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WEB本の雑誌今月の新刊採点ランキング課題図書

手島 洋

手島 洋の<<書評>>



コールドゲーム
コールドゲーム 
【新潮文庫】
荻原浩
定価700円(税込)
2005/11
ISBN-4101230315

評価:★★★★
ある夏、小学生の時に同級生だった、高校3年生がひとりずつ襲われていく。クラス中からイジメを受けていた生徒の復讐なのか。事件はだんだんエスカレートしていき、同級生の有志たちは犯人と思しき生徒を探し始める。
 こう話の筋を書いてしまうと、ストーリーには新鮮さをあまり感じないし、どの登場人物も一昔前の少年マンガのキャラクターという感じで、現代の若者を描いている気もしない。しかし、もっとも話の中心にいるはずのイジメを受けていた少年が登場しないまま、存在感だけをどんどん増していくという展開に、最後までひきつけられてしまったし、「イジメ」や「事件」に対する世間の皮相で移り気な見方に対する批評は的確だ。
 そして、一番見事なのは作者のバランス感覚。「イジメと復讐」という重すぎるテーマを登場人物の軽いキャラクターで中和していながらも、被害者と加害者のどちらも主人公といえる(そして、その両者がある瞬間入れ替わってしまう)物語を作り上げている。見事な作品です。

しをんのしおり
しをんのしおり 
【新潮文庫】
三浦しをん
定価460円(税込)
2005/11
ISBN-4101167524
評価:★
 書評員になってもうすぐ一年になろうとしていますが、三浦しをんの作品が取り上げられるのは、これで3回目。今まで否定的な原稿を書き続けてきたので、今回こそは褒めるぞ! と訳のわからない意気込みをもって、この本を読みました。しかし、それなのにページを読み進めるうちに意気消沈。うーん、どうして。二度あることは三度ある、歴史は繰り返す、というのが世の常なのか。
 マンガや友人、身のまわりの出来事を中心に綴った、まさにウェブマガジンならではの内容。それはいいが、それぞれの原稿がお行儀よくまとまりすぎているし、彼女の本当の考えというものが書かれていない気がする。もっと暴走したり、その人ならでは、の意見があったりしないと、文章の上手な人の書いた日常の記録でしかないと思うのだ。文庫裏の「日本の政局も、家族の事件も、人気のTVドラマも。考え始めたらいつのまにかヒートアップ!」という文以上に私の方がヒートアップしたところで、この薄く広く世の中を見る姿勢こそ彼女の個性なのかもしれない、という気もしてきました。そう納得しよう。

深尾くれない

深尾くれない
【新潮文庫】
宇江佐真理
定価620円(税込)
2005/10
ISBN-4101199221

評価:★★★
 剣豪を主人公にした時代小説だが、刀を交える場面はまったく出てこない。武士道を極めようと精進を重ね、腕は一流だが武骨で融通のきかない男。その妻、かのは初め、男に心を閉じているが、次第に誠実さに気付き、心を許すようになる。しかし、愛情を示す言葉を何ひとつ掛けず、牡丹の世話ばかりする男に対して次第に嫉妬と不満を抱き、他の男との情事を重ねてしまう。最初の妻の不義を知り、相手共々斬った過去のある男がかのの密通を知ったとき……。
 武骨で真っ直ぐであるために周囲や妻から誤解された男と、そんな男の妻となった女性の悲劇が描かれているのだが、苦悩する女性に比べて、男のあまりにシンプルな武骨振りが物足りなかった。彼のつけた技の名前や剣の話に見られる意外な文学性というのをもう少し掘り下げて、男の中の矛盾や葛藤や過去というものも表現してもらいたかった。深尾角馬が実在の人物だったとしり、実際にはどんな人物だったのか、ますます気になってしまう。

