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久保田 泉

久保田 泉の<<書評>>



龍宮
龍宮
【文春文庫】
川上弘美
定価460円(税込)
2005/9
ISBN-4167631040
評価:★★★
 異形のモノたちと、人間の不思議なやりとりが続く短編集。川上弘美の世界を大きく二つに分けると、『センセイの鞄』のような人間だけの話と、私の好きな氏のデビュー作『神様』のように、動物が出てくる話がある。動物や異形のモノは、ごく普通に人間の日常に現れ、当たり前に人間語を話す。どちらの作品にも川上ワールド独特などこか泰然とした、それでいて幻想的な雰囲気がある。帯にもあるように、人にあらざるものとのこのやりとりが、ここでは交流ではなく、交情になる。辞書で交情を調べると、交際のよしみとともに、男女が情を交すこととある。必ずしも男と女の話ばかりではないが、噛み合ってるようなないような彼らの摩訶不思議な会話は、一見のん気にも見える。だが読み進むうちに、海の底に引きずりこまれるような深い情を感じてくる。ただ好みは分かれるかとも思う。かつて宮本輝氏はしょせん寓話と切ったそうだが、私はそうは思わない。この作品集にあるのも、教訓ではなくやはり交情なのだと思う。

プラナリア
プラナリア
【文春文庫】
山本文緒
定価480円(税込)
2005/9
ISBN-4167708019
評価:★★★★★
 第124回直木賞受賞作。表題作を含めた五つの小説が収められている。再読してみて、改めて受賞作にふさわしい勢いと作者らしい魅力がふんだんにつまった一冊だと思った。山本文緒を読んでみたいが、何から読もうかとお悩みの方には、自信をもって本作品をお勧めしたい。
 プラナリアになりたい春香は、乳がんの手術以来、何もかもが面倒くさい。生きてることも死ぬことさえも。現代的なけだるさや出口のない感覚をテーマにした小説は他にもあるだろうが、山本文緒はそのイライラを閉塞感という大仰ものにはしない。すごくリアルな“面倒くさい”という現代的な感覚をうーむ、とうなりたくなるほど上手に書く。まず全く颯爽としていない人物設定や背景、エピソードが見事にツボにはまっている。その人間たちの当然ぱっとしない日常の中の、もがきつつも、そもそも答えなんて見つける必要があんの?というようなカッタるさをスルっとすくい取って描いていく。個人的にはやっぱり、希望が見える「あいあるあした」が一番好きだけど。

ベター・ハーフ

ベター・ハーフ
【集英社文庫】
唯川恵
定価680円(税込)
2005/9
ISBN-4087478513

評価:★★★
 今月は今とこれからの日本の小説を支えて引っぱる、油ののった女性の作家が続く。この作品は肩越しの恋人で直木賞を受賞する直前の、筆力という作家のエンジンがガンガン加速していることを感じる作品。バブルに踊って、バブルの崩壊に振り回される一組の夫婦の話。作家の勢いか、バブルが背景のせいか、主人公の永遠子と文彦のお見事なまでの浮き沈みぶりがイケイケの展開で進んでいく。悪く言えば、絵に描いたようなエピソードと2時間ドラマのような俗っぽさも、怖いものナシの唯川恵が書けば、ちゃんと面白く読ませる小説になる。
 結婚の真実を描くというよりは、夫婦のすれ違いが際立つ会話や心情のリアルさが一番の面白さか。夫婦の再生、という視点で愉しむには妻の永遠子に人間的魅力が欠けている。結婚という出発点では似たり寄ったりの夫婦だったが、まだ夫の文彦の方にわずかな成長ぶりが見られるということは、この作家は案外女性にシビアで男性には甘い?ちなみに私のバブルの記憶は、預金の金利が高かったな〜ということだけ。なんだかな〜。

