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久保田 泉

久保田 泉の<<書評>>



永遠の仔

永遠の仔(1〜5)
【幻冬舎文庫】
天童荒太
定価\600(1.2)/\520(3)/\560(4)/\560(5)
2004/10
ISBN-4344405714
ISBN-4344405722
ISBN-4344405730
ISBN-4344405838
ISBN-4344405846

評価:AA
 ベストセラーとなった著者の長編大作だ。装丁も内容もほぼ変更なし。文庫化にあたり5巻に分けた事で、よりストーリーの起伏に沿いやすくなり、字数や行数にまで最も読み易い<かたち>を追求している。1979年に出会い別れた三人の主人公笙一郎、梁平、優希が、1997年に逢うべくして再会し、殺人事件がおきる。全ての発端は17年前の「聖なる事件」が始まりで、ストーリーは2つの時代を行き来しつつ、両方の時代の謎を解き明かしていく。私は再読だが、感動は少しも薄れていない。改めて心を揺さぶられ、しかもミステリーとしても十分に読ませるという質の高い本は、めったにないと思う。圧巻はやはり、三巻<告白>だ。ミステリーというジャンルを超越した、あまりに辛く深い苦しみを背負った三人の子供時代の物語を心して読んで欲しい。児童虐待という救いのない重いテーマと物語にもかかわらず、全編に感じられる著者の命を肯定する祈りにも似た想いのせいか、読了後に胸の奥に一筋の温かい灯りがともる。

煙か土か食い物

煙か土か食い物
【講談社文庫】
舞城王太郎
定価\580
2004/12
ISBN-406274936X

評価:B
 今をときめく舞上氏のメフィスト賞受賞のデビュー作。とにかく全てが暴力一色。大体、主人公の奈津川四郎が、サンディエゴのERで働く腕利きの救命外科医という設定がすでに暴力的に強引だ。四郎の母・陽子が連続主婦殴打生き埋め事件(これまた凄い暴力的!)に巻き込まれ、四郎が緊急帰国した所から、アナ-キーで暴力的な物語が延々と繰り広げられる。文体はラップ調なのに、根底にド演歌が見え隠れするのはなぜだ?父の丸雄(名前まで暴力的にヒドイ)、一郎、二郎、三郎、四郎の奈津川4兄弟のキャラが濃い。特に二郎の悪魔的な暴力性はめちゃくちゃだ。その二郎と丸雄の壮絶に繰り返される暴力と確執をこれでもかと描きつつ、母の事件の意表をつく謎解きが冷静に展開される。いったいこの作品はどこに着地するんだろう、と不安と疲労がピークに達した最終章で、突然この話が、強引でもなんでもなく実に真っ当な家族小説である事に驚く。まさかラストで落涙させられるとは……。誰にも似てない、不思議な舞上ワールドだった。

遊部

遊部(上下)
【講談社文庫】
梓沢要
定価\680
2004/12
ISBN-406274953X
ISBN-4062749548

評価:A
 ”遊部”(アソベ)。この不思議な耳慣れない題名には、これから始まる物語の期待感を膨らませる響きがある。遊部の正体は、いにしえより正倉院の警護を司る呪術集団だ。時代は戦国の世、時の天下人織田信長は、権力を誇示するがため正倉院の秘宝を奪う。東大寺の薬師院院主実祐は、”遊部”に秘宝奪還を命じる。遊部は血縁ではない。秘宝奪還のため、人である事を捨ててまで、闇の遊部としての運命を絆に生きる7人の男たち。彼らがその決意とともに、人外のものとして生きていく名前を、実祐から授かる場面は胸を打つ。信長、秀吉、光秀などおなじみのドラマチックな時代を背景にこのミステリアスな集団を主人公にし、想像を越えた壮大な人間ドラマにした設定が素晴らしい。歴史小説としての面白さは文句なし。同時に遊部を通して、悠久の昔から、人間は自分の生きる意味を探し、信じるものを守ってきたのだという、著者の人間賛歌が感じられて感動した。


