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久保田 泉

久保田 泉の<<書評>>



流星ワゴン

流星ワゴン
【講談社】
重松清
定価 730円(税込)
2005/2
ISBN-406274998X

評価:A
 流星ワゴンは、キツイ現状の中にもユーモアがあるファンタジックな家族小説で、反則ギリギリの上手さで読者の心を掴む小説だ。
 ここには3組の父子が登場する。主人公永田一雄と息子の広樹。妻に裏切られ、息子は引きこもり、家庭崩壊の一雄は゛死んじゃってもいいかなあ゛と思っている。そこにワゴンに乗った幽霊の橋本さんと息子の健太くんが現れる。物語は一雄がワゴン車に同乗し、過去へタイムスリップする所から始まる。更にそこに、余命幾ばくもない一雄の父が、一雄と同い年の姿で現れる。荒唐無稽な設定なのに、胸をつかれ先を読まずにはいられなくなるのはなぜだろう。ラストに近い場面の、゛裏切られたり、夢破られることすら、未来を断ち切られた人から見たら、間違いなく幸福なのだ゛という一文で涙が止まらなくなった。死にたかった一雄の小さくて大きな変化。この想いを届けるために、壮大な家族小説を紡いだ重松清に心から敬意と感謝を表したい。
 


ぼくらのサイテーの夏

ぼくらのサイテーの夏
【講談社】
笹生陽子
定価 400円(税込)
2005/2
ISBN-4062750155

評価:AA
 ぼくらのサイテーの夏は、最高の小説だ。これがデビュー作というのだから恐れ入った。自称ハードボイルドな小学6年生のぼく桃井には、エリートコースから脱落した引きこもりの兄がいる。父は単身赴任、母はいまいち頼りない。ぼくは、キレやすく負けず嫌い。そんなぼくが、謎の同級生栗田に、階段落ち勝負で負けた。ケガをした上、罰として夏休みのプール掃除を命じられた!それも栗田と二人で。こうして始まったサイテーの夏は、栗田の謎と栗田との友情、兄との交流と兄の変化、ぼくと家族、ぼくと世の中を通して、いつしか今しか味わえない最高の夏へとなっていく。
 世間一般の大人は、子供は弱く守らなければ生きられないと思うだろう。しかし、それは大きな間違いなのだ。全くなんだって、笹生陽子は大人なのに、子供のしなやかさ、強さ、サバイバル精神をこんなにリアルに表現できるのだろう。こんな珠玉の作品が文庫で381円!今すぐ全国の親は書店に走り親子で読むべし。サイコーの時間が持てるはず。


素晴らしい一日

素晴らしい一日
【文春文庫】
平安寿子
定価 590円(税込)
2005/2
ISBN-4167679310

評価:A
 素晴らしい一日は、オール読物新人賞受賞の表題作を含めた六編からなるデビュー作で、平安寿子の類稀なる才能の原点といえる一冊だ。平安寿子の小説に登場する女性はみな一生賢明なのに、なぜか人生上手くいかない人ばかり。対して男はダメ男だけど、どこか憎めないヤツばかり。こういうハンパキャラ達が、この作家の卓越したユーモアと重い人生もあっけらかんと描写する巧みさで、イキイキと動き出す。同じく平安寿子を絶賛する北上次郎氏は彼女の作品のテーゼは、「好きに生きればいいじゃん」だと言う。同時に作者は、“人の気持ちがつながるのは、ほんの一瞬だけ。だからその瞬間が大切なんだ”と伝えたいのだと思う。人生どん底でも、幸福の絶頂でもじっと自分を見つめてしまえば、人はみなすっごく独り。それを知らずして、幸せという一瞬は味わえないのだよ、というモチーフが文句なく面白い作品を産み出していく。理屈っぽくてスイマセン。未読の方はこの作品を出発にして、全ての作品をお読み下さい。とにかく元気が湧いてきます!!


