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三枝 貴代の<<書評>>


モーダルな事象
モーダルな事象
【文藝春秋】
奥泉光
定価1950円(税込)
2005/7
ISBN-4163239707
評価:AA
 大阪の五流短大で日本文学を教える桑潟助教授の元に、戦後まもなく亡くなった無名童話作家の遺作が持ち込まれた。駄作だったがしかし、いつの間にやらベストセラーに。そして、遺作を持ち込んだ編集者の死体が発見される。四月半ばに亡くなったはずの彼と、桑潟は五月に会っていた――。
 いやもう、至福、至福。この分厚い本を読んでいる間、一瞬たりとも退屈しませんでした。まずは低偏差値大学での教育と、学会の権力争い、出版状況への痛烈な皮肉が、桑潟のいじましい性格のもと、いっきょにまくしたてられます。筒井康隆『文学部唯野教授』では笑えなかったわたしも、これには大爆笑。そうこうする内に、あやしい宗教団体はでてくるわ、無責任な素人探偵はでてくるわで、全く先が読めなくなります。おどろおどろしい方角に話は進むのに、どうしても暗くならないおちゃめな表現はうれしくなるほど徹底的。他の書物からの引用という形で現れる、何種類もの文体も、お見事。手練れの名人芸に、ただただ感動するばかりです。
『鳥類学者のファンタジア』のフォギーも登場。解説、インタビューもついて、超お買い得な一冊です。

土の中の子供
【新潮社 】
中村文則
定価1260円(税込)
2005/7
ISBN-4104588040
評価:D
 第133回芥川賞受賞作『土の中の子供』と短篇『蜘蛛の声』とで構成された作品集です。
 人間の基本的な欲求の一つとして「死への欲望」をあげたのはフロイド博士ですが、その説には批判が多く、最終的には博士自身の手によって取り下げられました。『土の中の子供』は「死への欲求」にとりつかれた男の物語です。彼がその欲求にとりつかれた原因を、作者は幼い時受けた虐待だとしています。緊張感に満ち、それでいて静謐な、しっかりした文章です。構成もきちんとしており、無理のある設定ながら、登場人物の心の動きはよく納得できます。実に確かな文章力です。作家としては、芥川賞を受賞するにふさわしいと思います。しかしこの作品が賞にふさわしいかは、ちょっと疑問。
 まず、幼い子供がこのようなめにあった時、生き残ることができるでしょうか。大人になってから受けた暴力も、病院に行かなくてすむようなものとは思えません。土の中に埋められたのに起きあがれたというエピソードにいたっては、ありえないとしか言いようがありません。このような不自然な記述が多発する理由は、作家が、実際に暴力を経験したことがないからでしょう。彼だけでなく若手の作家が暴力を描くと、暴力表現だけがエスカレートしていき、対して結果が異様に軽くなる傾向があります。実感がないからでしょうが、いくらなんでもどうかなあと思うのです。人間はもろくて壊れやすい。それは生命の根元的な性質として、生きるということを考える上で、はずせない要素だと思うのです。

SPEED
SPEED
【角川書店】
金城一紀
定価1155円(税込)
2005/7
ISBN-4048736264
評価:B-
 普通の女子高校生(ただし、お嬢様)の佳奈子は、家庭教師・彩子の自殺が信じられなくて、彼女が殺された証拠を探そうとする。彼女には死の気配がなかったし、不倫で悩んでいた――。
 男気があって実行力もある不良男子高校生たちと、純粋で一本気なお嬢様との冒険物語です。普段接点のない者同士が同じ目的で集合して、信じあえる仲間となる。さわやかで、気分の良い青春小説。
 しかしシリーズの三作目ということで、こういうキャラクターに頼ったタイプの作品では、前の二作を読んでいない者には入り込みにくく思えました。
 結末も、彼女と男の子たちが目的を達成したあと、彼女がそっと去ってゆくままの方が、わたしの好みです。だって人にはそれぞれ守備範囲というものがあって、もちろんその枠を越える瞬間の美しさ勇気は素敵だけども、それも普段は枠を守っているからこそだと思うから。これって、年寄りの感想?

