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雪の夜話
【中央公論新社】
浅倉卓弥
定価 1,575円(税込)
2005/1
ISBN-4120035840 |
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評価:D
十七才の冬、深夜。和樹は、雪の公園で、白いダッフルコートを着た少女・雪子とであった。美大をでて、印刷会社のデザイナーとして働いていた和樹は、ささいな出来事の積み重ねから、ふいに仕事をやめて帰郷した。和樹は二十五才になっていたが、公園で再会した雪子は十五才のままだった。
不思議な作家さんにあってしまいました。日本語が下手なのに、表現がうまいのです。こういった方は、かつてはアニメの脚本家さんとか漫画家さんとかにしかいなかったものでしたが、ついに小説家にも現れてしまいました。
感じの良い話ですが、内容は、若い頃誰もが悩む、仕事と自分、自分と他人の関係についてのだらだらとした鬱屈感です。そこを超自然的な美少女が現れて優しく叱ってくれるといった設定は、少年漫画によくあるパターンそのまま。結局主人公は才能がある人間だし、まわりの人間もみんな彼に優しいのですから、そう悩むこともないわけで、なんだかぼやんとした、わりとどうでもよい話です。こういうもの、書いてみたいものなんですかねえ。
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しかたのない水
【新潮社】
井上荒野
定価 1,575円(税込)
2005/1
ISBN-4104731013
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評価:A
井上荒野の作品を読むのは4冊目だ。ああ、井上荒野が好きだ。たまらなく好きだ。こんな気分になったのは、恩田陸の1作目と2作目を読み終わった時以来だ。井上荒野がいっしょにいこうと言ってくれるなら、存在しない妻子を捨てて共に逃げたいくらい好きだ。
しかし、いったいどこがそんなによいのだろうか。この連作短編集にしても、登場する人物は全員ろくでなしだし、物語は底意地が悪い。
恩田陸は、今でも巧い作家だと思うし、気になる作家なのだが、3作目を読んだ頃、熱狂的な愛は少しさめた。なんだか手の内が見えてしまったような気がしたのだ。とたんに冷静になった。
そうだ。井上荒野は得体が知れないのだ。平明で癖のない誤解しようのない文体のその向こうに、なんだか正体の知れないものがひそんでいる。手の内が読めない。鍾乳洞の奥にある水を覗くのに似ている。透明で底が伺えそうに思えて、なのにあまりの深さにどうしても正確には見えない。あのくらくらする気分。引き込まれるような目眩。1文字1文字嘗めるように読む。
井上荒野が好きだ。大通りのど真ん中で愛を叫びたいくらい好きだ。
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九月が永遠に続けば
【新潮社】
沼田まほかる
定価 各1,680円(税込)
2005/1
ISBN-4104734012 |
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評価:B-
佐知子の息子・文彦が失踪した。翌朝、佐知子の愛人・犀田が殺された。容疑者は、佐知子の元夫の義理の娘・冬子。第5回ホラーサスペンス大賞大賞受賞作。
読んでいて非常に不安を感じました。内容に、ではなく、この作家さんの将来性についてです。
とにかく、文章がうまいです。はっとするほど的確で新鮮な表現と、手垢がついていると言われるたぐいの言い回しとを、臨機応変自由自在につかいわけています。とても新人とは思えない手際の良さです。いったいお幾つなのだと著者紹介を見ると……はは、どうりでうまいはずです。
しかし一方で小説の内容は、「清純無垢でありながら、男を挑発して獣に変えてしまう女」、「心では嫌がっても、乱暴されて快感の奴隷となる女」、「男から逃げるために、別の男にすがる女」という、あのパターンだなとすぐに思い当たる妙に古い価値観で、新人賞受賞作を読んだ時に良きにつけ悪きにつけ常に感じられる、ある種の違和感や新鮮な驚きがありません。とにかく新人らしくないのです。うーん、不安です。
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背の眼
【幻冬舎】
道尾秀介
定価 1,890円(税込)
2005/1
ISBN-434400731X |
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評価:C
