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吉田 崇

吉田 崇の<<書評>>



流星ワゴン

流星ワゴン
【講談社】
重松清
定価 730円(税込)
2005/2
ISBN-406274998X

評価:C
 巻き込まれ型の主人公が夢オチの変形版のストーリーをたどり、壊れかけた自分の家庭を立て直し始めようとする物語です。つまらなくはありません。三十も半ば頃の妻子持ちの男性だと、結構共感出来るだろうという気がします。
 うっすらと死にたいと考えている主人公が、5年前に交通事故死した父子の運転するオデッセイでこの最低な現在を作り上げたターニングポイントとなる過去へとドライブするのがメインのストーリーなのですが、これが欧米の作家だったら、運転席には神様かその関係の存在を座らせるのだろうな。車は真っ赤なオープンスポーツで、神様役は白いタキシード姿のモーガン・フリーマンで決まり。主人公はもう少しメリハリをつけて、やっぱりジム・キャリー。なんかどっかで見た様な………。
 結論、良くも悪くも凄く現実的で日本的なファンタジー。 
 


ぼくらのサイテーの夏

ぼくらのサイテーの夏
【講談社】
笹生陽子
定価 400円(税込)
2005/2
ISBN-4062750155

評価:D
 僕はポケモンが好きで、その映画シリーズなんて良くできたお話だと感心したりもするのだけれど、結局、児童文学というジャンルも「子供だまし」ではダメだという事。児童文学に特有の創作上の枷を上手く使って、ジャンルを超えた物語を作り上げなければならない。 このジャンル、キャラクター設定が割とストレートで、当然感情も分かりやすくなる。人物の喜怒哀楽は、読み手にその分くっきりと伝わってくるので、多分この辺、書き手にとっては両刃の剣、大人が読んでも面白い児童文学というのは、案外この辺の処理が鮮やかなんだろうなという気がする。
 で、この作品、ノスタルジアはあるけど、欲を言えば、もっと強い感動が欲しい。結局、キャラの設定が変に現代っぽくて、主人公が大人びた傍観者になってしまい、だからストーリーが読み手の近くに来ないのだ。同性同士の友情だけじゃつまらない。


素晴らしい一日

素晴らしい一日
【文春文庫】
平安寿子
定価 590円(税込)
2005/2
ISBN-4167679310

評価:B
 これは、いい。
 何より言葉のリズムがいい。『オンリー・ユー』の中の「社長! しゃちょお! チッ……クショー!」の部分で思わず手をたたいてしまった。会話にも、描写する文章にも、無駄が無く、必要十分な言葉達がぐいぐいと物語を進めていく。文章のリズムのいい作家の作品は安心して読む事が出来る気がして、それは作品世界に対する作者の気配りが行き届いているという感覚のせいなのだけれど、たとえて言えば、超一流ではないにしても昔から良く通っているおいしいレストランのシェフの料理。読み終わると、暖かくて幸せな気持ちになれる。
 毎度ながらの不勉強で、著者の作品は初めて読むのだけれど、この短編集以外のものもきっと面白いんだろうな。「二十一世紀とともに生まれた新世紀のユーモア作家たる」平安寿子には、注目したいと思います。
 


猛スピードで母は

猛スピードで母は
【文春文庫】
長嶋有
定価 400円(税込)
2005/2
ISBN-4167693011

評価:C
 文學会新人賞受賞作の『サイドカーに犬』と芥川賞受賞作の『猛スピードで母は』の2作品の収録された本書、何とか賞受賞というのにめっぽう弱い僕としては、ずいぶんと期待を込めて読み始めたのですが、さららっと読めて、読後感は「む?」って感じ。つまらなくはありませんが、つまらなくなくもない。
 子供の視点で見た、ちょっと一般的でない大人達の世界。片親だったり愛人という存在が出てきたりと、ま、子供自身にとっては大して意味のない現実ですが、現代の日本の中ではちょっと不幸せというイメージ付けがされる様な親子関係が客観的に、時にユーモラスに描かれています。登場人物はそれぞれくっきりとした輪郭をもっていますし、平明な文章は、嫌みなく作品世界を伝えます。読みやすくて、本自体が薄いので、さららっ。「む?」っていうのは、「だからどうした?」って言うのとおんなじ感覚なんですが、自分も同じ様に育ってきてるもんで、なんか表面だけ撫でられた様な感覚で期待はずれ。本当はその底の方に面白いモンがあるはずなのになぁと考える次第。
 ちなみにサイドカーには熊だと思うのは、僕だけでしょうか?



格闘する者に○

格闘する者に○
【新潮文庫】
三浦しをん
定価 500円(税込)
2005/3
ISBN-4101167516

評価:C
 またまた不勉強な所をさらけ出してしまい申し訳ないのだが、この著者の本を読むのは今回が初めてで、現在どのような作品を書いていらっしゃるのかも知らない。で、評価は真ん中。僕のCは随分と幅広く設定しているつもりなのだが、その丁度、ど真ん中。非常に語りにくいポジショニング。
 食べた事ないけど、ちゃんこ鍋、あるいは闇鍋。なんだかいろんな具が入っていて、多分食材としてかなり高級なものを使ってるんだろうけれど、全体にさらっとした味付けだけが舌に残る。
 解説によると文学新人賞経由ではない作家という事で、欧米的なプロフェッショナルな香りを期待したのだが、良くも悪くもそれは裏切られた。日本的情緒のスラップスティック、的をえてない気もしますが、そんな感じのする作品です。


