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WEB本の雑誌今月の新刊採点ランキング課題図書

北嶋 美由紀

北嶋 美由紀の<<書評>>



似せ者

似せ者
【講談社文庫】
松井今朝子
定価680円(税込)
2005/7
ISBN-4062751674

評価:B
 収められている4編とも江戸時代後期の歌舞伎や芝居の世界が舞台であるが、大物役者そのものより、裏方や目立たない存在の視点で語られているのがまず良い。今でも梨園は一種独特の伝統があるが、この世界によく通じている作者ならではの細かい描写で、静かで風情のある文章である。一番印象に残ったのは「心残して」。江戸末期から明治へ移る混乱の時代が舞台。囃子方に勤める三味線弾きが主人公で、歌のうまい旗本の次男坊との交流が中心である。政治情勢のことなどよくわからず、ひたすら芸ごとと日々の生活に「生きる」町人と、小難しい理論をふりかざし「死」に美を覚える武士とが、崩れ行く体制と文明開化の中で運命を分けられてゆく様を描く。愛する者に心残して死を選ぶ命、生きながらえたことを恥じる命に「生きている分死んだ人より立派」と言い放つ三味線弾きに感動してしまった。そして、武士と芸人との血筋の新しい時代の未来にほっとして読み終えた。

時生

時生
【講談社文庫】
東野圭吾
定価790円(税込)
2005/7
ISBN-4062751666

評価:AA
  「トキオ」が「時生」になって帰って来た! 初版当時も話題になったし、NHKでドラマにもなったし、今さら細かい内容を述べる必要はないかもしれない。再読してこんなにも切ない話だったかと改めて思う。息子がタイムスリップして父親の若き日に現れる。ここだけとれば「Back to the Future」と同じ発想だし、中間部はほとんど「恋人に捨てられたダメ男の冒険」でちょっとコミカルでもある。が、それをはさむ序章と終章の存在の何と重いことか。喧嘩っ早く、こらえ性のない、子供じみた考え方しかできない父の姿を未来の息子が見つめる。ダメ男に対する目がなぜあたたかいのかといえば、ただのタイムスリップではないからだ。もう永久に会えなくなってしまった父だから…… トキオにはもう未来はない。過去を変えることが不可能な限り、彼に訪れる未来はない。まだ未来のある過去の父を見つめる未来のない息子の苦しみ。何度繰り返しても若き死と両親の悲痛は変わらない。よく考えると、救いのない繰り返しだ。
 蛇足ながら、同時期(2002年)に発刊された真保裕一の「発火点」と構図と内容が類似している。雰囲気の全く違うもととして読み比べてもおもしろい。

PAY DAY!!!

PAY DAY!!!
【新潮文庫】
山田詠美
定価620円(税込)
2005/7
ISBN-4101036225

評価:C+
 ティーンエイジャーがターゲットなのだろう。心身ともに不安定で、十分幼い部分を残しながらも背伸びをする時代には共感できるところがたくさんあるはずだ。今やその親の年齢になった身には懐かしいような、くすぐったいような気持ちだが。
 16歳の双子ハーモニーとロビンは両親の離婚で別れ別れになり、一年後9・11テロ事件で母を失ったロビンは父と兄の住む南部へ移ることになる。「強い子」であろうとするロビンと年上の女性と交際を続ける、子供っぽいハーモニーの二人の視点から、家族、恋愛、母の死、父の再婚を織り込んでの青春小説である。内容もなかなかだし、読後感もまずまず。
 ただ一つ難を言えば、双子はイタリア系白人の母とアフリカ系黒人の父を持つのだが、このあたりのつきつめ方が物足りない。日本人には実感し難い人種問題を入れるならもっとキチンと描写すべきだろう。また、他の作品は未読でこの一作をしてこんなことを書くのは失礼だろうが、アメリカを強調するためか、翻訳でもない、日本語でもない何とも中途半端で不自然な表現がひっかかる。何もわざわざアメリカでなくとも青春小説として十分な内容だと思うのだが。

