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ナラタージュ
【角川書店】
島本理生
定価 1,470円(税込)
2005/2
ISBN-404873590X |
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評価:A
22歳のこの非常に若い作家が恋愛の本質をついているなぁ、とひたすら感心する。手垢のついた言葉だが、作品には透明感があり嘘や誤魔化しを排除した視点があり、それでも尚且つ見事な恋愛小説となっている。全編、純粋に思い詰めた気持ちと大人の視点が同居する。泉は忘れられない恋を回想する、大学2年の春、高校時代から好きだった演劇部顧問の葉山先生からの1本の電話が始まりだったことを。この教師と元生徒という設定自体がありがちで、ダメ男・葉山の優柔不断さからも過去としてバッサリ切り捨てて先に進むことも出来るはずなのだ。でも泉は過去を自分の中に取り込みながら生きていく決心をする。恋愛という特殊な感情を振り返って冷静な判断で見直すということが、逆に過去を歪めてしまうことを知っているようだ。辛い恋なのにその気持ちをありのままの姿でとどめ、いつか自分の中に自然に吸収されるまで待とうとする。その人を愛した気持ちには実体があったこと、どうしようもない事実だと受け止める強さと純粋さと哀しさに満ちている。
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グランド・フィナーレ 【講談社】
阿部和重
定価 1,470円(税込)
2005/2
ISBN-4062127938 |
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評価:D
この作品の薄気味悪さの種類は、語り手である罪悪感の薄い男の鈍感さにある。ナボコフの『ロリータ』の一人の少女に対する狂おしい思いとは異なり、無自覚で見境のないところに別の恐ろしさと腹立たしさがある。小児性愛者の実情は少年少女に執着しているというより、この男のように子供=身近な弱いものに向うのが大半なのだろうと思いながら読み進む。子供は非常に犬と似ていて親や力を持つ大人(飼い主)の要求を敏感に察知し、大抵の事なら無理をしてもその意に沿うよう行動する、それがあたかも自分の意思であるかのように。それを曲解し性的な要求をすることが、どれほど非道な振る舞いなのか全く解っていない。大人と子供の間には性的合意などは絶対に存在しないし、これほど受け止める「現実」に果てしない距離がある正反対の立場もない。その前提で作品として評価は、そんな酷い人間を描いてこの結末、どんよりした不快感が大きく残ります。
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だいこん
【光文社】
山本一力
定価 各1,890円(税込)
2005/1
ISBN-4334924492 |
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評価:B
上手い作家だなぁ、と唸ってしまう。ちょいと堅気じゃない雰囲気がする時代小説。
鉄火肌で器量よしの飯炊き上手、江戸で人気の一膳飯屋を切り盛りするつばきは26歳、根っからの苦労人。これだけの店を構えるまでを子供時代からの回想で辿る細腕繁盛記。大好きなおとうちゃんが博打で借金をこしらえた。いくら腕の良い大工でも月々の利払いに3人の娘がいる苦しい生活、長女気質で責任感が強いつばきは懸命に生きる。ここらへんが作家の見せ所、みじめな話にしないでまっすぐ上を向いて生きていく。ヤクザ者とも大店の旦那とも渡り合う。おかあちゃんは腹を立てながらもおとうちゃんの事が好きだから家族の心は離れない。利口で勝気で頑張り屋のつばきは上手い飯を作り自分の運命を切り開いていく。女は女の分をわきまえ男を立てつつ母親みたいな愛で包むしっかり者、なんと時代錯誤的都合のいい女って側面もあるが時代小説かぁ、納得。ダメ男の夢の女です。
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最後の願い
【光文社】
光原百合
定価 1,890円(税込)
2005/2
ISBN-4334924522 |
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評価:D