はなうた日和
はなうた日和
【集英社】
山本幸久
定価1575円(税込)
2005/7
ISBN-4087747670
評価:B-
 ちょっと印象に残る話8編が納められた短編集です。平凡な人の、平凡な、しかしちょっとだけ変わったできごと。その変わり加減は、いかにもありそうな程度以内です。たとえば、愛人がみんな本妻にそっくりだったといったようなエピソードは、今までにいくつもの作品で読んだ記憶があります。現実にしばしばあるせいでしょう。頭の中で作り上げた意外性だけを求めた非現実的なサプライズではなく、ある程度の根拠のある話を書いているように思えます。きちんとした文章と無駄のない構成で、破綻もなく、本当に綺麗にまとめられているのです。まだまだ新人の作家さんですが、ちゃんとしたプロの仕事だと思いました。
 ただ、あまりにまとまりすぎているのです。このよくまとまった作品のどの部分を壊して新しい一歩を踏み出していくのか、今後が勝負といったところでしょう。

さよならバースディ
さよならバースディ
【集英社 】
荻原浩
定価1680円(税込)
2005/7
ISBN-4087747719
評価:B+
 猿が犯人!で始まったミステリも、猿が被害者?を経由して、現在のトレンディは猿が目撃者!?となりました。わたくしの知る限り、この設定の最初は北川歩実「猿の証言」(1997年)なのですが、要は「信用できない証人」というミステリの定番設定の一つで、実際の裁判でもよく問題となるところです。
 この話も、まずはそれが重要な争点であるのだと読者には思わせます。非常に丁寧に、その丁寧さ加減はちょっと科学に興味がある人間が見ればくどいと思うほどゆっくりと慎重に、どこまで猿が人間と同じかを説明していきます。そしてその丁寧さ加減が、非常にフェアなミスリーディングとなっているのです。
 終盤の謎解きで、猿の能力限界にばかり目を向けていた読者は、あっと驚かされることでしょう。
 余談ですが、次に来るのは、猿が探偵☆ですよ。
 え……? 猫が探偵の話がすでにあります……?

震度0
震度0
【朝日新聞社 】
横山秀夫
定価1890円(税込)
2005/7
ISBN-4022500417
評価:C
 阪神淡路大震災の起こった未明、震源から700キロ離れたN県警で、警務課長・不破の失踪が明らかになった。
 こうくると、不破の失踪と震災が何らかの関係をもっていることを期待するのが人情というもの。しかしこの2つの事象間には何の関係も存在しません。不破の異例の出世。交通違反のもみ消し。県議会。ニセブランド。とにかく色々起きるのですが、それらは相互に関連せず、並列しているだけなのです。横山先生の悪い癖ですね。実際の警察捜査は無関係な事件が一箇所に押し寄せてきて大混乱するものなのでしょうが、そういう現実は、ミステリ読みの期待するところではないと思います。
 おまけに、登場人物が嫌な奴だけなんです。警察の人間は一人残らず、互いの腹を探りあって、人をうらやみ、人を出し抜こうと、毎日毎日考えているのでしょうか。一人くらいは良い人を出してくれないと、ちょい哀しい。

東京タワー
東京タワー
【扶桑社】
リリー・フランキー
定価1575円(税込)
2005/6
ISBN-4594049664
評価:C
 一度も東京に住んだことがないので、東京という土地に対して多くの人が抱いているらしい特別な感情がわからない。この小説は、東京に負けた人間と、東京にとどまらざるをえなかった人間の話だと、まず述べられるが、それよりも、普通の人々のあんがい普通でない生活を描いた普遍的な話であるように思う。
 副題でわかるように、主に母と共にすごし、まれに離れていた父とすごした息子、つまりは母子家庭で育った少年の、子供時代から今に至る物語である。父親のだらしなさと母親のけなげさを描いて、よくある話といえばよくある話だが、母への愛が飾り気なく素直に表現されていて、読後感が良い。
 大変売れているようだが、しかしそれはこの作家(イラストレーター兼コラムニスト)の自伝的な物語であることが興味を呼んでいるせいだと思われる。小説を書くという初めての体験に緊張しているせいか、文章には気負いが感じられ、まだまだ練れていない。

