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WEB本の雑誌今月の新刊採点ランキング課題図書

磯部 智子の<<書評>>


モーダルな事象
モーダルな事象
【文藝春秋】
奥泉光
定価1950円(税込)
2005/7
ISBN-4163239707
評価:AA
 500頁を超える長さを吹きとばす抱腹絶倒本。探偵小説にしてキャンパスノベヴェル、SFにしてパロディ小説。計算されつくした端正にして軽妙な文章から絶え間なく繰り出される皮肉とひねりに、読んでいる間中笑いが止まらなかった。東大阪のしがない短大の冴えない万年助教授、桑幸のもとに、ある童話作家の遺稿が持ち込まれ、そこからてんやわんやが始まる。「癒し系」ブームにのって一気にベストセラーになり、監修者である桑幸は一躍時の人、有頂天になったのも束の間、編集者は首なし死体で発見され、桑幸を疑う元夫婦刑事(これが傑作)が登場するやトラベルミステリの様相も見せ始め、アトランティスのコイン、時空を超えて迷走するトホホ男、桑幸の妄想などてんこ盛り状態。その上ストーリーとは関係ない作家の遊び心ある衒学的横やり(?)まで入り、文学版ノリツッコミとも言うべき複数の「視点移動」による描写と共に、事象の多面性を見事に浮き上がらせる。楽しさと遊びに溢れたこの作品、更に人を喰ったようなオマケまでついています。

土の中の子供
【新潮社 】
中村文則
定価1260円(税込)
2005/7
ISBN-4104588040
評価:B
 芥川賞受賞作、真剣に誠実に純文学。子供の頃に受けた虐待の記憶、あまりに深く傷ついている為、表面は静まり返っている。止まった時間の中でのたうちまわり、自分が受けた傷の代償を回りに求めたりせず、彼は平凡な日常をタクシーの運転手として暮らしている。そんな彼が同棲する白湯子(さゆこ…)もある出来事から不感症になり、隠れて飲む多量の酒とともに生きている。その姿は傍目には何事もなかったかのようでありながら、ひたすら自分自身を嫌悪し虫ケラのように感じているという脆弱な基盤のうえに成り立っている。出口を閉ざされたマグマは、被虐的なかたちをとったり、夜中に酷くうなされたりフラシュバックし、今も確実に心と体が覚えている事を知らせ続ける。子供時代に存在そのものを否定された残酷さと、それでも心のどこかで生きたいと渇望する人間の姿を通して、染み付いた恐怖の「克服」の安易ではない道のりの声にならぬ叫びが胸を打つ。

SPEED
SPEED
【角川書店】
金城一紀
定価1155円(税込)
2005/7
ISBN-4048736264
評価:A
 疾走感のある青春が描かれ読後は爽快感に包まれる。現役の高校生が、この作品を面白いと思うか、全くありえないと思うかは解らない。(いや絶対面白いはず!)でも現在の私が、かつて経験した事も無いような出来事を懐かしみ、羨望をこめて振り返る10代の姿が、時折ドキッとするような台詞とともに描かれている。佳奈子は16歳の女子高生、有名お嬢様進学校に通い、パパは一流商社勤務、ママは優しく物分りがよい。与えられた環境に不満は無く生来の真面目な性格で、引かれたレールの上を平凡に歩く毎日を送っていた。それがある事件から「世の中の仕組み」に疑問を持ち、見て見ぬふりを出来なかったばかりにゾンビーズと共に渦中へと飛び込んでいく。このたたみかけが自然でテンポがよくワクワクする。親や世間が憑依して、あたかも自分で考えたかのように受け入れていたことは一体何だったのか?それがズシンと胸に落ちてくる。「きちんと怒り続ける」ことの大切さと格好よさが上滑りしない痛快作。作中話題になる映画『リトル・ダンサー』を私も好きで「いつか、おまえのジュテ(跳躍)を見せてくれよ」の一言にはホントしびれました。