クチュクチュバーン

クチュクチュバーン
【文春文庫】
吉村萬壱
定価530円(税込)
2005/7
ISBN-4167679477

評価:D
 何ともすごいタイトルの表題作を含めた3編すべての場面が破壊され、滅亡寸前の世界の人間模様である。グロテスクなホラーには慣れているが、これでもかと出てくる情景の醜さに読み進めるのが苦痛になる。特に食後のもたれ加減の胃にはよろしくない。
 3編とも世界が変わってしまうことから始まる。ある日突然の宇宙人の侵略。ある日突然卵が降ってきて、緑と藍色の化け物に人間が食われてゆく「宇宙戦争」も真っ青な展開。原因不明の事物にあふれる廃墟に残された人間にとって本当の敵は何なのか?何か食わねば生きてゆけない。ゆえにどんな手段を使おうとも何か食べる。自分が助かるためには他人の犠牲は厭わない。なんともグロテスクでおぞましい。クチュクチュ、ぐちゃぐちゃ、スッカンスッカン、それぞれの話に音がある。秩序も人間性も失ったコントロール不能の世界はこの世の終末の情景であろうか。爆発力のある文で何かスゴク深いことを作者は訴えているのは感じるのだが、それを的確に捉える前にとにかく気分が悪くなってしまった。

ファイティング寿限無

ファイティング寿限無
【ちくま文庫 】
立川談四楼
定価819円(税込)
2005/7
ISBN-4480421203

評価:B
 落語が好きで16歳で憧れの橘家龍太楼(明らかに立川談志がモデル)の弟子となった小龍は「付加価値をつけて有名になれ」との師匠の言葉に従うべくボクシングジムに入門する。「落語のできるボクサー」を売りにデビュー。師匠からもらったリングネームが「ファイティング寿限無」。小龍は明るく、真面目で礼儀正しく、頭の回転も早ければ気配りもできる好青年で、感性もユニーク。いやみのないさわやか青春スポーツ小説である。しかし、少々ツッコミを入れたくなる。主人公もできすぎなら、登場人物すべてがイイ人なのである。おまけにトントン拍子に勝ち進むのである。スポーツ青春ものは数あるが、ゼロからの立ち上げで世界に挑むのは、素質と運がバツグンに良くとも順調過ぎないか。まして成功者につき物の誹謗、中傷、ヤッカミも見受けられない。良いことづくめで終わり方も妙に優等生。世の中こんなサワヤカだったろうか。

実験小説 ぬ

実験小説 ぬ
【光文社文庫】
浅暮三文
定価520円(税込)
2005/7
ISBN-4334739113

評価:A
 おもしろかった!! 27編の短編はもちろん「これはあとがきではない」というやっぱりあとがきまでペケマークなし。好きです。こういう訳の分からないハチャメチャな世界。たとえば最初の「帽子の男」のっけから作者独特のヘンな感覚にぶち当たる。着眼点と分析の細かさに脱帽。紙芝居のようで、笑えるし、背筋も寒くなるし。
 ギャグ、ミステリー、ホラーすべてをミックスしたような内容と手法にパズルやゲーム感覚も入り、昔話や有名人、辞書を題材にてんこ盛りの奇抜さを見せてくれる。どちらかというと二章のショートショートの方が文章もスッキリでおもしろかったが、一章の「実験短編集」(何のこっちゃ?)もなかなか。「喇叭」に出てくるクイズ(?)「鯨が魚でないのと同様……」って中学時代に必死で丸暗記したno more 〜than の構文じゃあありませんか。いや、なつかしくって思わず英作文しちゃいました。「壺売り玄蔵」もトラさん顔負けの口上、というよりはもうインチキ催眠商法。NASAと印鑑を関連づけてしまう屁理屈に妙に納得しそうになって感動すらしてしまう。 以前から読みたかった「殺しも鯖もMで始まる」から「五感シリーズ」も読むぞ!と意気込んでしまった。


鉤爪の収穫

鉤爪の収穫
ヴィレッジブックス】
エリック・ガルシア
定価1029円(税込)
2005/7
ISBN-4789726231

評価:B
 恐竜探偵!? 比喩ではない。本物(?)の恐竜が登場竜物なのだ。人間の着ぐるみ(かなり精巧らしい)をつけた数種の恐竜がヒト社会に溶け込み、しかもかなりの数で、歴史上の人物や現役有名人の中にもいるらしい。シリーズ3作目だそうだが、初めて読むには設定を飲み込むまで少々時間がかかる。しかし、ノリのよい文体は読みやすいし、この手のアホくさい設定は結構好きなので、それなりに楽しめた。
 ハーブ中毒(アルコール中毒に相当する)で金欠の私立探偵ルビオは恐竜マフィアのボスから仕事を依頼され、見知らぬ土地に赴く。そして対抗するマフィアのボスが旧友であり、さらにその妹とはかつて深いワケありだったりで、二重スパイと相成ってしまう。正に血で血を洗う抗争に巻き込まれるのだが、同じ恐竜でありながら異種というのも抗争の原因だ。このへんは作者の深い意図であるらしいが。 筋立てはそれほど複雑ではないし、特別意外な要素も(設定そのものを除けば)ない。内容をじっくり深く読む必要はないかもしれない。人材派遣ならぬ竜材派遣やら「小さいころ鉤爪を縛られ成長を疎外された」であろう歩き方をする東洋の恐竜とか、表現のおもしろさを味わってもよし、具体的な想像をするとグロテスクな感があるが、ヒトに変身したり、素の姿にもどる様子やルビオの性格を笑いながら読むのも一興だろう。