猛スピードで母は

猛スピードで母は
【文春文庫】
長嶋有
定価 400円(税込)
2005/2
ISBN-4167693011

評価:B
 長嶋有は、中性的な魅力がある。文体も、登場するキャラクターも。文学界新人賞の「サイドカーに犬」には、薫という姉と弟が出て来るが、読んでいて最後まで、薫が男であっても何の問題もないような気がして仕方なかった。いい加減な父、家を出た母、無邪気な弟、そこに突然颯爽と現れる愛人の洋子さん。それが薫の小四の夏休みの幕開け。設定はかなりどろどろなのに、さらさらとした独特の空気と文体でいつのまにか、長島ワールドに浸かっていることに気が付く。表題作の「猛スピードで母は」も、離婚した母と暮らす小六の慎の、あまり穏やかとも幸福ともいえない日常が乾いた文体で綴られていく。
 そして、両作品に共通しているのは、突如その淡々とした中に飛び込んでくる涙のシーンだ。それは、サイドカーの中では、洋子さんが果物を食べながら流す涙で、猛スピードの中では、母が慎のためにした、ある大胆な行動の後に流す慎の涙だ。均衡を破るようなその涙でさえ、長嶋有が描くと音もなく流れる。長嶋有という個性はなかなかに曲者だ。


格闘する者に○

格闘する者に○
【新潮文庫】
三浦しをん
定価 500円(税込)
2005/3
ISBN-4101167516

評価:A
 近著「私が語り始めた彼は」で、とても20代とは思えぬ作者の、老練な上手さに舌を巻いたが、作家三浦しをんの出発点である本作品は、明るい語り口で作者の魅力が存分に詰まっている。大学生活で一番頑張ったのが、漫画を読んだこと。だから、漫画雑誌の編集者になれたらいいなあ、という太平楽な女子大生可南子の就職活動を通じて格闘する日々を、ぐいぐい読者を引っ張る面白さで描いていく。状況設定や、キャラクター、エピソードの全てが、三浦しをん色に彩られていて、ものすごーくユニークなのに、あるあるこういうの……とうなずかされてしまう。ページをめくる手がスピードを増し、ニコニコ笑い出す。可南子の就職は全く決まらず、訳ありの家族のお家騒動には巻き込まれ、年の離れた書道家との恋は終わり、友人はみなマイペース。それでも、可南子は毎日ちゃんと体を動かし、自分を信じて生きてく。そして、何かが確かに変化していく。太鼓判を押したい、いい小説です!そしてぜひ他の作品も読んで、三浦しをんの才能にビックリして下さい。

泳ぐのに、安全でも適切でもありません

泳ぐのに、安全でも適切でもありません
【集英社文庫】
江國香織
定価 480円(税込)
2005/2
ISBN-4087477851

評価:B
 江國香織の作り出す世界は、明らかに誰にも真似出来ない麻薬的な魅力があり、はまる人はそこにどっぷりはまり、抜け出られなくなるのだろう。愛にだけはためらわない、10人の女たちの物語を集めた、短編集からなる一冊という。帯びの惹句に、“愛し過ぎた女たち”ともある。しかし、私にはむしろ〈愛の限界を知っている女たち〉に思えてしまう。今こう書いて、いや、どちらも同義語なのかもしれない、、とふと感じた。江國香織の作品を読むといつも強いイメージが湧く。美しい夕暮れの茜雲、ふわふわキラキラ浮かぶしゃぼん玉、ぴかぴかに磨き上げられた大理石の床…どれも実際に存在するものだけど、直接手では触れようとはしないもの。傷口から血は出ていないのに、どこかが痛くて仕方ない。江國香織は、良くも悪くも彼女固有のイメージが強すぎるのだと思う。必ず載る、アンニュイな著者近影は、そのイメージに拍車をかける。私のように、やや引いてしまう人間には彼女を語る資格はないのかなあ、と潔くあきらめます〜。ごめんなさい!


ランチタイム・ブルー

ランチタイム・ブルー
【集英社文庫】
永井するみ
定価 580円(税込)
2005/2
ISBN-4087477886

評価:AA
個人的にずっと気になっていて読んでみたかった作家です。ランチタイムブルーは、30歳を目前にして、転職してインテリア・コーディネーターを目指す庄野知鶴が主人公。
 8作の連作からなる本作のジャンルは、色んな面白さが詰まった宝箱みたいで、一言では表せない。働く女のワーキングストーリー、恋愛、ミステリー、ドラマあり。一作だけ殺人事件が起こるが、他は大きな事件や強烈なキャラクターが題材になるわけではない。インテリア・コーディネーターという職業柄、本来入れない他人の家というものにかかわっていく知鶴。隣の芝生は青く見える、と言うように他人の家というものこそ、身近にあって最大の謎だということに着眼した、永井するみの鋭さとセンスの良さはさすがだと思う。仕事にも恋にもよろよろしていた知鶴が序々にたくましくなる過程がいい。1ページごとを大事にめくりたくなる本だ。私はこんな小説に出会いたくて日々本を読んでいるのだ。非常に幸せです。断言します、永井するみは凄くいいぞ!早速、他の作品も読まなければ。