僕というベクトル

僕というベクトル(上下)
【光文社文庫】
白石文郎
定価\880
2004/12
ISBN-4334737811
ISBN-433473782X

評価:D
 著者の処女作で、思い入れが大きいのは分かるが、話の長さが苦しかった。主人公は、学習塾の講師・山根高志31歳。消去法で選んだこの仕事に何の意欲も持たず、タレント並みの整った容姿は男娼として小遣いを稼ぐのと、女達との情交にのみ費やされる。一見大人しくて礼儀正しく、表向き定職にも就いている山根だが、薄気味悪いくらい自己中心的で、突如キレる。こういう男が一番恐ろしい。潜在的に、一番多いダメ男のタイプなのかもしれない。その上、唐突に感情が昂ぶると、自分に酔ったように熱っぽく嘘はつくは、暴力は振るうはの“だめんず”度高過ぎ男。上巻は、このつかみ所の無い男の生きていくテンションの低い生活がずっと続く。ここをこらえて下巻へ入ると、山根の幼児性と弱さと浮気性が炸裂して、彼を取り巻く環境はどんどん不穏になり、話の躍動感は増す。大人になれない三十男の青春小説とも言えるが、大概にしなさいとも言いたくなる。

どすこい。

どすこい。
【集英社文庫】
京極夏彦
定価\840
2004/11
ISBN-408747755X

評価:C
 ”地響きがするーーと思って戴きたい。”で始まる各章は、有名作家の小説の題名をパロディにして、奇想奇天烈な物語がコテコテにしつこく展開される。例えば、パラサイト・イヴがパラサイト・デブ。四十七人の刺客が、四十七人の力士という具合だ。そこから始まる内容は、全くもって原作とは関係無く、全編なぜかデブ一色の、まさしくどすこいな濃い京極ギャグが満載。何か怪しいものが京極先生に乗り移ったとしか思えない、デブと北風より寒いギャグへの強烈なこだわり。これをとことん、楽しんでしまえばいいのだろう。私にとって、幸か不幸かこの本が始めての京極作品。最初こそ笑えたものの、あまりのパロディの徹底ぶりが、だんだん胃にもたれてきて、後半は消化不良をおこしてしまった。もし長さが半分くらいだったら、大分読後感も違っていただろうに……残念!しかし巻末の漫画も含め、京極先生のサービス精神溢れる一冊だ。

柔らかな頬

柔らかな頬(上下)
【文春文庫】
桐野夏生
定価\620
2004/12
\590
ISBN-4167602067
ISBN-4167602075

評価:AA
 99年に初めて単行本で読んだ時は、深い穴に落ち込んでいくような、印象的なラストに呆然とし、これは女性にしか書けない小説だと思った。今回再読して、これは性差などは関係ない、桐野夏生にしか書けない小説だと気付いた。小説としての濃度、レベルの高さは言うまでもない。読了後、誰もが自分の心の中に棲む魔を、探さずにはいられなくなる。夫の友人・石山と逢引を重ねる森脇カスミ。その石山の北海道の別荘で、幼い娘が謎の失踪をする。石山の為なら子供を捨ててもいい、とさえ思ったカスミは罪悪感に苦しみ、一人で娘を探し続ける。推理小説としても、十分想像力をかきたてられる面白さ。そこに石山、夫、カスミが捨てた北海道の両親、途中から娘を一緒に探す事になる元刑事の内海らの人生が絡み、ラストまで一気に読者をひきこむ。ダークというよりは、ディープ。救いがないというよりは、容赦がない。安易な結末を提供しない、性根の据わった本物のピュアな小説だと思う。