はなうた日和
はなうた日和
【集英社】
山本幸久
定価1575円(税込)
2005/7
ISBN-4087747670
評価:B+
 軽妙洒脱な8編の短編、世田谷線沿線を舞台に、平凡な日常の中にある傍目には解らぬちょっとした事件が描かれている。ありがちな話かと読んでいると、思わぬ味付けで微妙に一線を画している。『犬が笑う』は、16年間勤めた会社を辞めた38歳の陸子がスナックで働き始めて3ヶ月。元の上司で病死した不倫相手の妻が今更怒鳴り込んでくる。更に驚く事に元上司は陸子も入れて12人もの相手と不倫しており、しかも全員顔が妻にそっくりだという。これはホラーか?いやいやこれが厄払いになる結末。『ハッピー・バースディー』は定年退職を前に美人の若い女性部下に「殴って欲しい人がいる」と持ちかけられ……ほろ苦さとその後の憑き物が落ちたような爽快感がどの作品にも共通する。其々独立した話でありながら、ふと別の物語の人物が風景のように現れたり、世田谷もなかや超絶戦士(!)がリンクしたり、同じ沿線に住む人々の近くて遠い距離感も見事に表している。

さよならバースディ
さよならバースディ
【集英社 】
荻原浩
定価1680円(税込)
2005/7
ISBN-4087747719
評価:B-
 サルが人間の言葉をしゃべる?…いや話はしないが言語を習得しコンピューターを使って人間と対話するボノボ(ピグミーチンパンジー)バースディ(名前)が主人公。そういえば度々TVでも紹介された京大のアイちゃんがすぐ思い浮かび、あながちありえない話では無いようだが、研究員の不審な死をめぐりバースディだけが目撃者か?というミステリ展開を予想さす帯のうたい文句に際物の心配が付きまとう。導入部は流石に上手く、人間の3歳児程度の知能を有するバースディがいかに愛らしく賢い存在であるかが、もう一人の主人公である心理学者の田中との深い結びつきとともに、すんなりと納得できる。また事件の伏線ともいうべき大学内部の権力構造、怪しいライターの存在などが興味をひくのだが…。やはり田中が恋人の死の真相を探るあたりから強引な感じが否めず、結末に至っては感情過多な点と上手さゆえの作り物感で、いくらなんでもそりゃないだろうとツッコミを入れてしまった。

震度0
震度0
【朝日新聞社 】
横山秀夫
定価1890円(税込)
2005/7
ISBN-4022500417
評価:B
 表紙に大きな桜の代紋(朝日影)、一目で警察小説とわかる。巨大組織警察、その組織の中で生きるということ、閉じた世界で思惑が入り乱れ息詰まるような密室劇となっている。
阪神大震災の朝、神戸とはおそらく少し距離のあるN県の不破警務課長が失踪した。そこから県警幹部6人の心理戦、内部抗争が始まる。本部長は警察庁キャリアながら本庁での出世はもう先がみえている。同じキャリアで35歳の警務部長は、いずれ警察庁長官、警視総監の椅子をかける前哨戦とばかりに県警内での駆け引きに余念が無い。他準キャリアと地元ノンキャリアの3人が絡み、刻々ともたらされる被災地の惨状を横目に、彼らは彼らの信条に従って行動する。錯綜する情報、過去のそして最近の不祥事が関係しているのか。官舎に住む其々の妻も描かれ益々息苦しい。二人寄れば組織が出来、階級が生まれるという日本人の縮図がここにあり、緊張の糸が途切れる事無くタイトルの意味へと向かい、意外な幕切れをみせる。余談になるが、この本を読んだ警察関係の知人は、非常に細かく警察の内部事情を知っていることに感心したそうだ。

東京タワー
東京タワー
【扶桑社】
リリー・フランキー
定価1575円(税込)
2005/6
ISBN-4594049664
評価:C
 帯にびっしりと書かれた賞賛の言葉の数々。これでも親子愛にケチをつける事ができるのか!そういう予防線かと疑う。常日頃から思っていることだが、母親にとって息子は、恋人でありヒモだということが克明に描かれている。作品と作家を切り離して考えるべきだと頭では解っていても、自伝小説でありTV等で顔やイラストを見知っているのだから、それはナカナカ難しい。オトンと別居中のオカンが女手ひとつで育て上げた息子は、大学卒業後も定職に就かず……どこまでも私小説であり、再会後の母子の蜜月の後の別れ、この先、主人公はどんな人間として生きていくのかと想像を巡らした途端、具体的なひとつの顔が鮮明に浮かんでくるのだからどうしようもない。それにしても嫌がらずにクリスマスや誕生日を母親と3人で過したという元彼女達は「付き合う人が替わっても」そうしようと言ってくれたとしゃあしゃあと書くような男を本音のところどう思っていたのだろう。