耽溺者(ジャンキー)

耽溺者(ジャンキー)
【講談社文庫】
グレッグ・ルッカ
定価 1,000円(税込)
2005/2
ISBN-4062749823

評価:B+
 強烈なシグナルがずっと点滅して、めまいがしそうなハードボイルド小説だ。本書はそもそも、ボディガード、アティカス・コディアックを主人公とするシリーズの番外編。主人公はそのアティカスの恋人、私立探偵ブリジット・ローガンだ。恐ろしく口が悪く、恐ろしく性格がきつく、男勝りの凄いキャラクターのブリジット。そして、その裏に隠された、この人格を形成したともいえる暗く重い過去。実はブリジットとこの過去との闘いこそが、作品の中枢になっている。物語は、ブリジットの古い友人で、更生中のジャンキー(麻薬中毒者)ライザから、救いを求める電話がかかってくることから始まる。
“殺るか、殺られるか”の窮地に陥った友人を助けるために、まさにすべてを投げうって、極悪非道な麻薬組織に単身闘いを挑むブリジット。読了後、ジャンキーは死ぬまでジャンキーというセリフが頭から離れなくなった。犯罪よりこの事実が胸に痛すぎた。


悪徳警官はくたばらない

悪徳警官はくたばらない
【文春文庫】
デイヴィッド・ロ−ゼンフェルト
定価 810円(税込)
2005/2
ISBN-416766190X

評価:C
 個人で開業する弁護士、アンディ・カーペンター35歳。恋人は、アンディの法律事務所で唯一の調査員ローリー・コリンズ。事の発端は、汚職警官という悪い噂の耐えないアレックス・ドーシーが首を切り落とされ、胴体が焼かれるという凄惨な事件だった。警察に在職時、ローリーはアレックスの汚職を告発し、それで警察にいられなくなったという因縁がある。事件の翌日、突然事務所を訪れた男が、自分がアレックスを殺したと言いアンディに弁護を依頼した。それが深い悪意を込めた最初の罠で、なんと恋人のローリーがアレックス殺しで捕まってしまうのだ。ローリーを救う為、アンディが奮闘する法廷場面が多いが、圧巻はもちろんラストだ。全体を通して、事件や裁判シーンがあってつまらない訳ではないのだが、ハラハラもしない。よく言えば、どこでページを止めても大丈夫な小説。ちょこちょこしか読書出来ない人向けの本なのでしょうか。


ヘンリ−の悪行リスト

ヘンリ−の悪行リスト
【新潮文庫】
ジョン・スコット・シェパ−ド
定価 860円(税込)
2005/1
ISBN-4102151214

評価:A
 洗練されていてウィットにも富んでいて、楽しんでページをめくっていると、ふいにダーっと読者の涙を溢れさせてしまうような、まさに快作だ。
 題名から内容が想像もつかないところもいい。主人公は企業乗っ取り会社で、暗殺者の異名を取る冷酷無比なヘンリー・チェイス。そのパワーの源は、かつて自分を捨てた故郷の恋人への憎しみだけだ。その憎しみが誤りだった事に気付いたヘンリーはショックのあまり身を投げようとする。そこへ現れたのが自称心理学を専攻する謎の学生ソフィー。良心を取り戻したヘンリーは、ソフィーとの贖罪の旅で、ヘンリーがかつて深く傷つけた人達から許しを得られるのだろうか。このテーマを巧みなエピソードでラストまで引っ張る作者の瑞々しい力量が心地よい。
 読むうちに、死ぬほど嫌なヤツだったヘンリーにどんどん情が移っていく。“過去にこだわるのをやめれば、それだけいまを生きることができる”こんなストレートなメッセージに泣きながらうんうんとうなずく自分がいた。ちょっと恥ずかしい…