ハイドゥナン
ハイドゥナン
【早川書房】
藤崎慎吾
定価1785円(税込)
2005/7
ISBN-4152086556
ISBN-4152086564
評価:C
 かつてわたしはSFというジャンルの定義を、「科学的原理に基づくフィクション」と解しておりました。時が移り、科学原理に基づいた娯楽小説の数々、『ジュラシック・パーク』だとか『アウト・ブレイク』などが、意外なほどSFと意識されない今日この頃、この定義にやや疑問を感じるようになりました。人によっては、SFとは「宇宙小説」であると言います。なるほどとは思いますが、あえて別の定義を提案したいと思います。それは「疑似科学小説」。
 なぜだかSFファンに評価の高いSFには、超能力だとか、宗教だとか、神だとかが登場するからです。こう考えると、SFのコアなファンに科学者は意外と少ないことも腑に落ちるのです。なぜなら疑似科学は、科学から最も遠い概念だからです。
 本作は、コア中のコアなSFの常套スタイルを踏んだ、SFらしいSFです。主役が科学者で、超能力を持った人間が重要な助言をし、数々のいきさつは歴史的な因縁を持っていて、地球規模の困難が、そして人類の未来は? という。
 丁寧な作品なのですが、ジャンルSF以外の人には受けないかもしれません。旧来型のSF文脈にあまりに沿いすぎているからです。超能力とか伝奇的な部分は外してびっしり科学のみで論理的に押すか、逆に理屈はすっとばして荒唐無稽で豪快な話にした方が、一般の人にはうけいれやすい作品になったかもしれません。

七悪魔の旅
七悪魔の旅
【中央公論新社】
マヌエル・ムヒカ・ライネス
定価2730円(税込)
2005/7
ISBN-4120036618
評価:C
 七つの大罪それぞれに対応する七人の悪魔。大魔王はぶらぶら怠けている彼らに、地獄から地球への旅を命じた。ジル・ド・レを、西太后を、2250年のシベリアの住人を……、おのおの得意の悪徳へ落とすために、時と空間を越えるように、と。
 作者のムヒカ=ライネスはアルゼンチンの人です。しかしこの作品は、一般的な中南米文学よりも、ヨーロッパ中世の小咄に近いムードもあります。悪魔は怖いというよりも滑稽で、愛すべきキャラクターにしあがっています。たあいのないお話ですが、疲れない、気楽な読み物となっているように思えます。
 ずっと寝ている太った女、「怠惰」のベルフェゴールがわたしの好みです。予想どおり、彼女は怠惰のあまり、あやうくとんでもなくなることをしでかしてしまうのです。
 しかしこうやってみると、「悪」というものが「正義」の裏返しの概念にすぎず、純粋に「悪」そのものを目指すことが困難であることがよくわかりますね。

アメリカ新進作家傑作選 2004
アメリカ新進作家傑作選 2004
【DHC】
ジョン・ケイシー
定価2625円(税込)
2005/7
ISBN-4887244002
評価:B
 まだあまり有名でない作家の短篇を集めた傑作集です。純文学系ですが、日本の純文学よりも主人公の職業が幅広いように思えます。試合でクラッシュしたプロアイスホッケー選手(しかもマイナーリーグ)とか、犯人の住居に突入する保安官代理などの設定は、エンタメならばともかく、日本の純文学ではあまり扱われていないように思われます。米国らしく、移民文学として、今回はインドの話が2つ含まれているところも面白いです。日本の純文学に多いフリーターの話はあるものの、作家が主人公である話がないことにもほっとします。日本の小説には、作家の話が多すぎますから。(私小説の伝統のせいでしょうか。)
 どの作品も、しっかりと目を見開いてあらゆるものを記録しようとしているかのような、張りつめた緊張感があります。言葉と真正面から四つに組んでいる真剣さは、一読の価値があると思います。
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