この作品は永遠の青春を生きる強い意思表示か、それとも職業青春小説か、ふ〜む。非常に学芸会的なワイワイした雰囲気で話が進むが、最後までその輪に入ることが出来なかった。劇団φの座員集めを7編の連作短編仕立てにし読み通すと一つの話の流れを作っている。読みやすく軽やかな調子で進み「日常に潜む謎の奥にある人間ドラマ」が展開される。その中にあるわだかまった部分を解きほぐすのが劇団の主催者、度合と風見だが、これが非常に浅いレベルで完成されている人間のように感じてしまう。人の心の中に土足で踏み込んでひょいひょいと洞察力を披露する。これを可愛げのある鈍感さとみるか、小賢しいとみるかは読み手次第だが、私は後者のほう。時間をかけなければならない問題も簡単に結論を導き出すし又人の心も簡単に折り合いをつける。年齢による集合化で読者層が決まるか否か、この作品に関してはもっと別のくくりがあるような気がしてならない。
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神狩り2 リッパー 【徳間書店】
山田正紀
定価 1,995円(税込)
2005/3
ISBN-4198619905 |
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評価:A
30年ぶりの『神狩り』の続編。今回『神狩り』から読み始め、先ずその神の絶対的悪意と対する人間の誠実さが雑じりあったパワーに驚いた。さて本作だが冒頭から凄すぎる。体重が90キロから100キロ、翼幅が40メートルと推測され、怪物ともガーゴイルとも例えられる巨漢の天使が人間を襲うのだ。信じられないという思いと滑稽だと笑おうとする努力を押し退けて、恐怖が頭の中でグルグル旋回し始める。それほど猛々しく強烈な力にひっぱられどんどん話にのめり込んでいく。前作の登場人物にも30年の歳月が刻まれ思わぬ変容をみせている。新しく加わった人々も正体の知れぬ不気味さがある。時代や視点がどんどん転換し複雑さが増していくにつれ、頭は混乱し始めるが高まった高揚感が衰える事は無い。そのまま複数の伏線と人々が凄い勢いで加速しながら、これまた一体何処に行こうとしているのか?というラストへと文字通り突っ込んでいく。迫力に圧倒されます。
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カーマロカ 将門異聞
【双葉社】
三雲岳斗
定価 1,785円(税込)
2005/1
ISBN-457523513X |
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評価:B+
平将門は生きていた!?とんでもない話の予感がするが(実際とんでもない展開)これが非常に面白く夢中で読み進む。この作品の最大の良さはストーリー展開に気をとられ人物造形がなおざりにされていないこと。将門を取り巻く人々を、味方でも敵でもその置かれている立場と心情、その鮮烈なキャラをキッチリと書き込んでいる。それがあるからこのトンデモ話に引き込まれてしまう。甲斐の国で3人の不審者が捕らえられる。近頃、反逆の大罪人、平将門を名乗る群盗が出るからだが、彼らの一人は本物の将門だった。生きていてはいけない人物の出現に、あらゆる思惑を持った人々が集結してくる。将門の目的は?供のもの正体は誰なのか。菅原道真公の子供?、陰陽師、怪しい術を使う天台宗の僧兵、不死なのか異国の相をした美しい女、そして将門のいとこ貞盛など虚実入り乱れた人々が戦うが、読了後も爽快感がのこる仕上がりとなっている。オマケにあの陰陽師も登場。
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横須賀Dブルース
【寿郎社】
山田深夜
定価 1,575円(税込)
2005/2
ISBN-4902269120 |
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評価:C
これぐらいの心意気があれば、生涯青春してもいいよなぁ。と途中までは思う短編集。(最初エッセイかと思った)トリスとバイクが好きで風呂が嫌いというカッコつけ男は、不良中年で名前も山田さん、否が応でも作家と重なる。どの作品も5頁から10頁という短さだが、見事にオチがついており、現実とノンフィクションを行き来したような、ありそうな話と上手過ぎる話が交じり合う。一見強面の山田さんは物凄く真っ当で、みかけは怖いけど実は優しい人を絵に描いたような存在で、どの話も人情味に溢れている。でも読み進むに連れて、どこか作ったような話(当たり前だが)は、訳知り顔のご意見番気取りが少々鼻についてくる。きっと一本気な人なのだろうな、と思う。でもこの真剣に良い人っていうのが時には一番厄介な人間で、一番怖い人間なのだとも思ってしまう。