北村薫のミステリー館

北村薫のミステリー館
【新潮文庫】
北村薫
定価740円(税込)
2005/10
SBN-4101373299

評価:★★★★
 この本の編者で作家の北村薫は、大学ではミステリ・クラブに所属していたそうで、推理小説ファンとしての読書家ぶりはかなり本格的で、知識も作品への洞察力もさすがです。さすがすぎて、正直、集められている話の中には私には高度過ぎるのか高尚過ぎるのか、いまひとつ良く理解出来ない話もあった。という訳で、巻末にある宮部みゆき氏との「ミステリー館」の愉しみという、豪華な対談形式の解説があって面白かったし助かった。これを熟読してから、再度ひっかかった話を読み直すという愉しみもありました。
 読書の達人が、とっておきの名品と呼ぶ作品ばかりなのだから、とりあえず好みも猜疑心も捨て、素直な気持ちで読むと新鮮で面白い。普段手に取らない作家が読めるのもアンソロジーの良さ。個人的には奥泉光の“滝”に引き込まれた。あまり得意でない作家だけにこんな出会いが嬉しい。同じく北村薫編の「謎のギャラリー」シリーズというのも出ていて、こちらも面白いです!

剣と薔薇の夏 上下

剣と薔薇の夏 上下
【創元推理文庫】
戸松淳矩
定価各903円(税込)
2005/9
ISBN-4488446043
ISBN-4488446051

評価:★★★★
 ミステリに詳しくない私には、聞きなれない作家名とお芝居のような題名に少々とまどう。意外なことに、小説の舞台は1860年のニューヨーク。黒船が日本にやってきた系の話はよくあるが、日本使節団がアメリカへ行って、ニューヨークが日本人の来航に沸きかえるという史実に基づく背景が興味深く、とまどいを払拭してくれる。小説には当時のニューヨークの人物や街の様子が克明に描かれ、歴史好きな私はいちいち感心して読んだ。当時の日本との対比も面白い。
 しかし本著はれっきとしたミステリ。サムライたちがニューヨークに到着する頃、連続して起きた2つの謎の殺人事件。まず、第一の殺人の被害者の近くに、使節団の歓迎準備委員会に配られた記章が落ちていた。そして第二の殺人の被害者は、準備委員会の参事。さらにどちらの事件にも旧約聖書の一節のページが残されていた。そして祝賀行事の中、第三第四の殺人が…。著者渾身の一作は、気楽に読めるとは言えない。だが全篇を通して案内役がアメリカ人の新聞記者のため、実に自然な日本語の翻訳本のような、初めて味わう読後感だった。

笑う男

笑う男
【創元推理文庫】
ヘニング・マンケル
定価1323円(税込)
2005/9
ISBN-448820905X

評価:★★★★
 ヴァランダー辞職する!と帯にでっかくある。何?ぺージをめくると、スウェーデン南部の地図。ん?するとヴァランダーはスェーデン人か。霧のもやから始まるという小説の前奏は、ほの暗く想像をかきたてられ、読む気ががぜん沸く。小説というのはつくづく得で面白い。ミステリ小説を読みながら、未知の国の情景を思い浮かべ、抱える問題などを知ることもできる。
 本著はシリーズものだそうだが、主人公の警察官ヴァランダーはここでは48歳。冒頭は、前作で正当防衛で人を殺したことで、休職した自暴自棄のヴァランダーの醜態から始まる。そこへ友人の弁護士が、自分の父親の不審な死を調べて欲しいと頼みに来た。しかし辞職を考えるヴェランダーは断る。その数日後、その弁護士が殺され、事件を追うことで復職を決意したヴェランダーは、邪悪で巨大な犯人と戦いを始める。読むうちに、遠い国の孤独な中年の刑事を身近に感じてくる。不器用な男の無骨な生き方に国境はないんだな〜と思いつつ、一気に読めた。


蜘蛛の巣のなかへ

蜘蛛の巣のなかへ
【文春文庫】
トマス・H・クック
定価670円(税込)
2005/9
ISBN-4167705109

評価:★★★
 余命いくばくもない、父のジェシーの最期を看取るために、二十数年振りに故郷ウェスト・ヴァージニアに戻ってきた教員のロイ。こんな父子がどうして再会する必要があるのか、と思うほど二人の関係は悪い。それでも、父を一人では死なせられないと重い気持ちで戻って来たロイ。彼が家を出て行く前、優しい弟は殺人を犯した後に自殺し、母はそのショックで病死した。そしてロイは父からは蔑みしか感じられなかった。故郷には、突然心変わりした昔の恋人ライラもいる。ライラの母のふともらした言葉から、ロイは父が語らない父の過去、弟の事件、元恋人の心変わりの謎を探り始める。父との懐かしい思い出もない故郷で、ロイは自分に絡みついた蜘蛛の糸をほぐすように、過去に近づいていく。なかなか出口の見えない過去が、ロイの未来への入り口だったのは暗い話の唯一の救い。しかし、父の最期の行いが息子との和解とするには、やりきれない思いが残る。謎解きはそれなりに読めるが、父と子の物語、何より会話が重苦しすぎ、読後どっと疲れが出る。