インストール

インストール 
【河出文庫】
綿矢りさ
定価399円(税込)
2005/10
ISBN-4309407587

評価:★★★★
 ふとしたきっかけで高校に行かなくなり、毎日、親に内緒で家に籠もるようになった朝子。同じマンションに住む小学生と出会い、パソコンを使って秘密の仕事を始めることになる。
「蹴りたい背中」を読んでいない私は、これが綿矢りさの初体験。考えていたのとまったく違う作品だったので驚きました。女子高校生と小学生の男の子がパソコンを使って風俗のアルバイトをする、というのは確かに現代的ですが、そんなことよりも文章自体を読んでいて心地よかった。あっという間に次の場面に進んでいくストーリー展開も読んでいて気持ちがいい。普通なら、風俗や小学生の母親や学校の同級生たちとの場面でもっと「事件」を起こしたり、葛藤があったりするのだろうが、ここにはそんなものは存在しない。紹介文には「二人の成長を描く」と書かれているが、全然「成長」なんてものはせず、彼女は彼女のまま存在し続けているのだ。そこが素晴らしい。こういう作家がこんなに売れてしまった、というのはすごく不思議だ。これから、どんな作品を書いていくのか今更ながら注目したい。

エコノミカル・パレス

エコノミカル・パレス 
【講談社文庫】
角田光代
定価420円(税込)
2005/10
ISBN-4062752042

評価:★★★★
 フリーの作家で30代の主人公はフリーターの男と同棲生活を送っている。かつてはお互いにたくさん仕事があったが、今や思い通りの仕事はなく、男は失業状態で生活費もことかく状態。お金に追われる生活に飽き飽きした彼女は、男に黙って水商売を始め貯金を始める。そして、携帯電話の番号を知った見知らぬ男に電話をかけ、不思議な関係を持つようになる。
 アジアを男と旅行し、何かを見つけようとしながらも何もない自分にきづかされるという回想シーンで、「真昼の花」という彼女の過去の作品を思い出した。旅の中でも、まだバブルの名残があり仕事があふれていた時代も、景気が悪化して生活に困るようになっても、何の「目標」も存在しない人生を送っていることにかわりはない。お金が手に入っても、スーパーでいかに安く買い物を済ませるか計算する日常から、銀行で貯金通帳を記入し残高を確かめる日常になっただけなのだ。そして、「目標」をもつ若者への援助を拒否されることで、彼女は仮初めの達成感さえ与えられず、駅のホームでふらふらと雨宿りする浮浪者の「はしもっちゃん」に象徴される日常を送るしかない。バブル時代を知る全ての人に読んでほしい作品です。

ヌルイコイ

ヌルイコイ 
【光文社文庫】
井上荒野
定価480円(税込)
2005/10
ISBN-4334739504

評価:★★★
 芸能マネージャーをしている夫とすれ違いの生活を送りながら、売れっ子童話作家と不倫を続けているなつ恵は近所の銭湯に通うようになり、そこで「鳩」を思わせる青年を見つける。病院で自分が重病であることを知らされたなつ恵は「鳩」のような青年と知り合いになり……。
 自分の日常にうんざりしているが、そのぬるま湯のような現状を崩さないまま、何かを求めずにはいられないなつ恵。不倫も銭湯通いも「鳩」との関係もすべてなつ恵にとってはその何かなのかもしれない。書き方によっては非常に生臭くて緊張感ただよう作品になるところを、非現実の世界のような銭湯や「鳩」、おばあさんたちの存在で、それを緩和しようとしている。読んでいるうちに、現実のバランスが崩れ、全てが崩壊しようとしている人の心の中というのは、こんな風になっているのではないだろうか、とちょっと怖くなった。
 「ヌルイコイ」というタイトルだが、話の方はちっともぬるくなくて、「ヌルイコイ」や銭湯のぬるいお湯につかるしかない女性の物語なのだ。
 重病や死を持ち出した話は普通、嫌いなのだが、この場合はそれさえ怖い話の緩衝材になっている気がします。


遠き雪嶺(上下)

遠き雪嶺(上下) 
【角川文庫】
谷甲州
定価580円(税込)
2005/10
ISBN-4041701023
ISBN-4041701031

評価:★★
 昭和11年にヒマラヤ初登頂を成功させようとした立教大学山岳部の物語。遠征準備の資金、情報集めに始まり、実際の登頂まで、困難続きの状況に果たして頂上までたどりつくことができるのか。
 登山に興味のない者には正直読むのが辛い本でした。山を登っているとき、どんな状態なのか、まったくビジュアルが浮かばないのだ。そして、ずっともち続けてしまった疑問。なぜ人は未踏の地を制覇したがるのか。私は莫大な資金を投入してまで宇宙船を打ち上げる気持ちがまったく理解できない無粋な人間なのだが、同じ疑問をこの登頂にももった。戦争がもう少しで始まろうというときにやらなくてもいいじゃないか、と思ってしまうのだ。確かに、このチャンスを逃したら、次はないという気持ちがあるんでしょうが。
 面白かったのは、まだ若くて青い登山隊の大学生たち。固定観念にとらわれない柔軟な考えをもちながらも、自分からは何もできずに無力感に打ちひしがれながらも、自分を納得させようとする彼らの生真面目さはまさに戦前という感じで新鮮でした。

