変わりないが、自ら舞妓になりたいと志願する少女がいるくらい、時代は移った。
 さゆりは15歳で当時の最高額で水揚げ(これも今の祇園にはない)されるが、艶っぽさを期待した方は、あまりの事務的な描写に笑いがでるかもしれない。さゆりの水揚げ旦那は、行為より、もともとある目的達成があったので、その目的がおかしみを誘う。
 あでやかな世界を描いた著者は、「アメリカの貴族」ともいえる名門出身。巻末で著者を紹介している名倉礼子さんの文章も読みごたえあり。


ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月

ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月(上下)
【ヴィレッジブックス】
ヘレン・フィ−ルディング
定価\735
2004/12
ISBN-478972431X
ISBN-4789724328

評価:C
 ロンドンで働く独り身のブリジッドのどたばた日常を書いた日記の続編は、恋人ができて、満たされた気分ではじまる。なんてったって、4週間と5日も大人の男性との「機能的な関係」が続いているのだ。
 日記は自分に向けて書いているものだから、とうぜんのごとく、非常に率直。自分の目標であるダイエットに向けてのカロリー計算も事細かい。メモ風に小さい文字で書かれているので読み逃さないように。例えば「激しい愛の交歓→3回、摂取カロリー→2100、激しい愛の交歓で消費したカロリー600――したがって、摂取カロリーは差し引き→1500(模範的)」とか。そこまでカロリー計算するのかと突っ込みをいれたい気分を抑えつつ、次のカロリー計算にも期待(?)してしまう。大きなハプニングである監獄生活は、ちょっぴりロビンソン・クルーソーを思い起こさせた。ブリジッドの気持ちの揺れが大きければ大きいほど、この本は共感をもたらすのかもしれない。私だけじゃないんだ、という共感に。


失われし書庫

失われし書庫
【ハヤカワ・ミステリ文庫】
ジョン・ダニング
定価\945
2004/12
ISBN-4151704086

評価:AA+
 本の蘊蓄も楽しめるミステリシリーズの3作目。元警官、現在は古書店主クリフが主人公で、今回は『バートン版千夜一夜』(ちくま文庫)で知られているバートン稀覯本をめぐってのミステリ。
 バートンを翻訳家としか認識がなかったので、これほど多彩にあちこちの世界を旅して旅行記、探検記を書いていたことをはじめて知った。本来の筋である、本をめぐって起こる殺人事件も気になるところだが、不思議な方法で語られた当時のバートンの旅記録の章がすごくおもしろい。その章がはじまるp.273の冒頭は、目を引く工夫がされている。127年前のアメリカ西部の旅はのどかでいて、バートンが密命をおびているらしいミステリアスな部分に緊張する。この時の旅の記録――日記がこの物語のキーワードだ。本好きであれば、本のあれこれが語られているだけで、物語に親近感をもつが、この本はその楽しみプラス伝記を読んでみたくなる人物との出会いももたらしてくれた、感謝。

女神の天秤

女神の天秤
【講談社文庫】
P・マーゴリン
定価\840
2004/12
ISBN-4062749408

評価:B
 筋を追い出すとページを閉じられなくなる。犯人捜しという一本の道を追うのではない。おもしろい法律サスペンスは、犯人は誰かと考え、それから世の不条理についても考えさせる。
 念願の大手法律事務所で弁護士として職を得たダニエルは、目の前の仕事を誠実にこなしていた。ところが製薬会社の訴訟を担当して致命的なミスをしてしまう。ダニエルのこのミスは吉とでるか凶とでるか。はたまた、これはミスなのか? 驚く仕掛けがふんだんにあり、びっくりしている間に話はどんどん進む。結末がわかるまでは、本を読むのを誰にも邪魔されたくないと、強い集中力でいっきに読んだ。なるほど、こういう作品をページターナー(おもしろくてどんどんページを繰りながら読むる本)だということに納得。
 プロローグはもう少し、ふくらみが欲しかったけれど、最後はすこーし、力業のような気もするけれど、うん、おもしろかったです。