泳ぐのに、安全でも適切でもありません

泳ぐのに、安全でも適切でもありません
【集英社文庫】
江國香織
定価 480円(税込)
2005/2
ISBN-4087477851

評価:C
 こういう作品を好きだと言ってしまうと、いい年こいた男としてはちょっとばかし気味が悪いのではないかと思ってしまうのだが、しょうがないやね、面白いんだから。結構好きです。
 十編からなる短編集ですが、全てが年齢の多寡はあれ女性の一人称で書かれています。その上テーマが恋愛だったりすると、感情移入して読んでいくのは気恥ずかしい場合の方が多いのですが、この作品集では書き手と語り手の間がしっかりと確保されていて、親父年齢の僕でも照れることなく物語に没頭する事が出来ます。共感がある訳ではないのですが、とにかくこの著者のシーンの切り取り方の上手さを感じました。人生の中のある一瞬だけで十分に永遠と等価になる、そんな一瞬をトリミングする。これは技術ではなく、センスですね、非常にカッコいい。
 ただ、登場する女性達が必要としている男性がどれをとってもヤな感じで、この評価。もうちっと、ビシッとした男を登場させればと思いつつ、あ、そうなるとこの物語世界にはならないわなと、納得してペンを置く。



ランチタイム・ブルー

ランチタイム・ブルー
【集英社文庫】
永井するみ
定価 580円(税込)
2005/2
ISBN-4087477886

評価:C
 始めはユーモア小説かと思ったのだ。頼んでもない仕出し弁当を用意しろという上司の無理難題に、昨日の残りの弁当を食べさせるOLなんて、生活感溢れたユーモア小説的出だしだと思うのだ。でもこれは、ミステリーなのです。
 主人公は新米インテリアコーディネーターの千鶴。ごく普通のOLです。彼女を軸につづられる連作短編集が本書。ですから、事件自体も割と身近なものが多く(一人死んじゃいますが)、癖のある探偵やら刑事やらも出てきません。日常生活の中の謎がクリアになっていく、そんな過程を楽しむ事が出来ます。結局、ミステリーって人間関係を描くそのやり方の事だと思うので、こういう設定もありなんだなと、妙に感心しました。
 連作短編のいい所は、キャラクターと次第に多角的に分かり合えること。長編だと身構えてしまうのでこうはいかない。登場人物といい友達になれそうな小説です。


耽溺者(ジャンキー)

耽溺者(ジャンキー)
【講談社文庫】
グレッグ・ルッカ
定価 1,000円(税込)
2005/2
ISBN-4062749823

評価:B
 まったく不勉強な僕ですが、今回そういう言い訳もなしに断言します。この本は面白い。
シリーズ番外編という事で、読み始める時に少し抵抗があった(本編読んどかなきゃまずいんでないか?)のですが、大丈夫、主人公ブリジッドの格好良さのおかげでほとんど一気読み。493ページでは危うく泣いちゃうとこでした。こんな事は滅多にありません。
『ジャンキー』といえばウィリアムズ・バロウズの同名長編、今となってはまったく記憶がない。泣けちゃう小説はディックの『暗闇のスキャナー』(サンリオ版)、これはLSDだったかな。女性私立探偵といえばサラ・パレッキーのヴィク、こちらは格好良さよりも大人っぽさの方が感じられるが、でもストイックな感じが似ている。
  まったくつながりのない文ですが、要するにこの作品、今月のナンバーワンだという事。良くできたプロット、語り手の変化によるテンションのかけ方、ジャンキーという存在の哀しさ、その哀しさをあえて飲み込むブリジッドの強さ、ええい、細かい事は言いません、これは必読。



悪徳警官はくたばらない

悪徳警官はくたばらない
【文春文庫】
デイヴィッド・ロ−ゼンフェルト
定価 810円(税込)
2005/2
ISBN-416766190X

評価:C
 この作品、シリーズ第二作らしく、毎度の不勉強で第一作を読んでいない僕としては評価する事に腰が引けるのだけれども、勇気を持って言うならば、つまらなくはないけれどもどっちかというとつまらない。幅のあるCの中の下の方の評価です。あ、本の代金分は楽しめますので、その辺はご心配なく。
 この作品、どうにも悪い意味でTVドラマな感じがするのである。「ふっ」と鼻先で笑える程度のユーモア、なんだか事件が関係者の間だけで完結してしまう理不尽さ、プロットが緻密に考えられているだけにそういう部分が鼻につく。お話の中を転がされている事に気付く、その苛立ちとでも言えばいいか。出来ればそんな事に気付くことなく、ページを閉じて、ああ、面白かったと、つぶやいてみたいのだ。
 多分、第一作の方は面白いのだと思う。内輪の事件という設定もキャラクターの定着と兼ねてやれば効果的だと思うのだ。そういう訳で読みたい本リストに書き込む。


ヘンリ−の悪行リスト

ヘンリ−の悪行リスト
【新潮文庫】
ジョン・スコット・シェパ−ド
定価 860円(税込)
2005/1
ISBN-4102151214

評価:C
 考えてみれば、凄いオチなのである。こんなのありかよ、と思ってしまうのである。ヘンリーが可哀想じゃん、と感じてしまうのである。でも、本人が満足ならそれでいいか、と妙に納得したりもするのである。結局、幸福の基準は人それぞれということで、不幸の基準というのもこれまた同様。悪行も善行も、本人の気分次第だったりする訳で、主人公ヘンリーが、自らの過去に犯した悪行をリスト化した時点で、この物語のトーンがハッピーなものに決定する。乗っ取りだの買収だのをする会社の若き重役で、『暗殺者』などと呼ばれて崇拝されているヘンリーが、こんなささいな悪行だけしか犯していない訳がない。リアルに考えれば、今更謝ろうにもその相手はあの世に引っ越した後だったり、もっと言えば顔も名前もない相手だったりもするだろうから、なるほどそれでは話にならないのだ。
 唐突ですが、楽しく読める小説です。