秋の猫

秋の猫 
【集英社文庫】
藤堂志津子
定価500円(税込)
2005/10
ISBN-4087478688

評価:★★★
 猫、犬、イルカといった動物が登場する短編集。そう言われて想像するような今風のものとは違う一風変わった「癒し系」ストーリーだ。
 浮気癖のある男と別れ、猫を飼うことにしたものの、今度は猫に振り回されることになる女性。女のできた夫と別れることを了承しながらも飼い犬の親権は譲れずにいる女性。などなど、動物をめぐった話が全部で5編入っている。最初は、動物ものにしてはずいぶんどろどろしているなあ、と思っていたが、読み進めるうちに印象が変わってきた。どの話にも共通しているのは、主人公の女性たちが自分に自信がなく、自分の計算高さに辟易しているところ。その疑心暗鬼が強くなりすぎて、自分も他人も信じられない状態になり、動物だけを拠りどころにしている、というのが痛々しい(そうはいえない登場人物もいますが)。最後にとんでもない行動に出る「公園の犬」の女性も、夫が精神的に自立し、新しいスタートが切れるためにあえてやった行動ともいえなくない。これは自分を肯定できない人たちのための物語なのだ。

サルバドールの復活(上下)

サルバドールの復活(上下) 
【創元推理文庫】
ジェレミー・ドロンフィールド
定価987円(税込)
2005/10
ISBN-4488235077
ISBN-4488235085

評価:★★★★
 大学時代の同級生だった4人の女性たち。そのひとりはギターリストでド・ラ・シマルド家の跡取りのサルバドールと結婚する。その後、彼女たちは音信不通状態だったが、サルバドールと結婚したリディアの葬儀のために再会する。ド・ラ・シマルド家に泊まった彼女たちは不可解な出来事に巻き込まれていく。
 こう粗筋を説明すると、それ程複雑な話には思えないが、過去のさまざまな時間と現在、さまざまな場所、エピソードが交錯し、話がどの方向に進もうとしているのか分からなくなる。その混沌とした物語を楽しめるかどうかが、この本を面白いと思うかどうかの鍵になるでしょう。
 しかし、その一方で、物足りなさも感じました。最初にフランク・ザッパの「ジョーのガレージ」の引用を置き、前半のストーリーで、ザッパの「音楽について書くなんて、建築について踊るみたいなものだ」という言葉を登場人物に言わせているからには、この物語全体がひとつの音楽理論といえる作品になっているに違いない、と興奮しつつ読んだのに、そこまでのものではなかったからです。混沌としてはいるけど、狂気や言葉を超えた何か、というのはない、まっとうすぎる作品なのです。

暗く聖なる夜(上下)

暗く聖なる夜(上下) 
【講談社文庫】
マイクル・コナリー
定価840円(税込)
2005/9
ISBN-4062751844
ISBN-4062751852

評価:★★★
 ハリー・ボッシュ・シリーズの第9弾という作品。シリーズものを途中から、しかも第9作からいきなり読むというのはかなり無理がありました。この事件よりも、警察を辞めることになった事件のほうが彼にとっては、ずっと大きなものだったし、そのときの彼の心の傷がどんなものかも分からないのに、その後の彼の物語を読んで何を批評しろと言うのでしょう。
 そんな言い訳はさておき、彼は現役刑事時代に未解決のままで心残りになっていた事件を解決すべく、ひとりで活動を始める。元同僚やFBIの妨害を受けながらも彼は捜査を続け事件を解決しようとする。
 彼の正義を求める一途さはよく分かるのだが、ここまでがんばれるなら、なぜ警察をやめたんだ、という疑問がわいてしまった。結局、部外者の彼が動くことで、他の人間に多大な迷惑がかかってしまうのだ。そして、どうして、彼がこの事件にそこまで執着するのか理解できなかった。シリーズを読んでいると、その辺はすぐに納得できるのかもしれませんけど。ちなみに私がBGMにしたいのはメイシオ・パーカーの「この素晴らしき世界」です。

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