ハイドゥナン
ハイドゥナン
【早川書房】
藤崎慎吾
定価1785円(税込)
2005/7
ISBN-4152086556
ISBN-4152086564
評価:C
 2段組上下巻で1000頁近い大長編。そのわりにはサクサク読めたのだが…。南西諸島沈没の危機に巫女(神話)と科学者たち(SF)が手を携えて立ち向かっていく姿が描かれている……と書きつつ一体この作品はSFなのかオカルトなのか恋物語なのか?よく解らない。ぎゅうぎゅうにいろんなものが詰め込まれており、思わせぶりなこの伏線はどんな結果を生み出すのかと期待したもののなんだかムム…に終わっている。もう少し焦点を絞り込む事は出来なかったのか。与那国島のムヌチ(巫女)と神様、隠れマッド・サイエンティストたちのISEIC理論、共感覚、兄姉弟間の成就できぬ恋愛、それとアメリカが木星の衛星エウロパに向けて打ち上げた探査機にもある仕掛けがあり、ああ、そうきますか、というラストに結びつく。細部には感心する作品であったが、なんとも冗漫な印象が残った。

七悪魔の旅
七悪魔の旅
【中央公論新社】
マヌエル・ムヒカ・ライネス
定価2730円(税込)
2005/7
ISBN-4120036618
評価:AA
 豪華絢爛、ラテンアメリカ的極彩色の物語世界。贅沢で貴族的な衒学趣味から、ユーモアとエスプリが溢れ出す。地獄の大魔王は危惧していた。安寧な日々が続き、このまま規律が緩んだら「地獄はだんだん天国に変わってしまう」のではないかと。七人の悪魔を叱責し、倨傲、憤怒、貪欲、淫乱、暴食、嫉妬、怠惰の任を果たすべく時空を超えた七つの国へと送り出す。それがまた珍道中で、悪魔とは本質的に「批判する傾向がある」ため口々に文句の言い放題で、それぞれの特質を遺憾なく発揮するのが、なんとも滑稽で面白い。彼らの「乗り物」たちも目にも艶やかな青い鱗の蛇や、半鷲半ライオンなど、牡牛とセイレーンに至っては愛し合い子供まで生す始末。西太后、ポンペイの市民など歴史的事実とフィクションが絡み合いなんとも魅力的な話になっている。倨傲の悪魔ルシフェルは「混乱と恥の奈落」から青ひげ未亡人を再び虚栄へと救い上げる。おっと陥落だった。最終章、怠惰の女悪魔ベルフェゴールが、地獄と同じくらい整然とした未来都市ベトベトに仕掛けた罠が、地獄がそして人間たちが再び「創造の力強さ」を取り戻すための、気の利いた答えにもなり思わずにやりとしてしまった。

アメリカ新進作家傑作選 2004
アメリカ新進作家傑作選 2004
【DHC】
ジョン・ケイシー
定価2625円(税込)
2005/7
ISBN-4887244002
評価:B-
 アメリカで注目の新人作家ばかり17人の作品集。但し日本の新人作家が出版社の公募等から生まれるのに対し、大学などの創作ワークショップから推薦を受けた中から絞り込まれ、更に一人の編者(作家)によって最終選考されたものである。つまり教室でさんざん石膏デッサンを描き技術的に問題が無いと認められたのち、自由に静物画なり何なりを描いた習作の入選発表会のようなものだと解釈する。さてその内容だが、表現力を十分に蓄えた作家達の、其々の思いで切り取られた情景が丹念に描写されているが、取り立てて大きな事件が起こるわけではなく、焦点を見失ったまま読み終えた作品も多く巻末の解説に大いに助けられた。青田読みというのは、読み手の能力を問われるものだと痛感し、また翻訳小説を読むということがイメージの交換であり、それを喚起さす表現より写実的な描写が多い場合、なかなか共感に至る壁が厚いということも感じた。2000年から始まったこのアンソロジーから成功を収める作家が何人も出ているらしいので、いつかこの本を引っ張り出して、成功の萌芽はこんなところにあったと訳知り顔で言えることを期待したい。
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