影の王国

影の王国
【ヴィレッジブックス】
ドナルド・ウェストレイク
定価840円(税込)
2005/7
ISBN-4062751712

評価:★★★
 今月三冊目の翻訳本は、歴史スパイ小説だ。今度の舞台はどこだ?
 時代は第二次世界大戦開戦直前のパリ。主人公のハンガリー人モラートはパリで広告代理店を経営し、恋人と優雅に暮らす。しかし、彼のもう一つの顔は外交官の伯父の命を受け、活動する民間人スパイ。伯父の仕事は、ヒットラー率いるナチスと、国内のファシスト勢力から祖国ハンガリーを守ること。ヒトラーの大戦での行いを知っているだけに、刻一刻と悲劇を迎えつつある大戦前夜のヨーロッパの臨場感が、とても怖い。
 ヨーロッパという、地続きの国々の国民がもつ愛国心、国の存続を意味する領土を守る気持ちは、周囲を海で囲まれた日本人の私にはどうしても理解しきれない。この作家はアメリカ人だが、暗黒の時代のヨーロッパの歴史と愛国心を題材に、独自のスパイ小説を描いている。自国の不自然なくらいの善悪の明快さからは得られない何かに創作意欲が触発されるのだろうか。陰鬱で地味ながら、独自のセンスと味のある小説だ。

ノー・セカンドチャンス(上下)

ノー・セカンドチャンス(上下)
【ランダムハウス講談社】
ハーラン・コーベン
定価788円(税込)
定価819円(税込)
2005/9
ISBN-4270100052
ISBN-4270100060

評価:★★★★
 翻訳本の、日本語をこねくりまわしたような文体が苦手な私には、この小説の訳は大分読みやすかった。話の展開も、二転三転と気が抜けないサスペンス。冒頭いきなり主人公形成外科医のマークが、弾丸を胸に受ける。瀕死の重傷の中、生後半年の娘タラを想う父マークの痛いくらいの心情描写がいい。このタラへの愛情があってこそ、その後のどんでん返しが続く事件の話が、よくある陳腐なサスペンスにならず、感情移入して読める。意識が戻ったマークが知った事実は、妻モニカも撃たれ死んだことと、娘のタラが行方不明だということ。マークとモニカが別々の銃で撃たれたことで、警察はマークを疑う。そんな中、タラの誘拐を決定づける、犯人からの身代金要求の電話がかかる。娘の奪回は失敗。
 次々現れる登場人物や、めまぐるしい展開の中でも、常にマークの恐怖や無力感の臨場感が小説をぴっとしめる。ジェットコースターストーリーながら、読後感も悪くなく、最後まで楽しませてくれる。

銀河ヒッチハイク・ガイド

銀河ヒッチハイク・ガイド
【河出文庫】
ダグラス・アダムス
定価683円(税込)
2005/9
ISBN-4309462553

評価:★★
 とうとう今月は5冊目の翻訳本です。帯に、伝説の大傑作SFコメディとある。イヤな予感がする。翻訳本が苦手だから、ラストで疲れているから、ではないと思う。たぶん伝説の〜などと言われるものと相性が悪いのかも。とりあえず、私はどこでも笑えなかったのは確かです。コメディ?しくしく。ストーリーは、どこかの宇宙人が、突然銀河バイパスを建設するのに地球が邪魔!警告はとうに出したぞと言って、いきなり地球を消滅させてしまう。設定は面白いです。平凡なイギリス人アーサー・デントは、親しい友人フォード(実は違う星からきた銀河ヒッチハイク・ガイドの調査員)と宇宙でヒッチハイクすることになり、地球最後の生き残りとなる。
 完読したのにさだかではないが、イギス人特有のシニカルなブラックがこの作品の面白さなのでしょう。解説を読んでなんとか少し理解したが、分からないものは分からないし、楽しめない。傑作、とか言われてるとちょいめげますが、仕方がないですな。

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