弱気な死人

弱気な死人
【ヴィレッジブックス】
ドナルド・ウェストレイク
定価840円(税込)
2005/7
ISBN-4789726045

評価:B+
 「あらゆる筋から金を借りて生き延びた」仲良し夫婦ハリーとローラにとうとう悲惨な現実がやってくる。残るは生命保険のみ。でも貯蓄型ではないから死ななきゃ金は手に入らない。それじゃあ、ということで、ありきたりな計画が持ち上がる。ローラの兄やら故郷(南米の小国)のいい加減さを利用しての演出をすべく、着々と準備が整う。目撃者も多数取り揃え、万事うまくいくはずだったが…… ウソにうそとごまかしを塗り重ねるたびに関係者も増えてゆく。警察、保険会社、親戚達etc.ウェストレイクらしい一癖もふた癖もある人間どもが…… 読みやすいし、おもしろい。寝不足の頭でも一気に読めた。
 この夫婦は今までの生活を反省もしないし、犯罪者でもある。しかし、不思議に批判は浮かんでこないし、ファミリーの結束のすばらしささえ感じてしまう。良識とか道徳とかを吹っ飛ばすような明快さと軽妙さだ。もう少しブラックな結末を予測したため物足りなさも正直感じたが、最後まで明るさを貫いた内容もまたよしである。

少年時代(上下)

少年時代(上下)
【ヴィレッジブックス】
ロバート・マキャモン
定価882円(税込)
2005/7
ISBN-478972607X
ISBN-4789726088

評価:B+
 人生という長い時の流れの中で12才の清流を思い起こすコーリーの話。 生活はつましいが、善良な両親と親友に恵まれ、少年らしい日々を送る彼が、笑い、喜び、時にくやしさや悲しみに襲われながらも少しずつたくましさを増してゆく姿は心地よい。そんな彼の清流にもよどみがいくつかあるが、最大のものは父と遭遇してしまった殺人事件だ。時折彼の頭をかすめる事件のことはこの部分だけでも一つの推理小説になり、最後まで飽きさせない。文才に恵まれ、作家を目指す彼は12才にして探偵役もこなしているのだ。舞台は1964年──東京オリンピックの年。アメリカではまだ黒人差別がひどく、ベトナム戦争が始まっていた。今ほど豊かでも便利でもなかったが、少年が夢を見ることができた時代だ。シャーマン的存在の黒人女性、繰り返し見る夢、死なない犬など幻想的な部分もあるが、コーリーが霊感の強い体質と割り切ってしまっては身もフタもない。この頃の世界は未知の部分が今よりずっと多かったはずだ。少年のもつ感受性の強さ、純粋さ、青春というには幼い12才という一年間を切り取った物語も27年後の話も気持ちよく読めた。

未亡人の一年(上下)

未亡人の一年(上下)
【新潮文庫】
ジョン・ア−ヴィング
定価860円(税込)
2005/7
ISBN-4102273085
ISBN-4102273093

評価:C+
 あの「ガープの世界」と同じ作者か、と思えば、へ?と驚くような描写も妙に納得できる。1958年から37年間の話だが、思い出話がやたらグルグル回っている中でピョンピョンと時が経ってしまう感じだ。(ちょと疲れる。)いろいろなエピソードが(中には笑えるものも)あって、しかも時折関係なさそうなことも細かく書かれていて、誰が本当の主人公なのかこの小説の焦点が何なのか、よく分からなくなるほどだ。題名からはルースが主人公と考えるべきなのだろうが、姿こそ最初と最後にしか現さないマリアンの存在とその悲しみが全体を覆い、一番印象が強い。まだ十代の最愛の息子二人を同時に失った母の悲しみは、家中に息子達の写真を飾り、思い出を語り、異常なほどの悲惨さだ。そんな過去しか存在しない家庭に育つルースを母は心から愛せない。そのルースの母マリアンに16才から永遠の愛を誓うのがエディだ。初めての女性とはいえ53才になるまで、23才年上のマリアンを想い続ける彼は作家として才能があるとは思えないし、ドジだし、ニブイし、本人が真剣な分ちょっと滑稽な存在だ。ハッキリ言って、なくてもよい日常、回想シーンも多く、長すぎて時々退屈したが、最後のセリフでピリッと締まって救われた感じだ。

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