さゆり

さゆり(上下)
【文春文庫】
ア−サ−・ゴ−ルデン
定価\730
2004/12
ISBN-4167661845
ISBN-4167661853

評価:B
 舞台は京都祇園の芸妓社会。日本を象徴するミステリアスで好奇心をそそられるテーマが、まるでノンフィクションのように緻密に描かれる。花柳界という未知の世界の、独特のしきたりや、人々の日常は興味深い。日本海の小さな町、貧しい漁師の家に生まれた娘・千代は、昭和の始めに9歳で祇園の置屋に売られ、辛抱の末、芸妓・さゆりとなる。そのさゆりが語り手となり、自分の人生と自分の目で見た芸妓の世界をいきいきと綴る美しい文体は、訳者の力量の賜物でもあるだろう。先輩芸妓からの執拗ないじめ、逃亡の失敗、運命の出会い。どん底から15歳で最高額の水揚げは、泣く子もだまる逆転人生だ。映像が次々浮かんでくるような文章なので、ハリウッドが映画化するのも分かる。えげつないと紙一重のリアルな水揚げの場面は、どうなるのか気になるのは私だけか?しかし個人的には、これだけの凄い人生は、昼ドラで是非荻野目慶子に演じて欲しかった。規模違い過ぎですが。

ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月

ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月(上下)
【ヴィレッジブックス】
ヘレン・フィ−ルディング
定価\735
2004/12
ISBN-478972431X
ISBN-4789724328

評価:C
 映画にもなったブリジット・ジョーンズの日記の続編だ。念願の堅実な彼氏も出来、落ち着いたかと思いきや、ブリジットまたまた炸裂。にしても、ブリジット・ジョーンズの日記ってホントに日記調なんですね!それも時間単位だ、忙しい。日記だからか、ぎゃああ〜、がーんが連発。一応30代、一人暮らし、マスコミ勤務なんだが、日記のノリはほとんど10代。まあ10代はこんなに自己啓発本は読まないだろうが。恋人のマークとラブラブのはずが、お約束のライバル登場。マークの言動に一喜一憂し、甘いヴァレンタインを夢見る。あらかじめ映画化を想定したとしか思えない、ひとまず笑うしかないエピソードいっぱいの12か月だ。ラストのハッピーエンドも、まるで学園ドラマ。いいのかこれで、ブリジット?一番面白いのは、必ず日記の前に入る、体重やアルコール、煙草の量、消費カロリーなどの記述。0.5kgに反応する女心を数字に換算したリアリティは笑える。


失われし書庫

失われし書庫
【ハヤカワ・ミステリ文庫】
ジョン・ダニング
定価\945
2004/12
ISBN-4151704086

評価:B
 古書なんて地味でマニアックな世界でどうやってミステリーを?という不安は見事に打ち砕かれました。すでにこれが3作目という、シリーズものだったんですね、恐れ入りました。読むうちに古書をめぐる謎にどんどん引き込まれてしまった。古書店を経営する元刑事の主人公クリフ・ジェーンウェイが、19世紀のイギリスの探検家リチャード・バートンの稀覯本を落札したことからすべてが始まる。その本が自分の書庫から盗まれた本だと言う老婦人が現れ、クリフが探索を始めたところに強盗殺人が起きる。バートンは実在の人物で、アメリカに訪れている。ところがバートンの記述には3か月の空白があり、著者はこの事実から想像を膨らませ、一冊の古書をめぐる見事な歴史ミステリーに仕立てあげた。バートンの旅の回想シーンも興味深く、読み応えがある。謎解きも良く出来ているし、弁護士のエリンとのロマンスもいいアクセントになっている。

女神の天秤

女神の天秤
【講談社文庫】
P・マーゴリン
定価\840
2004/12
ISBN-4062749408

評価:B
 ページターナーという言葉は初めて知りました。つまり、ページをめくる手が止まらない。フィリップ・マーゴリンの本は出す本が皆そうらしい。主人公は、苦労して自力で就職した、最高の法律事務所で働く平弁護士のダニエル・エイムズ。だが、その成功は決して磐石ではない。そんな中、彼は製薬会社に対する薬害訴訟を担当することになるが、思いがけない出来事から窮地に立たされてしまう。調査を開始するダニエルの周囲で様々な事件が起き、ついに解雇を言い渡され殺人までおきる。著者は元弁護士だけあって、法曹界の描写はさすがに上手い。帯にあるように、どんでん返しの連続は、確かに次へ次へと先を読みたくなる。しかしその勢いを受け止めるには、ラストの持つ力はやや弱い。主人公の味方に、頼りになる女性が出てきて活躍するのはよくある展開だし。ラストのダニエルの善行も、むしろ無い方が良かったと思う。