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河岸忘日抄
【新潮社】
堀江敏幸
定価 1,575円(税込)
2005/2
ISBN-4104471038 |
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評価:A+
美しい文章で綴られる異邦人の物語。フランスは好きだけどフランス人は嫌い、かなわぬ屈折した片思い。そう人間が自分を孤独だと感じる最適な場所フランスが舞台。もちろん完璧な孤独を望むなら孤島の方がいいのだが「彼」は細い絆を断ち切れずにいる。話は淡々と進み創作なのか読書エッセイなのか区別がつかないまま彼の心と一緒にゆらゆらと漂い続ける。フランス(自分を異邦人と感じる場所)、住まいは河に浮かぶ船(船出を待つ?地にも足が着かない中間地点)、話をするのは郵便配達夫(世界への窓口)、大家(老師、父の視点)、枕木さん(先を行くもの?)と配置される。話は逸れるがバブル絶頂期、ある有名シェフが「大人の財布と子供の心」で味わってほしいと言うのを聞いて上手い答えだと感心する一方で限りなく疑わしく感じた事がある。果たしてそんなものは同居するものなのか?それは安定した職業と作家という二束のわらじをはいた多忙な作家の「偏りを補正しない」ままためらい続ける贅沢にも通じ、それでも「自然発火のときを気ながに待つ」彼の姿がそのまま素晴らしい文学作品としてその答えになる。なんと羨ましいことだろう。
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彼方なる歌に耳を澄ませよ
【新潮社】
アリステア・マクラウド
定価 2,310円(税込)
2005/2
ISBN-4105900455 |
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評価:AAA
マクラウド待望の長編。以前短編集を読んで動揺してしまった事がある。強烈に惹かれているのに何故か反発してしまう。心の奥深くにしまい込んだどうしようもないところにまで彼の静かな言葉が直接語りかけてくるのだ。スコットランド系カナダ移民「赤毛のキャラムの子供たち」その6世代にわたる一族の物語。人生の深みがそのまま言葉となり心に沁み入る。「情が深すぎて、がんばりすぎる」人々と茶色い犬たち。その気質をしっかりと受け継いだ長兄がいる。今は酒浸りの生活をおくる彼を弟で語り手である「私」が訪ねるところから物語は始まる。思いやり深くて強い彼が何故そんな生活を送るようになったのか。読み進むにつれ言葉の中に閉じ込められ浄化された美しい世界に感動しても、恐らく実際にはそれらを見分けることが出来ない私自身に苛立っていた事に気付いていく。見失ったものを知らされるのだ。彼らのことを自分の中の血肉として記憶したい。彼らの毅然とした優しさの前では安心して子供のように素直に泣けた。忘れていた感覚を少し取り戻した時「誰でも、愛されるとよりよい人間になる」ことが万感の思いで突き上げてきた。
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比類なきジーヴス 【国書刊行会】
ウッドハウス
定価 2,100円(税込)
2005/2
ISBN-4336046751 |
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評価:B
舞台を見ているような非常に様式的かつ明朗な喜劇、役割の単純明快さから吉本新喜劇を思い出してしまう。そしてやはりお約束の場面で笑ってしまうパブロフの犬状態。喜劇は社会風刺やどうしようもない現実を揶揄する側面がある為、イギリス紳士(バーティー)と召使い(ジーヴス)の取り合わせは格好の素材。本当によく頭のまわるジーヴスと、彼なくしては降りかかる様々な災難を解決できないバーティ、その友人で幸せな(?)恋愛体質のビンゴ、お節介なアガサ伯母さん(名前が良い)などなど役者は揃っている。バーティとジーヴスの会話は、それぞれ忠実に自分の立場を演じているからこそ一層人を喰ったような面白さが際立つ。バーティだって愚か者ではない、ジーヴスの才覚を認め彼が自分を出し抜いているのも承知の懐の深い男なのだ。そこがこの作品の入れ子になった深みであり愛される喜劇たる所以だと思う。只、残念なのはイギリスの匂いがあまりしないこと、読んで一瞬の間の後、皮肉がしみわたるようなイジワルなひねりが翻訳にも欲しい。
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