作家の道尾は、訪れた山村で、連続して子供が行方不明になった事件を聞く。最初の被害者の頭部が発見された川原で不気味な声を聞いた道尾は、大学時代の友人真備に相談することにした。第5回ホラーサスペンス大賞特別賞受賞作。
メフィスト賞受賞作みたいな小説ですよ。
本を開けた途端、2段組でびっちりつまった文字に不安になりますが、無駄な描写や余分な会話が多いので、予想よりずっと速く読めます。(選評によれば、応募時点ではさらに余分な語句が多くて、これはけずった後らしいのですが。)
矛盾があったり(心霊現象に懐疑的な探偵なのに、推理の過程で真贋を吟味しないまま心霊現象を前提に話をすすめる)、フェアじゃない(推理材料が探偵だけに明らかで、読者には隠されている)などの欠点がありますが、この小説が目指しているのはミステリではなくキャラ萌え小説なのでありましょう(主役のアイドル化、作品のシリーズ化を意識している気配がぷんぷんする)から、このままで良いのだと思います。
美形の探偵が活躍する話、登場人物が相互に恋愛感情を抱いたり男の親友同士が不必要に友情を強調するたぐいのミステリが好きな、さる筋の愛好家諸氏におすすめです。
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ユージニア
【角川書店】
恩田陸
定価 1,785円(税込)
2005/2
ISBN-404873573X |
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評価:A+
北陸の暑い夏。嵐の午後。青澤家で十七人の人間が殺された。祝いの席で出された飲み物に毒が盛られていたのだ。事件は飲み物を配達した青年の自殺で終わったが、関係者の多くが、真犯人は生き残った美しい盲目の少女・緋紗子ではないかと疑った。事件からおおよそ十年、関係者の証言を集めた本が出版された。呼応するように消される証拠。さらにその二十年後――。
大きな事件、あるいは大きな障害、事故にあった時、人はそれを偶然だとは考えません。何かを失ったかわりに別の物を得るはずだと思ったり、あるいは過去の罪の報いだと考えたり、裏に大きな陰謀があるのではないかと疑うのです。事件関係者の証言という形で提示されたこの小説は、そういった人間の感情を、ぴんと張りつめた糸のような緊張感で緻密に描き出しています。正確な描写は、事件の様相ばかりでなく証言者の人となりまでをくっきりと読者に伝えてきて、まさにこれは恩田陸の小説技法の究極だと言って過言ではありません。最後から2ページ目の最後の1行に込められたもう一つの可能性は、ほんとうに怖いです。
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白の鳥と黒の鳥
【角川書店】
いしいしんじ
定価 1,365円(税込)
2005/1
ISBN-4048735748 |
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評価:A
19のかなり短い小説ばかりで構成された短編集です。どの話もそれぞれ独立で絵本として出版されて不思議はない感じ、といえばわかっていただけるでしょうか。絵本的な、シュールで、感情の底に直接うったえかけてくる、鮮やかな物語ばかりです。
子供向けとしてだすこともできそうな話。艶やかで官能的な大人のための童話といえる話。真面目に読んでいたら最後に冗談でぽんと足をすくわれる話。などなど。とりどりの物語は、どれもくっきりと印象にのこります。それは必ずしも幸せな感想とは限らないけれど。
わたしのおすすめは『しろねずみ』です。滑らかな毛皮のしろねずみと抱き合って眠るのは心地よいだろうなあと、想像してうっとりしました。そういった、肌に直接染み込むような感覚を与えてくれる物語群です。
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笑酔亭梅寿謎解噺
【集英社】
田中啓文
定価 1,890円(税込)
2004/12
ISBN-4087747239 |
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評価:A+
おしい! おっしいなー。不良が落語をやる。師匠は、芸がすごいが借金まれというディテイルまで、クドカンの新しいドラマと設定がかぶっています。ドラマにせよ小説にせよ、制作にものすごい時間がかかるので、これは完全に偶然なんですが。運が悪いなあ。
しかし、この本は読まないといけません。面白いですよ。
緻密に設計された手間のかかった構造を、手間がかかったと思わせない軽やかでとぼけたオチでおとすスタイル。勝手で無茶苦茶でありながら、一本筋が通っていて、根本ではいい人である、魅力的なキャラクター。驚異的にしっかりした描写力。と、田中啓文の良さが、全部出そろっている連作短編集です。あまりにも描写がすごくてかえって読者にひかれていたホラーと違って、これは一般受けも期待できそうな内容ですし。いよいよ啓文さんもブレイクですかねえ。
なによりも、作者の上方落語への愛が感じられるのが良いです。わたしはキレの良い口調に惚れているので絶対東京落語派なんですが、この本を読んでいる内に、一度上方落語も聞きに行きたいなあと思いました。
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遺失物管理所
【新潮社】
ジークフリート・レンツ
定価 1,890円(税込)
2005/1
ISBN-4105900447 |
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評価:B
久しぶりにすがすがしいまでのダメ人間にであった気がしました。遺失物管理所に配属されたヘンリーは、どうやっても真面目に仕事ができないタイプの男です。神父の服装があれば着てみなくては気がすまないし、ナイフ投げ用のナイフがあれば自分を的にして投げてもらわないと気がすみません。出世に興味がなくお金も必要ないといいながら、自分の収入では生活ができなくて、姉に返すあてもない借金をくり返しています。で、人妻に一目惚れして、相手が迷惑がっているのに、デートしようよ、デートしようよとつきまとっています。ほんと、しょうもない奴。でも、悪気がなくて可愛いのです。暴力が嫌いだといいながら、最もハードなスポーツであるアイスホッケーの選手だったりして、格好良いですね。
最近の日本文学の登場人物は、劣等感とそれの裏返しの奇妙に高いプライドとが肥大していて、ヘンリーみたいな自然体の気持ちよさを失っていまいました。なんだかとってもなつかしく感じるのは、日本人と感覚が似ているドイツ文学ならではの味わいかも。
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回転する世界の静止点
【河出書房新社】
パトリシア・ハイスミス
定価 2,520円(税込)
2005/1
ISBN-4309204252 |
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評価:C
いがらしみきおの漫画『ぼのぼの』に、こわい考えになってしまった、というギャグがある。○○なのかもと思いついたら最後、そこからどんどん連想が広がってとんでもなくこわい結論に至ってしまい、冷や汗をかくというものだ。
パトリシア・ハイスミスの未発表作を含む全14作の初期短編集は、こわい考えになってしまう人々の話だ。ちょっとした仕草、些細な出来事が微かな疑惑を生み、そこから思考の将棋倒しが起こってカタストロフィー崩壊に至る。なぜそういったことが起こるのかというと、仮定が、思考の途中で仮定であることを忘れられて事実であると錯覚されることによる。通常そういった思考は、『ぼのぼの』で扱われているように、最初の事象と最終的な結論とのあまりの乖離と非現実感を笑うことになるのだが、ハイスミスの作品では、その思考過程が細かくきっちりと描かれているために、読者は作中人物といっしょになって仮定を事実だと思い込んでしまう。結果、ごく日常的なことがものすごくこわくなるのだ。
なるほどスリラーの女王はこういった手法で恐怖を築きあげたのだなと納得する。
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ドッグメン
【発行 柏艪舎
発売 星雲社】
ウィリアム・W・パトニー
定価 1,890円(税込)
2004/12
ISBN-4434052810
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評価:B-
第二次世界大戦、太平洋での緒戦、米軍海兵隊で活躍した軍用犬とそのハンドラーたちとのノンフィクション。
軍は平時に多くの犬を飼育しておけるほどの経済的余裕はありませんから、これらの軍用犬は民間の飼い犬から急遽徴用されたものです。考えてみてください。あなた犬を飼っていたなら、戦争だからといって、手放せますか? 無理でしょう? 死ぬかもしれないのに。それなのに集めることのできた犬たちは、おそらく飼い主との間に絆がつくりきれていなかった孤独な犬なのだろうとわたしは思います。一方兵士の方も、陸海空の三軍よりはるかに死亡率の高い海兵隊にいるのです。米国社会でうまく受け入れられなかった者や、移民が多いでしょう。はぐれ者同士が戦場でであって助け合って働けば、友情の芽生えないはずがありません。しかしその友情は、一方の死、主に戦場で先に立って歩く犬の方の死で、唐突に終わるのです。
痛みを感じずに読めない物語です。
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